『欲望』/黒ブキ◆lg0Ts41PPY




今日はお父さんは残業。お母さんはパートの遅番。タルトとシフォンは
ブッキーの所でお泊まり。
そしてせつなは、多分図書館。最近せつなはよく本を読んでる。
こちらの事を勉強中なのだ、と彼女は笑う。新しい事に触れ、知識や経験を
増やして行くことが楽しくて仕方ない様子だ。
せつなが早く馴染んでくれればいい、美希たんやブッキーとも、もっと
仲良くなって欲しい、新しい友達も沢山出来れば嬉しい。
そうすればみんな幸せ。


そう思ってた。本当に、そう思ってたはずなのに。


いつからだろう。せつなが自分以外の人に笑顔を見せると、胸の中にチクチクと
不快感が走るようになったのは。
最初は、「あたし、ヤキモチ焼いちゃってる?らしくないなあ。」なんて、
自分に苦笑いする余裕があった。
でも、そんな嫌な気持ちをハッキリ意識したのはダンス合宿の時。
余り乗り気ではなかったせつなに、自分から「ダンスをする。」と言わせたのは
ブッキー。あたしじゃなかった。
あの日、せつなを夕飯に呼びに行ったまま中々帰って来なかったブッキー。
薄暗い窓を見上げながら、ハッキリと苛立っている自分を意識した。
その後、あの時どんなやり取りがあったのか分かっても、一度心に絡み付いた棘は
無くならなかった。それどころか、どんどん増えて行く。
せつなが他の誰かの話をする度に。他の誰かに笑顔を見せる度に。


せつなは親友で家族。そしてプリキュアとして共に戦う仲間。一番近しい所にいるのは自分。
一つ屋根の下に住み、9月からは学校だって一緒。誰が見たって、
これ以上の仲良しなんていないよね?
これ以上近くになんてどうやって行ったらいいの?
せつなを閉じ込めて、誰にも会わせないで、自分だけのモノに。
そうでもしないとムリだよね。でもそんな事できっこないし。
もしそうしたって満足できるかどうかなんてわからないじゃん。


そこまで考えて初めて気付いてしまった。
ううん、本当はとっくに分かってた。分かってたのに知らんぷりしてた。
だって、どうしようもないもん。


こんな気持ち、せつなは困るに決まってる。でもきっとどんなに困っても
せつなは面と向かって拒否できない。
今のせつなは自分が誰かを傷つける事を何より怖れて。
拒否する事であたしを傷つける事を怖れて……


でも、そんなせつなは見たくない。


ガランとした家の中でラブは笑おうとした。
でもそれは苦い泣き笑いにしかならなかった。
(欲張りだな、あたし。)
自分勝手に嫉妬して、自分だけのせつなを欲しがって、そうはならない現実に
苛立って一人ぐるぐる馬鹿な事考えて。
せつなを独り占めしたいのに、自分から言うのはイヤ。
せつなが自ら望んでそうなって欲しい。


ラブは特別。ラブだけが好き。ラブがいれば他に何も要らない。
(そう言って欲しいんだよね。あたしは……)
あたしがこんな風に思ってるなんて、せつな、知らないだろうな。
誰も気付いてないよね?
だって、必死に隠してきたんだし。
閉め切った部屋は暑くて、じっとりと全身に汗が滲んでくる。
頭の中がぐつぐつと音を立て、やり場のない思いで煮詰まって行く。
(ちょっと頭、冷やそう。みんな帰ってきたら変に思われちゃうよ。)


ラブはわざと冷たい水でシャワーを頭から被った。
真夏とは言え、火照った体と冷水のギャップに一瞬悲鳴をあげそうになる。
しかし徐々に冷たさに馴染むにつれ、自分のどろどろした欲望が凍えて
固まって行くようで、芯まで冷えていくのが心地良くさえ感じる。
凍てついたその固まりは決して無くなりはしないのだけれど。
冷たく凍らせておけば溶けて溢れ出る事はないはずだ。


体の感覚が無くなり、震えがきた所でラブは漸くシャワーを止めた。
髪も乾かさずバスタオル一枚でノロノロとリビングに戻る。


「ただいま、ラブ。どしたの?」


いつの間にかせつなが戻り、台所で夕飯の準備をしてた。
「シャワー浴びてたの?今日は暑いもんね。」
屈託無く笑顔を向けてくるせつなに、ラブは顔を上げる事ができない。


「ラブ?」


うつ向いたまま何も言わないラブにせつなは心配そうに近づき、
そっと肩に手を触れる。
(熱い。)
せつなの肌の熱さにラブはおののき、震えた。


(ダメだよ、せつな。触っちゃダメ…。溶けちゃうよ、せっかく凍らせたのに……)


「やだ!ラブ冷たい!どうしたの?」
冷えきったラブの体にせつなは驚いて眼を見張る。
「早く服着なきゃ!何か温かい物飲む?」
世話を焼きにかかるせつなの手を、今まで無反応だったラブが不意に掴んだ。


そのままゆっくりとせつなの頬に触れ、輪郭をなぞる。
顎に指を掛け、親指で綺麗な曲線を描く唇を撫でる。
「……ラブ?」


不信気なせつなにラブはゆっくりと微笑みを浮かべる。


「ねぇ、せつな。あたしの事…好き?」



(ごめんね、せつな。あたし、やっぱりもう…ダメかも知れない。)


最終更新:2013年02月12日 17:04