バイト始めました。ろく




「えっと、もう一回言ってもらっていいかな?」
「だから! ナケワメーケがしゃべったのよ!!」
「せつな、あなた疲れてるのよ…」
「疲れてる時はゆっくり安静にした方がいいっていうよね。せつなちゃん、横になる?」
「みんな信じてよ!」
「だって、ねえ…?」

みんなから憐れむような視線が送られてくる。でも、私は確かに聞いた。ハープで攻撃したとき痛いと絶叫したその声を。あのナケワメーケはテレビか何かを媒体にしていたから、人の言葉を話すとしたら番組を受信でもしたのだろうか。
しかしあの台詞をあのタイミングで…?
ナケワメーケに話をする機能はなかったはず。そんなのは必要ないから。
でも、もし私が抜けた後で改良がされたとしたら、一体何の目的で…
と、そこまで考えてふと視線を感じた。顔をあげてみたら三人ともハの字に眉が下がっている。思いのほか心配されているらしい。

「あ、えっと、一旦この話は…」

なんだか申し訳なくなって、この話は一先ずやめようかと思っていると、

「わかったよ!! みんなで確かめてみよう!」
「へ…?」

ラブが勢いよくそう言った。握りこぶしを震わせて、その眼には確かな信念が宿っていた。

「そうね。せつながそうそう嘘をつくとも思えないし」
「うん! わたし、せつなちゃんのこと信じてる!!」
「み、みんな…!」

ラブだけじゃなく美希とブッキーまでそう言って私に笑いかける。こんないい仲間が出来て、私とても幸せだわ。

「みんな! 作戦会議だよ!! せつな、その時の事もう一回詳しく教えてもらっていいかな?」
「ええ!」


そんな感じでせつなが友情を噛み締めている頃、これから襲い掛かる恐怖に全く気付いていない当事者は、別の意味で身構えていた。



…お久しぶりですこんにちは。今自分は何をしているのかというと…と、よそ見してる場合じゃなかった。油断すれば一瞬でやられる…!!
緊張からツーと頬に汗が伝い、知らずにゴクリと喉が鳴る。
もうすぐだ。
これからの事は、ある意味今後の自分を左右することになるだろう。周りの人全てが敵に見える。こんな状況が続いてしまったら、自分の精神がおかしくなってしまいそうだ。
カチカチとやけにうるさく感じる時計の秒針が、もうすぐ、天辺に到達する。

あと10秒…8…5…3…1……



「…それでは16時になりましたのでタイムサービスを始めさせていただきますっ!!」

その放送と共に、戦いの火ぶたが切って落とされた。

「うおおおおおぉっ!!!」

その言葉を聞いた瞬間走り出す。兎に角走る。目的のものを追いかけて、掻き分けて、手を伸ばしたのだった…―――





改めて、こんにちは。先ほどはすみません。ちょっと立て込んでいたものですから。あのタイムセールを逃すと、本気で食費がマッハだったんです。講義の教材ってなんであんなに高いんだろうね。うっすい本が云千円とか思わず一ページあたりの金額計算しちゃったよね。で、そんな財布が乏しい人の味方である今回行ったスーパーのタイムセールは、価格破壊という言葉が文字通りでほんとに安い。貧乏人の強い味方!
パッションにハープで殴られたところが未だに疼いてしまうので、せめて食事くらいはまともなものを食べたかったんです。
しかし、今回は傷の治りが遅い気がする。危険手当がいつもより多かったのはこれを見越してだったのだろうか…説明も無しとかなんか金多くしとけばいいんだろどうせ。みたいなやっつけな感じがします。嫌だねなんでも金で解決できると思ってる人たちは。
…まあ解決されるんですけどね大抵。
例に埋もれず自分も解決されてしまったわけです。あの多さを見れば、ね…? ただ、危険手当というからにはいつもより危険が大きいということで、治りが遅いだけじゃなかったら嫌だなーと思いながら自宅に到着。


「…すみません。今からバイトをお願いします」
「あ、はい。あ、あのー…」
「…なんでしょうか?」
「…あ、やっぱり何でもないです。すみません」
「そうですか。では、バイトの方お願いします」


帰宅して早々にバイトを頼まれ、次の瞬間には目の前にプリキュアが。
ちなみに、さっき謎の声に言いかけたのは、ハープで攻撃(物理)された時の危険手当について聞こうと思ってました。でもなんか怖くなったのでやめました。世の中知らない方がいいこともありますもんね。

