「心の居場所」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY




まだ甘い匂いの漂うリビング。
今年のバレンタインデーは日曜日。桃園家では蒼乃家、山吹家合同の
チョコレートパーティーが開かれた。
前日から各種デザートやチョコレート、お父さん達の為のオードブルの
準備に大忙し。
みんながそれぞれに手土産を持って集まる。
甘いお菓子に舌鼓を打ちながらお喋りが弾む。笑顔と笑い声が弾ける。


でも、みんな本当は分かってる。これはせつなのお別れパーティー。
勿論、今日明日に急に会えなくなる訳ではない。
でも、こんな風にみんな集まってワイワイガヤガヤするのは
これで当分は無理だろう。



もうすぐ。春が来る前に、せつなはラビリンスに戻る。



特に誰かが言い出した訳ではない。
お泊まり会を兼ねたパジャマパーティー。庭でやったコロッケパーティー。
その時のせつなの輝く笑顔。楽し気に紅潮した頬。
わざわざお別れ会、なんて言うのは湿っぽくなりそうだから。
だから、みんなで楽しく。美味しい物を食べて。他愛ない冗談を言い合って。
一つでも沢山の笑顔の宝石がせつなの胸に溜まるように。
少しでも多く、宝物をラビリンスに持って帰れるように。



色んな料理やお菓子があるのに、せつなはチョコレートフォンデュに
張り付いてた。特に苺が気に入ったみたいだ。
まるで難しい専門書でも読むような真剣な顔で一心不乱に
モグモグと口を動かすせつな。
みんなが苦笑いで見つめているのにも気付かない。



「せつなちゃん、これもどうぞ。」
「アタシのもあげる。」
「苺はぜーんぶせつなのだね!」



他の人も次々にせつなのお皿に苺を盛って行く。あっという間に山盛り。
せつなは真っ赤になってオロオロしてた。
意外に食いしん坊なとこがバレて恥ずかしいのと、純粋に
山盛り苺が嬉しいのとで。
結局、その小山のような苺をせつなは全部平らげた。


楽しかった。笑顔も幸せも溢れてた。
温かくて、くすぐったくて。あっという間に時間が過ぎる。
でも、みんなわざと気付かない振り。
時折、せつなの顔に過る寂しさの色。
まるで春の陽射しの中に、ふと吹き抜ける冬の名残のような身を切る哀しみ。
それを覆い隠すように、笑い声を被せ大袈裟にはしゃいで見せる。



そうしないと、泣いてしまうから。



午後にはお開き。みんなで後片付け。
キッチンで押し合いへし合いしながらお皿洗い。
みんなで一緒ならお手伝いだって楽しい。一時、一時が大切。
噛み締めるように、時が過ぎる。



後片付けも順調に進む。だんだん人が少なくなる。
キッチンにはもう、ラブとせつなだけ。
カチャカチャと言う、お皿を片付ける音だけが響く。
このところ、ずっとそうだ。二人きりになると、途端に沈黙に支配される。
そうしないと………。





行かないで…………



行きたくない……………





何度も何度も話し合った。
話せば話すほど、せつなのラビリンスへの帰還は固い決定事項となっていった。
ラブには分かっていた。せつながその事を口に出す。
その時点で、せつなの中ではもう決断は揺るぎ無いものになっている事を。
結局、大切な事を一人で決めてしまう性格はそのまんま。
せつなは、そう言う子。




「わぁ!お母さん、綺麗。」


せつなの感嘆の声が上がり、そちらを見ると着飾ったあゆみの姿。
普段は薄化粧に質素な服装のあゆみが綺麗に化粧をし、
華やかなワンピースを着ている。



「うふふ、ちょっと若作りだったかしら?」


「そんな事ない。とっても素敵。」


「うんうん!お父さん惚れ直しちゃうね!」




なんだか照れちゃう。
そう少女のように頬を染めて微笑む母の可愛らしい姿に、
自然と娘達の頬も緩む。
これから圭太郎とデートなのだ。映画を見て、食事。その後は少し飲んで来るらしい。
ついさっきまで同じ家にいたのにデート気分を盛り上げる為、
わざわざ時間差で出掛けて待ち合わせすると言う念の入れようだ。



「じゃ、行ってくるわね。折角の日曜日にごめんなさいね。」


「へーきだよ!子供じゃないんだからさ。」


「うんと楽しんで来てね。」


あゆみは小さな子供にする様に、ラブとせつなの頬を撫でる。
愛しそうに、目を細め。
出掛けるもう一つの理由。ラブとせつなに二人きりの時間を与える為。
空元気のラブ。それを見て見ない振りのせつな。
まだ二人の間で…ラブの中で決着が付いてないのが分かってるから。
仕方ないと諦め、「せつながいなくなる」事実を丸飲みし、
それがつっかえて胸と喉を塞いでいる。
どうしてやる事も出来ないから。
自分で、噛み砕いて飲み下すしか無い事だから。


