桃源まで、東へ五分(第5章:キミと願い叶えてく)




 少年から手渡された部品をポケットにしまって、せつなはタイムマシンの操縦席のドアを開けた。
 薄闇の中で目を凝らし、照明のスイッチを入れる。たちまち、この時代では見られないLEDの白い光が広がって、せつなは眩しさに目を細めた。
 ずらりと並んだ計器を、ひとつひとつ真剣な目つきで眺める。
「パッションはん!・・・なぁパッションはん、ちょっと聞いてやぁ!」
「ちょっと待って、タルト。少し集中させてよ。」
 足元で落ち着きなく騒ぎ立てるタルトをたしなめる。静かだが有無を言わさぬ口調に、さすがのタルトも小さくなって押し黙った。


「うん、どうやらいけそうね。」
 幸い、マシンの仕組みはシンプルだった。
 現地点と到達地点の時間と位置座標。これらを正確に設定し、十分なエネルギーをアンテナ状の推進機に送れば、タイムトラベルは可能なはずだ。
「操縦、出来るんでっか?」
 目を輝かせて自分を見上げるタルトに、せつなは小さく頷いてみせる。
「ええ、大丈夫なはず。あとは燃料と・・・それから難題は、この時代の歴史をどうやって元に戻すか、だけど・・・。」
 深刻そうに小さくなるせつなの声に、タルトのやけに明るい声が重なった。
「や~っぱり気付いてへんかったんやな。せやから、さっきから言うとるやないかぁ。こっち見てみぃ!」
「え?」
 クイッとドアの方を指差されて、そちらへ顔を向けたせつなは、再び息を飲んだ。
「・・・いつの間に?」


 何だかずいぶん久しぶりに目にするような気がする。
 肩にかかる、艶やかな黒髪。穏やかな光を放つ、赤茶色の瞳。
 ガラスに映る姿は、東せつな――この四つ葉町に生きる、今の自分の本来の姿だった。


「いつの間に戻ったんかは、わいにもようわからんけど。」
 そう言って、タルトはまだ呆然としているせつなの顔を見て、ニッと目を糸のように細くする。
「わいらは、いずれは未来へ帰っていく通りすがり――パッションはん、そない言うたなぁ。せやけど、そう言うとるあんさんが、この時代で出会うた人みんなに精一杯接しとったんを、わい、ちゃぁんとこの目で見とったで。そのお陰で、歴史の歪みも元に戻ったんとちゃうか?」
「そんなこと・・・。」
 結局、自分は助けられてばかりで、大したことは何もしていないのに・・・。そう言いかけるせつなの手を、タルトの丸っこい手が、ぽん、と優しく叩く。
「とにかく、や。これで戻れるで。元の時代に。」
「これで、戻れる・・・。」
 ふいに、目の前に一人の少女の顔が浮かんだ。誰よりも元気であたたかな、太陽のような笑顔。せつなの何よりも好きな笑顔が。
「・・・ラブ。」
 感極まったように呟いたせつなは、近付いてくるかすかな足音に気付いて、急いでマシンの明かりを消した。




  桃源まで、東へ五分 ( 第5章:キミと願い叶えてく )




(確か、この辺りだったわよね。)
 左手には紙袋、右手にはパン屋のおじさんに借りてきた懐中電灯を持って、あゆみはキョロキョロと森の中を見渡す。昼の長い夏の一日も、もう暮れようとしていた。
 やがて淡い光の輪の中に、黒々とした鉄の塊が見えて来た。
「やっぱり戻って来てくれたのね。」
 車のように見える物の中から、人影が降り立った。暗くてよく見えないが、あの少女の声。あゆみとレミと尚子が、密かに「Kちゃん」と呼んでいた少女だ。灯りを向けかけたあゆみは、顔の前に眩しげに手をかざす少女の様子に、慌てて懐中電灯を下げた。
「あれ、あなた一人?あの人は?とりあえず、パンと缶コーヒー、買って来たんだけど。」
「どうもありがとう。彼ならその辺にいるわ。あなたと顔を合わせるのが、恥ずかしいみたいなの。ごめんなさい。」
 差し出された紙袋を受け取り、頭を下げる少女に、あゆみは微笑む。
「あなたはうちで晩御飯食べるわよね?帰ったらすぐに作れるように、準備してあるから・・・」
 そう言いかけるあゆみの前で、彼女は申し訳なさそうに、もう一度頭を下げた。
「ごめんなさい。私、もう行かなくちゃいけないの。あなたにも、あなたのお父様にも、あんなにお世話になっておきながら、このまま行くのは本当に心苦しいんだけど。」
「それって、あの・・・。」
 うまく言葉が見つからずに言い淀むあゆみに、少女はすまなそうな、でも嬉しそうな調子で言った。
「私が居るべきところに、やっと帰ることが出来そうなの。」