今回はプリキュアとの目線が近く、どうやら大物ではないらしい。っていうかむしろプリキュアより目線低くね…?
よくよく見ると、リンゴになっていました。
ちょっと自分でも何言ってるのかわかりません。人間の大きさのリンゴとか中途半端だろ。どうせならドデカくビルくらいの大きさにすればよかったのに。まあリンゴ三個分の重さのネコっぽいのもいるんだからこれもアリか。
…やっぱりちょっと混乱してるみたいです。アリじゃないよねどう考えても。チョイスをもっと慎重にしてほしかった。誰だよこんなの選んだの…と思い周囲を見渡せば、高笑いしながらプリキュアを馬鹿にする大男がいた。

「ふははっ! どうだプリキュア! お前らがリンゴ好きな事はリサーチ済みだ!! 好きなものを相手にいつものように攻撃できるかっ?」

勝ち誇ったように自信満々な男の意味の分からない主張。そんな男を呆れたように見つめるプリキュアたち。

その光景を見て、あ、うん。しょうがないか…と、何故だかすべてを諦められた。

「行け! ナケワメーケ!! プリキュアを倒せ!!!」

いや、行けって言われてもこの丸型でどうしろと…
とりあえず転がってアタックしてみる。開幕から捨て身の攻撃である。

「アップぅウウウルっ!!」

鳴き声が絶望的にダサい…
捨て身タックルも案の定躱されて、背後から蹴られ宙に浮いた後、近くにあった電柱にぶつかった。
このフォルム死角多すぎてヤバいんですけど…! 勝てる気がしない上に高速回転だから目がまわって気持ち悪い。一回の攻撃で大分ダメージが。主に自分の所為だけど。

「しっかりしろナケワメーケ! お前の力はそんなもんじゃないはずだろ!」

必死に応援する大男に、どこの修造だよと言ってやりたい。だがアップルしか言えない。悔しいです。

「うーん…今回は言葉を話すような媒体ではないわね」
「パッションの言った通りにしてみようか」
「これではっきりするかもしれないし…」
「みんなありがとう!」

いくら今回のフォルムが雑魚っぽいからって敵の目の前で円陣組んで話し合いってどういうことなの…

「ァアアっプウウウッルーー!!」

円陣に向かって突撃してみる。だがさっきのように直線ではまた躱されそうなのでジグザグと動きながら急ブレーキとかかけてフェイントも入れる。リンゴのくせに意外と俊敏に動けて驚きを隠せない。
円陣から一斉に散らばったプリキュアの後を追いながら廻る。ピーチのパンチをカーブすることで避け背後から突進。動きの速さに追いつけなかったのか態勢を崩したピーチに渾身のジャンピングアタックをお見舞いした。

「くっ…!」
「ピーチ大丈夫っ?!」
「大丈夫だよパッション!」
「あんなフォルムなのに意外とやるわね…」
「そうだねベリー、丸いから動きが自在だし。でも…」
「まあ、あれだけ回転してたらね。そりゃあ眼もまわるわよね」

頑張ってピーチに一撃いれて優勢になったかと思いきや、高速回転のし過ぎで世界がまわっている。ふらふらしながら木とか壁とかにぶつかってしまう。眼の前にいるプリキュアにたどり着けない…そして最高に気持ち悪い。

「まあ、ウエスターの出したナケワメーケなんてこんなものよね」
「おいイース! なんだその見下した言い方は! 大体自分の好きなもの相手に何故普通に攻撃しているんだ!!」
「だって私リンゴよりももの方が好きだし。大体リンゴを媒体にしようとするあたり作戦も何も考えてなさそうよね」
「俺だって考える時はある! 例えばこんなふうにな! ナケワメーケ!!!」
「アップウウ?」

気持ち悪さを必死に抑え男を見ると、こちらに向かって何やらジェスチャーしている。
えーと、何々、自分の体を絞って匂いをだせ…? え、なに言ってんのこの人。自分の体を絞るなんてそんなことできるわけ…あ、できた。
上半身を思いっきり捻ると何やら果汁的なものがでてきた。きもい。
で、こんな汁だしてどうすればいいんだろうかと無い首を捻ると、一番近くにいたピーチがこちらにふらふらと歩いてきた。しかも全くの無防備で。どうしたのかと思いながらせっかく近づいてきたので体当たりしてみた。すると避けることもなく攻撃が当たる。なんだこれ?
「…ッ! え…なんで私ナケワメーケに近づいて…」
「ちょっとピーチどうしたのよ!」
「わ、わかんないよっ! なんか気付いたら体が勝手に動いてて…」
「ふははっ、どうだプリキュア! リンゴは見た目だけじゃなく中身も優秀なのだ!」

