四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode12:完璧な、彼女。




――パン! パン! パン!

 乾いた音を立てて、ソレワターセが跡形もなく消失する。
 サウラーが歯噛みしながらビルの屋上へと姿を消し、クローバータウン・ストリートは静寂を取り戻した。

「プリキュア~!」
 不意に響いた幼い声に、四人は驚いて辺りを見回す。
 瓦礫を避けながら、懸命にこちらへ走って来たのは、まだ四、五歳くらいの女の子――さっき、ベンチに座ってクローバーボックスを回していた子だった。キュアベリーに助けられて一旦は逃げたものの、気になって戻って来たらしい。

 女の子はベリーの元へと駆け寄ると、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「さっきは、助けてくれてありがとう!」
 その言葉に、ベリーも笑顔になる。
「ううん。怪我は無かった?」
「うん! それで……オルゴールは、どうなったの?」
「大丈夫よ。ちゃんと取り返して、持ち主に返したわ」
 女の子と目と目を合わせて、そう答えるベリー。だが、それを聞いた女の子の瞳が、驚きと悲しみに揺らぐのを見て、その笑顔は、瞬時に焦りと困惑の顔になった。

「持ち主って……。あのオルゴール、あたしのだよ! トラックのおじさんに、あたしがもらったんだもん!」
 女の子がベリーの顔を見つめて、そう抗議する。
「えっ……あ、あの……」
 ただオロオロするばかりのベリーの隣りから、パインが優しく女の子の顔を覗き込んだ。
「トラックのおじさんが、あのオルゴールをくれたの? あなたに」
「うん。お買い物しているママをベンチで待ってたら、あげる、って……」
 女の子の目が、見る見るうちに涙で一杯になる。その肩に、今度はピーチがそっと手を置いた。
「そっかぁ。でも、ゴメンね。あのオルゴールは、あたしたち……いや、あたしたちの友達にとって、無くなったらとっても困る、すっごく大切なものなんだ」
 ベリー、パイン、ピーチの顔を交互に見つめて話を聞いていた女の子の目から、ポロリと大粒の涙がこぼれた。
「嘘つき! もういいもん。プリキュアが、あたしのことを助けてくれたんだって思ってたのに!」
 ピーチの手を振り払って、女の子はくるりと踵を返す。
「あっ、待って!」

 ベリーが止めるのも聞かず、そのまま駆け去ろうとする彼女。が、ちょうどその足下に、さっきソレワターセの攻撃で出来た、コンクリートの深い割れ目があった。
「あっ!」
 割れ目に足を取られて、勢い余った女の子の身体が前へ投げ出される。そのまま地面に打ち付けられると思った瞬間、さっと赤い影が風のように走り寄って、彼女を抱き起こした。

「大丈夫?」
「……うん」
 優しく声をかけるパッションから、女の子が目をそらす。パッションは、俯いたその顔をそっと覗き込むと、物静かな、柔らかな声で言った。
「ごめんなさい。オルゴールをもらって、あなたはとっても嬉しかったのよね。でも、ピーチが言ったことは、本当のことなの。それに、ベリーがあなたを助けたのは、オルゴールのためじゃない。あなたを助けたかったからよ」
「ホント?」
 女の子が上目遣いで、恐る恐るパッションの顔を見上げる。ええ、とパッションがニコリと笑って頷いたとき、赤ちゃんをおんぶした若い女性が、息せき切って通りを駆けて来た。

「あ、ママ!」
 女の子の顔が、パッと輝く。
 女性は、前につんのめりそうになりながら女の子の元へと辿り着くと、震える両手で、その小さな肩を掴んだ。

「もう……もう……どこに行ってたのよ! ママがどれだけ心配したと思ってるの!」
 女の子の目に、新たな涙が湧き上がる。
「無事で良かった……。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
 顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、わんわん泣き続ける娘を抱きしめて、女性は何度も何度も、四人に向かって頭を下げたのだった。



