幸せは、赤き瞳の中に ( 第11話:炎の記憶(後編) )




「ウオォォォォォ!」
 ナキサケーベの巨大なひとつ目が、鮮やかな赤に染まる。それと同時に、のたうち回るような怪物の動きが激しさを増した。
 無茶苦茶に発射される砲弾の雨の中から、ホホエミーナがウエスターを助け出し、ラブたちの隣に降り立つ。

「ああっ!!」
 ラブが悲鳴のような声を上げた。
 砲弾による煙が立ち込めるその向こうで、崩れ落ちる少女をせつなが抱き留めた瞬間、二人の身体が赤黒い炎に包まれたのだ。
「何? 何がどうなっているの!?」
 ラブの叫びを掻き消すように、頭上から不気味な笑い声が響く。驚いて顔を上げると、視界一杯に広がるノーザのホログラムは、二人の少女に目をやって、楽しげにほくそ笑んでいた。

「どうやらあの子自身の不幸のエネルギーが、カードの機能を暴走させているようねぇ。でも、その不幸を生み出した張本人を道連れに出来るなんて、これぞまさしく“不幸中の幸い”と言ったところかしら」
「それ……どういうこと!? せつなは一体……」
 勢い込んでそう言いかけたラブが、すぐ隣から聞こえて来た声に、驚いたように口をつぐんだ。

「あの子は……あの子は、どうなったんだぁ!」
 そこには、まるで命綱のように消火ホースをぎゅっと握りしめたまま、わなわなと声を震わせる老人の姿があった。
 いつも俯きがちなその顔は、ノーザの映像を食い入るように見つめている。が、当のノーザはそれを見て、ふん、と馬鹿にしたように鼻で笑うと、再び目の前のしもべの方へ目を転じた。

「さぁ、ソレワターセ。今のうちに例の物を奪いなさい!」
「そうはさせないよ!」
 こちらに迫ろうとするソレワターセを、サウラーのホホエミーナが全力で阻もうとする。ラブも急いで老人と一緒に消火ホースを支える。そしてソレワターセにもう何度目かの熱いシャワーをお見舞いしてから、老人のしわがれた手に、そっと自分の手を重ねた。

「おじいさん。やっぱりあの子と、何か関係があるんだね?」
「わ、私は……」
 我に返った様子の老人が、そう呟いて目を泳がせる。その顔にちらりと視線を走らせてから、ウエスターは再びホホエミーナの肩の上に飛び乗った。
「俺にひとつ考えがある。合図をしたら、お前たちは援護を頼むぞ」
 言うが早いか、ナキサケーベの方へと取って返すウエスターとホホエミーナ。その後ろ姿を見つめながら、ラブはぎゅっとホースを持つ手に力を込めた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第11話:炎の記憶(後編) )



「ES-4039781。前へ出なさい」
 不意に聞こえた無機質な声。しかも読み上げられたのは、とっくに消去されたはずの、かつての自分の国民番号――。
 驚いて顔を上げたせつなが、さらに大きく目を見開く。そこに広がっていたのは、どんよりとした灰色一色の世界だった。
 辺りには濃い霧が立ち込めていて、何も見えない。やがて、その霧の向こうに次第に何かが浮かび上がる。その正体に気付いた途端、せつなの表情が凍り付いた。

 さっきまで抱き締めていたはずの少女が、こちらに背を向けて立っている。だがその姿は、さっきまでとは違っていた。彼女の身体に巻き付いていたはずの茨が、今は影も形も見えないのだ。そしてその代わりのように、彼女の両腕と背中から、真黒な靄のようなものが立ち上っている。
 不意に、あの時の激痛の記憶が蘇って来て、せつなは思わず自分の腕を掻き抱いた。
 あの瘴気のような黒い靄には見覚えがある。かつてあの茨による苦痛を受けた時、自分の腕からも噴き出していたものだ。さしずめ、心身を焦がす苦痛の炎から立ち上る、どす黒い煙のように。

(あれは……今もずっとあの茨に蝕まれている証拠。早く連れ戻して何とかしないと、下手をしたら手遅れになる!)

 急いで駆け寄ろうとするせつな。だが一足早く、彼女がゆっくりとこちらを振り向いた。
 ニヤリ、と不敵に笑う赤い瞳が、霧の中で鈍く光る。と、次の瞬間、彼女は再びくるりとこちらに背を向けると、まるでせつなをからかうように、飛ぶような速さで霧の向こうへ走り去った。
「あ、待って!」
 消えゆく背中を、せつなが慌てて追いかける。が、いくらもいかないうちに、辺りの様子が一変した。

 ふっ、と霧が晴れたかと思うと、せつなはグレーの国民服に身を包んだ数多くの子供たちに囲まれていた。下は幼児から、上はせつなの少し下くらいの年齢の子まで居るだろうか。男の子も女の子も、みんな背筋をぴんと伸ばして整列し、物音ひとつ立てずに前を向いて立っている。
 グレーの壁と高い天井に囲まれた広い部屋。前方には一段高いステージがあり、そこには数人の大人たちが、無表情な顔をこちらに向けて立っている。
 それはせつなにとって、物心つく前から慣れ親しんだ光景だった。

