サンタとサンタのクリスマス( 花の章 )/一六◆6/pMjwqUTk




「はー! 今日のお月様、真ん丸だね~」
 空に浮かべた箒に腰かけて、ことはが無邪気な歓声を上げる。モフ!と嬉しそうに応じるのは、彼女の隣にちょこんと座ったモフルンだ。
 魔法界から見る月は、ナシマホウ界から見るよりも青く輝く。でもそれ以外は、大きさも光の強さも変わらない。月は日々形を変えながら、二つの世界を見守っている。

「この姿になったばかりの頃は、何もかも小さく見えたけど」
 ことはがパッと右手を開いて、まるで月を掴もうとでもするように、その掌を天にかざした。
「お月様と……あと、お日様は変わらないね。わたしが小さい頃も、大きくなっても」
 そう言いながら、今度は下の方に四角く見える光に目を移す。この光は自然の光ではなくて、窓から漏れる部屋の灯り。部屋の中では、みらいとリコが並んでベッドに腰かけていて、ことはとモフルンに気付き、二人同時に笑顔で手を振った。
「それから、みらいとリコとモフルンも、ずーっと変わらない」
「モ~フ!」
 さっきよりさらに嬉しそうなモフルンの声に、ことはがまるで花が咲いたような笑顔を見せる。

 リコの夏休みに合わせて、みらいとモフルン、そしてことはは、今日から魔法界に遊びに来ていた。明日は久しぶりに魔法学校の夏祭りを楽しんで、その後は四人であちこちに出かけ、いろんな人に会って、魔法界を満喫しようという計画だ。

「それで、はーちゃん。モフルンに聞きたいことって、何モフ?」
 モフルンが、首をかしげてことはを見上げる。さっきそう耳打ちされて、ことはと一緒にリコの部屋を出て来たのだ。モフルンの言葉にいつになく真面目な表情になったことはは、まるで内緒話でもするように、この小さな親友に顔を近づけた。

「あのね。ナシマホウ界から魔法界まで、どれくらい時間がかかったか、教えて。カタツムリニアに、どれくらい乗ってた? 春にリコがナシマホウ界に行った時と比べて、短くなってるかな」
「モフ……」
 モフルンが少し考えてから、ニコリと笑って答える。
「短くなってるモフ!」
「ホント!? どれくらい?」
「えーっとぉ……」
 ことはに勢い込んで尋ねられて、モフルンが記憶を辿るようにじっと夜空を見つめる。

 以前よりも遥か遠くに隔たってしまった、魔法界とナシマホウ界。リコを含めた魔法界の人々の数えきれない試行錯誤の末、やっとこの春、カタツムリニアが再び二つの世界を繋いだ。ただ、やはり以前と違って、行き来するには何日もカタツムリニアに乗らなくてはならない。
 みらいが夏休みを魔法界で過ごしたいと言い出した時、リコはそう言って、魔法界に着くまでにかかる時間を細かく計算していた。

「リコは、今日の夕方に魔法界に着くはずだ、って言ってたモフ。でも実際に着いたのは、ちょうどお昼ご飯の時間だったモフ」
 両手をいっぱいに広げて、嬉しそうに説明するモフルン。だが、それを聞いたことはは、明らかにがっかりした様子で肩を落とした。

「そっか……。まだちょっとしか近くなってないんだね、魔法界とナシマホウ界」
 俯くことはを見て、モフルンの身振り手振りがさらに大きくなる。
「そんなことないモフ! 夕方がお昼になったんだから、凄いモフ!」
「でも、その前に何日も――前の何倍も時間がかかってるんでしょ? 頑張っているんだけど、なかなか一気には近くならなくて……」
「大丈夫モフ。はーちゃんが頑張ってるってことは、みらいもリコも、モフルンも分かってるモフ」
「ありがとう、モフルン」
 ことはがようやくうっすらと微笑んで、もう一度足下の窓に目をやる。みらいとリコは相変わらずベッドに腰かけたまま、どうやら話に夢中のようだ。今度は二人がこちらを見る前に目をそらして、ことはは小さくため息をついた。

