四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode10:宴のあとに




「この子はインフィニティじゃない。シフォンよ!!!!」
 ウエスターとサウラーを睨みつける、プリキュア四人の声が揃う。当のシフォンはキョトンとした表情で、ピーチの腕の中から、去っていく二人の後ろ姿を見送った。
「良かったなぁ、シフォン。一時はどうなることかと思ったで。」
 タルトが満面の笑みで駆け寄って来る。その後ろから静かに歩いてくる姿を見て、シフォンがその瞳をキラキラと輝かせた。


「ぱぁぴぃ~!」
「え・・・今、なんて言うたぁ?シフォン。」
 タルトが驚いて立ち止まる。ピーチたちも揃って顔を見合わせたとき、ぎゃっ!という小さな悲鳴と、珍しく少し慌てた声が聞こえてきた。
「な、なんじゃ、シフォン。ようその呼び方、お、覚えとったのぉ。」
 やって来たティラミス長老は、これまた珍しいことに少し赤い顔をして、長い眉毛だけでなく、心なしか目尻まで垂れ下がっている。
「ぱぁぴぃぃ~!」
 再び嬉しそうに声を上げて、長老の腕の中に飛び込んでいくシフォンを見ながら、ピーチは怪訝そうな顔で、タルトに問いかけた。


「ねぇタルト。パピーって、長老さんの名前?」
「ちゃう。長老の名前は、ティラミスや。」
 かぶりを振るタルトに、そうだよね、と呟いて、ピーチは今度は仲間たちの顔を見回す。
「じゃあパピーって、どういう意味?」
「まさか、子犬・・・じゃないよね。」
 パインが長老の方を気にしながら、小首を傾げる。
「長老さん、犬っていうより、明らかに鳥に見えるわ。」
 大真面目に答えるパッションを制してから、ベリーがエヘンと胸を張った。
「パピーってね、確かに英語なら子犬だけど、フランス語で、おじいちゃんっていう意味よ。」
「さっすがベリーはん・・・って、長老!シフォンに自分のこと、そないにハイカラな名前で言うとったんでっか?」
 タルトの脳裏に、「ほぉらシフォン。パピーやぞぉ。」と言いながら、長老がガラガラを振っている絵が浮かぶ。それを打ち消すように、まだ少し赤い顔の長老が、コホンと咳払いした。


「いやなぁ、パパでは少し照れ臭いし、おじいちゃんと言うのも、ワシのキャラに合わんじゃろう?それでシフォンには、ワシのことはパピーと、そう教えとったんや。」
 あっけにとられて声も出ない四人の少女に、長老はいつもの調子で、パチリとウィンクする。
「どうじゃ、パピーの方がワシに似合うて、なかなかシブいやろ?」
「ガクッ。パピーの、一体どこがシブいんやぁぁ!!」
「そうか・・・。すまん。若気の至りや。」
「ちがっ・・・う~、否定しにくいやないかぁ!」


 長老とタルトの掛け合いに、ピーチがたまらず、ぶっと吹き出す。それはあっという間に四人の間に伝染して、その場は笑いの渦となった。
 シフォンは、みんなの笑顔をひとりひとり見渡してから、キュア~!と一声、実に嬉しそうな声を上げた。




   四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~
   Episode10:宴のあとに




 その日、桃園家に最後の緊張が走ったのは、もう夜になってからだった。
 コロッケパーティーもお開きとなり、お客さんも皆帰って、家族だけでリビングでくつろいでいたときのことだ。
「おーい、タルト。タルトぉ!」
 二階から、突如長老の大声が聞こえてきたのだ。ラブもせつなも、その足下にいたタルトも、思わずギクリと顔を上げた。
「ん?どうかしたの?ラブ、せっちゃん。」
 あゆみが不思議そうに、二人の顔を覗き込む。圭太郎はと言えば、テレビのバラエティ番組を見ながら、わはは・・・と呑気そうに笑っている。
 そんな二人の様子を見て、せつなは密かに安心した。どうやら長老は、姿を見えなくできるだけではなくて、声も、特定の人にしか聞こえないようにできるらしい。
 しかし、ホッとしたのも束の間、次に聞こえてきた長老の言葉に、三人は別の意味でギクリとして、腰を浮かせた。


「タルト。悪いんやけど、急いでクローバーボックスを持って来てくれへんか?」
 タルトが弾かれたように部屋を飛び出す。ラブは思わず、天井に目をやった。シフォンは今、二階のラブの部屋で、長老に遊んでもらっているはずだ。
(まさか、シフォンがまたインフィニティに!?)
「お、お母さん。あたしたち、ちょっと宿題を思い出したからっ!」
 言うが早いか、ラブとせつなも二階へと駆け上がった。