(ここは……E棟の講堂? 私、何故こんなところに……)

 久しぶりの冷え冷えとした緊張感。それを肌で感じた瞬間、せつなの動きがぴたりと止まる。
 ここは、命令されたこと以外の行動は、全て処罰の対象になる世界。だから周りと同じように行動しなければ――幼い頃から身に沁みついた、ここで生きていくための術が、無意識のうちに自らの行動を自制したのだ。
 身体を動かさないように注意しながら、視野を広げ、目だけをせわしなく動かして辺りの様子を窺う。だが少女の姿は見つからない。焦るせつなの耳に、前方から再びさっきの声が聞こえてきた。

「ES-4039781。前へ」
「はい!」
 思わず返事をしようとしたせつなのすぐ隣から、幼いながらも鋭い声が答える。横目でそちらを窺ったせつなは、今度は驚きのあまり周りの目を気にするのも忘れて、そこに居る女の子の姿を凝視した。

 肩の上くらいで切り揃えられた銀色の髪。小さな身体を精一杯大きく見せるようにして凛と前を向いているのは、ラビリンス人には珍しい真紅の瞳――。

(まさか、幼い頃の……かつての私?)

 ふと我に返ったせつなが、慌てて前へ向き直り、姿勢を正す。今の動きを、もし壇上に居る大人たちに気付かれでもしたら――そう思ったのだが、何事も起こらないまま、女の子はきびきびとした動作で列を外れた。
 密かにホッとして、再びチラリと彼女の方に目を走らせる。が、すぐにせつなの注意は別の場所に向いた。女の子の肩の向こうに、黒い煙のようなものが見えた気がしたのだ。その一瞬の間に、女の子はせつなのごく近く、ほんの数センチの距離にまで迫って来た。
 慌てて身を引いたせつなには一瞥もくれず、女の子が足早に通り過ぎる。だが、せつなの方は再び目を見開いて、その小さな背中をまじまじと見つめた。
 今、確かに彼女の身体がせつなに触れたはずなのに、何も感じなかった。まるで幻か何かのように、その身体はせつなの身体をすり抜けてしまったのだ。

(この光景は、ただの立体映像? それとも私がここでは幻で、この子たちからは見えていないの……?)

 一瞬戸惑ったせつなが、最初はそろそろと、次第に大胆な動きで列から外れ、子供たちを見回す。
 思った通り、大人も子供も、列から外れたせつなに反応する者は誰もいなかった。それを見定めてから、せつなはステージに駆け上がると、子供たちの列の中に少女の姿を探し始める。

 せつなの行動が明らかに見えていない様子で、女の子――幼いイースもステージに上がり、そこに居る大人たちに一礼した。
「基礎訓練初級者の中で、今年度トップの成績だ。続いて中級者……」
 相次いでステージに上がった、彼女より年長の二人――中級、上級の成績優秀者と共に、彼女は壇上に飾られたメビウスの肖像に向かって臣下の礼をとる。すると肖像の目が赤く光って、聞き慣れたメビウスの声が、重々しく講堂に響いた。
「未来の我がしもべたちよ。いずれ私の手足となって働くため、なお一層励め」
「はっ! 全てはメビウス様のために!」

(これは私が幼い頃の……確か六歳の時の記憶。これも、あのナキサケーベを生み出すカードの力なのかしら……)

 以前、ノーザに送り込まれた“不幸の世界”のことが頭をかすめた。確かにナキサケーベ召喚時に出現する茨は、ノーザが操る茨に似ている。だから同じような術があってもおかしくないのかもしれないが、あれはこんな過去の追体験ではなかったはず。
 不審に思いながら、なおも少女を探すせつなだったが、ステージを下りようとする幼いイースの表情が目に入って、ハッとした。

 壇上から鋭い目つきで、ゆっくりと子供たちを見回す。その直後、引き結ばれた唇が片方だけ僅かに斜めに上がったのを見た瞬間、まるで頭の中に直接話しかけられたかのように、せつなの中にあの時の自分の気持ちが蘇って来た。

(こいつらなど全員、私の敵ではない。なのにまだ二階級も基礎訓練の過程が残っているとは。何とか一刻も早く、実戦訓練を受けられる手段はないものか――あの時の私は、確かにそう考えていた……)

 湧き上がって来る苦い思いを噛みしめながら、幼い自分の隣に立って改めて辺りを見回す。
 そこにあったのは、数百の冷ややかな顔だった。大半は無表情にこちらを眺めているだけ。しかし中には敵意を剥き出しにした顔や、挑むように真っ直ぐこちらを見つめる顔が見え隠れする。後ろに居る大人たちもまた、自分を――そしてここに居る子供たち全員を、自分の任務の成果物を品定めするような目で見つめている。
 何より自分自身が、ここに居る子供たちを出し抜くべき存在――自分の望みを叶えるのに邪魔な存在としか、思ってはいなかった。

