『安楽椅子探偵は魔法を使う 3―――究明』




3―――究明

 『ノックスの十戒』という、推理小説のタブーをまとめたものがある。
 まあ私と美希が直面しているのは現実の事件であり、小説のルールをそこに持ち込むのもどうかとは思うのだけど。
 しかし、この件に関して、私はこれから美希とブッキーの為に探偵役を演じなくてはならないのだ。しかも、先ほどまで読んでいたミステリー小説の主人公と同じ、座ったままで事件を解き明かす、安楽椅子探偵役である。
 であれば、その流儀に則って考察を進めていくのも一つの手段だろう。
 と言っても、私自身その十戒をきちんと覚えてるわけではないのだが、確かその中にこんな決まりがあったはずだ。
 ―――ワトソン(探偵の助手)役は、その判断を全て読者に知らしめねばならない。

「………美希、先にあなたの考えを聞かせてくれる?どうしてブッキーが突然怒り出したのか」
「……あだじの………?」

 読者など存在はしないのだけれど、美希は依頼者であると同時に、私に情報を提示してくれる助手役でもある。その判断は、十戒を抜きにしても、この一件の解決に必要不可欠なものに違いない。
 最も、今の彼女にとって、それがかなり酷なお願いだというのは、私も十分に承知しているのだけどね………ごめんなさい、美希。 
 私が差し出したハンカチで涙を拭い、思い切るように残っていたミルクティーを一気に飲み干すと、美希は一旦息を吐き、それからゆっくりと口を開く。

「………その………あたしが思うに、そ、そのメッセージカードって………ブッキーにとって、とても………とても大切なものだったんじゃないかなって………」

 沈鬱な顔で、絞り出すかのようにそう口にした美希。
 彼女がした『大切なもの』という表現は、これが何も愛の告白が綴られたカードだから、というだけではない。

「………そうね、ブッキーは人からの好意を簡単に打ち棄てるような薄情な人間ではないけれど………かといって、本来なら『そのカードを残しておく理由は無い』わね」
「………ええ………それをあたしが勝手に見ちゃったから………それで………」

 お互い言葉に出すのこそ避けたものの、何を言いたいかは理解しあっていた。
 ―――つまり、カードの差出人に対して、ブッキーもまた少なからず好意を抱いているのでは、という事だ。
 だからブッキーは、そのカードを恋人である美希に見られ、トレイを落とす程に狼狽して、かつそれを問われて逆上した。そう美希は考えているわけね………成程、解釈としては何ら不自然なところはない。けれども、私達の良く知るブッキー―――山吹祈里という心根の優しい少女から導き出すにしては、その答えはいささか乱暴で短絡的であるようにも感じられる。 
 それに、だ。そんな大事なカードなら、何故本に挟んだまま机の下に―――普段目につかないような所に保管していたというのか。しかも、床にしゃがみ込まないと見えないとは、かなり奥まった場所だろう。そのような所では、物をしまうのも取り出すのも苦労するだろうに。
 それに比べたら、良い保存の方法など幾らでもあるはずである。別に額縁に飾っておけとまでは言わないまでも、だ。
 私がそう指摘すると、美希は困惑の表情を浮かべて考え込んだ。

「それは………あの本自体大切な物で、だから一緒に挟んで保管してたとか―――………」
「それなら本棚にしまっておけばいいだけで、余計机の下にあった、って事が不自然になってくるんじゃないかしら………それに、その本に関しては詳しく聞いてなかったけど………」

 美希によると、ありふれた動物図鑑、といった説明だったけど、確か話の中で、彼女はその本に対して何故か嬉しそうなリアクションをとっていた筈だ。 

「詳しくって言われても………本当に何の変哲もない動物図鑑よ。でも確か、ブッキーが誕生日のプレゼントにお母さんに買ってもらったんじゃなかったかしら。だから大切にしてても不思議じゃないわ」
「本当にただそれだけ?」
「そうよ。イラストでの図解や漫画での質問コーナーなんかもあってね。カバは実は泳げないって解説の漫画が面白くって、毎日読み返したっけ」