 部屋に入ってみると、長老は、もうクローバーボックスのハンドルを回し始めていた。ゆったりとした優しい音色が、部屋の中に漂っている。
「長老さん!シフォンは?」
 叫ぶようにそう尋ねたラブに、長老は空いている左手を、自分の嘴に直角に当ててみせた。人差し指は立てられないものの、どうやら「静かにしろ」と言っているらしい。
 シフォンは実に嬉しそうな、安心しきった表情で、ラブのベッドに横たわっていた。額の四つ葉のマークがぼぉっとピンク色に色づき、その目は気持ち良さそうに閉じられている。きっとすぐにでも、寝息を立て始めるだろう。


「良かった・・・。シフォンがまた、インフィニティになったのかと思った。」
 ラブは長老の隣りに座って、ホッと胸を撫で下ろした。せつなも安心したように、その隣りに腰を下ろす。
 長老は、ゆっくりとハンドルを回しながら、いつもの飄々とした口調で言った。
「シフォンを寝かせるのんは久しぶりやから、前みたいに子守唄で寝かしつけたろ、と思うてな。うちにおった頃は、毎晩こうやって寝かしてたんや。」
「じゃあその頃は、クローバーボックスの曲は、この子守唄だったんですね?」
 せつながシフォンの顔を見ながら、小声で長老に問いかける。
 ラブとせつなにとって、この曲は、今日初めて聴いた曲だ。異世界を彷徨っていたシフォンを呼び戻したときまでは、クローバーボックスは別の曲を奏でていたのだから。
「うーむ、なんや知らんけど、普段はいろんな曲が流れとったなぁ。どうやらそのときのシフォンの状態で、曲が変化するみたいじゃった。せやけど、寝かしつけるときは必ず、この曲になっとったな。」
「やっぱり、ただのオルゴールじゃないわけね。」
 感心したように呟くせつなの向こう側から、タルトが不満そうな顔を覗かせる。
「せやけど長老。ただ寝かしつけたい、ってだけやったら、何も二階から大声で呼ばんでもええやないですか。クローバーボックスを持って来い、言うから、ワイはてっきり、シフォンがまたインフィニティになったもんやと・・・」
「そりゃすまんかったの、タルト。せやけどクローバーボックスは、何もシフォンをインフィニティから元に戻すためだけに使うもんやないやろ?」
 長老のその言葉に、ラブはハッとしたように、顔を上げた。


「そっか。そうですよね!」
「ん?何が“そう”なんや?」
 のんびりとした口調に似合わず、案外鋭い目つきの長老に、ラブは勢い込んで言葉を続ける。
「今日あんなことがあったから、あたし、クローバーボックスって、シフォンを元に戻すためのアイテムだって、思いかけてた。
でも元々は、シフォンがすくすくと成長するように――シフォンの幸せのために、一緒にスウィーツ王国にやって来たんですよね!」
「・・・そうね。ラブの言う通りだわ。」
 じっとラブの言葉に耳を傾けていたせつなが、生真面目な顔で小さく頷く。
「ふむ。」
 長老は、シフォンが寝入ったのを確認してから、ハンドルを回す手を止めて、ラブとせつなの方に向き直った。


「クローバーボックスはな、確かにただのオルゴールやない。何と言うても、伝説のクローバーボックスや。まだまだワシらの知らん、たくさんの秘密があるはずなんや。」
 厳かな長老の声に、ラブはゴクリと唾を飲み込み、せつなは真っ直ぐに、長老の目を見つめる。
「せやけどな。」
 長老はそこで言葉を切って、もう一度、すやすやと眠るシフォンの顔を覗き込んだ。
「今、あんさんが言うた事――シフォンの幸せを願うアイテムや、ちゅう事こそが、クローバーボックスの力の源であるはずや。そのことをよう覚えといてな、お嬢さんがた。」
「はい。」
 声を揃えてしっかりと頷くラブとせつなを見つめる長老の目は、今は何だか優しい、穏やかな光を湛えていた。


 ☆


 その日の夜遅い時間。既にベッドに入って寝ようとしていたせつなの部屋のドアを、ラブが遠慮深げにノックした。
「長老さんが、シフォンと一緒にあたしのベッドで眠っちゃってさ。せつな、悪いんだけど、今夜は一緒に寝てもいい?」
 枕を抱えて、上目遣いでそう言うラブを、せつなは笑顔で招き入れた。


 小さなベッドに、二人で潜り込む。息がかかるほど近い距離で向き合って、どちらからともなく、フフッと笑いが漏れた。
「何だか、私が初めてこの家に来たときみたいね。」
 せつなが微笑みながら言う。
「ホントだ。じゃあ今日は、あのときのお返しだね。」
 ラブがそう言って、せつなに微笑み返した。
 あのときは、この部屋はまだせつなの部屋になっていなくて、それで二人でラブのベッドで眠ったのだ。
 早いもので、あれからもう二カ月が経つ。そう言えばあのときは、せつなとこんなにくっついて寝てはいなかったなと、ラブはあの日の、せつなの寂しげな笑顔を思い出す。


