「現(うつつ)は夢よりも甘し」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY




するりと暗闇に飲み込まれる様に意識が途切れる。
ぽっかりと浮かび上がる様に暗闇から意識が吐き出される。
眠りとはそう言うものだとずっと思ってきた。
訓練、任務、分刻みに決まりきった日常。鉛の様に重くなった体ごと
意識が泥沼に沈んで行く、ただ脳と身体から疲労を追い出す為の作業の
一つに過ぎなかった、深く、短く、暗い眠り。
中途半端に浅い眠りはいつだって碌なものじゃなかった。
悪夢は目覚めても、現実はその続きでしかなく、多少なりともマシな夢は、
目覚めた後に砂を噛む様な不快感を、渇いた口に張り付かせるだけだから。
だから、夢など見ないよう、精一杯体を痛め付ける。
毎日、毎日、他には何も考えずに済むように。
目を閉じれば、一瞬で闇が次の朝まで連れて行ってくれるように。



…………
……………………


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


目覚めると、ふわふわした明るい色の髪が顔のすぐ横で揺れていた。
せつなの手を握ったり、自分の手のひらと重ねて大きさ比べをしたりして、
ラブが遊んでいる。


「せつなの手、ちっちゃくてカワイイ」
「…大きさなんて殆ど変わらないじゃない」


ラブの柔らかな指で手を弄ばれる。
温かな血の通った感触。また眠りに誘われそうだった。
その温かく柔らかな手が頬を撫で、額に触れて来る。
手をどけた後は、コツンと自分の額をくっつける。


「うん、熱は下がったね」


よかったよかった。そう、微笑むラブにせつなは苦笑いを返す。
手のひらで熱を見たなら、わざわざ額までくっつける必要は無いだろうに。


「ずっと一緒に寝てたの?駄目じゃない、移るわよ」


そう言うと、ラブは少し驚いた様に目を見開くと、思い切り抱き付いて
ぐりぐりと頬を擦り寄せる。


「こらこら…」
「だってぇ、せつなホカホカで気持ち良かったんだもん」
「もう。私はカイロ代わり?」
「ウソウソ!いいじゃん、風邪でも一緒に寝たいんだもん!」
「…だから、移ったら困るでしょ?」
「移ったっていいよーだ!」


だって、そしたらせつなが看病してくれるでしょ?


「…移しっこしてどうするのよ?」


「いいじゃん!幸せゲットだよ?!」


眠っている間、何か夢を見ていた。熱のせいか、あまり良い夢では無かった気がする。よく思い出せない。
けれど、そんな事はどうでもよかった。
悪夢なんて、目覚めてしまえばそれでお仕舞い。
幸せな夢も、目覚めた後で辛くはならない。
今は現実の方がずっと豊かな彩りに溢れているから。


もうどんな夢も恐くない。目が覚めればあなたがいてくれる。



「…朝食、私が作ろうかな」
「駄目!」
「どして?」
「病み上がりって言葉知らないの?今日一日は熱がなくてもお利口にね」
「はぁい…」


温もりに包まれていると、また眠気に誘われて来た。
微睡み出したせつなを見て、ラブは優しく囁く。


「もう少し寝てなよ。朝ごはん、出来たら起こすから」
「…………ん………」


ラブの短い言葉も聞き終わらない内に、とろとろと意識が揺らめきだす。
愛しい温もりが側にあれば、眠る事はこんなにも甘やかなものなのだ。


ラブはせつなが完全に眠りに落ちるのを見計らい、そっとベッドを抜け出す。
起こさぬ様に、頬と唇を軽く啄んでから。


せつなが、夢の中でも幸せでありますように。
そして、目覚めた後はもっと幸せでありますように。



end
最終更新:2020年07月12日 12:48