「いつか来る、その日まで」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY




四月。あたしとブッキーと美希たんは三年生になった。
ブッキーと美希たんはエスカレーター式の中高一貫の私立だから、ある程度の
成績キープしてれば進学は問題ナシなんだって。
あたしと言えば……ガッタガタ。
ホント、現実感のカケラも無いなぁ。受験生、なんて。



まったく、せつなが勉強教えてくれるって思って安心しきってたのにさ。



せつながラビリンスに帰ってどのくらい経ったっけ。
部屋はいつも埃一つ無いくらいに綺麗に整えられてる。
お母さんが毎日の掃除は欠かさないから。
風邪引いたりして、他の家事は手を抜く事があってもせつなの
部屋の掃除だけは絶対にやってるの知ってる。
どんなに具合が悪くたって、あたしやお父さんには頼まないの。
あたしがするのはシーツ類の洗濯くらいかな。
お母さん、何も言わないけど知ってるはず。
あたしが夜はせつなのベッドで寝てるの。



ねぇ、せつな。
あたしこの頃寝坊ばっかだよ。せつなが朝起こしてくれないからさ。
この間とうとう遅刻しちゃった。
宿題もね、何とか忘れずにはやってるけど。
間違いだらけで再提出くらっちゃうの。
せつなと一緒にやってた時はそんなの一回も無かったのに。
体育の時間もね、あたしやっぱり球技って苦手みたい。
ボール持ってもすぐに誰かにパスしちゃう。それもうっかり敵に
パスしちゃったりするもんだからさ。みんな呆れてたよ。



ねぇ、せつな。
あたしね、せつながこっちにいた頃、結構せつなの事フォローしてた
つもりになってたんだよね。
せつなはこっちの事分からないから。知らない事は助けてあげなくっちゃっ、て。
でもさ、お互い様だったんだね。
あたしもたくさんせつなに助けて貰ってた。
せつなとなら、勉強だってしんどくなかった。
すぐに休憩したがったり、集中力が無いってせつなに叱られたりもしたけど。
せつなといた頃は一回も宿題忘れもテストで赤点取る事も無かったんだよ。
体育だって楽しかったなぁ。せつなが上手くパス回してくれたり、
あたしが動きやすいようにミスをフォローしてくれてたんだよね。


あーあ、由美や大輔ともクラス別れちゃってさ。
学校ってあんなにつまんなかったっけ?なんて思っちゃうんだよ。
このあたしがだよ?せつなに学校ってすっごい楽しいって言ってたのに。



放課後はやっぱり美希たんやブッキーと集まっちゃう。
相変わらず楽しいんだ。三人でのお喋り。時間を忘れちゃうって言うかね。
でも、ね。ふと、会話が途切れる時があるの。
おかしいよね。普通に話せばいいのに。
「せつな、今頃どうしてるのかなぁ。」
「せつな、頑張ってるんだろうなあ。」って。
何でだろうね。どうして、話せないんだろう。
不思議だよ。ちょっと前までは三人が当たり前だったのに。
どうしてこんなに「欠けちゃった」って感じるんだろう。
どうしてこんなに、足りないって思っちゃうんだろうね。


この間ね、とうとうみんなで泣いちゃった。
三人でいつもみたいに公園でお喋りしてたの。
ブッキーが飲み物買ってきてくれたんだけどね。
ブッキーってば、ペットボトル四本持ってるの。
帰って来るまで全然気付いてなかったみたいでさ。
気付いた後、もう…ね。
ボロボロボロボローーって感じで涙が。「せつなちゃぁ~ん……」って。
美希たんがそれ見て怒りだしちゃったんだ。
泣かないでよ!って。
あたしが、ラブが泣かずに我慢してるに、ブッキーが泣いてどうすんのっ!って。
ブッキー、えぐえぐ言いながら泣き止もうとするんだけど、うまく行かなくて。
そんなブッキー見てたらあたしも、うっっ…!ってなっちゃってさ。
「美希たん、ブッキー怒んないで。ブッキーは悪くないじゃん!」って
我慢できなくて、あたしまでボロボロきちゃってね。
そしたら美希たんも、「何よ二人とも!アタシは平気だとでも思ってんのっ!!」