「わたし、もっともっと、みらいとリコの力になりたい。何かほかに、わたしに出来ることって……」
 ことはがそう言いかけた時。
「おや。ことは君、来ておったのか」
「お久しぶりですわ」
 不意に声をかけられて、ことはが驚いて顔を上げる。中空からことはとモフルンを見つめていたのは、魔法の絨毯に乗った校長先生と、その掌の上に浮かぶ魔法の水晶だった。

「校長先生! こんな時間にどうしたんですか?」
「明日の天気が気になって、空の様子を見に来たのじゃ。明日は夏祭りじゃからな」
「そっか。お祭りだぁ!」
 夏祭りと聞いて明るい表情になったことはに、校長先生も静かに微笑む。
「君も花火を上げたんじゃったな、みらい君やリコ君と一緒に」
「はい。みんなでパチパチ花を探して、みんなで打ち上げました」
 あの時の花火を思い浮かべているのか、ことはが懐かしそうに夜空を見上げる。と、不意にその目がキラリときらめいた。

「はー! そうだっ!」
「モフ?」
 首を傾げるモフルンに、何だか得意そうにエヘヘ……と笑って見せてから、ことはが目の前に浮かぶ魔法の絨毯の方に向き直る。
「校長先生! お願いがあります!」
 箒から今にも落ちそうな勢いで迫ることはに、怪訝そうに頷いた校長先生は、彼女の話を聞いて、今度はあっけにとられた顔つきになった。



     サンタとサンタのクリスマス( 花の章 )



「よぉし。こっちの袋は全部詰め終わったぜ。まゆみ、そっちはどうだ?」
「うん、こっちも完了!」
 ジュンとまゆみがハイタッチをして、楽しげに笑い合う。その隣では、かな、ケイ、エミリーの三人がプレゼントの包みをリレーのように手渡しながら、せっせと袋に詰めている。

(何だか、あの年のハロウィンを思い出すなぁ)

 老若男女、たくさんの人が賑やかに作業している、津奈木第一中学校の体育館の一角。届け先のリストをチェックしながら、みらいはそんな仲間たちの様子を眺め、リコと目と目を見交わして、嬉しそうに微笑んだ。
 が、次の瞬間、二人揃ってギクリと首を縮める。ジュンとまゆみの、こんな会話が聞こえて来たからだ。

「さて、そろそろ橇に積み込むか。どこにあるんだ?」
「そり……? ウフフ、そこまでやれたら素敵だけど、それはちょっと本格的過ぎ」
 可笑しそうに笑うまゆみに、ジュンの方は不思議そうに目をパチパチさせる。
「じゃあ、これどうやって運ぶんだ?」
「車を使う人が多いかな。わたしたちは自転車だけど……」
「自転車かぁっ!?」
 今度はまゆみが目をパチクリさせる番だった。
 たまりかねたリコがジュンに駆け寄る。だが一足早く、ジュンはガシッとまゆみの両腕を掴んだ。

「じゃ、じゃあ、今夜はあたいたちも、自転車に触れるのかっ!?」
「う、うん」
「そうかぁ。同じサンタでも、こっちは空じゃなくて地上を走るんだもんなぁ!」
「え? 同じサンタ、って……」
「空じゃなくて、ってどういうこと!?」
 まゆみの言葉を遮って勢いよくジュンに迫ったのは、勿論、かなだ。慌ててそちらに方向転換しようとしたリコだったが、その時にはみらいがリコの脇をすり抜けて、かなの肩を両手で押さえていた。