「そうだ、せつな。今日はありがとう。」
「え?」
 突然お礼を言うラブに、せつなは不思議そうに小首をかしげた。
「数学の時間のこと。あたしが当てられそうだったから、代わりに答えてくれたんでしょ?パーティーのとき、大輔から聞いたんだ。」
「ああ。」
 せつなが納得したという表情で、ううん、と首を横に振る。そして少し目を伏せると、低く静かな声で言った。
「今日はみんな、学校どころじゃなかったものね。私も今日初めて、放課後になるのが凄く待ち遠しかった・・・。」
 そこまで言うと、せつなの顔がグニャリと歪んだ。


 慌てて下を向いて、表情を隠す。でも、至近距離にいるラブには、肩の震えと、必死で嗚咽を堪えている息づかいが伝わって来る。
「せつな。」
 ラブは、ゆっくりとせつなの肩に手をかけてから、そのままギュッと、その細い身体を抱き締めた。
「お疲れ様。今日は一日、長かったね。」


 せつなの震えが、ラブの腕の中で大きくなる。
 まさか、インフィニティがシフォンだなんて、思いもよらなかった。探していたものが何かすら知らず、ただ命じられるがままに、人々から不幸を集めていた自分。あまりにも愚かだったと後悔している自分の行為を、せつなは今日ほど、激しく悔いたことは無い。
 でも、泣くことも詫びることも、自分には許されないと思っていた。だから、ただひたすらにシフォンを探し、精一杯戦った。シフォンが元に戻ったときは、仲間たちと共に心から喜び、一生懸命コロッケを作って、みんなとパーティーを楽しんだ。
 それでいいと思っていた。後悔したって、何も始まらないのだから。拭い切れないこの思いは、心の奥底に閉じ込めて、ただこれからを精一杯がんばろうと、自分に言い聞かせていた。
 それなのに――凍らせたはずの自責の念は、まるでラブのぬくもりに溶かされたかのように胸を満たし、両目から一気に溢れ出した。


「ごめん・・・なさい、ラブ。私・・・私が・・・」
「せつな、もういいの。もう、いいんだよ。」
 ラブは、せつなの涙と震えが治まるまで、そう繰り返しながら、優しくせつなの背中を撫で続けた。


 どれくらいの間、そうしていただろう。
「ねえ、せつな。」
 涙が止まって、少し照れ臭そうに顔を上げたせつなに、ラブは静かに語りかける。その目にも、うっすらと涙があった。ラブにとっても、今日はまるで先の見えない、長い長い一日だったのだ。
「もしインフィニティが現れても、それをラビリンスに渡さなければいいって、あたし、昨日そう言ったよね。」
「ええ。」
 せつなも涙に濡れた目で、ラブの顔を見つめて微かに頷く。
「シフォンがインフィニティだってこと、まだ信じられないけどさ。でも、知らないものを守るんじゃなくて、シフォンを守るためだったら、あたしたち、何だか十倍も百倍も、頑張れそうな気がしない?」
 そう言って、ラブはせつなの顔を覗き込む。
「だって、シフォンはあたしたちの大切な友達で、家族だもの。絶対に守りたい、大切な大切なものだもんね。」
 ラブの瞳に、強い意志の光が輝く。それを見て、せつなの瞳にもまた、光が宿った。


「そうね。インフィニティだから守るんじゃない。私たちは、シフォンを守るのよね。」
「うん。だって、あたしたちにとって、シフォンはシフォンなんだから。」
「ええ。」
 しっかりと頷くせつなの手を、ラブは強く握りしめる。
「さぁ、そうと決まったら、明日からまた楽しいこと、たっくさんやろうね!不幸のゲージのせいで、シフォンがインフィニティになるんだったらさ、その分あたしたちが、いーっぱい楽しいこと、シフォンに教えてあげようよ。ね?」
 ニコリと笑うラブの顔が、今日は何だか、いつもに増してあゆみに似て見える。せつなはそう思いながら、決意を込めた言葉を、力強くラブに告げた。
「ええ。私、精一杯がんばるわ。」


 ☆


 翌日の土曜日は、まるで秋の空を絵に描いたような、雲ひとつない天気となった。
「長老~!ここがワイの兄弟がやっとる、めっちゃ旨いドーナツの店でっせ。」
 タルトが勝手知ったる他人の店とばかりに、ドーナツカフェのテーブルに、ぴょんと跳び乗る。
「タルトちゃん、声大きいよ。他の人に聞かれたら、どうするの?」
 祈里が、言葉の割におっとりとした口調でそう言いながら、タルトを隠すようにテーブルに着く。
「まぁ今のところ、お客さんはアタシたちだけみたいだけどね。」
 美希がそう言って、いつものドーナツセットを注文する。ラブとせつなも、それぞれシフォンと長老をテーブルの上に降ろして、席に着いた。


