四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~ Episode3:わたしたちの小さな天使




「祈里おねえちゃ~ん!」
小さな影が大きな影を従えて・・・いや、
大きな影と小さな影とが寄り添うように
こちらに向かって走ってくる。
弾んだ声と、千切れんばかりに振られるしっぽ。
表現の仕方は違うけど、二人とも喜んでる。


「タケシ君、ラッキー。こんにちは。昨日は大活躍だったわね。」
わたしの言葉に、満面の笑みと、元気な鳴き声が返ってきた。
「うん!おねえちゃんたちのお陰だよ。ありがとう。」
昨日は、ワンちゃんたちの運動会だった。
パッション・キャッチを成功させて、三等賞をもらった張本人が
くぅ~ん、と嬉しそうに擦り寄ってくる。


首筋をなでるわたしを見つめる、つぶらな瞳。
この瞳で、かつては彼女を縛っていた闇を見つめ、
今度は彼女の中に芽生えた光を見つけた。


視線を合わせ、その泉のような瞳の奥を、静かに覗き込む。
今は、キルンの助けはいらない。
言葉は無くても、想いは伝わるから。


(ありがとう、ラッキー。せつなさんを受け入れてくれて。
わたしたちの、力になってくれて。)


わん、という短い返事は、
強く、やさしく、わたしの心の中に響いた。




   四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~
   Episode3:わたしたちの小さな天使




「ハイ、シフォン。たぁんと召し上がれ。」
 ラブちゃんが、膝の上に抱っこしたシフォンちゃんに、キュアビタンを手渡す。キュア~!と嬉しそうな声を上げて、彼女はその丸っこい両手で、哺乳瓶を抱えた。
 ピルンが出す料理の種類は、どんどん増えているけれど、やっぱり最後はキュアビタンが飲みたいみたい。そう言えば、美希ちゃんが前に、“シメ”って言ってたっけ。うーん、ちょっと違うような気もするんだけど。


 わたしたちは、今日もラブちゃんの家に来ている。いつもはラブちゃんの部屋にお邪魔するけれど、今日集まっているのは、せつなさんの部屋。家具も入り、小物も揃ってバッチリ部屋らしくなったから、一度みんなを招待しようよ!と、ラブちゃんがせつなさんに提案したらしい。
 せつなさんが冷たい麦茶とお菓子を持ってきてくれて、みんないつものように、思い思いの場所に座った。その途端に、お腹を空かせたシフォンちゃんが泣き出して、ピルンの出番となったのだった。


「やっぱりせつなの部屋は、赤を基調にしたわけね。なかなかセンス、いいじゃない。」
「・・・ほんと?」
 部屋を見回してそう言う美希ちゃんに、せつなさんが少しはにかみながら、嬉しそうに微笑む。
「良かったね、せつな。小物はほとんど、せつなが選んだんだよ。この円形のラグとか、すっごく気に入ってるんだよねっ。」
「もう、ラブ!・・・恥ずかしいわよ。」
 本人以上に嬉しそうなラブちゃんの言葉に、せつなさんが顔を赤らめたとき、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。続いて、新聞の集金でーす、という声。
「はーい。・・・お母さんパートで留守だから、ちょっと行ってくるね。せつな、シフォンをお願い。」
「え?あ・・・。」
 ベッドに腰掛けているせつなさんに、シフォンちゃんをぽんと手渡して、急いで部屋を出て行くラブちゃん。何気なくそれを見送ったわたしは、せつなさんがシフォンちゃんを抱っこしたまま、固まってしまっているのに気付いた。
 シフォンちゃんを支えている両腕だけでなく、首や肩にまで、凄く力が入っているように見える。もっとも、当のシフォンちゃんはと言えば、そんなせつなさんの様子にはお構いなし。ただ一心に、大好きなキュアビタンを飲んでいるみたいだけど。
 その様子を見て、わたしが初めてシフォンちゃんを抱っこしたときのことを思い出した。そう言えばわたしもあのとき、凄く緊張したんだったっけ。支える指がどこまでも埋もれてしまいそうな柔らかさは、どんな動物さんの抱き心地とも、まるで違っていたから。
 わたしが座布団から立ち上がると、同じように勉強机の椅子から腰を浮かせていた美希ちゃんが、それを見て、また元通りに座り直した。ここはブッキーに任せた。美希ちゃんの目が、そう言っている。こういうとき、美希ちゃんはホントに、わたしたちのおねえさんだ。
 わたしは美希ちゃんに小さく頷いてから、意を決して、せつなさんの隣りに腰を下ろした。