(そう。人と人との繋がりなんて……“仲間”なんて、そんなものがあることすら知らない、愚かな子供だった……)

 いつの間にか俯き加減になっていたせつなが、不意に顔を上げる。
 ほんのわずかな違和感。目の端に、明らかに周りと異なる雰囲気を持つ何者かの存在を捕えたのだ。
 果たしてその視線の先にあったのは、ただ一人不敵な笑みを浮かべて幼いせつなを見つめる、さっきの少女の姿だった。その両腕から立ち昇る黒い靄は、さっきより心なしか大きくなっている。

(やっと見つけた!)

 せつなが勢いよくステージの上から飛び降りる。だが、着地した時には、そこはもう講堂ではなくなっていた。



(今度は……訓練場というわけ?)

 太い柱が等間隔に並んだ、さっきより格段に明るい広大なスペース。一瞬、眩しさと悔しさで顔をしかめたせつなの耳に、きびきびとした掛け声が飛び込んで来る。
「はぁっ! えいっ! やぁっ!」
 見ると、目の前で二人の子供が、並んで“型”の訓練をしていた。
 一人は、体格だけなら大人にも引けを取らないような、大柄な男の子。そしてもう一人は、さっきより成長した幼い自分。周りには数人の子供たちが二人を取り囲むように座り込んで、その動きを食い入るように見つめている。

(これは……八歳か九歳の頃かしら)

 思わず二人の訓練の様子に見入っていたせつなが、ハッとしたように頭を振って、二人を見つめる子供たちの方に視線を移す。
 今は一刻も早く、あの少女を探さなければならない。だが見つけられないでいるうちに、教官の鋭い声が訓練場に響いた。

「そこまで!」
 二人の子供がぴたりと動きを止める。その時、どこからかパチパチという微かな音が聞こえて来て、せつなは再び辺りを見回した。
 何かの破裂音のようにも聞こえるその音は、どこかで聞き覚えのあるような、そして不思議なことに、どこか懐かしささえ感じる音だった。だがそれが何の音なのか、あまりに微かでよく分からない。
 教官と子供たちには、この音が聞こえているのかいないのか、反応する者は誰も居ない。そのうち音はすぐに聞こえなくなり、せつなの注意も音から逸れた。教官が再び口を開いて、こう言ったのだ。
「今日は引き続き、相対しての訓練を行う。メビウス様のお役に立つための、実践訓練に繋がる重要な訓練だ。習い覚えた“型”を組合せ、相手を仕留めよ」
「はい!」
 幼いイースが教官にそう答えるのと同時に、男の子の太い腕が唸りを上げて襲い掛かった。

(ああ、あの時の……)

 せつなが我知らず眉をひそめた。
 そこから先のことは、細部に至るまではっきりと覚えている。それは、数えきれないほど多くの戦いを経験してきた彼女の、まだ戦歴とも呼べないような初歩の手合せ。だが、せつなにとっては忘れられない一戦だった。

 跳び退って避けた幼いイースが、続いて放たれた横殴りの攻めをかいくぐって反撃に出る。
 男の子とは対照的な高速のジャブ。時折、流れるようなハイキックとローキックがそれに混ざる。全て習い覚えたままの癖のない型通りの動きが、圧倒的なスピードで展開される。
 男の子のガードが間に合わず、何発かが彼の身体に届いた。顔をしかめながら、それでも彼は一貫して、力に任せた大振りな動きで彼女を捕えようとする。

 そんな二人の応酬が、どのくらい続いただろう。
 先にハァハァと荒い息を付き始めたのは、男の子の方だった。一発一発は自分の攻撃の方がはるかに威力があるのに、どうしてもそこまでのダメージが与えられない――そのことに業を煮やしたのか、彼が殊更に高く、右の拳を振り上げる。
 さっと身をかがめて攻撃を避けた幼いイースが、次の瞬間、彼のみぞおちに渾身の右ストレートを叩き込んだ。

「ぐふっ!」
 男の子の身体が前のめりになり、そのままゆっくりと崩れ落ちる。
 十秒、二十秒――その身体は、ぴくりとも動かない。
 冷ややかに彼を見下ろしていた幼いイースは、勝負あったとばかりに、黙って教官の方に向き直った。が、その直後。

「ぐわぁぁっ!」
 足下から、断末魔のような声が響く。男の子がうつ伏せに倒れたまま、必死の形相で彼女の足を掴んだのだ。さらに歯を食いしばって頭を起こすと、その膝裏に破れかぶれの頭突きを喰らわせる。
 これにはたまらず、幼いイースの華奢な身体は床に倒れ込んだ。

