四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~ Episode1:グレーと赤と、赤




薄明りの中 寝返りを打って すぐ隣にある横顔を見つめる。
小さなベッドに二人は さすがに距離が近い。
そのせいもあってか 寝付くのにちょっと時間がかかったみたい。
でも やっぱり疲れていたのだろう。
規則正しい寝息と共にあるのは 穏やかで あどけなくさえ見える寝顔だ。
軽く身じろぎしてこちらを向いた 彼女の額にかかる髪を
起こさないように そろりと右手を伸ばして撫でた。


――ゴメンね。


友達だなんて言いながら この子にしてきてしまった仕打ち。
この子を傷付けたに違いない 数々の言葉たち。
それを思い出して 新たに溢れそうになる涙を ぐっとこらえる。
そのとき 眉間にキュッと皺が寄って
わずかに開いた口から 苦しげな息が漏れた。


彼女の顔を見つめながら 髪を撫でていた右手を下ろす。
そして 布団から出ていた少し冷たい手を そっと握った。


――大丈夫だよ、せつな。


今度こそ せつなには あたしがちゃんと付いてるから。
友達で 家族で 仲間だからね。
お父さんとお母さんだって そう言ってたでしょう?
いろんな話をして たくさん笑い合って とびっきり楽しい毎日を過ごそう。
そして一緒に 必ず幸せ ゲットしようね。


いつの間にか またすやすやと寝息を立て始めるせつな。
その顔を しばらくの間 眺めてから
あたしは繋いだままの手を 布団の中に大切に仕舞って 目を閉じた。




   四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~
   Episode1:グレーと赤と、赤




「あら、せつなちゃん、おはよう。よく眠れた?」
「はい。おはようございます。」
 一階の、ひとつづきの部屋の一角。カウンターで仕切られた狭いスペースにいるラブのお母さん――あゆみおばさまが、私に気付いて、にっこりと笑いかけた。
 ソファに座っていた圭太郎おじさまも、読んでいた新聞から目を上げて、おはよう、と穏やかな声をかけてくれる。
 私は挨拶を返してから、何だかあたたかな気持ちで、改めて部屋の中を見渡した。


 盛大に朝日が差し込んだ、眩しいくらいに明るい部屋。開け放たれた窓の外からは、チチチ・・・と鳥のさえずりが聞こえてくる。
 この家で迎える、初めての朝。こんなところに自分が居るなんて、どうにも現実感が湧いてこない。何だかまだ、夢の中にいるようだ。


 おばさまが立っているスペースが、窓からは最も遠い。だからそこでは、朝日もぼんやりとした光となって、その空間に満ちている。でも、彼女が向かうカウンターの上は、金属製だろうか、何故かそこだけ一面の銀色で、ピカピカの表面が柔らかな光を放っていた。
 おばさまは、先が平たくなった細長い器具を持っている。その手元からは、何かがジューッと焼ける音と、香ばしい匂い。そしてその隣には、あたたかそうな湯気の立ち上る、これまた銀色に光る大きな入れ物。
(ああ、朝ご飯を作っているんだ。)
 この世界では、普段はそれぞれの家で食事を作るのだということを思い出す。そう言えば、おばさまも昨夜、「私が作る料理はすっごく美味しいのよ」って言っていたっけ。


 ようやく状況が飲み込めたのと、おばさまの柔らかな声が聞こえてきたのが、ほぼ同時だった。
「せつなちゃんは、朝はパンが好き?それともご飯かしら。」
「・・・・・・。」
 質問の意味がわからなくて戸惑っていると、おばさまは私の答えを待たずに、楽しそうに言葉を続けた。
「うちはねぇ、結構バラバラなの。あ、ひとりひとりバラバラって意味じゃなくて、みんなで一緒に食べるときは、みんな同じものを食べるんだけどね。
大抵はパンなんだけど、お冷やご飯で、ラブが得意のオムライスを作ったりするし。
それに、お父さんが前の晩に飲んで帰ってきて、朝はどうしてもお味噌汁が飲みた~い!なんて言ったら、ご飯になるし。」
 そう言って、おばさまはもう一度、にっこりと笑う。
「おいおい。そんなリクエスト、年に一度か二度だろう?」
 向こうでおじさまが、のんびりと言う。
 やっぱり、おばさまの言葉の意味はあまり理解できなかったけど、その笑顔を見て、何だかホッと肩の力が抜けた。