「かな、落ち着いて」
「だって、みらい。空を走るサンタってことは、本物のサンタクロースでしょう?」
 ジュンに負けず劣らず目を輝かせて、かなが再びジュンに迫る。
「ねえ、見たことあるの!?」
「い、いやぁ、それは……」
 ようやく口を滑らせたことに気付いたジュンが、困った顔で言葉を濁す。その後を、みらいが急いで引き取った。
「いやいや、“空じゃなくて”、って言うのは、そのぉ……“そこまで本格的じゃなくて”、って意味だよ! ね? ジュン」
「へ? ……あ、ああ。そうそう」
 引きつった笑顔を作って、カクカクと頷くジュン。その顔とみらいの顔に交互に目をやってから、かなは残念そうな声で言った。
「え、違うの? てっきり、空を走るサンタクロースの橇を見たことがあるのかと思ったのに」
 ジュンがそっと胸をなでおろし、みらいはかなにニコリと笑いかけてから、リコに向かってパチリと片目をつぶって見せた。

(何だか懐かしいわ)

 リコが思わず、クスリと笑う。プレゼントの準備が再開されると、まゆみがニコニコしながらリコの隣にやって来た。
「懐かしいでしょ? かなのあの反応」
「え、ええ。それに、なんか勝木さんとみらいって、中学の頃より仲良くなったみたいね。前は名前で呼び合ったりしてなかったと思うけど……」
「ああ、それはね。それこそ、サンタクロースにも関係があるんだけど」
「え、サンタクロース?」
 怪訝そうな顔をするリコに、まゆみが少し得意げに頷いて、ゆっくりと話し始める。リコたちから少し離れたところでは、みらいとジュンがプレゼントの包みを前にして話し込んでいる。かなは、もうすっかり笑顔になって、ケイとエミリーと一緒にあのハロウィンの日の思い出話に花を咲かせているようだ。
 久しぶりに会った友達同士の、賑やかな語らいのひととき。だが、やがてみらいとリコはもう一度顔を見合わせると、体育館の入り口の方を窺った。

 みらいが再びリコの隣にやって来る。
「ねえ、リコ。はーちゃん、まだ来ないのかな」
「そうね。わたしたちがここにいることは、分かっている気がするんだけど……」
 リコが少々自信なさそうな口調になる。
 ことはには、夏休みに魔法界で会った時、クリスマス・イブの夕方にここで会おうと伝えてある。リコが予定より半日も早く着いたとは言うものの、もう日も傾いて、そろそろリコたちが到着する予定だった時刻だ。
 そもそも時刻には関係なく、みらいもリコも二人が一緒に居れば、ことはもすぐに現れるものだと思い込んでいた。それに加えて、かなが今朝ことはをこの近くで目撃したという話も聞いている。
 それなのに、なぜ彼女が一向に現れないのか……。みらいにもリコにも、まるで見当がつかない。

「う~ん……せめてこっちから、はーちゃんに連絡出来ればいいんだけどな……」
 昔と同じく眉を八の字にして考え込むみらいに、そうね、とリコが低い声で相槌を打つ。その顔を見て、みらいは表情も声も努めて明るくして言った。
「でも、はーちゃんのことだから、きっともうすぐ来るよね?」
「きっと来るモフ!」
 みらいの鞄の中からそっと顔を出して、モフルンも小さく声を上げる。
「ええ……そうね」
 リコはまだ心配そうな顔つきながら、そう言ってこくんと頷いた。



 しかし、それから一時間以上経って、プレゼントの準備が全て終わっても、ことははやって来なかった。短い冬の一日は既にとっぷりと暮れて、白々とした蛍光灯の光が体育館を照らしている。
「サンタさんたちは、そろそろ着替えて下さーい」
 事務局のメンバーの一人が、時計を見て声を張り上げる。はーい、と張り切って答えるかなの声を聞きながら、みらいとリコがもう一度入口に目をやった時、そこに見慣れた人影が現れた。
「悪ぃ、遅くなった。準備、出来たか?」
 体育館に駈け込んで来たのは、リコたちが来る前に買い出しに出かけていた、壮太とゆうとだった。