「そこまで。両者、相撃ち」
「待って下さい!」
 教官の声に、彼女が男の子の手を蹴り飛ばして立ち上がる。
「あんな攻撃、教わった“型”には無い!」
「ES-4039781。指示を取り違えるな」
 訓練場に、教官の冷ややかな声が響いた。
「相手を仕留めよ、というのが今回の指示。それをお前は、相手にとどめも刺さずに攻撃を終えた。反撃されて当然だ」
「……」
「訓練とは、未熟なお前にとっては任務も同然。そしてどんなに未熟であろうと、やるべき任務は最後の最後まで成し遂げる。それが出来ない者に、メビウス様のしもべになる資格など無い」
 俯いていた彼女の顔が、ゆっくりと上がる。その赤い瞳が睨みつけるように教官の視線を捕え、小さな口元が歪んで奥歯がギリッと音を立てた時。

(あ……また……)

 ずっと一部始終を見ていたせつなが再び、顔をしかめた。
 自分の中に流れ込んで来る、あの時の口惜しさと、激しい悔い。そして、メビウスのためなら何だってやって見せるという、物心ついてから何十回、何百回目の新たな誓い――。

(馬鹿な子……。それ以外のもっと大切なことなんて、何ひとつ知らないで)

 すっと無表情に戻ってギャラリーの子供たちに混ざるかつての自分を、せつながまるで痛みでも堪えるような顔で見つめる。が、彼女の後方に黒い何かが揺らいでいるのに気付いて、再びハッとしたように表情を変えた。

 そこに居たのは、やはりあの少女だった。いつの間に現れたのか、訓練場の重い扉にもたれかかって、幼いイースの後ろ姿を、まるで面白いものでも見るような目で見つめている。
 黒い靄は、既に彼女の頭の上にまで立ち昇っている。それを見るや否や、せつなはここに居る人たちに感知されないことを利用して、最短距離を――既に次の二人が“型”の訓練を始めているその中央を突っ切り、飛ぶように駆けた。
 少女の方はせつなに気付いた様子もなく、扉を開けて訓練場の外へ出ていく。せつなはその扉が閉まり切る前にそこに辿り着いたが、扉を開けた先にあったのは、今度はこのE棟に複数存在するトレーニング・ルームの一室だった。



 トレーニング・ルーム。学習室。子供たちでいっぱいなのに、シンと静まり返った食堂――。
 少女を追いかけるたびに場所が変わり、時が変わり、幼いイースは少しずつ成長していく。そして少女の身体から立ち昇る黒い靄も、次第に大きくなっていく。

(こんなことを繰り返すだけでは、あの子を助けることなんて出来ない……)

 募る焦燥感を振り払おうとして大きく深呼吸をしてみるが、それは途中から、深い深いため息に変わった。
 これまで何度となく見せつけられてきた、かつての自分の姿と心。全て自分が経験し、感じ、知っていることなのに、改めて目の当たりにすると、それは思いのほか重くせつなの心にのしかかった。

(そう。私の心の炎は、この場所で、こうやって育って来た……)

 ここに居る全ての人間を出し抜いて、誰よりもメビウス様に認められるしもべになる――そんな燃えたぎるような野心に、突き動かされるようにして生きて来た。人の幸せを願うどころか、周りの全ての人を敵としか見ていなかった――嫌と言う程分かっていたはずの、かつての自分。
 今はもうあの頃の自分じゃない、イースじゃないとどんなに自分に言い聞かせても、あの頃と同じ炎が、胸の奥に確かにあるのを感じる。
 この炎がある限り、また誰かを傷付けてしまうかもしれない。そう思うと、震えるほどに怖い。
 現にこの前だって、我を忘れて彼女と戦おうとしたではないか。そんな自分に、ラビリンスを幸せにすることなんて出来るのか……。
 重い心を抱えながら、それでもせつなは少女を追いかける。そしてもう何度目かもわからない強制的な瞬間移動によって、再び訓練場に立っていた。



 さっきここに飛ばされた時とは随分雰囲気が違っていた。広大なこの場所が、数多くの大人や子供――最初に講堂で見た時よりも格段に多くの人々で埋め尽くされている。

(この場所に、こんなに多くの人が集まっているということは……まさか!)