 本の内容を思い出したようで、美希がクスッと微笑んだ。反対に、私の表情は真剣なものになる。何故なら、今の美希の台詞から『ある推測』が確信へと変わったからだ。
 私の変化には気が付かない様子の美希は、一瞬明るくなった顔をすぐまた曇らせ、ガックリと肩を落とした。

「………つまり、あたしの考えとしては、誰かは分からないけど、ブッキーの事を好きな人がいて、ブッキーもその相手の事が………それであんなに怒って………だ、だから………あ、あたしはもう………お………おは………お払………いば………ぶええぇぇえええん!!」
「お、落ち着いて、美希!!」

 流石に集まり始めた周囲の好奇の目を気にしつつ、私は椅子から立ち上がって、火が付いた様に泣き出した美希に駈け寄り、必死になだめる。ご、ごめんなさい、カオルちゃん………お客さんの足がさらに遠のいちゃうかも………。
 カオルちゃんに声にはせずに謝罪して、何とか美希を泣き止ませようと、私は水色のメッセージカードを指で挟んで、その裏面を彼女に見せる。

「ね、見て。今美希は誰かは分からないって言ったけど、ここ、イニシャルが書いてあるでしょ?気付かなった?」
「―――え?イニシャル!?」

 ―――探偵は読者に提示していない手掛かりによって事件を解決してはならない。
 確かこれも『ノックスの十戒』にあった筈だ。
 美希に見せたカードの裏側、挟んだ私の指のすぐ脇にはアルファベットでただ一文字、小さく『M』の表記が。
 美希はブッキーの家でカードを見付けたものの、余りの衝撃でそこまで目が行き届かなかったのだろう。今やその目は泣くのも忘れて、記された憎き恋仇のイニシャルを、食い入るように見つめていた。

「M………?も、もしや………み、御子柴くん!?」
「………ブッキーからの呼び方がMで始まる人物には違いないわね。まあそれが御子柴くんだっていう可能性は限りなくゼロに近いと言わざるを得ないでしょうけど………」

 御子柴くんには気の毒だけど、ね………。
 しかし、そこから判断してもう一つ分かる事がある。普通ならフルネームか、あるいは名前だけでも書くだろうところを、イニシャル一文字だけで済ませているのだ。ならば相手は、それだけでブッキーに通じる程親しい相手に違いない、という事。

「じゃあ一体誰が………ブッキーの通ってる白詰草女学院の誰か!?舞さんとかマナさんとか真琴さんとかめぐみさんとかみなみさんとかみらいさんとか!!」
「なんでブッキーの学校の友達にそんなに詳しいの?そっちのほうが謎だわ………ちょっと怖いじゃない!!」
「あるいは近いところでミユキさんとか!?ハッ!!ま、まさかとは思うけど―――総統メビウスなんじゃ!!!」
「ブッキーとメビウスとの間に一体何が芽生えようっていうのよ!だから落ち着きなさいってば、美希!!」

 とりあえず私の目論見通り泣き止みはしたものの、結局また違う意味で大騒ぎだわ………。 
 今や痛いくらいに感じられる、周囲の刺す様な視線に晒されながら、私はやれやれと軽く首を振り、小さな溜め息をつく。  
 私の仕草を自分の答えに呆れているからとでも誤解したのか(最も、実際呆れはした訳だが)、美希が不満げな声を出した。

「あたしが間違ってるっていうなら、せつなは誰がカードの送り主だって思うの!?」

 彼女には答えず、私は自分の席に戻り、椅子に浅く腰掛けると、背もたれに大きくもたれかかった。そして静かに胸の下で指を組んで目を瞑る。
 けど、落ち着いた態度とは裏腹に、私の頭の中ではこの件に関してのあらゆる手掛かりが、高速で切り替わるスライドの様に、目まぐるしく浮かんでは消えていくのを繰り返していた。
 動物図鑑………メッセージカード………ブッキーの部屋にやって来たタケシくん………水色………机の下………カバは泳げない………イニシャル『M』の人物………ブッキーの驚きと怒りの理由………。
 今や私の灰色の脳細胞は、トップギアへと入っていた。
 その時、手掛かりに混じって、安楽椅子探偵としての偉大なる先達である魔法使いの如き老婦人と、作中での彼女の言葉が頭に浮かぶ。

