四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~ Episode2:夕焼けとメロンドーナツ




 夏の夜は、なんだか街灯の光までもがあたたかい。こんな夜だから、尚更なのかな。
 アタシはシフォンが居なくなって急に寂しくなった両手を、胸の前で組み合わせた。


「ラブちゃんは、やっぱり凄いね、美希ちゃん。」
 隣りを歩くブッキーが、ゆっくりとささやくように言う。
「そうね。」
 アタシは短くそう答えながら、さっきの光景を思い出していた。


――もしよかったら、このままうちにおいでよ。
 せつなに、そう力強く声をかけたラブ。
 そんなラブの言葉を支えるように、穏やかに頷いてみせたおじさん。
 戸惑い俯くせつなを、その涙ごとやさしく包み込んだおばさん。
 あの三人なら、きっと心から、せつなの家族になっていくだろう。
 そして――。


「ラブはもちろん、凄いけど・・・」
 アタシはそう呟いて、空にひときわ強く輝く星を見つめる。
「せつなも、凄いわ。」


 管理された世界――命すら自分のものではない世界で、懸命に生きてきた子。それなのに、信じていたものに裏切られ、捨てられた。頼りにしていたものが崩れ去ってしまう哀しみと虚しさは、ほんの少しなら、アタシにもわかる。
 それでもせつなは、新たに知った大切なものを、守っていくと決めた。ひとつひとつやり直していくために、精一杯頑張ると言い切った。その真っ直ぐさ、ひたむきさが、アタシには眩しい。


「・・・うん。そうだね。」
 ブッキーが、いつもより一層やさしい眼差しを、アタシに向ける。
 アタシたちはそれきり黙ったまま、空の光と地上の光が照らし出す夜のクローバータウン・ストリートを、それぞれの家へと、静かに向かったのだった。




   四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~
   Episode2:夕焼けとメロンドーナツ




「へぇ。せつなさんの机は、おじさんが作ってくれたの?」
「ええ。」
 ブッキーの言葉に、せつながニコリと笑って頷く。
「確か、ラブの机もそうだったよね。もう、日曜大工の域を超えてるんじゃない?」
「えへへ~。」
 美希たんににんまりと笑い返して、あたしは隣りに座るせつなの顔を、チラリと見やる。お父さんのことをほめられるのは、嬉しいって言うより照れくさいけど、今はせつなが幸せそうなのが、何より嬉しい。
 公園を吹く風が、昼間に比べればほんの少し、涼しくなってきたみたい。今日は一日、タケシ君とラッキーの運動会の練習に付き合って、これから四人でお疲れ様のドーナツタイムだ。


「いいなぁ。うちのお父さん、そういうの、からきしダメだから。この前なんて、病院にある棚を直そうとして、逆に壊しちゃったの。さすがにしばらく落ち込んでた。」
「うちは、ママとアタシじゃあ、どうにもならないから・・・。あ、そういえば前にラブのお父さんが、うちの店のマガジンラック、直してくれたってママが言ってたわ。」
 そこでせつなのいぶかしげな視線に気付いたんだろう。美希たんがこちらに顔を寄せて、小声で尋ねてきた。
「ラブ、せつなにまだ話してないの?うちのこと。」
「あ、うん・・・まだ、その・・・。」
 あたしがもごもごと口ごもっているうちに、美希たんはせつなの方に向き直ると、微笑を浮かべながら、さらりとした調子で言った。


「うちはね、両親が離婚してて、ママとアタシの二人暮らしなのよ。」
「・・・離婚?」
「そう。アタシがまだ小さい頃にね。」
「そうだったの。」
 テーブルに視線を落とすせつなに、美希たんは顔の前で手を振って、明るい声でこう付け足した。
「ああ、でも、パパとはそれきり会ってない、なぁんてわけじゃないのよ。現に、今度の日曜日にも、会いに行くことになってるし。
 今は弟の和希と隣町に住んでるから、一カ月か二カ月に一度は会いに行ってるの。弟とは、もっとしょっちゅう会ってるしね。」
「そう。」
 これ以上なく短いせつなの言葉。でもその中に、何だかあったかい響きが混じっている気がして、あたしはせつなの横顔に目を向ける。と、そのとき、テーブルを見つめていたせつなが、顔を上げてまっすぐに美希たんを見た。