「よぉ、リコ。それにみんな。よく来たな!」
「久しぶりだね! 元気だった?」
 集まって来た仲間たちの中にリコたちの姿を見つけて、二人が声を弾ませる。
「いろいろ買って来たぜ。これで雰囲気もばっちりだろ」
 壮太がそう言いながら、持っていた袋の中の物を取り出して見せた。
 星形の蛍光シートや、カラフルなモール。クリスマスの様々なアイテムが描かれた、大ぶりのシール……。
「それ、どうするの?」
「自転車に飾り付けるんだ。サンタの乗り物なんだから、クリスマスらしい方がいいだろ?」
「なるほどね」
 リコの感心した様子を見て、壮太は得意そうに胸を反らしてから、もうひとつの袋を差し出した。
「そしてこれは、差し入れのイチゴメロンパン。出発前の腹ごしらえに、みんなで食べようぜ」
 全員から、わーっという歓声が上がった。

「ところで壮太。その辺で、はーちゃんを見かけなかった?」
「ああ、はーちゃんも買い出しか? ショッピングモールから出ていくところをちらっと見かけたから、先に着いてると思ったんだけど」
「えっ!?」
「今、ショッピングモール、って言いました!?」
 事もなげに答えた壮太が、二人の驚いた様子に怪訝そうな顔になる。
「……違うのか?」
「わたしたち、まだはーちゃんに会ってないんだよ」
「えっ?」
 みらいの言葉に、今度は壮太より先に、その隣に居たゆうとが驚きの声を上げた。
「それじゃあ、あれはやっぱり見間違えだったのかな……。昨日、花海さんらしき人影が、津奈木神社の石段を上っていくのを見たんだ。てっきり、イブの前日から朝日奈さんの家に来てるんだと思ってたんだけど」

「じゃあ、はーちゃんは昨日からこの町に……?」
 ますます心配そうに囁くリコの隣で、みらいは口の中でブツブツと呟く。
「神社の石段に、ショッピングモール。かなが見かけたのは、通学路の並木道……」
「それって……全部わたしたちが、はーちゃんと一緒に行った場所じゃない?」
「じゃあ、ひょっとして!」
 リコの言葉に、みらいが顔を上げる。

「リコ! あの場所に行ってみよう!」
「え……ええ。でも、はーちゃんはどうして……」
「それは直接、はーちゃんに聞いてみようよ」
 みらいが勢い込んで、リコの顔を覗き込む。
「こっちから連絡が取れないんだから、探しに行くしかないよ! だって、はーちゃんは今ならきっと、近くに居るはずだもの」
 あの頃と少しも変わらない、みらいの力強い眼差し。それを見つめるリコの顔に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「そうね。行きましょう!」

 頷き合った二人が、仲間たちの方に向き直る。
「わたしたち、ちょっと行って来るね。まゆみ、出発の時間になっても戻らなかったら、先に行って。すぐに追いかけるから」
「ジュン。もうすぐ出発みたいだから、後は任せたわ」
「ええっ!? あたいかよ!」
「ちょ、ちょっとみらい!?」
 慌てるジュンとまゆみ、そして心配そうな仲間たちに向かって、二人一緒に拝むような仕草をしてみせてから、みらいとリコは、体育館の外に飛び出した。



 校庭は、人でごった返していた。プレゼントの袋を車に積み込んでいる人々。既にサンタの衣装を身に着けて、付け髭姿を笑顔で見せ合っている人々……。ポケットの中の箒を取り出そうとしたリコが、それを見て慌てて元に戻す。
「リコ、こっち!」
 みらいはリコの手を引っ張って、体育館の裏手に回った。そしてさっきのリコと同じように、ゴソゴソとポケットの中を探る。
「無理よ、みらい。すぐ近くにこんなに人が居るんじゃ、空は……」
「違う違う。これだよ」
 みらいがポケットから取り出したのは、箒ではなく小さな鍵だった。並んでいる自転車の、一台の鍵穴にそれを差し込む。
「リコは後ろに乗って。しっかり掴まっててよ!」
 モフルンを前かごに乗せ、自転車に飛び乗ったみらいを見て、リコも慌ててその後ろに座った。