そっからはもう、ぐっちゃぐちゃ。
ワンワン泣いちゃってさあ。公園でだよ?人もいっぱいいるのに。
みんな見てんの。そりゃそうだよね。
中学生の女の子が三人も、ちっちゃい子供みたいに泣きじゃくってるんだから。


しばらくしてやっと泣き止めた頃にね、カオルちゃんが
ドーナツ持ってきてくれたの。
「お嬢ちゃん達、これでも食べて元気出しなよ。」って。
春限定のいちごみるく味。すごく美味しいんだよ。優しい味でさ。
せつな、食べた事なかったよね。仲間になったのは夏だったし。
それ考えたらまたジワァ~と来そうになってさ。
でも他の二人みたら、二人ともあたしとおんなじ顔してんの。
おんなじ事考えてるの丸分かり。
結局また三人とも口もぐもぐさせながら、べしょべしょになってんの。
カオルちゃんも困ったろうな。
元気付けるはずが、やっと泣き止んだのにまた泣いてるんだから。



そこからせつなの愚痴大会になっちゃった。
だってさあ、めちゃくちゃショックだったんだよ?
電話もメールも通じないんだもん。
滅多に会えなくなるのは分かってたけどさ、電話やメールは
普通に出来るって思ってたんだから!


電話は何度掛けても『お掛けになった電話番号は……』のアナウンス。
メールを送れば『送信元が見付かりません』。
マジで血の気が引いたよ?嘘でしょ?って。ショック過ぎて涙も引っ込んだよ。
呆然としちゃったんだから。


もう、美希たんもブッキーもぶうぶう言ってたんだからね。
「せつなってば冷たすぎ!」ってさ。



………嘘。嘘だよ。本気じゃないよ。せつなだって分かってくれるよね。



さみしいよ。


会いたくて、会いたくて堪らないの。


声だけでも聞きたいの。


それが無理なら、メールでもいい。
そんなに長くなくっていいんだ。


『元気にやってるよ』って、一行だけでもいいから……




せつな、せつな、せつなせつな、せつな………




なるべく泣かないようにって、思ってるけど…。
時々、我慢できなくなっちゃう。
このままじゃ、元気印の明るいラブちゃんって言われなくなっちゃいそう。
こんなあたし、せつなだって嫌だよね。
いつも思ってるんだよ?笑っていようって。
せつな、あたしの笑顔が好きって言ってくれてたから。



もう深夜1時をとっくに過ぎてる。この分じゃ明日も遅刻かな。
いつもリンクルンを握り締めて眠る。
いつ、せつなから連絡があってもいいように。
いつも朝起きてガッカリするんだけどね。
着信履歴に何も残ってないのは分かってるから。



(………え……?)



手の中で震えるリンクルン。伝わる振動。
おそるおそる、画面を見て………




『せつな』の文字。




早く、早く出なきゃ。切れちゃうよ!
でもホントに?ホントにせつななの?
あたし、気付かない内に寝ちゃってて…夢、とかじゃないよね。
ああ、どうしよ。指が上手く動かない。
通話ボタン、なんでこんなにちっちゃいのよ……!




「………ーっもし、もし…?」


『もしもし、ラブ?!よかった!やっと繋がった!』



せつなの、声。少し低い、柔らかくて甘いアルトの声。
あたしの、世界で一番好きな声。
間違いない……!せつな…!




『ごめんね。ずっと連絡出来なくて。私もびっくりしたの。
ラビリンスに戻った途端、通じなくなっちゃったもんだから……』


(…せつな……せつな……せつな……)


『メビウスが壊れちゃったせいでね、色々と電気系統とか通信手段に
不具合が出てきちゃったみたいで……』


(せつな、せつな、せつな、せつな…)


『やっぱり、まず最初は国民のライフラインを確保しなきゃいけないから。
私的な通信手段なんかは一番後回しになっちゃって……』


「……ーーーーッッ!!」


『…って、こんな事くどくど言っても仕方ないわね。……ラブ?』


「……………せつな……」


『……あ…、もしかして、って、もしかしなくても…寝てた…わよね?
やだ…、私ったら、ごめんなさい。つい…嬉しくて…時間も考えずに。』


「…………」


『あの……、また、掛け直した方が……いい?』


「…せつ、な……」


『ラブ……?』



せつなの声。ちゃんと、生身の体温を伝えてくる、確かな手触りを持った声。
せつながいる。あたしと、話してる。
せつな、ちゃんといたよ!