「それで、どうして美希と美希のお母さんじゃ、どうにもならないの?」
「え?何の話?」
 一瞬ポカンとした美希たんに、せつなは小首を傾げながら、真剣な顔で続ける。
「日曜大工・・・って言うんだったかしら。それって、男の人じゃないと、できないものなの?」
「ああ、その話。いやぁ、そんなわけじゃ・・・。」
 美希たん、なんか焦ってヘンな顔になってる。せつなは別に、責めてるわけでも何でもなくて、ただ疑問に思ったことを質問しているだけなのに。
「ほ、ほら!ママは美容師だから、手を怪我したら仕事出来なくなっちゃうでしょ。アタシもモデルだから、怪我するわけにはいかないのよ。」
「え・・・日曜大工って、怪我するの?」
 美希たんの説明を聞いて、さっきとは一転、心配そうに眉をひそめるせつな。その顔を見て、美希たんの慌てっぷりがピークに達した。
「あ、ああ、違うのよ、せつな。おじさんみたいに上手な人は、怪我なんかしないから!ほら、アタシやママは慣れてないから・・・いや、アタシだって、慣れれば・・・ううん、気を付ければ、大丈夫なのよ。だから、心配しないで!」
「美希ちゃん・・・日曜大工、やるつもりなの?」
 ブッキーがいたずらっ子のような目をして、美希たんの顔を覗き込む。思わずブッと吹き出すと、ブッキーもこらえきれなくなったのか、フフッ、と笑いを漏らした。恨めしそうにあたしとブッキーを見ていた美希たんも、やがて照れ笑いから、そのまま笑顔になる。
 一人だけ状況が掴めずにポカンとしているせつなに、さて何て説明しよう・・・と思っていると、
「はい、お待ちどうさま~。」
 タイミング良く、カオルちゃんがドーナツを入れたバスケットを持ってやって来た。


「あれ?カオルちゃん。この緑色っぽいドーナツは、なぁに?」
 ブッキーがバスケットを覗いて尋ねた。バスケットの中には、あたしたちが頼んだドーナツセットのほかに、薄い緑がかった色をした小ぶりのドーナツが四つ、窮屈そうに押し込まれている。
 カオルちゃんが、サングラス越しにあたしの顔を見て、ニヤッと笑う。
「これ、お嬢ちゃんには一度食べてもらったよね。試作品のメロン味。あのとき反応薄かったから、おじさん頑張っちゃって、ずいぶん改良したんだよ~。」
 グハッ!といつもの調子で笑うカオルちゃんの顔と、バスケットの中身に何度か目をやって、あたしはやっと思い出した。


 そう、あのときだ。せつながイースだったって知って、悲しみに暮れていた、あのとき。美希たんに強い言葉をぶつけられて、思わず家を飛び出してしまった、あのとき。どこをどう歩いてきたかもわからないまま、気が付いたら、ここまでやってきていたんだった。
 そういえば、確かにカオルちゃんに、ドーナツの感想を訊かれたような気がする。


「ごめ~ん、カオルちゃん。あのとき、あたし色々考え込んでて・・・。」
「いーのいーの。悩みは青春のビタミンだよ。さっ、こっちもビタミンたっぷりだから、食べてみてよ!」
 そう言われて、あたしたちは揃ってメロン味のドーナツに手を伸ばす。一口食べると、甘いメロンの味と香りが口いっぱいに広がって、全員がぱぁっと笑顔になった。
「う~ん、美味しい!」
「ドーナツなのに、メロンの味が濃厚だわ!」
「すっごく美味しいよ、カオルちゃん!せつなっ、せつなも美味しい?」
「ええ、とっても美味しいわ!」
 あたしたちの反応に、カオルちゃんが満足げに頷く。


「なるほど、本物のメロンの果肉を使っているわけか。贅沢よね。」
 美希たんが、かじりかけのドーナツをじーっと見つめて、感心したようにつぶやく。ドーナツの中には、ジャムのように煮込んだメロンが入っているのだが、これが結構たくさんで、切り方も大きい。メロンの味をしっかり感じられるのは、このためみたいだ。
「高級感もあるし、何より美味しいし。お土産なんかにも、ぴったりなんじゃない?」
「でも、カオルちゃん。」
 弾んだ美希たんの声とは裏腹に、ブッキーが少し心配そうに、カオルちゃんの顔を見上げる。
「これ、いくらで売るの?こんなにたっぷりメロンが入っていたら、それなりに高い値段じゃないと・・・」
「う~ん、そこが問題なんだよね~。」
 カオルちゃんが、太い眉毛を八の字にして、顎に手を当てる。
「赤字にはできないけど、おじさん、値段上げるの嫌いなんだよねぇ。ドーナツって、ただでさえ揚がっちゃってるから~。グハッ!」
「やっぱり、売るとなったら色々難しいわけね。」