 せつなが人々の列を突っ切って、訓練場の中央へと足を向ける。そこに居たのは、今の自分と比べても、もう幼いとは言えない年齢の――まさにこれから、ラビリンスの幹部・イースになるための最終戦を迎えようとしている、かつての自分だった。
 予想していたとはいえ、その場面を見た瞬間、胸の鼓動が速くなった。

(あの日のことは、全ての場面、全ての動きに至るまで、昨日のことのように覚えてる。この後、相手の“ネクスト”が登場して……)

 やはりどこか痛みをこらえているような、そしてこの上なく真剣な顔つきで、せつなが戦いの場を見つめる。だがすぐに、えっ、と小さく声を上げた。
 かつての自分の目の前に立ったのは、記憶の中の“ネクスト”ではなかった。あの少女――せつなが今まさに追いかけている少女が、彼女の背丈の倍ほどにもなった黒々としたオーラをまとい、最終戦の相手として現れたのだ。

「どうやら私の願望が、ようやく叶うようね。あなたを倒してイースになるのは、この私だ!」
「ふん、何を言っている」
 ニヤリと笑う相手に対して、小馬鹿にしたような口調で答えながら、油断なく身構えるかつての自分。その隣に飛び出して、せつなはようやく間近で少女と向かい合った。

「待って! ここは、あなたを傷付けている茨が作り出した異空間。現実じゃないわ。ここでかつての私に勝ったって、なんの意味もない!」
「何故あなたがそこに居る!」
 声を張り上げるせつなに、少女が驚きの表情を見せる。
「どうしてあの時のあなたと、別々に存在しているの!?」
「私にも分からない。でもこれだけは言えるわ。あの茨は、今もあなたの身体を傷付けている。早く現実の世界に戻らないと、取り返しのつかないことになるの。だからお願い! 私と一緒に……」
 その時、教官の「始め!」という声に、せつなの言葉は遮られた。

 ゆっくりと構えをとった少女が、今度はせつなに向かってニヤリと笑う。
「そうか。一度寿命が尽きたあなたは、過去の――私が追い求めたかつての先代とは、既に別の人間というわけね。ならば、もうあなたに用はない」
「……どういうこと?」
「いいことを思いついたの。かつてのあなたを倒して、私がイースになる。そうすれば、私はこの世界でイースとして生きられる。下らない今のラビリンスで生きるより、その方がずっといいわ」
 そう言って、少女が楽し気な含み笑いを漏らす。その暗い絶望に染まった笑い声に、せつなは背中にゾクリと寒気を覚えた。

 彼女は気付いていないのかもしれない。その歪んだ願望は、あのカードがもたらしている途方もない苦痛から無意識に逃れようとして、生まれたものかもしれないということに。
 確かにここに居る間は、彼女はあの激痛からは解放されているらしい。でも、ここに居る間に少女の身体がますます茨に蝕まれ、もしも最悪の事態になったら……。そうなれば、もう彼女が望もうが望むまいが、この世界から出られなくなってしまうかもしれない。

 せつなは必死でかぶりを振ると、なおも少女に向かって叫んだ。
「駄目! 元の世界に帰るの。ここに居ては駄目!」
「はぁっ!」
 今度はかつての自分――イースの雄叫びが、せつなの叫びを遮った。これ以上の説得を難しい。そう判断したせつなが、素早く二人の間に割って入る。
 かつての自分の動きなら、手に取るようにわかっている。ここで放つのは右のハイキック。おそらく少女はそれを受け止めるだろう。その瞬間を狙って、せつなは彼女の肩を掴もうと手を伸ばす。
 だが、その手は空しく少女の身体をすり抜けた。

(何故!? 彼女と私は同じ世界の存在。彼女にとっても、ここは異空間だというのに)

 呆然とするせつなに、少女が蹴りを受け止めながら、再びニヤリと小さく笑う。
「ここは、あなたの居場所ではないのでしょう? ならばさっさと戻るがいい。それともこの悪夢の中を彷徨う、亡霊にでもなるつもりなの?」
「あなたを置いて戻れるわけないでしょう!?」

「たぁっ!」
 もうせつなの方を見向きもせず、少女がかつてのイースに鋭い蹴りを放つ。余裕のある動きで避けようとするイース。だが予測が外れたのか、少女の蹴りが彼女の脇腹にわずかに届いた。
「っく!」
 イースの表情が険しくなる。次の瞬間、空中に同時に飛び出して、ジャブを打ち合う二人。着地して距離を取った時には、イースの方がわずかに呼吸が乱れていた。

 小さくほくそ笑む少女を見て、せつながさらに険しい表情になる。彼女の背後に立ち昇る黒い靄が、彼女の一挙手一投足ごとに、少しずつ大きくなっているのだ。
「お願い、やめて……」
 もう一度少女に呼びかけようとしたものの、せつなはその声を飲み込んだ。
 こんな言葉をいくら叫んでも、彼女を呼び戻すことは出来ない。それはよく分かっていることだが……だったら一体、どうすればいいのか。

 唇を噛みしめることしか出来ないせつなの目の前で、二人の戦いは続く。
 攻撃の威力も、リーチもほぼ互角。スピードではわずかにイースが勝る。
 だが、少女はことごとくイースの先を読んで動いていた。ほんの小さな予備動作、些細な癖のようなものまでも見逃さずに攻撃を防御し、わずかな隙を突いて反撃する。
 イースの表情は最初からまるで変わらない。だがその額には、彼女には珍しく玉のような汗が浮かんでいた。

 何度目かの激しいジャブの応酬の中で、少女の攻撃をかわすと同時に、イースがカウンターを叩き込んだ。着地の瞬間、相手がわずかによろけたのを見て、イースが両腕を胸元に引きつけ、ゆっくりと腰を落とす。それを見た瞬間、せつなの心臓がドキリと跳ねた。

(あの技は……!)