「あのっ、せつなさん。」
 自分の声が裏返っているのに気付いて、心臓がドキリと跳ねる。
 ダメだ、わたしまで硬くなってどうするの。頭をひとつ振って、大きく深呼吸してから、わたしは思い切って、せつなさんの肩にそっと手を置いた。
「・・・祈里?」
 深い赤を帯びた瞳が、驚いたように私を見る。せつなさんの強張っていた肩から、少し力が抜けたみたい。それが掌から伝わって、わたしもようやく落ち着いてきた。


「あのね。そんなに硬くならなくても、大丈夫だよ。もっと力を抜いて、楽に抱っこしてあげて。」
 大丈夫、今度は言えた。ホッとして頬が緩んだわたしに、せつなさんもつられたように笑みを浮かべる。
 両腕で輪を作って、その中にシフォンちゃんを入れるようにすると良いこと。寝ているときは、頭とお尻を腕で軽く支えてあげれば、それだけで安定すること。わたしのジェスチャーを交えた説明に、せつなさんは素直に頷いて、言われたとおりに体勢を変える。そしてやっと緊張から開放されたのか、ふぅっと大きな息を吐いた。


「ごめんなさ・・・あ、ありがとう。私、シフォンを抱っこするの、初めてで・・・。あんまり軽くて柔らかいから、何だか・・・壊してしまいそうで・・・。」
 小さな声で、ポツポツとしゃべる彼女に、わたしは笑顔で頷いてみせる。
「わたしも、最初は恐かったよ。ふわふわしてて、頼りなくて、心配になっちゃうんだよね。」
「大丈夫よ。シフォンはもう大きくなってきたし、そんじょそこらの赤ちゃんとは違うもの。いざとなれば宙にも浮いちゃうんだから、少々落っことしてもへーき。」
 美希ちゃんが、ワザと乱暴なことを言って、せつなさんにウインクしてみせる。そんなこと言って、またシフォンちゃんにヘソを曲げられても、知らないんだから。


 話しているうちに、シフォンちゃんがキュアビタンを飲み終えたらしい。せつなさんの腕の中で、気持ちよさそうに目を閉じている彼女の額のマークが、ぼうっと淡いピンクに色づいている。お腹がいっぱいで幸せ、というシフォンちゃんのサイン。
 せつなさんが、ゆっくりゆっくり、そろーっとベッドに寝かせると、シフォンちゃんは、小さくプリプー・・・と呟いてから、すやすやと寝息を立て始めた。


「・・・寝た?」
 美希ちゃんが小声でそう尋ねながら、席を立つ。わたしの隣りにやってきて、一緒に寝ているシフォンちゃんを覗き込んだ。
「ふふっ、かわいい寝顔。」
「ホント、まさに天使ね。」
 ささやくわたしと美希ちゃんの隣りで、今まで微動だにしなかった黒髪が、こくんと揺れる。
「本当に、かわいい・・・。」
 小さな小さなその声の、あまりにも愛しげな響きに、わたしは思わず、せつなさんの顔に目をやった。
 シフォンちゃんを見つめるその瞳は、まるで彼女を包み込むようで・・・。見ているこっちまでやさしい気持ちになれるような、そんな眼差しだった。


 かつての彼女の、知的だけれど、まるで表情の無かった暗い瞳を思い出す。あの頃は、占い師さんはやっぱりミステリアスなんだなって、単純に思ってた。
 でも今の彼女を見ていると、あの頃の彼女に足りなかったもの・・・ううん、本人は足りないってことさえ知らなかったものが、よくわかるような気がする。


(良かったね、せつなさん。)
 心の中で、そうつぶやいたとき。
「ごめ~ん、遅くなっちゃって。小銭入れの中身、玄関でぶちまけちゃってさぁ。新聞屋さんに拾ってもらっちゃった。あはは~。」
 バタンというドアの音と一緒に入ってきた、ラブちゃんの明るくて大きな声。
「しぃーっ!」
 三人揃って人差し指を口の前に立てて、ラブちゃんを睨む。
「おっ、なんや、あんさんら。息ぴったりやなぁ。」
 今まで一人で黙々とおやつのクッキーを食べていたタルトちゃんが、そんなわたしたちを見て、ニッと笑った。