美希と祈里はタルトとシフォンを連れて帰ってくれた。
たぶん今日は、夜まで二人きりになれる、最後の日。




「いってらっしゃい!」
明るい声で見送る。



そして、また…沈黙。



「………ーー!」



リビングに戻ろうとするせつなを、ラブが後ろから抱き締める。



せつなは、何も言わない。ただ身を任せ、微かに震える。
ラブも、何も言えない。悪いのは、自分だから。
辛さにかまけて、せつなを傷付けたから。悲しませたから。
「ラビリンスに戻る」、せつなにそう告げられてから、ラブはせつなに
指一本、触れられなくなった。
毎日のように抱き合っていたのに。
1日に何度も交わしたキス。
飽きる事なく、数えきれない夜を溶け合ってきた。


恐かった。触れ合ってしまえば、別れが余計に辛くなる気がした。
もうこれ以上の痛みは耐えられない。
それなら、友達に戻った方がマシなんじゃないか。
ただの、一つ屋根の下に住む家族。
我慢して、距離を置いて、そうすれば傷口もいずれ乾く。
別れる頃には、きっと瘡蓋がキレイに剥がれてくれる。
傷痕が残ったって、血を流し続けるよりはきっと苦しくない。



だから……



「ごめん…なさい………」


「………どして……?」




あからさまな拒絶に、せつなはどれ程傷付いただろう。
無為に過ぎて行く時間。
誰よりも、時を惜しんで過ごしたいのはラブとの時間だったのに。
せつなは変わらない、なんて呆れる資格なんて無かった。
自分こそ、独りよがりな哀しみに酔ってせつなを置いてけぼりにしていた。




「………ごめんなさい。」


「…謝らないで。」




せつなの手のひらが、そっとラブの手に重ねられる。
コツン、と頭を寄せ、目を閉じる。




「……あたしって、馬鹿だよね。」


「……そうね。」


「…否定してくれないんだ…?」


「だって……、馬鹿なんだもの…。」


「……うん…………」


「私が、辛くないとでも思った…?」



きゅ…と力を込める。
何も言い返せない。さすがに、怒ってる……。
そう感じてラブは居たたまれなくなる。
貴重な時間を拗ねて無駄にしてしまった後悔。
誰よりも大切なせつなを、自分のせいで悲しませた。
どうすれば、いいんだろう。




「やっぱり、分かってないでしょ?」


「……?」


「怒ってなんか…ないわ。…………悲しい、だけ。」


「………。」


「ラブを……、悲しませてる…。それが悲しいの。」


「…ーーっ!」




ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
どうして、……あたしは…!



「あたし…ダメだ……ね。」
せつなの事になると、ただでさえ出来が良いとは言えない頭の働きが
ますます鈍くさくなるみたい。



「仕方無いわね………。」



でも……、そんなラブが……



「好きよ。」




じわりじわりと胸に痛みが滲みる。
擦り傷を舐めて貰うような、ヒリヒリして…少し肌が粟立つような感覚。



「許してくれる?」


「ちゃんと、してくれたらね。」


「……?」


「だって…今日は女の子が愛の告白する日なんでしょ?」




ああ、そうか。今日はバレンタインだったんだ。




「どんな風に、すればいいかな……?」


「自分で考えてよ。」


「ヤダ…。もう失敗したくないもん。」




せつなの望む通りに。何でもするから。




「……………。」
「………………。」




多分、望んでいる事は同じ。
でも…せつなから、せつなの口から言って欲しい。
我が儘かな?
散々、身勝手に振り回しておいて。
この際、最後のついで……って、おかしい?




せつなに、あたしを欲しがってもらいたいって思うのは。




「何でも、言う事聞いてくれるの……?」


「お約束いたします。」


「…ラブには、もう分かってると思うんだけど?」


「……言わなきゃ聞かない。」




「何だか…結局、私が損してる気がするんだけど。」


「いいの。だって、いっつもあたしばっか欲しがってるじゃん。」




そんな事ないのに。
いや、あるのかな?欲しがる暇がなかったのかも。
いつだって、ラブから求めてくれてたから。
息をするのも忘れるくらい。
ラブに、溺れさせてくれてたから………。



「………あの、ね……」


「うん………」


「やっぱり、言わなきゃ…ダメ?」


「どー……しても、嫌ならいいけど。」




ここでダメって言ってくれたら逆らえるのに。
多分、わざとやってる訳じゃない。
ラブは、本当に嫌な事は強要しないから。
却って言う事聞かなきゃならない気になるのよね。



本当に、ラブは分かってるのかしら?
どれくらい、自分が愛されてるか。
いつもいつも、欲しくて堪らないのは私の方だったのよ?