 あゆみはそのとき初めて、記憶を失ったという彼女の言葉が、何らかの事情を隠すための方便だったのだと気付いた。しかし、そんなことはどうでも良かった。そんなことよりも・・・。
 あゆみの顔が、くしゃりと歪む。
「良かった・・・。良かったわね、本当に。わたし、あなたの力になれなかったから。あなたが一番不安なときに、何もしてあげられなかった。」
「何を言ってるの。」
 驚いたような声と共に、あゆみの肩に、遠慮がちに細い手が置かれた。
「あなたは見ず知らずの私を、家まで運んでくれた。ご飯を作ってくれて、泊まらせてくれて・・・これ以上、何かしてもらうことなんて何も無いわ。」
「違う!そんなことじゃないの。」
 あゆみはうつむいたまま、激しくかぶりを振る。
「わたし・・・あなたともっと、仲良くなりたかったのに。もっともっと、いろんな話ができたはずなのに。不安に負けまいと頑張っているあなたに、今一歩、歩み寄れなくて。わたし・・・。」


――あの子も本当は、独りでいたくはないんじゃないかな。
 昼間の尚子の言葉がよみがえる。
 慣れない場所にたった一人で放り出されて、気丈に振る舞っていたのであろう彼女。それを自分は、何となく壁を作られているように感じて、心の距離を近付けられずにいた。本当は、誰かに不安を打ち明けたかったかもしれない。それが出来ずとも、誰かと親しく語り合うことで、不安を和らげられたかもしれない。それを、自分はたった一人で耐えさせてしまったのではないか・・・。
 そのとき、あゆみの背中に、恐る恐るといった様子で、少女の腕が回された。少し低めの柔らかな声が、頭の後ろの方から聞こえてくる。
「私の方こそ、あなたに自分の気持ち、ちゃんと伝えられなかった。私、あなたに本当に感謝してるの。あなたと、あなたのお父様に受け入れてもらえて、私がどんなに心強かったか。どんなに慰められたか・・・。」
 背中に回された手に、力が込められる。
「ありがとう。ありがとう・・・あゆみさん。」


 体を離した彼女が、照れたような表情を浮かべているのがぼんやりと見える。あゆみも今度は、笑顔で彼女と目と目を見かわした。
「また、会える?」
「ええ。また、いつかきっと。」
 そう言ってニコリと笑う少女。その声の力強さを、あゆみは心から嬉しく思った。




 あゆみが森を去っていくのを見届けてから、せつなは隣りにそびえ立つ巨木を見上げた。
「サウラー。そろそろ出てきたらどう?あゆみさん、ちゃんと食べ物を持って来てくれたわよ。」
 梢から、さっと黒い影が舞い降りる。着地で少しバランスを崩したのを咳払いでごまかして、サウラーは立ち上がった。
「ふん、馬鹿な女だ。わざわざそんなことのために戻ってくるとは。」
「そんなことしか言えないの?ほら。」
 手渡された紙袋をしぶしぶ受け取って、サウラーはせつなに向き直る。
「それで、どうするつもりだい?君のことだ、マシンの仕組みはもう頭に入っているんだろう?マシンの燃料は、もうタイムトラベルできるほど残ってはいないようだが。」
「そうね・・・。まずは本当に燃料が足りないのか、試してみるわ。でも、その前に。」
 そう言って、せつなはおもむろにリンクルンを取り出す。咄嗟に身構えるサウラーに、彼女は苦笑して言った。
「安心して。ここで戦おうっていうんじゃないわ。万が一のためよ。」
 この時代に現れたときのような、不時着めいた着陸では怪我をしかねない。勿論それだけではない。仲間の助けを呼べないこの状況では、サウラーが何か仕掛けて来たとき、それに自分だけで対処しなくてはならないという大きな理由もあった。
「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!」
 まばゆいばかりの赤い光が収まった後に、幸せのプリキュア・キュアパッションがその姿を現した。