 ぼそっとつぶやいた美希たんの顔を、せつなが真面目な顔で見つめている。それを見て、あたしは密かにドキリとした。あ、ヤバい。ひょっとして、せつな、また何か疑問に思って・・・。
 あたしが話題を変えようと、思い切り息を吸い込んだそのとき。ブッキーがパッと顔を輝かせて、のんびりと言った。
「あ・・・。ほら見て!きれいな夕焼け~。」
 吸い込んだ息をはぁっと吐き出して、後ろを振り返る。ブッキーの向かいに座っているあたしからは、丁度背中に当たる方向。うっそうと茂る公園の木々の向こう側に、もこもこした雲を真っ赤に染めた夕焼けが広がっている。
「ホント。きれいねぇ。」
 穏やかにそう言う美希たんの横顔も、気が付けば夕陽を浴びている。それを見ていたら、何だか不思議な気持ちになった。


 どうしてだろう。美希たんのお父さんとお母さんの離婚の話が出ると、決まってあの頃に見た、夕焼けに染まる街の景色を思い出す。さっきもそうだった。
 実際は、夕陽に照らされていたのは美希たんじゃなくて、美希たんのお母さんのレミおばさんなんだけど。目に焼き付いているのは、美希たんの名前を呼びながら、夕暮れの通りを駆けていくおばさんの後ろ姿だ。
(ちょうど同じ頃の出来事だから、きっと記憶が繋がっちゃってるんだね。)
 そう思ったとき、
「ラブ?どうかした?」
 当の美希たんに、怪訝そうな声で呼びかけられた。
「い、いやぁ、何でもないよ。」
 あたしは笑ってごまかすと、手に持ったままだったメロンドーナツの残りを、一気に頬張った。


 ☆


 その日の夕ご飯が終わったときのこと。
「今日は、デザートにいいものがあるんだよぉ。取引先の人から、頂いたんだ。」
 お父さんがそう言って、嬉しそうにあたしとせつなの顔を見つめた。
「パッションフルーツって、知ってるかい?二人とも。」
 途端に、お茶を飲んでいたせつなが盛大にむせた。
「おい、せつなちゃん。大丈夫かい?」
「あらあら。お茶、熱くなかった?火傷したりしてない?」
 驚いて声をかけるお父さんとお母さんに、せつなは真っ赤な顔で、しきりに頷いてみせる。
「ご、ごめんなさい。大丈夫。」
「あははは~。せつな、そんなに慌てて飲むからだよぉ。」
 あたしはこみ上げてくる可笑しさを引きつり笑いでごまかしながら、せつなの背中をトントンと叩く。お母さんが、そんなあたしたちを見て安心したように微笑むと、席を立って、冷蔵庫へ向かった。
「じゃあ、早速頂きましょうか。」
「ああ、食べ頃だっていう話だったしな。切り方、わかるかい?」
 お父さんが、いそいそとついていく。そんな二人の後ろ姿を眺めながら、嬉しくなったあたしはつい、余計なひと言を言ってしまった。
「わーい、パッションフルーツだって。熟れたてフレッシュだねっ、せつな。」
 その瞬間。せつなの右足に向こうずねを直撃されて、あたしは声も出せずにテーブルに突っ伏して呻いた。
「ラブー。これ、そっちに運んでくれるぅ?」
 何も知らないお母さんの呑気な声。
「は、は~~いぃ。」
 あたしは、澄ました顔で食器を片付けているせつなを涙目でにらむと、そろそろと台所に向かった。




 その夜、パジャマ姿のせつなが、あたしの部屋にやって来た。
「さっきのことなら、別に謝らなくてもいいよーだ。」
 そう言って口をとがらせてみせると、せつなはクスクスと笑ってから、
「別に謝るつもりはないわ。」
 と、相変わらず澄ました顔で言った。ちょっと憎たらしい。
 タルトとシフォンは、またゲームに夢中になっている。夜更かししないように、ちゃんと言っておかなくちゃ、と思いながら、せつなと並んでベッドに腰掛けた。


「そうじゃなくて、美希のこと。」
 笑ったことで口が軽くなったのか、そこまではすんなり言えたせつなだったが、そのあと、しばらくためらった。
「ねぇ、ラブ。昼間言ってた、美希のご両親の離婚の話なんだけど。」
 せつなが上目遣いに、あたしの顔を見る。
「どうして、離婚することになったの?」