「『順序』。そう、何より大事なのはそこなんですよ」

 老婦人の台詞を合図にして、私の中でバラバラだった手掛かりそれぞれがパズルのピースとなって、互いに補い合いつつきっちり嵌まり込み、一つの形を構成していく。  
 その形が何を意味するのか―――それを理解した私はゆっくりと目を開けると、小さな声で呟いた。

「………繋がった、わ」

 私の呟きを聞き漏らさず、美希は頬を紅潮させ、興奮した面持ちでテーブルに両手をつくと、前のめり気味ににじり寄ってきた。

「つ、繋がったって………せつな、送り主が分かったの!?」
「ええ―――それだけじゃなくて、全部、ね」

 これから始まる謎解きに備え、冷め切ってしまったカフェオレで口内を潤して、私は美希に大人しく席につくように促す。ここからは探偵役としてのとっておきの見せ場なのだから、さっきまでみたいに騒がしくされては台無しですもの。

「犯人―――カードの送り主を事件の元凶として、これからは便宜上そう呼ぶわね―――は誰なのか。そこだけを抜き出して伝えても、美希には理解してもらえないかもしれないから、順序良く一つ一つ説明していくわ」
「理解してもらえないって―――せつな、言っときますけど、あたしそこまで察しが悪くは―――」
「なら言い直す―――おそらく結論だけではあなたには信じてもらえないのよ。でも話が終わる頃には、犯人だけじゃなく、自ずとブッキーの怒りを解く方法も分かっているはずだわ」

 私の言葉を侮辱と取ってふて腐れたのか、頬を膨らませて抗議する美希に対して、私は苦笑いしつつ、まずは人差し指を立てて見せた。

「最初に考えるべき事は何か。それは犯人の事なんかじゃなくて、『何故机の下にカードを挟んだ本があったのか』という事」
「それは………確かにさっき話してもいい答えが見つからなかったけど………そうだ!単に机の下に落っことした、っていう推察はどう?ブッキーもそれに気がついてなかっとしたなら―――」
「だとしても、大切なカードが挟まってるなら、失くしたと分かればきっと部屋中探して見つけ出すでしょう?そうすると、やはり故意にそこに置かれていた、と考えるのが正しいと思う」
「どういう理由で?保存するには適さない場所って、せつなが自分で言ってたでしょ?」
「そう、『今の私達』なら、そう思うわよね」

 そこで一度言葉を止める。別に勿体ぶっている訳ではなく、どう切り出したら良いか悩んだからだ。
 けれど、そこで美希の言っていた事を思い出す。

「だけど、例えばタケシくんなら、どう考えるかしら?」
「タケシくん!??」

 余りに意外過ぎた為か、復唱する美希の声が裏返った。
 ………いけない…………この例えは、冷静さを欠いている今の彼女では、勘違いするパターンな気が………。

「どどど、どういう事!??タケシくんのどこにMのイニシャルが!?」
「あ、あのね、美希、そうじゃなくて―――」
「あ、も、もしかして名字とか!?でもブッキーからはタケシくんって呼び名以外に聞いた事ないけど―――ハッ!!ひょっとして、彼の名字はメビウス―――!!?」
「そんな訳無いでしょ!!ていうか、どれだけメビウスに拘るつもりなのよ!!」

 もう………せっかくの見せ場だったのに、早速躓いちゃったわ………。
 両手で、どうどう、と興奮する彼女を押さえ、居住まいを正すと、私は推理の続きを話し出した。

「美希がさっき言ってたわよね。彼くらいの歳の時には見えていたもの―――『子供の時には見えてたのに、今は見えなくなったり、失くした物がある』っていう話―――この件の主軸はまさにそれだったのよ。この図鑑の場合は、『子供の時なら理に適う事』というのが相応しいかしら」
「子供の………時?」
「そう。ラビリンスの復興作業絡みで、最近小さな子達の面倒を見たりするのね。それで分かったのだけど、子供の判断って、今の私達から見たら不思議だったり不条理だったりするけど、彼等は彼等の理に基づいて動いてるものなのよ」
「じゃあ、やっぱりあの本をあそこに置いたのは―――」
「ブッキーね………但し子供の頃の。多分、宝物でも隠しておく感覚だったんでしょう。今でこそ立っていては見えない場所でも、小さな時なら話は別だわ。出したりしまったりするのも」