 サウラーを後部座席に、タルトを助手席に座らせてから、パッションは少年に渡された部品をマシンに取り付ける。そして操縦席に座ると、計器のつまみを元居た時間のわずかに後にセットし、マシンのエンジンをかけた。
 エネルギー増幅器のレバーを引き絞ると、フロントガラスの向こうで、金色の光が溢れ出す。やがて、その光がパッションたちの視界を奪いかねないほどの強さになったとき、光が不意に上方へと飛んだ。
 エネルギーを示す計器の針がはね上がる。が、テイク・オフ可能領域からは遥かに下のレベルで、針の動きはとたんに鈍くなった。
「ふん。やっぱりダメなようだね。」
 サウラーの声を聞き流しながら、パッションは睨むように計器を見つめる。
(要は、推進機に十分なエネルギーが送れれば、発進は可能なはず。ならば・・・やっぱりやってみるしかないわね。)


「タルト。」
 エネルギー増幅器のレバーを元に戻し、パッションは、不安そうな顔で事態を見守っているタルトに声をかける。
「私が合図したら、この赤いレバー・・・発進のレバーを引いてちょうだい。」
「パッションはん、何をするつもりや?」
 すがりつくようなタルトの顔に一瞬柔らかな笑みを返してから、パッションはきりりと表情を引き締めた。
「今から推進機に、エネルギーを送るわ。」


 マシンから降りたパッションは、マシンからの距離を測るようにして、数歩離れた。そして、大きすぎるアンテナのような、推進機を見上げる。
 失敗したら、自分だけが過去に取り残される危険がある。勿論、タルトさえ元の時代に送り返すことができれば、再度燃料を積み込んだマシンで、助けに来てもらえるかもしれない。
 だが、この時代に来た時のように、いやあの時以上に、マシンがまた損傷を負ったら。パッションが過去にいることを知ったラビリンス陣営が、妨害を仕掛けてきたら。
 決してリスクが低いとは言えない作戦だった。だが、今はこれしか手が思いつかない。


「アカルン!」
「キー!」
 リンクルンの中から、無邪気な笑顔をたたえた相棒が飛び出して、くるくると踊るように秘密の鍵へと姿を変える。その鍵でリンクルンを開き、ホイールを回す。
 光とともに現れるアイテム。胸の四つ葉から取り出した、最後にして要のピース、赤いハートを先端部に取り付ける。


「歌え!幸せのラプソディ。パッション・ハープ!」


 目を閉じて四本の弦を弾き、その豊かな音色に耳を傾ける。


「吹き荒れよ!幸せの嵐!」


 高く掲げられたハープの周りに、真っ白な羽が出現する。


「プリキュア・ハピネス・ハリケーン!」


 ハープを手に、パッションが回転する。疾(はや)く、鋭く、美しく。巻き起こす赤い旋風に、その心を、その想いを乗せて。
 幸せを願う心で、相手を浄化するためのパッションの技。それを今彼女は、タイムマシンの動力にしようとしている。しかし、目的は違えどその想いの根本は、同じだった。
(お願い。私たちを、元の時代に戻して。私はそこで、やるべきことがあるの。
 みんなの幸せを、守りたい。もう二度と、誰かの笑顔を失わせないために。いつか、ラビリンスも含めたみんなで幸せになるために。サウラーやウエスターとも、一緒に笑い合える日を迎えるために。)
 白い羽と赤いハートの光弾が、旋風に乗って舞い踊る。やがてパッションが宙を舞い、アンテナ状の推進機にぴたりと照準を合わせる。次の瞬間、大きなハート型のエネルギー弾が、推進機を包み込んだ。