 それは、イースがこの最終戦に備えて密かに磨いて来た技。誰の教えも乞わず、訓練もひた隠しに行って、死に物狂いで会得した技だった。
 全身の気と力を溜めて、両の掌から一気に相手に向かって叩き付ける。まともに喰らえば数メートルは吹っ飛ぶほどの、強烈なダメージを与えられる技だ。だが、その構えを見た少女が瞳をわずかにきらめかせたのに、せつなは一抹の不安を覚えた。

「はぁぁぁぁっ!」
 イースが少女目がけて矢のように跳ぶ。少女の方は、イースが地を蹴ると同時に後方へ飛び退った。そして挑むようにイースを見据えたまま、ぐっと腰を落として身構える。

(やっぱり、あの技を破ろうとしている!?)

 かつてのイースの最終戦の動きを目に焼き付けて、それを超えることを目指して訓練を積んで来た――少女はそう言っていた。だから彼女は、あの最終戦でこの技を見ているのだ。

(でも……)

 せつながますます不安そうな顔で、二人の動きを見つめる。
 最終戦で、イースはあの技の全てを見せたわけではなかった。相手の“ネクスト”があまりにも予想通りの動きをしてくれたお蔭で、その必要が無かったのだ。
 おそらく少女は、あの技の直線的な動きを弱点と見て、ギリギリまで引きつけてから方向転換するつもりだろう。だが、彼女は知らないはずだ。咄嗟の動きにも瞬時に対応する変則的なコントロールの術を、イースが既に身に着けているということを。

 せつなの不安は的中した。少女が不意に、真上に向かって高々とジャンプしたのだ。
 真下に居るはずの相手に、上空から蹴りを放とうと身構える。だがその時、少女は目標を失ったはずのイースが素早くもう一度地を蹴り、自分を追ってくるのに気付いて唖然とした。
 ふっ、と少女の瞳が暗くなった。もしかしたら、自らの敗北を悟ったのかもしれない。そして次の瞬間、少女はグッと奥歯を噛み締めると、イースを真っ向から睨み付けた。

 一部始終を見ていたせつなが、ハッと目を見開く。上空に跳び上がった少女が発する黒いオーラが、彼女の両腕をすっぽりと覆い、訓練場の広い天井を覆いつくすほどの、巨大な蛇の形となってその鎌首をもたげたのだ。
 まるで少女を、底なしの暗い闇の中へと引きずり込もうとしているよう――そう感じると同時に、せつなは弾かれた様に跳んだ。

 何とかして少女を助けたい――その一心だった。
 たとえ少女を、捕まえることが出来なくても。
 たとえ少女に、自分の言葉が届かなくても。
 それでも――このまま何もしないで、見過ごすことなんて出来ない!

 ドーン、というひときわ大きな音が響き、訓練場の柱がびりびりと震える。その直後、か細い叫びが天井近くから降って来た。
「あなた……どうして!?」
 少女の瞳が、驚きと混乱で小刻みに震えている。
 イースの掌打が、少女の前に割って入ったせつなの胸に叩き付けられていた。そして、まるで鏡に映したように、せつなもまた、イースの胸に掌打を叩き込んでいた。
 まるで心臓が爆発したような痛みがせつなを襲った。イースもまた、何が起こったのか分からないという様子で、目を大きく見開いたまま苦痛にあえいでいる。
 二人はそのまま折り重なるように落下して、床の上に倒れ込んだ。

 激痛と共に、火のような熱さが胸の中に広がる。それと同時に、かつての自分の心が――想いが、自分の想いと混ざり合い、染み込んでいく。
 イースになりたかった。幹部になって、誰よりもメビウス様のお傍近くでお仕えしたかった。そうすれば――。

(そうすれば――幸せになれると、思っていた……?)

 胸の痛みが引いていくと同時に、ここへ来てから――いや、ずっと前から感じていた胸のつかえが、ゆっくりと取れていくような気がした。

(私は、イースになりたかったわけじゃない。メビウス様に認めてもらいたかったわけじゃない。それが私が知っていた、私が求めることを許された、唯一の幸せだったから。そう、私は……幸せになりたかったんだ)

 まだ胸が焼けるように熱い。身体の下に、かつての自分の身体があるのをはっきりと感じる。その胸も、同じくらい熱かった。
 ここにある炎――今確かにここに存在するこの炎は、なるほど野心と呼べるものだろう。昔も今も、抱いている望みは大きく、分不相応なものだから。
 人の幸せを思うことも知らず、自分の幸せのみを追い求めるのは、確かに大きな間違いだった。だから「幸せ」が何かを知って、その間違いに気付けたのは大切なことだ。
 でもその間違いは、この胸の炎が引き起こしたものではなかった。この炎は、誰かを傷付けることを求めて燃えている炎ではなかったんだ。

(やっと分かった……。イース、あなたの野心は私が引き受ける。そしてあの子の炎も、こんなところで燃やし尽くさせはしないわ!)