「こうして寝顔を見ている分には、ほんっとにかわいくて、平和なんだけどね~。」
 そろりとドアを閉めて、わたしたちと一緒にベッドを覗き込んだラブちゃんの言葉に、せつなさんが首を傾げる。
「どして?起きているときも、シフォンはかわいいわ。それに、平和って・・・。」
「ああ、そりゃあ、かわいいのは間違いないよ。でも、起きてるときは、なかなか泣きやまなかったり、言うこと聞かなかったりするしさあ。」
「でもそれは、わたしたちだって、赤ちゃんの頃はそうだったと思うよ。」
 わたしがそう言うと、ナハハ~、といつもの笑い声を上げて、ラブちゃんはさらに続ける。
「それにほら、シフォンのいたずらは、時々手がつけられなくなっちゃうじゃない?」
「でも・・・単なるいたずらでしょう?ドーナツが宙に浮いてるところくらいは、見たことあるけど。」
「そんな甘いもんじゃないって!」
「そーんな甘いもんやないでぇ!」
 せつなさんの言葉に、今度は、ラブちゃん、美希ちゃん、そしてタルトちゃんの声が揃った。自分の声の大きさに、慌てて口を押さえているところまで、息ぴったり。
 わたしは思わずクスッと笑ってから、こっちに行きましょう、と促して、みんなで窓の近くに場所を移した。


 ラブちゃんが、改めてせつなさんに向き直る。
「せつなはまだヒドい目に遭ったことないから、そんなことが言えるんだよぉ。座布団が凄い勢いで飛び回ったり、消しゴムが背中でもぞもぞ動いたり、も~大変なんだから!」
 ラブちゃんが言うと、そんな内容でも、何だかシフォンちゃんの自慢話みたいに聞こえるから不思議だ。
「わいなんか、何べんも空中遊泳させられとるで。」
「アタシも、車が宙に浮きかけて驚いたことがあるわ。」
「それだけじゃないよね~、美希たんは。ティッシュでヒゲを・・・」
「ラブ!!」
 怖い顔でラブちゃんを止めた美希ちゃんが、コホンと咳払いをして、せつなさんの方を向いた。
「まあ、シフォンに悪気があるわけじゃなくて、遊んでるつもりでいることが多いんだけどね。でもとにかく、超能力が相手だから・・・。」
「ふぅん。」
 せつなさんは、真面目な顔で考え込んだ。


「せつな、どうかした?」
 ラブちゃんが、少し心配そうに、せつなさんの顔を覗き込む。その声を聞いて、せつなさんはすぐに笑顔になって、かぶりを振った。
「あ、ううん。スイーツ王国のことは知っているけど、そこの妖精がそんな力を使えるなんて、聞いたことなかったから。スイーツ王国では、よくあることなの?」
 せつなさんの問いかけに、今度はタルトちゃんが、凄い勢いでかぶりを振る。
「そんなことあらへん!スイーツ王国の中でもそんなことが出来るんは、わいが知る限り、シフォンと長老だけや。」
「へぇ~、そうなんだ。凄いんだね、シフォンは。」
 素直に感心するラブちゃんの顔を、微笑みながらちらりと見やって、せつなさんは穏やかな声で言った。
「でも、シフォン自身はきっと、自分の力が超能力だなんて・・・特別な力だなんて、まだ思っていないのよね。」
「あ・・・。」


 今度は、ラブちゃんと美希ちゃんとわたしの声が揃う番だった。
 シフォンちゃんの超能力を、シフォンちゃん自身がどう感じているか。そんなこと、今まで考えたことなんてなかった。きっとシフォンちゃんにとっては、生まれながらに持っている、当り前の力。キュアビタンを飲んだり、泣いたり、おしゃべりしたりするのと、同じことなんだろう。
 でも、それが超能力だと知ったら・・・周りの誰も持っていない、自分だけの特別な力だと知ったら、そのとき、シフォンちゃんはどう思うんだろう。


