「UP TO ME!!」/たれまさ




 アタシ、蒼乃美希。17歳。パパの紹介で、パリにモデルの修行にやってきて1年。自分で言うのも何だけど、今や誰もが憧れるナンバーワンのカリスマモデルよ!
 今日も朝から通販モデルの撮影に雑誌インタビューが3本、車で移動しつつ次の仕事の内容が書かれた文書に目を通す。まったく、食事の時間すら惜しいなんて売れ過ぎってのも問題ね。
 フッと窓の外を一瞥してからサングラスを外すと、車内に用意してあったドーナツを一口かじる。カロリーに配慮しつつ甘さと香ばしさを兼ね備えたカオルちゃんの逸品だ。
 隣では、マネージャー兼後輩の天ノ川きららがスケジュールの調整中。しっかり管理してちょうだいね、あなたもアタシみたいに売れたいんでしょ? そう思いつつ……若干の違和感。
 アタシ、何でこんなに売れたんだっけ。やっぱり環境がよかったのかしら? それとも努力と才能?
 ま、確かなのは、こっちでアタシの実力が開花したってことよね! 日本で応援してくれてるママやみんなの為にも、もっともっと輝かなくちゃ!
「アタシって……なんて完璧なの~!! あーはっはっはっ!!」



 キキーーーッと甲高いブレーキ音が鳴り響き、アタシは前の座席に頭をぶつけて目を覚ました。
「どぁああっ!! イタタぁ! 何っ!?」
 寝起きに、モデルですとはとても言えないような叫び声をあげてしまい、キョロキョロと辺りを見回しながら今の状況を思い出す。そうだ、レッスン帰りのバスでついうとうとして……。よだれが出てないか慌てて確認。うん、アタシ完璧。
 なぁんだ、さっきの売れっ子カリスマモデルは夢か……と、現実を受け入れると今度は別の疑惑が。やばっ! 寝過ごした……?
「わー! すみません、降ります! ちょっと! 降ろしてー!!」
 急停車したままだったバスのドライバーに頼みこみ、降ろしてもらう。てっきり怒られるかと思ったが、ドライバーはあまり気にしていない様子で、すぐ側の乗客と何やら興奮気味に話してる……?
“なんだったんだ、今のは!?”
“絶対撥ねちまったと思ったら、消えたんだ! う、宇宙人だったんじゃ”
“バカ言え! 普通の人間だったぞ! 宇宙人ってのは足が8本あってほら、真っ赤なタコみたいな……”
 フランス語で聞いても血の気が引きそうな単語が聞こえてきたので、アタシは慌ててバスを降りた。

 車道沿いに来た道を戻ろう、そう考えて歩き始めた時、どこからともなく声が聞こえた。しかも……日本語?
「……りかさん……えりかさん。えりかさん!」
「え? 誰?」
 茂みの方から聞こえるので恐る恐る近づくが、何も見当たらない。
 気のせいか、と首をかしげて再び車道の方へ向き直った瞬間、アタシの目の前に若い女の生首が現れた。
「私です! 十六夜……」
「ひいいいぃぃぃやぁぁああああ!!!」
 アタシの意識はそこで途絶え……
「ちょ、ちょっと! えりかさん!? 来海えりかさん!!」
「違うわよっ!! ってか、色以外何も似てないでしょ!!」
 意識を失う寸前で、思わず突っ込んだお蔭でアチラから帰って来られた。あー危なかった。

 ぜぇぜぇと息を整えながら、改めて振り返る。確かこの子は……。
「十六夜リコちゃん、よね? 」
「あ、はい。すみません。驚かした上に名前間違えてしまって。えっと、黒川……」
 ギロッと無言で睨むと、リコちゃんは慌てて目を逸らした。
「えーっと……お名前なんでしたっけ? プリキュアの先輩なのは、間違いなく覚えてるんですけど」
 ついに思い出してもらえなかったわね……。
 わかってる、この子は悪くない。プリキュアは40人以上もいるんだし、この子とは2年前の花見で一度会ったきり。覚えておけって方が無理だ。
 アタシは超有名だったさっきの夢の自分との反動でがっくりと肩を落とし、名乗った。
「蒼乃美希よ、フレッシュプリキュアの」
 ようやく思い出したらしく、ああ、と頷いてリコちゃんは続ける。
「フレッシュの他の皆さんとは離れたんですか?」
「今はトップモデル目指してここで修行中なの。もちろん連絡は取り合ってるけどね。ああ、プリキュアって言えば、アタシんちの近所にきららもいるわよ」