もしかして、果汁から出る匂いが相手に何かしら影響しているのだろうか。そうでなきゃピーチが寄ってくるわけないし。まじか。意外とすごくないかリンゴ!そしてちょっと見直したよ大男!そうと分かれば高速回転でプリキュアに近づいて果汁を出しまくる。
案の定近くにいたベリーとパインがこっちによってきたのでそこを攻撃。
なんだこれすごいぞ。やられっぱなしだったプリキュアを苦戦させている!しかもこんな弱そうな怪物なのに!
「みんな!! どうすればあの匂いを防げるのかしら……っそうだ…!」

匂いをだしてプリキュア達にアタックしまくる。わーい臨時収入だ金だーなんて現金に眼が眩んだのが間違いだったのだろうか。気付いたらパッションがこちらにハープを向けていた。思わず体が震えた。どうやら体の方がトラウマを感じているらしい。

「吹き荒れよ幸せの嵐! プリキュア! ハピネスハリケーン!!」

辺りに風が巻き起こる。と、それまで無抵抗で寄ってきていたプリキュアがピタリと動きを止めた。

「…あれ、匂いがしない」
「ハピネスハリケーンのおかげで匂いが消されてるんだわ!」
「ありがとうパッション!」
「みんな! 今のうちに!!」

くそ、風で匂いが拡散されてるのか。これじゃ捨て身アタックくらいしかできることがないじゃないか!ああ、今回はここまでか…調子よかったんだけどな。
それぞれがスティック、ハープを持っている。浄化される準備でもするかと気だるげにぼーとしていると、なぜかこちらに走り出すプリキュア。ハピネスハリケーンで時折視界が遮られるが、それでもこちらに迫っているのは見間違えようがない。予想外すぎて固まってしまう。
ついに目の前に、っていうか囲まれた。振り上げられる腕。なにこれこわい。

「…せーのぉ!!」

ピーチの気の抜けた掛け声を皮切りにスティックで殴られた。四方向から。え、え…?
「…ちょ、え、い、いたっ痛い!」
「ホントにナケワメーケしゃべった!!」
「パッションの言ってた通りね!」
「えいっ…!」
「やっぱり! どうしてナケワメーケが喋ってるのよ! 何が目的?!」
「おまえらが何の目的だよっ!! イタっ…やめ、ちょ、殴るの止めて!?! これただのいじめ!!!」

正義の味方に鈍器(スティック)で殴られる。この絵面ただの弱い者いじめじゃね?!ってかまじ痛い!!
「ナケワメーケに話す機能なんてつけて何のつもり!」
「ちょっとアンタ意思があるの?」
「ごめんね…!」
「質問しながら殴るなっ! 痛っ! ごめんとか言っといて一番力入ってるぞ黄色い奴っ!いたいっ、ごめんなさい、止めてっ!」
「質問に答えなさいっ!!」

殴られ過ぎて意識が遠のいてきた。なんなのなんで殴るの止めてくれないの。質問?意思があるのかって?そりゃあるよ。だって…

「だってバイトだからぁっー…!」

そんな言葉を叫んだのを最後にぷつりと意識が途切れた。


…ふと目が覚めるとそこは自分の部屋だった。身体も自分のものだ。戻ってきたらしい。戻ってこれたのか…先ほどまでのことを思い出す。プリキュアにタコ殴りにされる自分。え、ていうかなんだったのあれ。プリキュアって暴力団だったの?力のないものを力のあるやつが攻撃するって正義的にどうなんですか!一般ピーポーですよこっちは!
「っ痛っ…」

思わず打ち震えた瞬間身体のあちこちに痛みが走る。服をめくると痣が至る所にできていた。
まじかよ…やばいよこれ。まああれだけ殴られて痣だけってのもすごいが。っていうかパインに殴られたとこだけ痣デカいんだけど。しかも脇腹とか防御の薄そうなところばかり。あいつやっぱえげつないわ…
それにしても意識がこっちに戻ったってことは浄化されたってことでいいのだろうか。殴られても浄化ってされるんだね知らなかったよ。でも普通にやってほしかった。
プリキュアと会話した気もするけどまあいいか別に。あの怪物に鳴き声以外のコミュニケーションのとり方があるとは思わなかったが。

あー、次バイトするの嫌だなあ…

数日後に振り込まれていたバイト代は未だかつてない金額でした。