 自転車は裏口から学校の外に出て、狭い坂道を駆け下りる。両腕をみらいの腰に回してギュッとしがみついているリコは、どこに行くのか、みらいに尋ねたりはしなかった。尋ねなくても、リコには行き先の見当がついているのだろう。

(二人乗りって言えば、あの頃は大抵、わたしが後ろだったけど……)

 リコの体温とその腕の感触が何だか嬉しくて、みらいは張り切ってペダルを漕ぐ。だが並木を抜けて公園に差し掛かったところで、慌てた様子で声を上げた。
「あれ……お店は? ワゴンが見えないよぉ!」
 すっかり暗くなった公園の中、目指す思い出の場所――イチゴメロンパンを売っているワゴン車が、いつもの場所に見当たらない。

「そんな……」
 呆然と呟くみらいに、すぐ後ろから柔らかくて冷静な声がかけられる。
「落ち着いて、みらい。壮太君が差し入れを買って来てくれたんだから、きっと店じまいしてすぐのはずよ。はーちゃんは、まだ公園の中に居るかもしれないわ」
「探すモフ!」
 モフルンも励ますようにそう言って、みらいを見上げる。
「うん、そうだね」
 みらいの声に、いつもの調子が戻った。

 誰も居ない公園の中に、自転車を乗り入れる。
「はーちゃーん!」
「はーちゃーん!」
「居たら返事するモフー!」
 三人で声を張り上げながら、公園の中をぐるりと回った。
 キョロキョロと辺りを見回していたみらいが、あ、と小さく息を飲む。木の陰で、何か桃色のものが動いたような気がしたのだ。
 慌ててペダルを踏む足にぐんと力を入れる。だが次の瞬間、前輪が何かを引っ掛けたらしく、自転車はぐらりと大きくよろけた。

「うわぁっ!」
「モフっ!」
 みらいとリコ、そしてモフルンが、思わず悲鳴を上げた、その時。

「キュアップ・ラパパ! 自転車よ、空を飛べるようになぁれ!」

 あどけない声と共に、自転車がふわりと宙に浮く。公園が見る見る足下に遠ざかっていくのを、目をパチパチさせて見ているみらいの隣に、すぅっとエメラルドグリーンの箒が並んだ。

「はーちゃん!!!」
 みらい、リコ、モフルン。三人のぴたりと揃った声に、箒に乗ったことはが、二ヒヒ……と楽しそうに笑う。彼女は既にサンタクロースの衣装を着て、背中には白い袋を背負っていた。
「もうっ! どこ行ってたの?」
「ごめん、遅くなっちゃった」
 言葉のわりには嬉しそうなリコの声に、ことはは自分の頭をポカリと軽くげんこつで叩いて見せた。

 箒と自転車は滑るように空を走り、程なくして湖が一望できる、誰も居ない展望台に降り立った。ここは、みらいとリコ、そしてモフルンにとっては思い出の場所。いくら探してもはーちゃんが見つからなくて途方に暮れていた、あの夏の夜に語り合った場所だ。

「あのね。みらいとリコにプレゼントがあって、その準備をしてたんだ」
 ことはがそう言いながら、背中に背負っていた袋の中から大きな靴下を三つ取り出す。そしてそのうちの二つを、みらいとリコに手渡した。
「開けてみて!」

「え……これって!」
「魔法の水晶!?」
 みらいとリコが、驚きの声を上げる。
 靴下の中から現れたのは、みらいがピンク色、リコが紫色の台座の付いた、校長先生のものより少し小ぶりの水晶玉だった。
「うん。そしてこれは、わたしの分」
 ことはがもうひとつの靴下の中から、緑色の台座が付いた水晶を取り出す。