   四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~
   Episode12:完璧な、彼女。



 昼下がりの四つ葉町公園に、美しいオルゴールの音色が響く。ハンドルを回しているのは、制服姿の美希。その傍らでぐっすりと眠っているのは、タルトとシフォンだ。
 昨日とよく似た光景だが、今日彼らが居るのは公園のベンチではなく、カオルちゃんのドーナツカフェ。ワゴンの中では、カオルちゃんがオルゴールの曲を斬新にアレンジしたような鼻歌を歌いながら、ドーナツの生地を準備している。

「お待たせ、美希」
 少し渋めのピンクの制服に身を包んだ黒髪の少女が、小走りでやって来る。美希は、ハンドルを回す手を止めて、晴れやかな笑顔で彼女を迎えた。
「あれ、せつな一人? ラブは?」
「補習ですって。この前の数学のテスト、大失敗したって騒いでたから。ブッキーは?」
「マラソン大会の練習で、遅くなるらしいわ。本番まで、もうすぐだもんね」
 美希の言葉に、せつなは納得したように頷くと、背負っていた学生鞄を、慣れた手つきで椅子のひとつに下ろした。何にする? と美希に問いかけてから、ドーナツの注文をしにワゴンへと足を向ける。その後ろ姿を、美希は穏やかな笑みを浮かべて見送った。

 せつなが自分から、ドーナツや飲み物を注文してる――そんな当り前のことが、何だか嬉しくて。
 飲み込みの早いせつなは、ドーナツカフェでの注文の仕方なんてすぐに覚えたけれど、最初のうちは、誰かが腰を上げなければ、自分から注文に行くようなことは無かった。飲み物だって、初めはみんなが何を注文するかを観察して、その中から何にするかを決めていたようだ。
 自分の好みすらまるで知らなかったのだから、当然と言えば当然かもしれない。だからだろうか。今の彼女――カオルちゃんの冗談に微笑を返しながら、ごく自然にやり取りをしている姿を見ると、美希はどうしても、小さな笑みをこぼしてしまう。

 注文を終えたせつなが、くるりとこちらを振り返ったので、美希は慌てて表情を引き締める。が、どうやら一歩遅かったのか、せつなは何だか怪訝そうな顔で、テーブルへと戻って来た。
「なぁに? ニヤニヤして」
「な、何でもないわ。それより……」
 美希はシフォンと一緒に熟睡している、タルトに目をやる。
「クローバーボックスだけど、夜はやっぱり、当番制にすることにしたの?」

 美希が何を言っているかに気付いて、せつなが、ええ、と少し真面目な顔になる。
 昼夜を問わずインフィニティになる危険性があるシフォンのために、片時も休まずクローバーボックスを回し続けて、深刻な寝不足に陥ったタルト――昨日の事件の発端は、そこにあったのだ。
 だからせめて少しでもタルトが休める時間を増やそうと、ラブとせつなとタルトの三人で相談した。その結果、夜の時間を三つに分けて、深夜の少し遅い時間までをラブが、早朝から学校に行くまでの時間をせつなが、それぞれクローバーボックスを回す役目を引き受けることにしたのだ。

「ゴメンね。アタシやブッキーも、何か手伝えればいいんだけど」
 すまなそうに俯く美希に、せつなは笑ってかぶりを振る。
「今、現にこうして引き受けてくれてるじゃない。いくら三人で分担したって、大半の時間はタルトの肩にかかってしまうでしょう? だから、時々こうやって息抜きさせてくれたら、タルトだってとても有難いわよ」
 そう言って、今度はせつなが俯き加減でポツリと呟いた。
「まぁ、たまには一晩、たっぷり寝かせてあげたいって思ったりもするの……。私だったら一晩や二晩寝なくても平気だって、ラブに言ったんだけど」
 それを聞いて、美希は真剣な顔つきで、ゆっくりと首を横に振った。

「ダメよ、そんなの。そのせいでせつなが倒れたりしたら、元も子も無いじゃない」
「だから、本当に大丈夫だって……」
「それでも、ダメって言ったらダメ」
 美希はピシャリとそう言い放つと、テーブルの上に置かれたせつなの手の上に、そっと自分の手を重ねた。
「ねえ、せつな。アタシたちは、みんなでシフォンを守ろうって誓ったじゃない。無理してしゃかりきに頑張ったって、そんなの結局、長続きしないわ。だから、一人で背負いこんだりしないで」