「ーーーっ、せつなっ!…えっ…えぅ!…うぅっ…ふっえ…えっ…く…」


『ーっ!やだ、ラブ!』


「せつっ…な、せつなだぁ…!ホントにっ、せつなだよ……ふぇぇ…」


『…もうっ!…ラブぅ、泣かないで…。私だって、我慢……』


「せつなっ…、せつなぁ……」


『…我慢してるんだからっ!もう、話せなくなっちゃう…』



お互いが、泣き止めるまで少し掛かった。
でも、受話器越しの気配が温かくて。
顔が見られないのが切なくて…。
涙は止まったのに、中々言葉が出てこない。




「……せつなは、精一杯頑張ってるんだろうね。」


『うーん、どうかな…?』
「?」


『もう少し、頑張りたいんだけどね。中々頑張らせて貰えなくて。』


「…なんで?」


『あの二人がね……』



ふふっ…とせつなが笑う。


信用、ないみたいなのよ。私はスイッチが入ると後先考えず暴走するって
思われてるみたいでね。
自分達は不眠不休で現場に泊まり込んだりしてる癖に。
私は絶対に連れて行ってくれないの。
自分達は男で大人だからって。
私だって幹部の一人だったのに。今じゃすっかり子供扱いよ。
その癖、自分達の嫌いな事務処理や面倒な手続きは押し付けけてくるの。
まったく都合がいいんだから。



多分、あの変なカードでズタボロになってた時の事があるからだろう。
せつな、言う事なんて聞かなかったんだろうな。
それでも、ぶつぶつ文句を言ってるせつなの口調には、
温かな親しみが溢れている。
あの二人、そう昔の同僚で今は仲間の事を話すせつな。



せつなは、ラビリンスでも自分の居場所を作ったんだ。
昔の仲間と新しい絆を結び、信頼仕合いながら頑張ってるんだ。



よかった。せつな、生き生きしてる。
すごく、大変なんだろうな。
でも、その声には遣り甲斐と手応えを感じているだろう、
確かな誇らしさが滲み出ている。



よかったね。あたしも嬉しい。せつな、忙しいけど充実してるんだよね。




…………………。




さみしくて、堪らないのはあたしだけ……?




せつな、もう……こっちには………




『……ラブ。』


「………ん?」


『……会いたい…。』


「!!!」


『ラブの作ったハンバーグ、食べたい…』


「せつな……」


『お母さんのコロッケと、お父さんの肉じゃがも……』


「……せつな」


『おうちに……、みんなの…ラブの所へ、帰りたい…。』




せつな。ああ、ゴメン…せつな。
あたし、自分の事ばっかり。自分がさみしくて拗ねてるからって…。
頑張ってるせつなは、あたしがいなくても平気なんだ…なんて。
そうだよ。せつなの方がさみしくて、不安で、心細いに決まってるじゃん。
あたしにはお父さんもお母さんも、美希たんもブッキーも側にいるのに…。




『ラブぅ。私、精一杯頑張るから。頑張って、ラビリンスを一日でも早く
建て直して…』


「……うん。うん、せつな…」


『それで、それで…胸を張って帰るから。ラブの所に。』


「うん。あたし、待ってるよ!あたしも頑張る。せつながいなくても、
精一杯幸せゲットするんだ。せつなに胸張って報告出来るように!」


『……うん、ラブ。うん。』


『せつなもね、ラビリンスでも幸せゲットだよ!』



それから、あたし達は延々とお喋りしてた。
取り止めのない、他愛ないお喋り。
みんなの近況や、学校での事。
でも、さみしくてずっとやる気のない生活してたって事は言えなかった。
頑張ってるせつなに対して、あんまりにも恥ずかしくって。
気が付けば、窓の外が明るくなって来てた。
さすがに、もう切らないと。