 せつなの瞳に、哀しみの色が浮かんでいる。最近のせつなは、イースだった頃のことを思い出して、時々こういう目をしていた。でも今のは、自分のことじゃなくて、美希たんのことを思っての哀しみだろう。
 あたしは、膝の上に置かれたせつなの手に、自分の手を重ねると、その深い朱を帯びた瞳を覗き込んだ。


「離婚の理由は、あたしも知らないんだ。そういうことって家族の問題だから、いくら美希たんと幼馴染でも、簡単には訊けないことだし。」
「そうなの。」
「でもね。」
 あたしは俯きかけたせつなの瞳を、もう一度覗き込む。
「どういう理由があったとしても、おじさんとおばさんは、きっと家族のこれからの幸せを、一生懸命考えて決めたんだと思うよ。」
「どうして?家族がバラバラになって、寂しくないの?家族みんなで一緒に暮らせることが、幸せなことなんじゃないの?」
 せつなは、あたしの顔をにらむようにしてそう言ってから、フッと膝の上に視線を落とした。


「私ね、ラブ。」
 せつなが顔を上げずに、ぽつりとつぶやく。
「家族なんて、持てるだけで幸せなんだから、たくさん居たって、そのうちの一人しか居なくたって、同じだろうって思ってたの。でも今は、家族のうちの一人が欠けても、とっても寂しいと思う。
 家族はひとりひとり、それぞれ違って、それぞれ大切なんだって、私、この家に来て教わったわ。」
「そうだね。」
 あたしの手に、力がこもる。パッションフルーツを囲んでみんなで笑い合った、さっきの食卓の風景がよみがえった。


「ホント言うとさ。美希たんのお父さんとお母さんが離婚したって聞いたとき、あたし、レミおばさんに頼みに行こうとしたの。もう一度、おじさんと和ちゃんを呼び戻して、って。」
 この話は、美希たんにはもちろん、ブッキーにも話したことはない。
「結局、お母さんに止められて、悲しくてわんわん泣いちゃった。そのとき、お母さんに言われたの。」
「さっき、ラブが言ってたこと?」
「そう。それとね、家族のカタチはそれぞれみんな違うんだから、家族の幸せのカタチも、みんな違うのよ、って。」
 小さなあたしにそう言い聞かせたお母さんの顔を、あたしは今でもハッキリと覚えている。怖いくらいに真剣な顔だった。言われた言葉の意味は、あのときはさっぱりわからなかったのに、その内容をちゃんと覚えているのは、そのせいなのかもしれない。


「幸せの、カタチ・・・。」
 小さくつぶやくせつなに、あたしはそっと笑いかける。
「ねぇ、せつな。前に、話したことあったよね。あたしたちは生きてるから、どんどん変わっていっちゃうよね、って。」
「そうだったわね。」
 あれは、あたしたちが入院しているときだった。少し辛そうに顔をそむけるせつなの手を、あたしは想いを込めて、もう一度握り直す。
「幸せのカタチも、家族のカタチも、そうなのかもって、あたし思うんだ。不幸はいつでも幸せに生まれ変われるんだもの。
 美希たんは、寂しい思いもいっぱいしたと思うけど、おじさんや和ちゃんと会える時間を、今では凄く大切にしてる。それって、今の美希たんにとっての、家族の幸せのカタチだからなのかもしれないよ。あたしはそんな美希たんの幸せを、応援したいんだ。」


 途中からじっとあたしの目を見て話を聞いていたせつなが、また少し俯いて考え込む。
「ねぇ、ラブ。もうひとつだけ、訊いてもいい?」
 しばらくして、せつなが俯いたままで口を開いた。
「美希は、寂しい思いをどうやって、家族の幸せのカタチに変えていったのかしら。」
 その言葉を聞いたとき、あたしの目の裏にまた、夕焼けに染まる街の景色が、鮮やかに広がった。