「ごめんね。魔法界とナシマホウ界が前みたいに近くなるには、まだもう少し時間がかかりそうなの……」
 ことはは、すまなそうに顔を俯かせた。
「だからわたし、考えたんだ。みんながひとつずつ水晶を持っていれば、話がしたいときに、声が聞きたいときに、いつでも連絡が取れるでしょ?」
 そう言って、ことはが今度は少し得意そうに微笑む。
「でも、水晶さんには校長先生のお仕事があるから、わたしたちの連絡まではお願いできない。だからね。水晶さんと校長先生にお願いして、わたし、しばらく水晶さんに弟子入りしてたの!」

「ええ~っ!?」
「弟子入り、って……」
 みらいとリコがあっけにとられる中、ことはが持っている水晶に手をかざす。すると水晶はぼうっと光を帯びて、その中に女性の横顔の像が浮かび上がった。
「なかなか筋が良かったですわ。占いは、あまり得意ではないようでしたけど」
「エヘヘ……。水晶さんみたいにこの中に居るわけじゃないから、難しくて……。だから、わたしは連絡係専門ね」

「はーちゃん……凄いよ!」
 みらいが震える声でそう呟いて、ことはを優しく抱き締める。
「ありがとう、はーちゃん」
 リコも涙ぐんだまま、ことはの肩をそっと抱いた。
「はー!」
 ことはが二人の背中に手を回して、幸せそうに微笑む。
 まだ自転車の前かごに乗ったまま、その様子をニコニコと眺めていたモフルンが、ふと空の一角に目を留めて、モフ!と声を上げた。

「みらい。みらい!」
「ん? なぁに? モフルン」
 ことはから離れたみらいの肩に、モフルンが飛び乗って、空を指差して見せる。
「モフ~! 今年も見えてるモフ!」
「え? 今年も、って……。あ、そっか!」
 空を眺めたみらいが、パッと顔を輝かせる。そしておもむろに、ことはが持っている水晶玉に向かって叫んだ。

「水晶さん! 今、校長先生とお話できませんか?」
「今? これから大事な祭典に向かわれるところなんですが……」
「出来ればその前に、ほんの少しだけ!」
「分かりましたわ」

「みらい、一体どうしたの?」
「あはは……。ちょっとね」
 突然の行動に目を丸くするリコとことはに、みらいはモフルンと顔を見合わせ、悪戯っぽく微笑んでみせる。リコがますます怪訝そうな表情になった時、水晶の中に校長先生の姿が映し出された。

「やあ、みらい君。どうした?」
「すみません、校長先生。大事な祭典って、クリスマスの、ですよね?」
「ああ。リコ君から聞いておるか? これから光の祭典の、最後の光を灯しに行くんじゃよ」
「それ、水晶さんを通してわたしたちにも見せて頂けませんか?」
 水晶の中の校長先生が、一瞬キョトンとした顔つきになった。
「それは別に構わんが……」
「ありがとうございます!」

 水晶の光が、いったん消える。それを見届けてから、みらいはさっきモフルンが指差した空の一角を、改めて指差した。
「あそこに星が見えるでしょ? ほら、ひとつだけ青っぽく光ってる……」
「ああ、あの星だね!」
「ええ、わたしも分かったわ」
 ことはとリコも、空を見ながら頷く。今日は雲が多くて、あまり星が出ていない。その星もぼんやりと頼りなげに光っていたが、みらいの言う通り少し変わった色をしているので、見つけやすかった。
「あの星を、よ~く見ててね」
 みらいがさも重大そうに二人に告げる。その時再び水晶が輝いて、小さな無数の光を灯した、魔法学校の母なる木が映し出された。