 この人の笑顔は好きだ。優しいって言葉は、まだよくわからないけれど、きっとこの笑顔のようなことを言うんじゃないかと思う。
 ラブの笑顔に、何だかとてもよく似ている。親子っていうのは、こういうところも似るものなんだろうか。


「あの・・・何か、お手伝いします。」
「ありがとう。でも、ここはいいから着替えてらっしゃい。あ、着替えは、今日はラブの服で我慢してね。」
 そう言いながら、おばさまは後ろに備え付けられた大きな戸棚の中から、お皿を四枚取り出して、並べ始めた。
「そんな、我慢だなんて・・・。いろいろ、すみません。」
「いいのよ。昨日の服は、今、洗濯してるからね。あ、そう言えばせつなちゃん。」
 おばさまが急に声をひそめて、私の方に顔を寄せてきた。
「あのブラウス、この辺が少し破れてたわよ。何かに引っかけたんじゃないかしら。気が付かなかった?」
「・・・え?」
 おばさまが少し体をひねって、右の腰の少し後ろ辺りを指してそう言うのを聞いて、私は驚いて目をパチパチさせた。


 破れてた?いつの間に?
 慌てて記憶を辿ってみる。頭の中で一昨日まで遡って、あ、と思った。
(あの、ドームからの帰り・・・。)
 最後のナキサケーベを呼び出した、あのドームでの戦いの後。ラブたちに正体を明かしたせいで、せつなの姿のままドームを去ろうとしたとき。
 ラブたちの視界から消えた途端、気が緩んだ私は、瓦礫に足を取られて転倒したのだ。最後のカードを使ったばかりの体はボロボロで、歩くのさえ辛い状態だった。
 あのとき、ドームの様子は惨憺たるものだった。崩れたコンクリートに、あちこちでむき出しになった鉄骨。服を引っかけるものなんて至る所にあった、あのときに破れたのに違いない。館に帰ってすぐにイースの姿に戻ってしまったし、服のことなんて気にも留めていなかったので、今日まで全く気が付かなかった。


「せつなちゃん?」
 あの惨状を思い出して俯いた私の顔を、おばさまが心配そうに覗き込んでくる。
「あ・・・ごめんなさい。私、全然気が付かなくて・・・。」
「そう。まぁ、心配しなくても大丈夫よ。さぁ、朝ご飯にするから、着替えた着替えた。ああ、悪いけど、ラブを起こしてくれる?あの子ったらお休みとなると、ほんっとに、いつまでだって寝てるんだから。」
 そう言って、大袈裟に眉をへの字に寄せてみせるおばさまの顔。やっぱりラブによく似たその表情に、私は思わずクスッと笑って返事をすると、二階へと足を向ける。
「おっ、ハムエッグにコーンスープか。うまそうだなぁ。」
 後ろの方から、ゆったりとした足音と、おじさまの嬉しそうな声が聞こえてきた。


 ☆


「よぉし、じゃあ張り切って、お買い物に行こう~!」
 ラブが勢いよく拳を突き上げる。それを見て、美希はやれやれ、といった調子で溜息をつき、祈里はニコニコと人の良さそうな笑顔を見せる。
 私は、ラブから借りた淡いピンクのTシャツに、紺のフレアスカートという出で立ちだ。抜けるような青空の下、やっぱり何だか、まだ夢じゃないかとどこかで疑いながら、この輪の中に加わっていた。


 クローバータウン・ストリートの、天使の像の前。今日はみんなでお買い物に行こうよ!と、ラブが朝ご飯を食べるのもそこそこに、美希と祈里に連絡を入れたのだ。
 四人でここで待ち合わせて、すぐにどこかに行くのかと思ったら、さてどの店に行こうか、という相談が始まった。
 なるほど、この世界では何かひとつのものを買うにも、それを売っている店が一軒だけとは限らないことが多い。特に、洋服を売っている店は実にたくさんあって、それぞれの店で、置いてある服のデザインや雰囲気が違う。それは、この世界に来て数カ月の私ですら、知っていることだった。