 天ノ川きらら。夢の中ではアタシのマネージャーだったが、実際はあたしよりはるかに格上。
 こっちでモデルの修行を始めた時期もアタシより1年早かったし、ボワンヌ氏の立ち上げたブランドで専属モデルとして活躍しているだけでなく、雑誌、グラビア、CMにも引っ張りだこ。更に日本のアイドル・春日野うららとコンビを組んで歌手デビューまで果たした、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの注目株だ。

(敵わないからって立場が逆転した夢を見るなんて、何だかちょっと惨めな気分……)

 急に泣きそうになったアタシの顔を見て、リコちゃんがワケもわからずうろたえている。いけない、いけない。
「で、あなたはどうしてここに?」
「それが、よくわからないんです。みらいに会い……コホン、この世界にどうしても来たくて、魔法界の図書館でいろいろな方法を探していたら、“どこにでも行ける扉”って言うのを発見して」
「ふんふん」
「これでみらいに会え……い、いえ、ナシマホウ界に行ける! って思ったら、力が入り過ぎたみたいで」
「……」
「急いで扉をくぐったら見たこともない土地で、元の世界に戻ろうにも扉がなくなっちゃって」
「はぁ……」
「で、みらいのところにどうしても行きたいから、姿を隠して箒で飛んでたら……」
「バスにぶつかりそうになって、慌てて避けたら茂みに落ちて、アタシに会った、っていうワケね?」
「落ちてないです! ちょっとびっくりして突っ込んだだけです。でも……箒も折れちゃって、私、どうしたらいいのか……」
 茂みに突っ込んだ時に折れてしまったらしい。それでも落ちてないと言い張るとは相当の強がりね。ってか、どれだけみらいちゃんのこと好きなのよ……。

「まぁ事情はわかったわ。箒もそんなだし、しばらく帰る当てがないんでしょ? アタシの下宿、もう一人くらい泊まれるから、しばらく居られるように頼んであげるわ」
「あわわ……ありがとうございます!! あの、失礼ついでに聞いていいですか?」
「何?」
「ここ、どこですか?」
「さあ……」
「完璧……?」
「ではないわね。フフッ」
 このままじゃ、アタシも彼女も帰れない。結構大変な事態なのに、なんだか今の状況がおかしくて、二人で笑った。
 まぁ時間はかかるかもしれないけど、一人じゃないんだし、何とかなるでしょ! 意味もなく思った、その時。
「あ、美希たんだ! ヤッホー!」
 今はあまり聞きたくない声が聞こえて、アタシは振り返りざまに思わず叫んだ。
「な、なんであんたがここにいるのよ!?」

 マネージャーを従えて車から華麗に現れたのは、天ノ川きらら。世界的トップモデルの母ステラにも引けを取らない、カリスマ的な存在感だ。
 アタシがパリに来てしばらくは、一緒にレッスンを受けたり友人として遊びに行ったりしたこともあるが、今やお互い仕事を取り合うライバル……
「え? ライバルだったの? あたしの仕事紹介したり、モデルの相談に乗ってあげたりした事ならあったけど~?」
「ぐっ……」
 そう、多忙なのは彼女の方。アタシはまだモデルとして生活できるレベルではない。少ない仕事をこなしつつ、語学やモデルの勉強をしてレッスンを受け、支援をもらいながら何とか暮らしている段階だ。

「あたし、今日はこの辺で撮影だったんだ。美希たんこそ、こんなとこで何やってんの?  あ、もしかしてバスで寝過ごしちゃったとか!?」
 にひひ~っと笑いながら、ラブにしか呼ばれてない呼び名まで使ってる。プリキュア仲間じゃなかったから蹴ってやりたい――そんな気持ちを抑えてきららに向き合い、「アタシもこっちに用事があったのよ」と強がってみせる。
「ふーん。あ、ところでそっちの子だれ? 美希たんの妹?」
「何言ってんの、十六夜リコちゃんよ。ほら、2年前の花見の時に来てた……」
「あーっ! 思い出した、魔法使いの子だ!! ひっさしぶりー! 元気? ねぇ、また魔法使うとこ見せてよ!」
「お久しぶりです、きららさん。魔法のことは、一応こちらの世界では内緒なので、今ここでってワケには……」
「そっかー。魔法で美希たんに仕事あげられたら、って思ったんだけどなぁ」
「ちょっ! あんた、魔法を何だと思ってるのよ!!」
「あ、ごめんなさい。さすがにそういった魔法は……」
 申し訳なさそうなリコちゃんの声と、アタシの怒りの声が重なった。
「あはは! 冗談よ、ジョーダン。リコちゃん、あの時より大人びてて、ちょっと美希たんに似てたからさ、からかいたくなっちゃって。ゴメン。で、今から何か用事あるの? 帰るんなら送るよ?」