(ふん。イースがここまで、詰めが甘いとはね。)
 サウラーは、マシンから離れてパッション・ハープを召喚する彼女を見ながら、密かにほくそ笑んだ。
 四人のプリキュアの技の中で唯一、物理的なエネルギーを生み出す技。確かにそのエネルギーを推進機に向ければ、テイク・オフの原動力が得られるかもしれない。だが。
(僕がみすみす、君と一緒に未来へ帰るとでも思ったのかい?)
 アイテムを使用する必殺技の弱点のひとつは、咄嗟の離脱が遅れることだ。パッションはおそらく、エネルギー量がテイク・オフ可能領域に達した段階でマシンに飛び乗り、同時にタルトに発進の指示を出す作戦だろう。その紙一重のタイミングのさなか、自分が予想外の動きをしたらどうなるか。
 アイテムを起動し、旋風を巻き起こすパッションを、サウラーはマシンの中から冷静に見つめる。そして、彼女が回転を止めて華麗に宙を舞った瞬間、後部座席から飛び降り、操縦席のドアに飛び付いた。
 しかし。
「うっ・・・なぜだっ!」
 予想に反して、操縦席のドアが開かない。慌てて中を覗き込むと、タルトが真っ赤な顔をして、両手で力いっぱいドアの取っ手を引っ張っている。
「この・・・放せっ!」
 力比べならば、タルトに負けるはずがない。サウラーがドアをこじ開けようとした、その時。
「う・・・うわぁっ!」
 ぼん!という大きな音とともに、ハピネス・ハリケーンが最終段階を迎える。推進機を包み込む、大きなハート型のエネルギー弾。これまで何度も煮え湯を飲まされ、この技の威力をよく知っているサウラーだが、こんな至近距離で見るのは初めてだった。
 一瞬硬直したサウラーの体を、赤い閃光が弾き飛ばす。気付いた時には、彼はマシンの後部座席に、もんどりうって転がっていた。もつれ合うようにしてマシンに飛び込んだ人物が、鋭い一言を発する。
「タルト!」
「は、はいな!」
 タルトが全身を使って、赤いレバーを引く。ずん、とマシンが鈍く震えたかと思うと、辺りを切り裂くような稲光が、夏の夜空へと駆け上った。



 ☆ ☆ ☆



 不意に視界が真っ白になったように感じて、パッションは目を細めた。突如出現した明るい光。マシンの窓から射し込まれるそれは、紛れもなく真昼の光だ。
 外の様子を見ようと、窓に取りすがる。その途端、マシンがガクンと大きく揺れて、停止した。


 パッションはマシンから降り立ち、辺りの様子を窺う。タルトがすぐに、その傍らに立った。間違いなく、二日前にナケワメーケと戦った路地だ。
 夏とは違う空の色。ひんやりと頬をなでる風。すっかり葉を落とした木々。
「・・・帰って来られたのね。」
 感慨深げにそう呟いたとき、マシンのドアが再び、カチャリと開いた。


「サウラー。どうやら無事、元の時代に戻って来たわ。」
「そのようだね。君の甘さにつけ込もうとして、このザマか。」
 サウラーは自嘲気味にふん、と鼻で笑うと、ばつが悪そうに、横目でパッションを見やる。
「ここは潔く、礼を言うよ。だが、次に会ったときは敵同士だ。無駄な仏ごころを起こして僕を助けたことを、後悔させてやる。」
 サウラーはそれだけ言うと、塀の向こうへ姿を消した。その右手に、あゆみから渡された紙袋がしっかりと抱えられているのを見て、パッションは少し寂しそうな笑みを浮かべる。と、そのとき。


「せーつなぁぁぁ!!」
 ピンク色の柔らかい塊――キュアピーチが、どん、とパッションの体にぶつかってきた。


「もう、心配したよぉ!ナケワメーケを倒したと思ったら、みんな突然消えちゃうんだもん。でも、ホントに良かった~!無事に帰って来てくれて。」
 そこまで一気にまくしたてたピーチは、パッションがうつむいたまま黙って動かないのに気付いて、その顔を心配そうに覗き込んだ。
「・・・せつな?」
 不意に、ピーチの体がギュッと強く抱きしめられる。
「ラブ・・・ラブ・・・会いたかった!」
 一瞬驚いたように目をパチクリさせたピーチは、すぐに心から愛おしげな笑みを浮かべると、パッションをふわりと抱きしめ、優しい声で言った。
「お帰り、せつな。」


「せつなっ!」
「せつなちゃん!」
 ピーチに置いていかれたのだろう。ベリーとパインが、泣き笑いのような表情で走って来る。
「美希!ブッキー!」
 二人に駆け寄るパッション。ピーチも満面の笑顔で、その後ろに続く。
「せちゅな~!」
 シフォンが、パッションの腕の中に飛び込んだ。
「無事で良かった!ナケワメーケがタイムマシンだった、って聞いて、驚いてたところよ。」
「うん。何とか助ける方法は無いかって、話していたところだったの。」
 パッションの無事を喜ぶ三人の足元で、コホン!とわざとらしい咳ばらいが聞こえた。
「もしもし。わいも一緒に帰って来たんやけど。」
 拗ねたように口を尖らせるタルトに、四人は顔を見合わせ、ニコリと笑い合う。
「わかってるって!タルトも、お帰り。」
「無事に戻って来られて、良かったね。」
「相変わらず呑気な顔して~。少しはせつなの役に立ったの?」
 パインに抱き上げられ、ピーチに頬ずりされ、ベリーに鼻先をつつかれて・・・。
「うっ・・・。なんやわい、本当に戻って来たんやっちゅー気がするわぁ。」
 目を潤ませて、幸せそうにされるがままになっているタルトを見て、
「キュア~!」
 シフォンがパッションの腕の中で、嬉しそうに声を上げた。