 モデル、という仕事をしている美希が、三人の中で一番ファッションに詳しいようで、様々な店の名前を挙げて、その特徴を説明してくれる。もっとも、私は聞いてもよくわからなかったが、その中から、ラブと祈里が一軒ずつ、これはと思う店を選んだ。
「アタシのおすすめは、せつなも一緒に行った、あの店かな。あそこなら、いろんなイメージの服がいろいろ揃ってるし。」
「私も・・・一緒に行った?」
「ほら、前にみんなでボーリングに行ったとき、その前にお洋服見たじゃない?あのときは結局、何も買わなかったけどね。」
 美希がそう言って、私に微笑みかける。
「じゃあとりあえず、その三軒から行ってみよっか、せつな。」
「え?」
「今日のメインは、せつなの服を買いに行くことだからさ。あ、もちろん、途中で気になるお店があったら、そこも見てみようよ。ねっ?」
 ラブの言葉に、私は驚いて、三人の顔を順繰りに見つめた。
(お買い物って・・・私の洋服を買うのに、みんなが付き合ってくれる、ってことなの?)
 私の戸惑った視線を、三人が穏やかな笑顔で受け止めてくれる。不意に胸の中に広がったあたたかさが、一気に顔にまで上がって来るのを感じて、私はつっかえながら、やっと言葉を押し出した。
「・・・あ、ありがとう。」
 三人の笑顔が大きくなって、私を包む。心臓が小躍りするような高揚感と、不思議な安心感の両方を覚えながら、私は三人の仲間たちに囲まれて、歩き出した。


 店に展示された洋服を、次から次へと、体の前にあてがわれる。確かに前にも、こんなことがあった。でも、ラブのリンクルンを奪う機会を窺って、ただ時間が過ぎるのを待っていたあのときとは、私自身の気持ちが大きく違う。
「うーん、やっぱりこっちの方が似合うかなぁ。ねぇ、せつなはどう思う?」
「え、ええ。そうね。」
「じゃあ、それはキープしといて、こっちはどう?」
「あ、それも似合ってるね、美希ちゃん。どう?せつなさん。」
 真剣に、熱心に服を選んでくれる三人に、満足に答えられない自分が情けなく、もどかしい。こんなにたくさんある洋服の中で、どれが自分に似合うかなんて、私にはさっぱり分からないのだ。みんな私のために、色々考えてくれているというのに。


(仕方がないわ。今まで、自分のものを自分で選んだことなんて・・・)
 そう心の中で呟きかけて、いや、そうじゃなかった、と思い出す。
 一度だけだが、こんな風にたくさんの洋服を前にして、悩んだことがあった。あれは――。


 私が過去の記憶をたどり始めた、そのとき。
「あっ、せつなぁ!この服、せつなが持っているのと、同じじゃない?」
 まるで私の物思いを見抜いたかのようなラブの言葉に、私は驚いて顔を上げた。
 ラブが手にしているのは、この店にある洋服の中ではとても地味な、グレーのブラウス。昨日まで私が着ていたものと、同じものだった。
「ねぇ、せつな。このブラウス、ほかにもいろんな色があるみたいだよ?ほら、こんなのとかぁ、こんなのとか!」
 ラブがグレーのブラウスを元に戻して、色違いの、二枚のブラウスを手にする。フリルの付いた前立ての色はどれも同じグレーで、ほかの部分の色が、片方は紺、もう片方は赤。その赤いブラウスに、私は見覚えがあった。


 あれはひと月半ほど前のことだったか。この世界の季節に合わせて、潜入時用の夏服を揃えるようにと、ラビリンスの本国から通達があったのだ。
 この世界にやって来たときは、この世界の人間の姿でいるときの私服も、あらかじめ用意されていた。だが、当初の計画では、この任務は夏まではかからないはずだったのだろう。
 異世界での任務では、こういうことは時々あるものらしく、ウエスターとサウラーは、あっという間に小物まで揃えて戻ってきた。が、私は初めての買い物を、そう簡単には終わらせられなかった。


 思えば私は、あのとき生まれて初めて、自分で何かを選ぶという体験をしていたのだ。
 店員さんに何かを訊いたり、誰かに相談したりなんか、出来やしない。カートの前を何気ない素振りで何度も行き過ぎながら、横目でちらちらと洋服をチェックし、意を決してハンガーを手に取り・・・そうやって最後に残ったのが、昨日まで着ていたグレーのブラウスと、今ラブが手に持っている、赤いブラウスだった。