――隣町の公園の方が、すべり台も大きいし、ブランコも待たないで乗れるんだって!
 そんなことを言い出したのは、あたしだったような気がする。小さな三人でテクテク歩いてたどりついた公園は、広い割に人が少なくて、あたしたちはしばらく夢中になって、すべり台やブランコで遊んだ。
 そのうち三人でかくれんぼを始めて、しばらくしてから、事件は起こった。美希たんが、いくら探しても見つからなかったのだ。
 夕方になり、半べそをかきながら帰ってきたあたしとブッキーの話を聞いて、レミおばさんは大慌てで飛び出して行った。やがておばさんに連れられて帰ってきた美希たんは、公園でずっと隠れていた、と言った。ブッキーと二人で、あんなに必死になって探したというのに・・・。
 でもあの後から、美希たんが――おじさんと和ちゃんが居なくなって、ずっと元気がなかった美希たんが、少しずつ――ほんの少しずつだけど、明るくなったような気がした――。


「あたしもそれは、よく知らないんだ。」
 あたしはパチパチとまばたきをして、小さい頃の光景を再び胸に仕舞うと、せつなに向き直る。
「だから、せつなが直接、美希たんに訊いてごらんよ。」
「私が?」
 驚くせつなにニヤッと笑いかけて、あたしは言葉を繋ぐ。
「あ、今すぐにってわけじゃないよ。せつなと美希たんが、もっとお互いのことをよく知って、いろんな話が出来るようになったら・・・そのときは、そういうことも話せるようになるんじゃないかな。」


 昼間の美希たんとせつなの会話を思い出す。美希たんは、何だかやたらと焦っていたけど、今日はあたしも知らない、美希たんの別の顔が見られた気がした。
 そう。友達のカタチだって、みんな違う。四人居れば・・・えーっと何通りだっけ、とにかくそれぞれが、違うカタチを持っている。
 そして、それは変わっていく。変えられる。そのことは、あたしもせつなも、よく知っていることだ。


「私に・・・出来るかしら。」
 不安そうなせつなの声に、あたしはここぞとばかりに、力強く頷いてみせる。
「もっちろん!」
 明らかに力が入りすぎたその声に、せつながクスッと笑う。
「じゃあ私、精一杯がんばるわ。」
 穏やかなせつなの目に、今はもう、哀しみの色は無かった。


 ☆


 次の日も、あたしたちはタケシ君とラッキーの練習のお手伝いに、四つ葉町公園へやって来た。
「よぉ、お嬢ちゃんたち。今日も、ワンちゃんの練習かい?」
 開店準備をしているカオルちゃんに、声をかけられる。
「うん。終わったらドーナツ食べに来るからねっ、カオルちゃん!」
 そう言って行き過ぎようとしたあたしは、立ち止まったまま動かないせつなに気付いて、慌てて足を止めた。


「・・・あっ、あのっ!」
 よっぽど思い切って声をかけたんだろう。握ったせつなの拳が、ブルブルと小さく震えている。
「ん?どしたの~、お嬢ちゃん。」
 カオルちゃんの声は、相変わらず呑気そのものだ。
「昨日の、メロン味のドーナツ・・・あれ、もう作らないんですか?」
(え?せつな、そんなにあのドーナツ、気に入ったんだ・・・。)
 一瞬あっけにとられたあたしは、続いて聞こえてきたせつなの言葉に、ハッとした。


「少しだけ・・・もう少しだけ、作ってくれませんか?せめて・・・今度の日曜日まで。」


(今度の・・・日曜日?あっ!)


――現に、今度の日曜日にも、会いに行くことになってるし。
――お土産なんかにも、ぴったりなんじゃない?
 昨日の美希たんの言葉が、よみがえった。


「お嬢ちゃん、そんなに気に入ってくれたんだ。嬉しいねぇ~。」
 カオルちゃんはそう言いながら、ワゴンの中から大きな鍋を持ってきて、ほら、と蓋を取る。
 鍋の中にはとろりとした薄緑色のジャムが入っていて、つやつやした角切りメロンが、たくさん顔を覗かせていた。
「いやぁ、昨日は大好評だったからさ。あとはお客さんに食べてもらいながら、もっともっと美味しいの作るよ~。最高傑作が出来るのは・・・そうだなぁ、今度の日曜日くらいかな?グハッ!」


 カオルちゃんの言葉に、せつなの頬がうっすらと赤く染まる。
 ちょうどそこへ、あたしとせつなの名前を呼びながら、美希たんとブッキーが駆けてくるのが見えた。
「やったね、せつなっ!ほら、美希たんに教えてあげなくちゃ。」
「え?ラブ・・・気付いてたの?」
 きょとんとするせつなの手を取って、あたしは走り出す。
「おーい、美希たぁん!ブッキー!」
 まだまっさらな朝の光が、あたしたちを背中から照らしている。今日も、暑くなりそうだ。


~終~