 その図鑑は、美希によればブッキーがプレゼントにもらった物だという。ならば、専門的な図鑑ならともかく、イラストや漫画コーナーのある動物図鑑というのは、いくら何でも今の彼女には幼な過ぎるだろう。
 であれば、子供の頃に隠した物だという説が濃厚になってくる。そしてその場合、もう一つの仮定が成り立つのだ。

「だとしたなら、一緒に挟まれていたカードも、当時ブッキーに送られた物、と考えられない?」
「あ!とすると………あの本をプレゼントしたのは………」

 勢いよく椅子を蹴って立ち上がると、美希は『謎は全て解けた!』とばかりに、高らかに言い放った。

「つまり、犯人はブッキーのお母さんだったのね!『M』はMother、或いはママの略―――要するに、あのメッセージカードは、愛の告白なんかじゃなくて、お母さんから子供に宛てた、まさに親愛の情を示すカードだったんだわ!!」

 どう、当たってるでしょ?とばかりに腰に手をやり、ふふん、と得意気な表情で私を見下ろす美希。
 しかし残念ながら、私は彼女に向かって首を横に振ってみせる。

「………美希、生憎だけど、それではブッキーがトレイを呆然として落としたり、突然怒ったりした事への説明が付かないわよ」

 残酷なようではあるが、ブッキーに他に好きな人がいるなんて信じたくない、という美希の願望混じりの推理を一蹴する。
 ごめんなさい、美希。でも、目先にぶら下がってる安直な答えに飛びついても、『全てに納得がいかなければ真の解決には至らない』のよ………。
 申し訳なく思いながらも、私の答えに意気消沈して項垂れる美希に向かって、二本目である中指を立てる。

「図鑑について分かったところで、じゃあ次はいよいよそのメッセージカードに話を移しましょうか。イニシャルは置いておくとして、美希、ほかに何か気が付かない?」
「何かって言われても………他に目に付くのは水色って事くらいで………」

 推理を否定された美希は、浮かない顔で私の手にしたカードを見つめている。確かに彼女の言う通り、このカードには他にめぼしいところは見当たらない。 
 しかし、だ。一見意味の無いように思える、その水色という点こそが、このカードの持つ一番の手掛かりだったのだ。

「ね、美希。あなただったら、ブッキーからどんな色を思いつく?」
「え?………そうね、やっぱり暖色………キュアパインのコスチュームもそうだけど、特に栗色の髪に合った黄色系かしら。子供の時からあの子はそういう色を好んでたわ。ま、あたしがアドバイスしてたっていうのもあるんだけどね!」

 モデルをやっているだけあって、そういう分野は幼少期から美希の得意分野だったのだろう。誇らしげに彼女はそう答えた、
 なら次の質問も、すぐにその答えは分かるはずである―――理解できるかは別として。

「そうよね………私もそう思うわ。いいえ、きっと誰がどう考えてもあの娘には水色のイメージはないでしょうね。だとすれば、何故あのカードは水色なんだと思う………?」
「………水色は、受取り手側のイメージカラーじゃない………とすると、送り手側のイメージカラーって事?」
「もしそうなら、美希、幼馴染のあなたには心当たりがあるんじゃない?水色の―――青系統のイメージで、かつその色を愛用していたのが誰なのか」

 少しの間考え込んだ美希だったが、やがてその人物に思い至ったのか、私の思った通り、「まさか!」と疑惑混じりの驚きの声を上げる。
 私はそれには触れず、さっき美希がくれたヒントを繰り返した。