 本心を言えば、あのとき私は、赤いブラウスの方に心惹かれていた。明るくてあたたかな色、という思いが、どこかにあったのかもしれない。
 でも、赤はそれだけ、人目を引く色でもある。結局、潜入用であるということを考えて、私が選んだのは、人目に付かない地味なグレーだった。
 ブラウスに合わせて黒のハーフパンツを選び、足元はサンダルを選んだ。これくらいなら目立たないだろうと、真っ赤なサンダルを選んだのは、やはり、あの赤いブラウスが心に引っ掛かっていたせいだろう。


「せつな。この赤いブラウス、試着してみたら?」
 私の視線に気付いたのだろう。ラブがブラウスのハンガーを、微笑みながら差し出してきた。
 狭い仕切りの中で着替え、店の洋服を着てそこから出て行くというのは、どうにも落ち着かない。その上、待ち構えていた三人の目に見つめられると、また違った落ち着かない気分に襲われる。
 それでも、鏡に映った私の顔は、何だかヘンに締りがなくて、今にも笑い出しそうに見えた。


「せつなさん、なんか嬉しそう。」
 祈里にニコニコと気持ちを言い当てられて、頬が熱くなる。
「せつな、赤が似合うね!今持ってるのも大人っぽくて素敵だけど、これ、すっごくせつなに似合ってるよ!」
 ラブが自分のことのように、歓声を上げる。
「そうね。色違いを持っておくっていうのも、いいんじゃない?これなら、どんなものとも合わせやすいし。何より、せつなが気に入ってるっていうのが一番よ。」
 少し離れたところから腕組みして眺めていた美希が、そう言いながら近付いて、私の顔を見つめた。
「どうする?これに決める?」
「ええ、そうするわ。」


 自分でも驚くくらい、力強く言い切ってしまった。遅れてじわじわと嬉しい気持ちが胸を満たして、もう一度密かに驚く。好きなものを、自分の好きに選べるという喜びが、初めて実感を伴って、分かったような気がした。


「じゃあ、決まり!」
 ラブがニコリと笑うと、私の手を取って、勇んでレジへ向かおうとする。
「ちょっと、ラブ!それまだ試着でしょう?せつなも、いくら気に入ったからって、ここから着て帰るつもりなの?」
 美希の呆れた声に、私とラブは、あ、と同時に立ち止り、顔を見合わせて思わず吹き出した。そして、そのまま涙が出るくらい、みんなでひとしきり笑った。


 ☆


 途中で昼食にハンバーガーを食べたり、ドーナツ・カフェに立ち寄ったりしながら、夏物の洋服と下着を一通り買い揃えて家に戻ったときには、もう辺りは薄暗くなっていた。
「いい買い物が出来たみたいで、よかったわねぇ。」
 買ってきた洋服を、お店でしたみたいに私の胸の前にあてがって、おばさまが目を細める。その顔を見ていると、何だか申し訳ない気持ちになった。
「すみません。たくさん買ってしまって・・・。」
「せつな、そんなこと・・・」
 何か言いかけるラブを制して、
「せつなちゃん。」
 おばさまが、私の肩にそっと手を置いた。
「せつなちゃんは家族なんだから、すみませんなんて、いちいち言わなくていいのよ。親が子供のものを買うのは当たり前のこと。それに、家族がお互いに助け合うのも、当然のことなんだから。」
「・・・・・・。」


 ジワリと涙がにじみ出して、慌てて視線を足元に向ける。
――せつなちゃんは、家族なんだから――
 その言葉が、何度も何度も、頭の中をぐるぐると回っている。
 確かに昨日の夜、この家に迎えられたときに、おじさまとおばさまから、そう言われた。でもまだ信じられなくて、それでいてあまりに嬉しすぎて、その言葉を聞いただけで、まだ心と体が震えてしまう。
 おばさまの手がすっと動いて、私の背中を撫でてくれる。その温もりを感じていると、震えは少しずつ、おさまっていった。