「……夜が、明けてきちゃったね。」


『うん、こっちも。』


「……そろそろ…」


『……そうね……』




「……………」
『……………』




『そうだ、ラブ。あのね、すぐには無理だけど、もう少ししたら
一度そっちに行けると思うの。』


「…!!ホントに!」


『うん、さすがに明日とか今週末…とはいかないけどね。
何週間も先じゃないと思う。帰れるって言っても、
精々半日がいいとこだろうけど……。』


『ホントに、ホント?嘘じゃないよね?やっぱり無理…とか、
そんな事にならない?あたし、そんな事になったら爆死だよ!!』


『私だってそうよ。ホントは、突然帰って驚かせようかと思ったんだけど…』


「そんな事されたら、それこそショック死!せっかく会えるのに
あたしを殺したいの?!せつなはっ!!」


『もう…、落ち着いてよ。』



落ち着いてなんかいられますか!
もうっ、何でこんな大事な情報を最後の最後に出すかな。せつなってば!
ああっ、なんかクスクス笑ってるし!



『また、連絡するから…。』


「絶対だよ!あっ、メールとかこっちからも送れる?」


『多分ね。』


「オッケー!後で送るから!」


『私も。それに、美希やブッキーにもこれから送って見る。』



うんうん、美希たんもブッキーも超ーっ喜ぶ!
多分、いや絶対泣くね。賭けてもいい。



『……ホントに、そろそろ切らなきゃ…』


「…そだね…」



そうだよね。また、電話出来るようになったんだから。
せつなだって今日も忙しいよね。少しは眠らなきゃだし。




『……ラブ……』


「…んー?なあに?」


『………大好き…』


「……ーっ!……もぉう、…切れなくなっちゃうよ…」


『…ごめんなさい。まだ…言ってなかったなぁ…って。』


「あたしだって…、あたしも大好きなんだから!すごくすごく、大好きだよ!」


『………………』
「………………」



『本当に、切れなくなっちゃうわね…。どうしよ?』


「……じゃあ。せーの、で、一緒に切ろうか?」


『分かったわ。せーの、ね?』


「ホントに同時にだよ?あたしが切るの、確認してから…とかダメだからね。」


『……。』



やっぱり。そんな事だと思ったよ。
ラブさんの目(この場合、耳?)は誤魔化されませんよ。




「じゃあ、行くよ?……せー…の……」



プツン…と言う儚い感触。同時に離れた、温もりと…。
途端に、現実感が薄れて不安になってリンクルンを見る。
表示されてる通話時間。着信履歴に残る、『せつな』の名前。



(……夢、じゃない。)



リンクルンをぎゅっと胸に抱き締める。
せつなとの絆を、確かめるように。



すると、もう一度、震える。



件名『届いてる?』
送信者はやっぱり、『せつな』


『ちゃんと送れたかしら?もう朝だけど、少しでも寝なきゃ駄目よ。
でないとラブは絶対に授業で居眠りするにきまってるんだから!
私も一休みしてから、仕事に行くから。今日も精一杯頑張るわ!』



ぷっ、と思わず吹き出す。


(まあったく。最初のメールがお小言って。ムードないんから。)



でも、せつならしい。
うん、そうだよ。せつなはこうでなくっちゃね!
あたし達はなんにも変わらないんだから。



あたしはパンッ!と音を立てて自分のほっぺを挟む。


(さあて!気合い、入れなきゃ!)



せつなには寝ろって言われたけど、このままランニングしてこよう。
ずっと、ダンスも体力作りもおさぼりしてたもんね。
ひとっ走りして、汗かいたらシャワー浴びて。
それから、お父さんとお母さんにとびっきり豪華な朝ごはん作ってあげよう。
ラブのスペシャルオムレツは外せないね。
せつなも大好きだったやつ。
あれが朝ごはんに付くと、せつなニッコニコだったな。


うーん…、と伸びをする。
だらだらなんてしてられないね。
今度はちゃんと報告するんだもん。
あたしも頑張ってるよ!って。
せつなみたいに、すごい仕事してる訳じゃないけど、
精一杯自分に出来る事をやってくんだ。


せつなに、恥ずかしくないように。
せつなに、ラブの笑顔が大好きって言って貰いたいから。



(せつな、行ってきます!)


あたしは、早朝の澄んだ空気の中に飛び出して行った。



最終更新:2016年07月02日 16:21