「キュアップ・ラパパ! マザー・ラパーパよ、我らの想いを輝かせたまえ!」

 校長先生の力強い声と共に、小さな光がその強さを増して、まるで母なる木そのものが光っているかのような燦然たる輝きを放つ。
「あっ!」
 その瞬間、リコが驚きの声を上げた。空にぼんやりと見えていた星が、見る見るうちに光を増して、青から緑に、そして他のどの星よりも明るいエメラルド色の星になったのだ。

「はー! あれって……」
「もしかして……魔法界の、母なる木の光!?」
「うん! やっぱりそうだったね~!」
 大きく目を見開いて星を見つめるリコの隣に、みらいが笑顔で歩み寄る。
「あの星ね。クリスマスにサンタさんになってプレゼントを配る時にだけ、いつも輝いてたの。何だか気になって眺めていたら、ある年、今みたいに急に光が強くなる瞬間を目撃してね」
「モフ」
 みらいの肩の上で、モフルンがニコリと笑う。その時は動くことも喋ることも出来なくても、モフルンもみらいと一緒にその光景を見ていたのだ。
「星に詳しい並木君に聞いても、何の星だか分からなくて。それでずっと不思議だったんだけど、リコにクリスマスの話を聞いた時、もしかしたら、って思ったんだ」

「そう……。ちゃんと届いてたのね、この世界に」
 まるで自分の言葉を噛みしめるように、リコがゆっくりと呟く。そして、手摺に置かれたみらいの手に自分の手を重ねると、空から目を離して隣に立つ親友を見つめた。
「ありがとう、みらい」

「さぁ、今度は君たちの番じゃな。応援しておるぞ」
 校長先生の穏やかな励ましの声を最後に、水晶の光が消えた。すると、それとほぼ同時に、どこからともなくシャンシャンという鈴の音が聞こえて来た。
「え……あれって……!」
 今度はみらいが驚いた顔で、展望台の後方――さっきやって来た方角の空を見つめた。



 その鈴の音が聞こえてきた時、津奈木第一中学校では、もう全員がサンタの衣装に着替え、校庭に集合したところだった。
「あ、魔法つかい! じゃなくて……本物のサンタさん!?」
 かながいち早く空を指差して、歓喜の声を上げる。その指の先には、トナカイが引く橇の姿が十台ばかり連なって、鈴の音と共に、次第にこちらに近付いて来ていた。
 今回ばかりは見間違いだと言う者は誰もおらず、皆ポカンと口を開けて天を仰いでいる。ジュン、ケイ、エミリーの三人だけが、抱えたプレゼントの袋の下で、互いにこっそりと親指を立て合った。

「サンタクロースだ!」
「本物のサンタクロースが帰って来た!」
「あ! 降りて来るぞ!」
 校庭のあちこちからそんな声が上がる中、事務局代表の高木先生が、皆に引っ張り出されるような格好で前に進み出る。
 やがて、校庭のすぐ上までやって来た橇の列の中から、一台の橇が音も無く着陸し、そこから赤い服の男が降りて来た。

「あ、グスタフさん」
「この町のサンタさんたちがここに集まってるって、教えたの?」
「ああ。さっきリコに頼まれて、デンポッポで地図を送ったんだ」
 ケイ、エミリー、ジュンがひそひそと囁き合う中、魔法商店街で箒屋を営むグスタフが、高木先生に歩み寄る。
「いやぁ、まさか本物のサンタクロースに会えるなんて、思ってもみませんでした」
「いや、今はどっちも本物のサンタじゃないですか。それに、ここではあんたたちが主役で俺たちは手伝いだ。もし積みきれないプレゼントがあったら、運びますよ」
「おお! それは有り難いな」
 高木先生とグスタフが、がっちりと握手を交わす。それを見て、空と地上の両方から、盛大な拍手が沸き起こった。