「今日はいつもと違うんだから、気を付けてよ?タルト。長老さんは、カオルちゃんには見えないんだからね。」
「わかっとるがな。」
 小声で念を押すラブに、タルトが軽い調子で言い返す。
 長老がスウィーツ王国に帰る前に、どうしても出来たてのドーナツを食べてもらいたい。タルトがそう言って、まだお客さんの少ない午前中を狙って、みんなでドーナツカフェにやって来たというわけだった。


「それにしても、スウィーツ王国っていうくらいなのに、どうしてドーナツが無いんですか?」
 声をひそめて問いかける祈里に、長老はあっさりと即答する。
「そりゃあ、全パラレルワールドのスウィーツがあったりしたら、困るからや。」
「え?どうして困るんですか?」
「うーん、スウィーツ王国が、スウィーツで埋もれちゃうから・・・とか?」
「いや、ラブちゃん。別に飾っておくわけじゃないんだから・・・。」
 祈里とラブがボソボソと言い合うのを軽く流して、長老は実に事も無げに言ってのけた。
「そりゃあ、今日みたいな楽しみが無くなるからに決まっとるやろ?新しい世界に出向いて、見たことも食べたことも無いスウィーツを食べる。これぞ旅の醍醐味っちゅうもんじゃ。それが無くなってしもうたら、実につまらんからの。」
「なんか重々しく言ってるけど・・・そんな軽い理由なんですか?」
 力なく突っ込む美希に、長老はニヤリと笑って、オレンジジュースをズズッと啜った。


「はい。ご注文通り、出来たてだよ~ん。」
 カオルちゃんが歌うようにそう言いながら、ドーナツを持ってやって来る。
「うわぁ、ありがとう、カオルちゃん。」
 ラブが目を輝かせてお礼を言ったとき、シフォンが両手を振りながら、嬉しそうに叫んだ。
「ぱぁぴぃ~!」


「わわわ、シフォン!それ、言うたらあかんて。」
 タルトが慌ててシフォンを抑え込む。
「ん?パピーって、オジサンのこと?やっぱり子犬みたいに、つぶらな瞳だからかな。」
 ニタリと笑って自分の鼻を指差すカオルちゃんに、今度はラブたちがうろたえた。
「い、いやぁ、カオルちゃんのことじゃないよ!」
「シフォンは最近、おしゃべりする言葉が凄く増えてきたから・・・」
「時々、関係ない言葉をしゃべったりするのよね。」
 ラブ、美希、祈里が口々にそう言って、あはは~と取って付けたように笑う。
 苦笑いでそれを見守っていたせつなだったが、ふとテーブルの上に目をやって、ギクッと首を縮めた。その視線に気付いたタルトが、振り返って、わっ!と飛び上がる。
 そこには、長老が満面の笑みを浮かべ、両手にドーナツを持って、夢中で頬張っている姿があった。この光景は、おそらくカオルちゃんの目には、宙に浮いたドーナツが、ひとりでに減って行っているように見えるだろう。
 せつなは咄嗟に長老を抱え上げると、「ごめんなさい!」と早口で呟きながら、素早くテーブルの下に押し込んだ。


「あれ?兄弟。そんなところにアイス置いといたら、溶けちゃうよ?」
「へ?」
 ホッとしたのもつかの間、カオルちゃんの何気ない一言に、またもや全員が、顔を引きつらせる。
 テーブルの上にあるのは、長老のステッキ。ご丁寧に、ドーナツの皿の中に放り出されている。持ち主の手を離れたせいで、カオルちゃんにも見えてしまっているらしい。そこに取り付けられたアイスクリームの飾りは、言われてみれば確かに本物と間違えるくらい、よく出来ていた。
「出来たてドーナツは、ハートの中までアツ~いからね。この熱をナメたらいけないよ~ん。あ、舐めるのはアイスの方か。グハッ!」
「ち、違うんや、兄弟。これはただのイミテーションで・・・って、なんで次から次へとこうなるんやぁ!」
 タルトの絶叫が、ドーナツカフェに響く。せつながチラリとテーブルの下を覗くと、長老はもうすっかりドーナツを食べ終えていて、せつなに向かって、パチリとウィンクしてみせた。
 せつなはクスリと笑って、もう一度テーブルの上に目をやる。まるで百面相のようなみんなの顔を、キョロキョロと楽しそうに見回していたシフォンが、せつなの顔を見て、キュア~!と嬉しそうに叫んだ。


~終~



最終更新:2013年02月12日 15:03