「サプライズ!」/◆BVjx9JFTno




赤い光が消え、
景色が変わった。


私の部屋。


昼前の、少し強い日差しが
カーテン越しに差し込んでいる。


ほこりひとつ、落ちていない。


いつも、お母さんが
掃除してくれているのだろう。



廊下に出る。


しんと静まりかえっている。


そっと階段を下り、
居間に向かう。


ガラス越しに、水色の
エプロンが見えた。




ドアを開ける。


目があったラブに、
ぎゅっと抱きしめられる。


「せつなぁ!久しぶりだね!」
「ええ、元気そうね、ラブ」


抱き合ったのは、ほんの数秒。


「さ、積もる話は後にしよう!」
「そうね、私も手伝うわ」


久しぶりに、ピンクのエプロンを
身につける。



ラブからの連絡で、今日の
昼前に、戻ることにしていた。


「お母さんは?」
「うん、お父さんにうまいこといって、
 昼間は外でデートしてもらうようにしたんだ」


この日に合わせて、四つ葉町に戻る
スケジュールを合わせた。



母の日。



私も、内緒で
お料理のお手伝い。




「せつな、お肉切ってくれる?」
「ええ、任せて」


コンロの端で、コトコトと煮込まれている
鍋の火を止め、蓋を開ける。



大きな肉のかたまりを取り出し、
一口大に切る。


ほとんど力がいらないくらい、
するすると包丁が通る。


「わぁ、すごくやわらかい」
「でしょ!朝から煮込んでるんだよ!」



ラブがひとかけ、ひょいとつまんで
口に入れる。


「あっ、つまみ食い!」
「んふふー、おいしいーん」


おどけるラブの表情に、
私も笑みがこぼれる。



今日のカレーは、
とってもおいしくなりそう。




テレビから、聞き覚えのある
曲が流れてきた。


今年の、ダンス大会
予選のお知らせ。


前回優勝の、私たちの曲が
かかっている。



料理をしながら、足だけ
ステップを踏む。


体が、覚えている。


ラブも、同じように
ステップを踏んでいる。



ぴったりと、同じタイミングで
片手でハイタッチする。


顔を見合わせ、笑いあう。



今年は、出場するの?


ううん、今年はお勉強しなきゃ。




私が切り、バターで
軽く炒めた野菜。


ラブがじっくりと
炒めていた、玉ねぎ。


とろけそうなお肉。


鍋に入れ、ゆっくり煮込んだ後、
ルーを入れ、味を調える。


いい香りが、いっぱいに拡がる。



食器を並べながら、ラブが
クスリと笑う。


「どしたの?」
「うん、何だか嬉しくてさ...」



ラブが示した先には、
食器が4組並んだ、食卓。


真ん中の花瓶には、
カーネーションと、クローバー。


ラビリンスに持ち帰り、
栽培したものを摘んできた。



「お父さんもお母さんも、
 きっと飛び上がって喜ぶよ!」


久しぶりに、4人で
囲む食卓。



私も、待ちきれない。




インターホンが鳴った。


「あっ、帰ってきたわ!」
「うふふ、お母さん、びっくりするよ!」



私たちは、足音を立てないように
そっと玄関に向かった。


繋いだ手の根元で光る、
おそろいのブレスレット。



おかえりなさい。


そして、ただいま。


お母さん。
最終更新:2013年02月12日 16:43