 美希の顔をじっと見つめていたせつなが、フッと小さく笑う。
「美希にだけは、そんなこと言われたくないわね」
「もうっ! 昨日のことは、もう言わないでよ」
 頬を膨らませてむくれてみせてから、美希は真剣な顔に戻って、でもね、と続けた。

「何があったか言わなかったのは、本当に悪かったと思っているの。言い訳だなんて考えずに、ちゃんとみんなに話せば、それだけ早く見つかったかもしれないんだし」
 そう言って、美希はホッと小さな溜息をつく。
「結局、アタシが一人で何とかしようとしても、みんなが助けてくれて初めて、解決できたんだもんね」
「今日はヤケに素直なのね」
 せつなの言葉に、美希はもう一度、もうっ、とむくれる。だが、せつなの口調がからかうようなものでなく、極めて真面目で少し不思議そうなのに気付いて、その表情は照れ笑いに変わった。
「ハイ、お待たせ~」
 カオルちゃんが、ドーナツを持ってやって来る。それを受け取って、彼がワゴンに戻るのを見届けてから、美希は自分の紅茶を一口啜って、せつなに向き直った。

「昨日、あの子とお母さんの姿を見ていて思ったの。小さい頃からそうだったな、って。完璧でいたいと思って一人で頑張っていても、上手くいかないとき、必ず誰かが……」
 そこまで言いかけて、美希がハッとしたように口をつぐむ。それを見て、せつなは微笑を浮かべると、ゆっくりと自分のオレンジジュースを手に取った。
「必ず誰かが……何?」
「…………」
「私に遠慮しなくていいわ、美希。今は、ちゃんといるんだもの。私のことを心配してくれて、励ましてくれる人たちが」
 そう言って、せつなはほんのりと上気した顔で、美希の顔を覗き込む。
「だから、続きを聞かせて。私、美希の小さい頃の話ってほとんど知らないから、聞いてみたい」
 少し恥ずかしそうにそう囁く、せつなのキラキラした瞳を、美希は少し潤んだ目で、じっと見つめる。やがてせつなから目をそらし、しょうがないなぁ、という風に小さく微笑んでから、美希は口を開いた。



「あんまり大威張りで話すようなことじゃないけど……。アタシも、昨日のあの子みたいに、ママに抱きしめられて大泣きしたことがあるのよ。確か四歳だったから、ちょうどあの子くらいの頃にね」
 静かに淡々と語る美希の横顔を、せつなはちょっと小首を傾げて、一心に見つめる。
「その日、アタシはラブとブッキーと一緒に、ちょっと遠出して、隣町の公園に行ったの。何でそんな遠くまで行ったのかはもう忘れたけど、そこで三人でかくれんぼしてたときにね……。公園の前を通りかかった男の人がパパそっくりに見えて、アタシ、思わずその後を追いかけちゃったのよ」

 あれは、美希の両親が離婚して、一月ほど経った頃だった。いつでも会えるよ、と美希の頭を撫でて、弟の和希を連れて家を出ていったきり、結局その後一度も会っていなかった父。その面影を見つけて、幼い美希は、慣れない横断歩道を全速力で渡り、息を切らせながら長く続く歩道を走って、懸命にその背中を追いかけたのだ。
 あのときの赤信号の、とてつもなく長かったこと。歩道を彩る並木の木漏れ日の、なんと眩しかったこと。だが……。

「結局、その人はパパじゃなかったの。それに気付いたときは、ガックリしてへたり込んじゃった。そしてしばらくして、思い出したの。そう言えば、ラブとブッキーとかくれんぼしていたんだった、って」
「それで、どしたの?」
 せつなの方が泣きそうな顔をして、話の続きを促す。
「もちろん、公園に戻ったわ。かくれんぼの途中だったんだもの、今まで上手に隠れてたってことにしておけば、大丈夫だと思ってね」
「何て言うか……美希らしいわね」
 それどういう意味よ、とせつなを軽く睨んでから、美希は遠くを見るような目で、ポツリと呟く。
「でも……それがちょっと、遅すぎたのよね」