「へぇ~。じゃあ二日間も、二十五年前の世界に居たんだ。こっちじゃそんなに時間が経ってないのに、不思議だね。」
 心底不思議そうにつぶやくラブに、せつなは苦笑する。
「そりゃあ、タイムマシンだもの。元居た時間とあまり変わらない時間を設定して、戻って来たのよ。」
「うう・・・。難しいことは、よくわかんないけどさ。でもとにかく、せつなが無事に戻って来られて良かった。その上、亡くなったおじいちゃんにも会えたなんてさ。
 あたし、この夏におじいちゃんに会えて凄く嬉しかったから、せつなもおじいちゃんに会えて、ホントに嬉しいんだ。家族共通の思い出が、またひとつ増えたってことだもんねっ。」
 そう言って微笑むラブの顔を見て、せつなは胸が熱くなる。
 美希と祈里と別れての帰り道。クローバータウン・ストリートの商店街を、二人は歩いていた。


「ねえ、ラブ。」
 せつなが自分の足元を見つめたまま、呟くようにラブに話しかける。
「二日間、本当にどうなることかと思ったけど、私、凄く大切なことを教わった気がするの。
 私たちと同じ年くらいの頃から、おばさまはやっぱりおばさまだったし、ラブが話していたとおり、おじいさまはとても素敵な人だった。二人とも、まるで今のおばさまやおじさまみたいに、私のことを、あたたかく受け入れてくれた。
 でもね。それに感謝しているだけじゃ、ダメなんだなって思ったの。」


――そうやってお互いに歩み寄っていけば、きっとお互いの気持ちがもっとわかるようになるわ。
 思わず口をついて出た、少年に語りかけた自分の言葉。
――不安に負けまいと頑張っているあなたに、今一歩、歩み寄れなかった。
 肩を震わせながら打ち明けてくれた、あゆみの気持ち。
 人は一人一人、皆違う。だからこそ、双方が歩み寄り、手を取り合って初めて、少しずつわかり合えるのではないか。
 自分は、桃園家に家族として迎えられた。二十五年前の世界でも、桃園家はやはり、あたたかかった。でも、ただその温もりを感じているだけでは――自分から歩み寄り、自ら家族になっていかなければ、あゆみのように、ラブのように、あたたかさを受け継いでいくことは出来ないのではないか。


「私ね、ラブ。」
 せつなはラブの顔をちらりと見て、また足元に視線を落とす。
「これからはもっと、おじさまやおばさまに、自分の気持ちや考えていること、言葉にして話そうと思う。」
「うん。」
「そして、おじさまやおばさまの気持ちも・・・何を感じて、何を考えているのかも、これからはもっと、いろいろ訊いてみたい。」
 ラブが不意に立ち止まる。そして、不思議そうな顔で振り返ったせつなに、ニヤッと笑いかけた。
「せつなぁ。お父さんとお母さんだけじゃなくて、誰か大事な人を、忘れてない?」
「あ・・・。もうっ、ラブには当然、ちゃんと話すわよ。」
 頬を染めながらあさっての方を向くせつなに、ラブはもう一度ニヤッと笑うと、すっとその右手を差し出した。
「さぁ、せつな帰ろ!あたしたちの家に。」
「そうね、帰りましょう。・・・私たちの家に。」


 ここから太陽の昇る方角へ、まっすぐに進んだところ。駆け足でなら、たかだか五分。
 明るい桃色の屋根に、赤い庇。決して大きくはないけれど、訪れる者をあたたかく包み込む、愛にあふれた我が家。


 ラブと手を取り合い、商店街を駆け抜けながら、せつなは今、無性にあゆみに会いたかった。



~完~


後日談を読む→後日談:柱の傷
最終更新:2013年02月12日 14:43