“待ちなさい、きらら。まだ次の予定があるのよ”
“いいじゃん、少しくらい遅れても。友達を送る方が大事だよ”
 向こうを向いて、マネージャーとフランス語で話すきらら。
 普段アタシと話す時は表に出さない優しさ。もともと彼女は、気に入った人以外とはあまり話す事は無いそうだ。軽口を叩きながらも、アタシのことをとても気にかけてくれていることがわかる。
 アタシだって負けないよ、きらら。いつかあなたに追いついてみせるから。だけど、今は頼らせてね。
「ありがとう。リコちゃんもいるし、助かるわ」



「素敵な方ですね、きららさんって」
 きららに送ってもらって無事部屋に帰ると、二人きりになった途端、リコちゃんはそう言った。
「そう? あの会話でそう思えるなら大したものだわ。まあ、優しいとこもあるけど」
「美希さん、きららさんみたいになりたいんですか?」
「そう……ね。悔しいけど、今のアタシにはあそこまでの実力はないから」
「美希さんも素敵ですよ! 私は、美希さんにも活躍してもらいたいです」
 活躍、か。
 うつむいてついため息が出たアタシに、リコちゃんはグイッとさらにこちらに迫って来た。
「さっき、言ってくれましたよね? “魔法を何だと思ってるの”って。きららさんに悪気なんて無いのはわかってますけど、私、嬉しかったです」
「そりゃあ、あんなこと言われたらああでも言わなきゃ……」
「魔法は、努力と根性と経験。それを積み重ねて、成長するものだと思いますから」
「え……?」
 思わず顔を上げたら、目の前に大真面目な、少し得意そうなリコちゃんの顔があって。
 ああ、同じなんだ。モデルも、魔法も――そう思ったら、惨めな気持ちが晴れていって、アタシはようやく笑えた。

 そうよ。これからも努力していくしかない。経験を積んでいくしかない。でも、色々な努力はしてきたと思うけど、きららとの差が縮まった気はしないけどね。
 アタシには専属モデルの仕事もなければ、アイドル的な活動も……アイドル?
 その途端、我ながら名案が閃いて、久しぶりに、アタシ完璧! と胸を張って言いたくなった。
「ありがとう。ねえ、リコちゃん!! アタシと一緒に、アイドルやらない?」
「アイドルですか!? 私が?」

 驚いたように目を大きく見開いてから、リコちゃんが何やら考え込んで、ブツブツと言い始める。
「どうしよう……。みらいに会うために来たけど、津成木町にはとても行けなさそうだし、帰る手段も見つからないし。箒も、自分で直すほかないわよね。それなら……今は美希さんとユニットを組むのも、チャンスなのかも」
 心の声がダダ漏れになっているのを、言ってあげるべきかそれとも……と思っていると、彼女が意を決したように顔を上げた。
「私、やってみたいです。どこまでやれるかわからないけど、いつか大事な人に会った時に、誇れる自分になれるように頑張りたいから!」
「うん、いい返事! じゃあユニット名はどうしようか?」



 努力家の二人が新たな挑戦を始めたこの日。広がったパリの夜空には、明るく十六夜の月が輝き始めていた。



『もう! 美希たん、なんでもっと早く教えてくれなかったのよ。せつなに連絡して、アカルンで連れて行ってあげればいいじゃん』
「ダメよ、ラブ。簡単に会わせてしまっちゃ、あの子の努力が報われないわ」
『でも、会いたくて違う世界から帰る当てもないのに飛んできたんでしょ? くぅー! アツアツだねぇ! あたしとせつなみたい』
「なによ、またノロケ? 心配しなくても、あの子が自分の力でみらいちゃんの所まで行ける日が来るでしょうよ。時間はかかるかもしれないけど」
 会いたいって気持ちを持ち続けていれば、国だって世界だって越えられる。
 アタシ達ができたんだから、あの子達にだってできるはず。
 それに何より、あの子はそれだけの根性を持って、誰よりも努力しているんだから。
「さぁ、アタシももっと頑張らなきゃ」
 リンクルンの通話を終えたアタシは、少し煙ったパリの月を見上げて、グッと小さく拳を握った。