「あのね、せつなちゃん。」
 おばさまが、再び肩に手を置いて、私と目と目を合わせる。
「もし、何かしてもらって嬉しいと思ったら、そのときは「すみません」じゃなくて、「ありがとう」って言った方がステキよ。せつなちゃんの嬉しいって気持ちが、相手にちゃんと伝わると思うわ。」
(「すみません」じゃなくて、「ありがとう」。)
 心の中にストンと落ちてきた言葉を、思い切って口に出そうとしたとき、後ろから、ラブがどん、とぶつかってきた。
「さっすがお母さん、いいこと言う!せつな、今日「ありがとう」って、みんなに言ってたもんね。美希たんもブッキーも、嬉しそうだったよ。」
「もう、ラブったら!そんなこと大声で言わないでよ。」
「あらあら。」
 恥ずかしくて慌てる私の顔と、やけに得意げなラブの顔。並んだ二つの顔を見比べるようにして、おばさまは楽しそうに、うふふ、と笑った。


 ☆


 その夜。
「せつなー。お母さんが、今日買ったもの全部、この中に入れておきなさいってー。」
 ラブが、透明なプラスチックの大きな箱を抱えて、部屋に入ってきた。箱には引き出しが付いていて、そこから中身を出し入れできるようになっている。
「あたしの部屋もそうだけど、せつなの部屋も、押し入れの半分をタンス代わりに使うことになると思うんだ。だからこういう衣装ケースに服を入れて、それを押し入れに入れるんだよ。」
 ほら、と言って見せてくれたラブの部屋の押し入れの中には、その言葉通り、この箱と同じ箱が幾つかと、ハンガーにかけられた何枚かの洋服が見えた。
 なるほど、と納得しながら、何気なく箱の中を見た私は、そこに何かが入っているのに気付いて、引き出しを開けた。


 それは、私が昨日まで着ていた洋服――グレーのブラウスと、黒のハーフパンツだった。洗濯され、きっちりとアイロンがかけられて、丁寧に畳まれている。でもこのブラウス、確か破れてるっていう話だったんでは・・・?
 ラブのベッドを借りて、ブラウスが皺にならないように、そっと広げてみた。右袖の付け根から二十センチくらい下のところに、確かに何かに引っかけたような、かぎ裂きがある。それを見つけたとき、思わず手が震えた。
 破れていたからではない。その破れ目は、今はほとんど目立たないように、丁寧に繕われていたのだ。
 触ってみると、後ろからそっくりな色の布を当てて、細かい針目で目立たないように、でも再びほころびることがないように、丹念に縫われているのがよくわかった。


 ただ地味だからという理由で、潜入のための仮の衣装として、選ばれた服。それなのに、おばさまは持ち主である私よりも丁寧に、この服を扱ってくれた。破れたからと言って諦めずに、もう一度命を吹き込んでくれた。そう思ったとき――何故かとめどもない涙が、頬を伝った。
「せつな?・・・せつな!どうしたの?」
 ラブが心配して駆け寄ってくる。
 私の肩を抱き、ベッドに広げられた服を見て、その手にキュッと力が入った。そして、おばさまにそっくりな手つきで私の背中を撫でながら、
「良かったね、せつな。これなら、またいつでも着られるよ。」
 と、ラブは力強く、優しい声でささやいた。


 やがて涙が止まってから、私はブラウスをもう一度丁寧に畳むと、引き出しの中に仕舞った。そして、ラブに向かってちょっと微笑みかけてから、部屋を出た。
 階段を下りて、一階に向かう。下りきったところは、すぐに玄関だ。その隅に、私の赤いサンダルが、今日一日の埃を払われ、ラブのスニーカーと並んで置いてあるのが目に入った。


 このサンダルで、ラブからもらった「幸せの素」を踏み壊した。それを思い出すと、今も胸がズキズキと痛い。でもこれからは、仲間たちに囲まれて、四つ葉町のいろいろな場所へ、このサンダルと一緒に出かけていくことになるんだろう。
 あのときのペンダントの硬い感触と一緒に、公園の柔らかな土の匂いや、みんなの賑やかな足音が、このサンダルにも刻まれていくんだろう。
 そんなことを思いながら、私は玄関にしゃがみこんで、今は深みを帯びて見えるその赤を、しばらくぼーっと見つめていた。


 部屋の中から、テレビの音と、おじさまとおばさまの話し声がかすかに聞こえてくる。
「ありがとう、おばさま。」
 私は口の中でそっと呟いてから、今度はそれを本人に伝えるために、ドアのノブに手をかけた。


~終~