 夢中になって走り回っているうちに、美希は公園から、ずいぶん遠くまで来てしまっていた。お陰で、疲れた足を引きずって公園に戻ったときには、日は既に西の空へと傾きかけていて、ラブも祈里も、もう公園には居なかった。いくら探しても美希が見つからないので、二人は途方に暮れて、美希の家へと知らせに走っていたのだ。

「それで?」
「公園の、土管の形をした遊具の中に、じっと隠れてたわ」
「え……ラブもブッキーも、居ないのに?」
「あのときは、そんなに時間が経ってるなんて思わなかったから、二人ともアタシのこと探してるんだって思ってたのよ。でも、いくら待っても誰も見つけてくれなくて……。かくれんぼで、早く見つけてほしいって心から思ったのは、あのときが最初で最後ね、きっと」
 心配そうな目でこちらを見つめるせつなに、美希はそう言って、穏やかに笑った。

「そのうち、日が暮れて辺りが暗くなってきてね。お腹も空いて、だんだん心細くなってきて……。でも、不思議とそこから出て、家に帰ろうとは思わなかった」
「どして?」
「どうしてだろう。だぁれも見つけに来てくれないのが悲しくて、自分から出ていくのが悔しくて……。だから、誰かに絶対に見つけてもらうんだ、って意地になってたのかな」
 美希が少し寂しげな笑顔を、せつなに向けた。せつなはまつ毛を震わせて、その顔を見返す。
「それで、あの……レミおばさまが?」
 その問いに、美希は実に照れ臭そうに頷いた。

「ママが見つけてくれて、アタシのこと、凄く心配してくれていたんだって分かって……。それからよ、うちにはママしか居ないんだから、心配かけないように、自分のことは完璧にやらなくちゃって思ったのは。まぁ、今ではアタシの方がママの心配をしていることも、しょっちゅうだけどね」
 そう言ってもう一度ニヤリと笑う美希に、せつなもやっと笑顔になる。
「アタシ完璧、のルーツってわけね」
「まあ、そうとも言えるんだけど……」
 美希は何となく言い淀んでから、回想を振り切るように、すっと背筋を伸ばして、真っ直ぐにせつなを見つめた。

「ねえ、せつな。昨日のあの子、クローバーボックスが戻って来なかったから、悲しかったんじゃないのよね」
 急に話題を変える美希に、せつなは不思議そうな顔になる。
「自分が助けてもらったのは、クローバーボックスのついでなんじゃないかって……ちゃんと考えたわけじゃないかもしれないけど、あの子、そう感じたように見えた」

 理屈も何もない。あのときの自分に後ろめたさは一切無かったのに、それでもそう感じた。そして、仲間たち三人の中で、せつなだけが同じように感じたことを、美希は確信していた。
「だからね。あのときせつなが、それは違うってハッキリ言ってくれて、アタシ、凄く嬉しかったわ」
 ありがとう、と微笑む美希の視線に、せつなの頬が赤く染まる。
「だって、美希はどんなときでも、子供を“ついで”で助けたりなんかしないわ」
「そう、それよ」

 ここぞとばかりに身を乗り出した美希は、タルトとシフォンが眠っていたことを思い出して、慌てて声をひそめた。
「それが、アタシがいつも完璧でいたいって思う、本当の理由だったのよね」
「どういう意味?」
 ますます不思議そうな表情のせつなに、美希はやっぱり少し照れ臭そうに、ニコリと笑ってみせる。

「どんなときも希望を捨てずに、諦めないで完璧を目指していれば、困った時も、きっとアタシのことを信じて、助けてくれる人がいるから。そしてアタシも、きっと誰かを助けられるから。そうやって助け合っていけば、きっとみんなで笑顔になれるから――。だから、アタシは完璧でいたいんだなって気付いたの。昨日、みんなに助けてもらったときにね」

「それが、美希が完璧でいたい、本当の理由……」
 キラリと強い光を放つ美希の眼差しを、せつなは眩しそうに、そして嬉しそうに受け止める。
「美希」
「なぁに?」
「あなたって……本当に、完璧ね」
「なっ、何言ってるのよ!」
 大真面目なせつなの台詞に、今度は美希が真っ赤になって慌てふためく。それを見て、せつなはゆっくりと笑顔になって、クスクスと笑い出した。