 胸の熱さが少しずつ収まっていく。それと共に、身体の下にあったイースの感触は薄れ始め、その代わりのように、自分の身体の感覚が少しずつ戻ってきた。
 もう痛みも鈍く、呼吸もさほど苦しくはない。せつなはまだ床に倒れたまま、全身の感覚を研ぎ澄まして、周囲の――少女の様子を窺う。

(何とかして、あの子を連れ戻さなきゃ。でも、どうやって……)

 と、その時。
 さっきこの訓練場で微かに聞こえたパチパチという乾いた音が、さっきよりもはっきりとせつなの耳に届いた。

(これは……拍手の音? でも、このE棟で誰かに拍手する人なんて、居るはずが……)

 そう心の中で呟いたせつなは、続いて聞こえてきた声に、危うくぴくりと反応しそうになった。

――凄いね! 動き速いし、力強いし、何よりすっごく綺麗!

(……この声……!)

――そうやって小さい頃から、ずーっと頑張って来たんだ。

(……ラブ?)

 せつなが全身を耳にして、声の出所を探る。その間にも、声はせつなを励ますように、次第に大きくはっきりと聞こえてくる。

――せつなはね、いつも一生懸命だった。どんな時でも、どんな小さいことでも、“精一杯、頑張るわ”って、そう言って頑張るの。あなたもそうやって頑張って来たんだよね?

――小さい頃からずーっと頑張って来たから、身についたんだよね。メビウスのためだったかもしれないけど、自分自身の力として。

(これは……ひょっとして、あの子の記憶? あの子が今、ラブの言葉を思い出してるっていうの……?)

 今朝のラブの、小さいけれどあたたかな笑顔を思い出す。それだけで、目の前が明るくなったような気がした。あの子を止められなかった、とラブは落ち込んでいたけれど、ラブの言葉は、彼女の心に届いていたのだ。

(ありがとう、ラブ。今度は私が、自分自身の力を精一杯使って、あの子を止めてみせる!)

 まだ床に倒れた格好のまま、せつながそっと目を開く。そして全身の筋肉を覚醒させるように、ゆっくりと身体に力を入れた。



 二人の後から着地した少女は、まだ倒れている相手にゆっくりと近付いた。上から恐る恐る覗き込んで、一瞬怪訝そうな顔をする。
 何故か自分を庇って先代のイースと相撃ちになった黒髪の少女の姿は、いつの間にか消えていた。相撃ちのショックで現実の世界に戻ったのか――そう思った少女が、少し困ったような顔で教官の方へ向き直る。

 これで勝ち名乗りを受ければ、望み通りこの世界でイースになれる。そう思っても、何故か少しも嬉しさが湧いてこない。と、次の瞬間、強烈な足払いが彼女を襲った。
「やるべき任務は、最後の最後まで成し遂げる――訓練で教わらなかったの?」
 いつの間に立ち上がったのか、イースが腰に手を当てて、床に転がった彼女を見下ろしていた。

 すぐさま跳ね起きた少女が、もう一度驚いたように目を瞬く。向かい合った相手の銀色の髪が、一瞬ぼうっと淡く輝いたかと思うと、すぐに艶やかな黒髪に変化したのだ。その姿を見て、少女の目がわずかに泳ぐ。
「あなた……どうしてあんなことを……」
「決まってるじゃない。私の願いを叶えるためよ」
 さも当然、というせつなの返事に、少女の目がさらにどぎまぎと泳ぐ。そしてわざとらしく、ふん、と鼻を鳴らすと、いつもの口調に戻って吐き捨てるように言った。
「願いって……今更かつての自分にとって代わる、ってこと?」
「いいえ。言ったでしょう? あなたを元の世界へ、連れて帰るって!」
 その言葉が合図だったかのように、二人の少女は再び空中に跳び上がった。

 さっきまでの戦いが嘘のようだった。イースとほぼ互角に渡り合っていたはずの少女が、今度は一方的に押されている。
 スピードが違う。技のキレが違う。何より熱い闘志の宿った赤い瞳が、少女を真っ向から見据え、圧倒する。
 その癖せつなは、少女をギリギリまで追い詰めても、とどめとなる一撃を放っては来ない。
 何度目かのジャブを打ち合った後、もう焦りの色を隠す余裕すらなくなった少女が、大上段からせつなに襲い掛かった。