「……抱いて、欲しいの。」


「……せつなのエッチ……。」


「そうよ?知らなかったの?」



ラブが、そうさせた癖に。



「うんと……、たくさん……。」


「……うん。」


「私が……泣いても、やめないで……。」


「それが……せつなの欲しい、告白?」


「そう……。」




ラブからしか、欲しくない。




腕をほどき、向かい合う。
せつなは、恥ずかしがって俯くかと思ってた。
でも……



真っ直ぐ、目を見てくれた。
今にも泣き出しそうな顔に、切ない微笑みを浮かべながら。



すうっ…と、胸の奥底まで届く眼差し。
どんな言葉よりも、はっきり伝えてくる。


こんなにも、愛してくれてる事を。




何度も、抱き合ったせつなの部屋。
見つめ合いながら、ゆっくりと衣服を落としていく。
露になっていく肌に指を滑らせ、生まれたままの姿で横たわる。



吐息を溶け合わせるような口づけ。
素肌を重ね、お互いの温もりを移し合う。
淡雪を融かすように、白磁の肢体に全身を馴染ませる。




唇から漏れる息が熱を帯びる。
指を、唇を、舌を、余す事なく隅々まで這わせる。
せつなの蕩けたすすり泣きにラブの細胞の一つ一つまでもが
歓喜と愛しさに戦慄く。



淡く桜色に染まり、しっとりと濡れたしどけない体。
ラブの名を呼び、重なり繋がった体を感電したかのように
跳ねさせる。



「あたし、やっとわかった。」



息も絶え絶えに、ラブにしがみ付くせつなを抱き締めながらラブが囁く。



「なんで、あんなに辛かったのか……」


「……ラ…ブ?」


「せつなが、ラビリンスに帰る…って、そう思うのがいけなかったんだ。」




潤んだ瞳で、胸を喘がせているせつなに戸惑いの色。



「せつなは、あたしのもの………」




闇色の髪を掻き上げ、額からキスを刻んでいく。
頬、首筋、鎖骨、柔らかく盛り上がった双丘。
恥じらうように色づく、頂の蕾にも。
滑らかに窪んだ腹部。それから爪先に口付け、今度はそこから膝、腿へ。
そして、快楽に打ち震える艶やかに濡れそぼった花芯へと。
ラブの唇を覚え込ませるよう、深く深く愛撫を染み込ませる。




「せつなは、帰るんじゃないよ?」




ラビリンスに、貸してあげるだけなんだから。




ほんの一時、腕の中からいなくなるだけ。
せつなの居場所はここ。
他のどこでもない。どんなに遠くに行っても帰って来るのは
あたしの腕の中なんだからね。




幾度目かの絶頂に身をさざ波立たせながら、せつながクスリと笑みを溢す。




「……?……せつな?」


「…まったく、もう……」




呆れたような苦笑い。




「今頃分かったの?」


ラブの頭を胸に掻き抱きながら、せつなが諭す口調で囁く。



「当たり前じゃない。ここが、私の居場所だなんて。」


「……あたしって、やっぱりバカ?」


「そうかもね。」



お互いの温もりに体を預け、クスクスと笑い合う。
本当に馬鹿みたいだ。まるでこの世の終わりみたいな気分でいたなんて。




「それならそうと、早く言ってよ。」


「まさかそんな当たり前の事、言わなきゃ分からないなんて思わないわよ。」


「やっぱりあたしが悪いの?」


「そうよ。ホントに、馬鹿みたい……」




ぴったりと体の隙間を埋めるように身を寄せ合う。
一時の別れ、そんな台詞は気休めにしかならない事は分かってる。
それでも、言い聞かせるように囁き合う。
お互いに。自分自身に……。




あなたは私のもの。



私はあなたのもの。




「私ってモノだったの?」


「そう。頭のてっぺんから爪先まで、ぜぇんぶ。髪の毛一本まで、あたしの!」



何の意味もない睦言。
でも、繰り返し重ねる言葉は心に緩やかに凪をもたらしてくれる。




どこにいたって、あなただけのわたしだから。




「好きよ。」
「大好きだよ。」




あいしてる。




その台詞はまだ大切にとっておこう。
また、あなたの元に戻って来られるその日まで。



だから、許して下さい。
あなたの腕を、ほんの一時空にしてしまう事を。




今、ここにいる私だけが本当の私なのだから。



ラせ1-44は、後日談(R18:閲覧注意)
最終更新:2013年02月16日 01:31