「ああ、静かにしないと、シフォンが起きちゃうわね」
 ひとしきり笑った後、せつながそう言って、クローバーボックスのハンドルを握る。そのとき。
「ランラン ランラン ララララ ラ~」
 聞き慣れた、でも少したどたどしいメロディが聞こえてきて、二人は辺りを見回した。

 公園のベンチに、一組の親子が座っている。昨日、美希がシフォンに子守唄を歌ったベンチだ。
 座っているのは、クローバータウン・ストリートでベリーが助けた、あの女の子とその母親だった。そしてもう一人、あのとき母親におんぶされていた赤ちゃんが、ベビーカーに乗せられて、二人と向かい合っている。その赤ちゃんに向かって、クローバーボックスの子守唄を、女の子が歌っているのだった。

「きれいな歌ね」
 母親にそう言われて、女の子が得意満面な笑顔を見せる。が、すぐに真面目な顔になると、さも重大そうに訴えた。
「でもね、ずーっと考えてるんだけど、半分しか思い出せないの。もっと、続きがあったんだけどなあ」
 そう言って、彼女はもう一度赤ちゃんの方に向き直り、さっきと同じメロディを歌い始める。
「ランラン ランラン ララララ ラ~」
「ランラン ランラン ララララ ラ~」
 突然、続きを歌う第二の声が聞こえてきて、女の子は驚いて顔を上げた。

 赤い小さなエナメルの靴。ピンク色の可愛らしいワンピース。くるりと内向きにカールした柔らかそうな髪に、ピンクの花の髪留めがアクセントになっている――。
 自分と同い年くらいの女の子。彼女はもちろん知らないことだが、昨日、クローバーボックスを持って車に轢かれそうになったところを美希に助けられた、さーちゃんと呼ばれていた女の子だった。

「その歌、どうして知ってるの? きれいなオルゴールから聞こえる歌でしょ?」
 さーちゃんが不思議そうに、目の前の女の子に問いかける。
「うん! 昨日ね、トラックのおじさんにもらったの。でも、悪い人にとられそうになって、プリキュアが助けてくれたんだ!」
 ベンチから立ち上がり、得意げに説明する彼女の言葉に、さーちゃんはポカンと口を開けた。
「え……プリキュア!?」
「そう! あのね、そのオルゴール、プリキュアのお友達の、大事なものなんだって。だから、プリキュアが悪い人から取り返して、お友達に返してあげたんだよ」
 それを聞いて、さーちゃんの顔が、ぱぁっと笑顔になった。
「良かったぁ! さーちゃんが落としちゃったオルゴール、みつかったんだ……」
 嬉しそうにそう叫んでから、さーちゃんはあることに気付いて、驚きに目を見開く。
「えーっ!? そしたら、あのおねえちゃんって……プリキュアの、友達だったのぉ!?」

「ねえ、もう一回歌ってみて。あたし、まだ半分しか覚えてないの」
 女の子にせがまれて、さーちゃんが張り切って歌い出す。じっと聴いていた女の子が、大きく頷いて、すぐに一緒に歌い始める。
 幼い二人の歌声は、高らかに、朗らかに、風に乗って四つ葉町公園に響き渡った。

 いつの間にかお客さんが居なくなって、ガランとしたドーナツカフェ。美希とせつなはと言えば、カオルちゃんのワゴンの陰から、そっとベンチの方を窺っていた。女の子がプリキュアの話を始めたところで、二人は慌ててここに身を隠したのだ。

「ねえ、美希」
 学生鞄をきちんと背負い、まだ眠っているシフォンと二人分のドーナツを抱えたせつなが、美希に囁く。
「な……何?」
 同じく眠っているタルトと二人分の飲み物を抱え、おまけに自分の鞄まで提げている美希の両腕が、プルプルと震えている。
 せつなはその様子にクスリと笑って、もう一度、楽しげに歌う二人の女の子を見つめた。
「あの子たち、とっても幸せそうね」
 その言葉に、美希も精一杯の笑顔で囁き返す。
「ええ……完璧にね」
 シフォンがせつなの腕の中で、もぞもぞと身じろぎする。そして、まるで子供たちの歌声が聞こえているように、プリプー……と心地良さそうな寝言を言った。

~終~



最終更新:2013年03月14日 20:47