「はぁっ!」
 少女が放った渾身の一撃を、せつなが正面から掌で受け止める。そのままグイっと腕を引いて懐に飛び込むと、せつなの右手が唸りを上げた。
 パァン! という高い音が訓練場にこだまする。観戦していた人々の間から、小さいながらもどよめきのような声が上がった。
 この訓練場では――いや、かつてのラビリンスでは非常に珍しい反応だった。それだけ、せつなの動きはそこに居合わせた人々の常識からかけ離れていたのだ。
 少女は、何が起こったのか分からないといった顔つきで頬を押さえていた。せつなの攻撃――それは少女の顔が真横を向くほどの、強烈な平手打ちだった。

「あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう? こんなところに居たら、その願いは二度と果たせない。目を覚ましなさい」
 低くてよく通る声が、少女を叱咤する。まだ呆然としている少女の目を真っ直ぐに見つめて、せつなはこう付け足した。
「それに、どうしても私に勝ちたいのなら、こんな夢の中なんかじゃなくて、現実の世界で勝負するのね」
 その言葉を聞いて、少女の瞳にようやく強い光が戻り、口元が悔しそうに引き結ばれる。
 その途端、辺りの景色は急速に薄れ始め――気付いた時には、せつなは少女を抱き締めるような格好で、瓦礫の上に立っていた。

 少女が身じろぎするようにして、ゆっくりと身体を起こす。その上半身には、鋭い棘を持つ茨がまだ幾重にも巻き付いたままだったが、赤黒い炎は消え失せて、茨の色も血のような赤色から、元の暗緑色に戻っていた。
 せつなは、少女をしっかりと支えたまま、初めて後ろを振り返って、元来た方へとその目を向けた。そして、遠くに小さくラブの姿を確認すると、その頬に久しぶりの小さな笑みを浮かべた。



   ☆



 ホホエミーナの肩の上から、ウエスターはナキサケーベの様子を遠巻きに眺めていた。
 相変わらず無秩序に暴れ回り、無茶苦茶に砲弾を発射する怪物の巨大なひとつ目に、彼が渾身の力で付けた小さなくぼみがあるのが分かる。人並外れた視力でその奥を覗き込むと、燃え盛る赤黒い炎がハッキリと見えた。
「やっぱりあのひとつ目は、コアでは無かったようだな。おそらくヤツのコアはあの火だ! あの火を消し止めれば、ヤツは倒せる」
 まるでホホエミーナに話しかけているかのような大声でそう言ってから、ウエスターは太い腕を組み、額に皺を寄せて考え込んだ。
「だが……どうやって消せばいいんだ。何とかして、表面に穴でも開けられればいいんだが……」

 困ったように呟いたウエスターが、突然、ホホエミーナの上から身を乗り出す。
 いつの間にか、怪物の動きがパタリと止んでいた。その中に見える炎も、さっきまでとはまるで違っている。
 赤黒い炎とは異なる、より純度の高い赤々とした炎。苦痛の象徴と言うよりは、決意の証のようなその炎は、くぼみを通して見なくても、既に巨大なひとつ目から透けて見えるほどの輝きだった。

「こいつは一体……」
 そう呟いたウエスターが、今度はせつなと少女の方に身を乗り出す。そして、さっきまで二人を包んでいた赤黒い炎が消えているのを見ると、その目が得意げにキラリと輝いた。
「イース、でかした! そうか。あっちの炎が消えたせいで、こっちがその分、勢い良くなったのだなっ?」
「ホ……ホエミーナ?」
 ホホエミーナが、明らかに理解不能という口調で相槌を打つ。だが、ウエスターは得意満面の様子で、この大きな相棒に檄を飛ばした。
「よし! 今度は俺たちの番だ。行くぞ、ホホエミーナ!」

 再びナキサケーベに対峙したホホエミーナが、さっきと同じく腕を錐状に変化させて、ウエスターが作ったくぼみを狙う。やはり他の場所に比べて弱くなっていたのだろう。ついに怪物の硬い表面に穴があくと、すかさずウエスターの大声が飛んだ。
「今だ! 水をくれっ!」
「分かった!」

 老人とラブが、ナキサケーベに消火ホースを向けて、最大出力で水を放つ。火の勢いが弱くなるにつれて、怪物の姿は次第に薄れ始めた。
 やがて、三角形のカードが灰になって空に舞い上がり、消えていく。それと共に、少女に巻き付いていた茨も跡形もなく消え失せて、彼女はふらつきながらも自分の足で立ち上がると、せつなの顔にチラリと目をやって、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。

「おのれ……」
 一部始終を眺めていたノーザの映像が、悔しそうに歯噛みする。だが、目の前に一体残ったモンスターに目を移すと、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「ホ……ホエミーナ……」
 消火ホースがいったん離れたせいだろう。サウラーのホホエミーナが必死で食い止めてはいるが、ソレワターセはラブや老人、サウラーが立っているすぐ近くまで迫っている。
 そして、巨大な足がさらに一歩を踏み出した時、突然ノーザの目が大きく見開かれ、その顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 ノーザの鋭い激に、怪物は地に響くような雄叫びを上げた。

~終~