 「カバが本当は泳げないって漫画がお気に入りで、『毎日』図鑑を読み返した、って人物がいたわね。持ち回りみたいに週替わりで各々の家に遊びに行ってたのに、よ。だとしたら、その女の子にはブッキーにこの動物図鑑を借りていた時期があったのじゃないかしら?」
「あ………そういえば………け、けどそんな―――」
「言った筈でしょ?この事件の主軸を思い出して―――『子供の時には見えてたのに、今は見えなくなったり、失くした物がある』―――例えばそれは、当時から好きだった女の子に宛てた一枚のカードの記憶、なんて事も含まれるのかもね………イニシャル『M』さん?」

 ブッキーに借りていた本を返す時に、そっと想いを込めたカードを潜ませる幼き日の美希の姿が頭に浮かぶ。同様に、それに気が付きはにかみながらも、嬉しそうに大事にしまい込むブッキーの姿も。
 美希にもその映像が見えているのだろうか―――唖然とする彼女に対して、私はゆっくりと三本目、薬指を立てた。

「………ここから最後の疑問に移るわ。成長して恋が叶い、想いを交わしたあなた達は、かつてあった幼い日の淡い思い出を、揃って記憶の海の中に沈めてしまった。けど、些細なきっかけからそれが浮かび上がったとしたら?」
「そ………れは………お、驚く…………わよ」
「………そうね。現在は付き合ってる大切な恋人からのメッセージカードですもの。今の美希みたいに、放心状態になって、紅茶やケーキの載ったトレイを落としてしまっても不思議じゃないわ。でも、そのカードの送り主はそれを思い出しもせずに、『この愛の告白の相手は誰?』ってその娘を疑うの。そうしたらどうする?」
「き………っと………お、怒り………出すで………しょうね………」
「そうよね………お互いに大切な思い出だったはずでしょうに、その扱いじゃあ―――いくら優しくて温厚なブッキーとはいえ、ね………で、どうかしら。信じてもらえた?」

 茫然自失、といった体のまま、ゆっくりと頷いた美希。
 そんな彼女に向かって、私はニッコリと微笑みかけた。

「―――Q.E.D.証明終了―――ってところかしらね」

 しばらくして、やっと事の次第が飲み込めたのか、美希はハッと我に返ると、今にもまた泣き出しそうな顔で私に縋りついてきた。

「あ、あたしったら、ブッキーに何て事―――ど、どうしよう、せつな!どうしたらいいの!?」
「―――美希、理由が判明してもそれじゃ最初と変わってないじゃないの………ブッキーの怒ってる理由はあなたにあるって分かったんだから、今からでも彼女の家に行って、謝ってくるべきね」
「謝って………ブッキ―は許してくれると思う?」
「誠心誠意謝罪すれば、きっと、ね―――って、あなたの恋人を信じなさい。あの娘だって今頃、美希に対して酷い事言ったって落ち込んでるに違いないんだから」
「そう―――そうよね!」

 私の励ましの言葉に、美希は一度自分の両頬をピシャン!と気合を入れるように掌で叩き、颯爽と立ち上がった。その顔は最早、先程までの泣きべそをかいていたちっぽけな少女のものなどではなく、愛しい姫君を絶望から救おうとする勇者を思わせる、凛とした美しさと自信に満ち溢れたものであった。 

「せつな、色々と迷惑かけてごめんね、本当にありがとう―――あたし、行くわ」
「ええ―――大丈夫、こんなにいいお天気なんですもの、きっと楽しいデートになるわ」
「あなた達も、でしょう?折角のお休みなんでしょうに、ここで一人読書だなんて有り得ないものね―――ラブによろしく………それくらいはあたしにだって推理出来るのよ?」

 美希の言葉に熱くなった顔を、咄嗟に手に取った文庫本で隠す。彼女はそんな私の照れた様子を見て、くく、と喉の奥で笑った。もう!最後の最後でやり返された気分だわ!
 美希は着ていたコートを翻し、私に背を向け公園から立ち去ろうとしたものの、一瞬だけちらっとこちらを振り返る。

「でも、あなたのは本当に凄かった………まるで―――魔法使いみたいに」

 私は恥ずかしさも忘れ、美希の発したその台詞に満面の笑顔で応えた。

「ありがとう、美希―――身に余る光栄だわ」



最終更新:2017年04月09日 19:20