「凄い……。凄いね、リコ! 魔法界のサンタさんも、ナシマホウ界のサンタさんも、みんな笑顔で、手を取り合ってて、とってもとっても……楽しそうで……!」
「もう、みらいったら」
 頬を真っ赤に染めて興奮気味に言い募るみらいを、リコが嬉しそうに見つめる。
 みらいたちは魔法で姿を隠し、箒に乗って校庭での一部始終を見守っていた。

「津奈木町だけじゃないわ。今日は昔みたいに、魔法界のサンタたちが手分けしてナシマホウ界のあちこちに行ってるの。ただし、プレゼントを配るためじゃなくて、ナシマホウ界のサンタさんたちの手伝いをするためにね」
 人差し指をピンと立てたいつものポーズで得意げにそう語ってから、リコは隣で身を乗り出している親友に、柔らかく微笑みかけた。
「みんな、とっても嬉しいのよ。ナシマホウ界の人たちが、サンタさんを続けてくれていたっていうことが。だから、これはほんのお礼の気持ちよ」

 車にギュウギュウ詰めになっていた袋を少し下ろして、それを橇に積んでもらっているナシマホウ界のサンタが居る。空飛ぶトナカイにこわごわ触れようとしているナシマホウ界のサンタの隣で、興味津々で車の運転席を覗き込んでいる魔法界のサンタが居る。
 持っていたお菓子を早速振る舞う者。お互いのファッションチェックを始める者……。ただでさえごった返していた校庭が、さらに賑やかで、笑顔溢れる場所になっている。
 その光景をキラキラした目で見つめてから、みらいは満面の笑顔でリコを振り返った。
「リコ、ありがとう!」

「さぁ、わたしたちも、サンタさん頑張ろう!」
 ことはが明るい声を上げて、もう一度魔法の杖を構える。
「キュアップ・ラパパ! みんなのサンタさんの衣装よ、出ろー!」
 くるりと杖を持ち替えて空中に線を描くと、みらいとリコ、それにモフルンが、一瞬でサンタクロースの姿になった。

 そっと地上に降り立って姿を現し、停めておいた自転車を引いて、三人で歩き出す。
「はー! 今年はナシマホウ界のクリスマスで、来年は魔法界のクリスマスだね~。これから毎年、楽しみだなぁ!」
「そしてこれからは、リコともはーちゃんとも、好きな時にお喋り出来るんでしょ? それってワクワクもんだぁ!」
「ワクワクもんだしぃ!」
 久しぶりにみらいとことはの口癖を聞いて頬を緩めたリコが、ふと気が付いたように、ことはに問いかけた。

「そう言えば、はーちゃん。どうしてナシマホウ界の色々なところに出かけてたの? 勝木さんや、壮太君やゆうと君が見かけたって……」
「ああ、それはね。魔法界とナシマホウ界の、いろ~んな場所に詰まっているわたしたちの思い出を、水晶に込めに行ったの。三つの水晶を繋ぐ力にしたくて」
「じゃあ、校長先生のところだけじゃなくて、魔法界の他の場所にも……?」
 驚くリコに向かって、ことはが再び、エヘヘ……と頭を掻く。そんな二人に笑顔を向けながら、みらいがゆっくりと、噛みしめるように言った。
「これからは、わたしたちの水晶に、もっともっと思い出を込めていけるよね。魔法界の友達、ナシマホウ界の友達、そしてこれから出会う、もっともっとた~っくさんの人たちとの思い出も一緒に。ねっ!」
「うん!!」
「モフ!」
 リコとことは、そしてモフルンが、みらいに負けず劣らずの笑顔で力強く頷いた。

「あ、やっと帰って来た!」
「おーい、みらい、リコー!」
「はーちゃん、久しぶりー!」
 まゆみたちが、みらいたちを見つけて一斉に手を振る。その後ろでは、宙に浮かぶ橇に乗ったグスタフが、ニヤリと笑ってさっと片手を挙げてみせた。
 三人は、もう一度嬉しそうに顔を見合わせてから、頬を染め、目を輝かせて仲間たちの元へと駆け寄った。

~完~