「大丈夫だよ!」
 急に静かになった部屋に、ふいに力強い声が聞こえて、わたしたちは揃って顔を上げた。
 やっぱりこういうときに口火を切るのは、ラブちゃんだった。目をキラキラさせながら、その強い眼差しで、わたしたちを見つめる。
「シフォンには、あたしたちがついてるもの。シフォンが、みんなの笑顔が大好きで、かわいくて、とーってもやさしい子だってこと、あたしたちはよく知ってる。
 だから、いつかもしも、シフォンが自分の力のことで、悩んだり落ち込んだりすることがあったら、あたしたちみんなで、それを伝えてあげようよ。」
「あらぁ?誰かさんはさっき、起きてるときは大変だ、なぁんて言ってた気がするけど?」
 からかうような口調でそう言ってから、美希ちゃんがやさしい光を宿した目で、ラブちゃんを見る。
「でも、ラブの言うとおりね。そのときは、アタシたちがシフォンを励ましてあげよう、完璧に。」
 むくれかけていたラブちゃんが、その言葉を聞いて、再び笑顔になる。


――人間と動物とでは、感じ方が違うんだ。だから理解し合うためには、お互いに一歩ずつ、近付かなくちゃいかん。


 ふいに、以前わたしがタルトちゃんと入れ替わってしまったときに、お父さんに言われた言葉を思い出した。
 シフォンちゃんは動物さんじゃないけど、人間と妖精さんだって、それはきっと同じのはず。だからわたしも、三人の顔を見ながら、笑顔で美希ちゃんに続いた。
「うん。わたしたちなら、少しでもシフォンちゃんの気持ちに寄り添ってあげられるって、わたし、信じてる。」
「ううっ、あんさんら、ホンマに、ホンマに、ええ子やなぁ。」
 涙もろいタルトちゃんが、そう言ってズズッと洟をすする。
 せつなさんは、何も言わなかった。でも、わたしたち三人を交互に見つめるその表情は、何だかとても穏やかで、そしてとても嬉しそうに、わたしには見えた。




「そう言えば。」
 やっと落ち着いて麦茶を飲み、お菓子を食べ始めたところで、わたしは部屋に入ってから気になっていたことを、せつなさんに訊いてみた。
「せつなさん、本を読むのが好きなのね。図書館でも会ったことあるし。」
 間取りも家具もほぼ同じのラブちゃんの部屋との、大きな違い。それは、勉強机の隣りに置かれた本棚だった。既に十冊以上の本が、その中に納まっている。せつなさんがこの家に来てから買ったものだろうから、そう考えるとかなりのペースだ。さらに机の上には、図書館で借りてきたものらしい本も、五、六冊積み上がっていた。


「ええ。この世界のこと、色々と勉強中だから。でも、本の知識だけじゃわからないことだらけなんだって、最近気付いたわ。」
「そうよね。」
 まっすぐにこちらを見て話すせつなさんの目を、今度はわたしも、まっすぐに見つめて頷く。そのことは、わたしも時々感じていることだったから。


「祈里も、本が好きなのね?」
 せつなさんが小首を傾げるようにして、わたしに問いかける。
「うん。動物さんの本も好きだし、それ以外の本も、割と読む方かな。」
「割と、どころじゃないよぉ。せつな、ブッキーの部屋の本棚って、凄いんだよ。動物の本だけじゃなくて、いろんな本が、すっごくたくさんあるの!美希たんやあたしの部屋とは、大違いなんだから。」
 ラブちゃんが両手を広げて、大袈裟にそんなことを言う。
「ちょっと、ラブ!どうしてアタシの部屋まで引き合いに出すのよっ!」
 また小競り合いを始めた二人にちょっと微笑んでから、せつなさんは話を元に戻した。


「本の知識って、どのくらい役に立つものなのかしら。本物とは違っていることや、本物を見ないとわからないことも多いわよね。」
「そうね。本に書いてあることが実物そのものかって言われたら、そうじゃないよね。専門書なんて、プロの人にしかわからないような、難しいことが書いてあるんだろうけど、紙の上に全ては表せないし。」
 辞書も図鑑も実用書も、知識を得るという点では、きっと同じ。本だけじゃない、インターネットだって、誰かの話を聞くのだって、同じことだ。
「でもね。何かを知りたいと思ったとき、本ってその世界の入り口になってくれるような気がするの。
 もちろん、本の知識だけじゃ、実感できないことも多いんだけど、本物に出会ったときに、本で読んでいたことが、それに近付く手がかりになってくれる気がして。」
「世界の、入り口・・・。」
 せつなさんが、少し視線を落して、噛みしめるようにつぶやく。


 ふいにまた、あのときのお父さんの言葉を思い出した。
 入り口から、一歩一歩世界を歩いていくためには、必要なのは知識だけじゃないはずだ。でも、せつなさんならきっと大丈夫。
 わたしたちが考えもしなかったシフォンちゃんの気持ちを、あの包み込むような瞳で見つめていた。小さな彼女の未来に、静かに思いを馳せていた。そんなせつなさんなら、この世界の、たくさんの本物の人々と、本物の想いと、少しずつでも、きっとわかり合っていける。


(わたし、信じてる。)
 心の中でそうつぶやいたとき、せつなさんがわたしの顔を見て、少しはにかんだように笑った。
「ありがとう。少し、わかったような気がするわ。」
「ねぇ、ブッキー。今度はみんなで、ブッキーの家にお邪魔させてよ。せつなにブッキーの蔵書、見せてあげたら?」
「蔵書だなんて。大袈裟よ、美希ちゃん。」
 思わず赤くなったわたしの顔を覗き込んで、ラブちゃんと美希ちゃんが、何だか嬉しそうに、声を揃えて笑った。



 ☆



 次の日は、午後から四人で、四つ葉町公園へ出かけた。ミユキさんから久しぶりに、会いたいと連絡があったのだ。きっとダンスレッスンを再開してくれるんだよ!というラブちゃんの言葉に期待を込めて、わたしとラブちゃんと美希ちゃんは、これまた久しぶりに、ダンスの練習着姿だ。
 今日は、せつなさんがシフォンちゃんを抱いている。たった一日で、もうすっかり力の抜けた、安定した抱き方になっているんだから、凄いと思う。
 暑さのせいか、人通りのほとんどない商店街を進んで、あと少しで公園の入り口というところで、一番後ろを歩いていたせつなさんが、足を止めた。
「せつなー、どうしたの?」
 ラブちゃんがすぐに気付いて、声をかける。
「あ、ううん。ごめんなさい。」
 せつなさんがそう言って、こちらに駆け寄ろうとした、そのとき。せつなさんの体が、ふわりと宙に浮いた。


「えっ!?な、なに!?」
 さすがのせつなさんも、大慌てで目を白黒させてる。その腕の中で、シフォンちゃんが嬉しそうに、キュア~!と叫んだ。
「あ、こら、シフォン!」
「ダメよ、シフォンちゃん。早く下ろしてあげて。」
 ラブちゃんとわたしの声には耳も貸さず、シフォンちゃんが両方の耳を上に伸ばして、パフン、パフン、と打ち付ける。その途端、せつなさんが宙をすーっと滑るように動いて、少し後ろにあった店の前で、ストンと地面に足をついた。
 さっと自動ドアが開く。そこは、四つ葉町で一番大きな本屋さんだった。


「え?シフォン、ここって・・・。」
 あっけにとられるせつなさんの顔を見上げながら、シフォンちゃんは首を傾げて、あどけない声で言った。
「せつな~、ここ、いきたい?」
「シフォン・・・。」


 おそらく、せつなさんがチラチラと本屋さんを横目で見ているのに、シフォンちゃんが気付いたのだろう。そして足が止まったのを見て、せつなさんが行きたいところを、確信したのに違いない。


 せつなさんの顔が、みるみるうちに真っ赤になる。そして、彼女はまたあの愛しげな眼差しでシフォンちゃんを見つめてから、ギュッとその柔らかな体を抱きしめた。
 やがて顔を上げたせつなさんは、わたしたちを見て、少し照れたような表情を見せた。
「ごめんなさい。みんな、先に行ってて。私、ちょっと気になる本があるから、買ったらすぐに追いかけるわ。」
「わかった。ミユキさんとの待ち合わせにはまだ時間があるから、ゆっくりでいいよ。」
 ラブちゃんが満面の笑みでそう言うと、再び公園に足を向ける。本屋さんの中に消えていくせつなさんの後ろ姿を見ながら、わたしも急いでその後を追った。


(もしも・・・。)
 もしも、ミユキさんにダンスレッスンを再開してもらえることになったら、今度はせつなさんも誘ってみよう。そのときは、わたしたちとお揃いの赤いダンス服も、ちゃんと準備しておかなくちゃ。だってあのダンス服は、わたしにとっての、ダンスへの入り口だったんだから。
 午後の日射しが照りつける四つ葉町公園の、奥にある石造りのステージ。その久しぶりの場所へ向かうわたしの心は、何だかとても弾んでいた。


~終~