ひたすら/makiray




 去年の春のこと。
 みらいとリコは初めて会った先輩プリキュアたちに、「立派なプリキュア」になる方法を聞いて回っていた。まじめに教えてくれる人もいたし、照れくさげに語る人もいたが、剣崎真琴はふたりの熱心さに苦笑しながら、こう言った。
「ちょっと変わったライブがあるんだけど、見てみる?」
「はい!」
 後日、送られてきたチケットを持って、二人はあるライブハウスに向かった。
「思ったより小さいのね」
「だけど、これはワクワクもんだよ」
 春日野うらら、剣崎真琴、天ノ川きらら、という一風変わった組み合わせ――もちろん、彼女たちにはプリキュア同士だということがわかるのだが――のライブである。三人とも人気者なのに、このライブハウスはそれほど大きくない。そのため、チケットの争奪戦は相当なものだった。真琴はふたりに、実験的なものだから、と言った。
 客電が消える。息を詰めて待っていると、ピアノの音が聞こえてきた。点だったスポットが大きくなっていく。
「まこぴー…?」
 大人っぽいドレスでピアノを弾いているのは真琴だった。そう言えば、ストリートライブをしていたころは自分で弾いていた、ということも聞いた。
 上手(かみて)から別の影が踊り出てきた。体の動きにつれて長い髪が優雅な弧を描く。背格好から言って、これは うららのようだった。
「さすがね」
 女優としてのレッスンの中にダンスもあるに違いない。素早いときは素早く、ゆったりとするべきときはゆったりと、止まるときには完全な静止。めりはりの効いた身のこなしである。
 あとは きららを待つだけだ。おそらく素敵なドレスを披露してくれるに違いない。舞台の中央から現れるのか、それともサプライズで客席からか、みなが固唾をのんで待っていると、ピアノの横にもう一本のピンスポットが当たった。
 透き通った声がライブハウスを満たす。客席がざわめいた。歌っているのはきららだった。
「え、これって…」
 気持ちの半分が困惑している。ほかの客も同じらしい。みらいもリコも、その違和感の原因が気になるところではあったが、やはりみなと同じように、そのステージに魅了されて行った。
 真琴のピアノと、それとわずかに遅れてきららの声がクレッシェンドしていき、四小節後、うららが飛んだ。
「羽…」
 高いグラン・ジュテ。
 うららの背中に羽が見えたような気がした。
 やがて、きららの声が途切れ、ピアノのリタルダンド。フィーネ。
 魔法にかかった観客は呼吸を忘れている。拍手が起こるまで、優に十秒はかかった。

「行きましょう!」
「うん!」
 ふたりは息も荒く楽屋に駆け込んだ。興奮のあまり、真琴から“GUEST”と書かれたパスを貰っていたことも忘れて、スタッフと一もめあったが、無事に入ることができた。
「剣崎さん!」
 ドアを開けると、汗を拭いていた真琴たちが振り向いた。充実した笑顔だった。
「どういうことなんですか?!」
 開口一番、リコが言う。
「あんなすごいステージ…ひょっとしてみなさんは魔法を使えるんですか?!」
「ちょ、ちょっと、リコ」
 いつもとは立場が逆である。みらいがリコを押しとどめる。真琴たちは、顔を見合わせて笑った。
「何が?」
「何が、って。
 今日のステージです!」
「だから、何が?」
 きららが意地悪げに笑う。
「それぞれの得意技を封印してる、このステージの意図です!」
 みらいが、え? と首を傾げた。
「気づいてなかったの?
 普通だったら、歌手の剣崎さんが歌って、モデルの天ノ川さんがランウェイを歩いて、女優の春日野さんがたとえば詩を朗読する、それが自然な配置でしょ?」
「そう言えば」
「でも今日は、剣崎さんは歌ってない、歌ったのは天ノ川さん、春日野さんは踊りだけで一言も台詞を言わない。
 どうして、こういうステージになったんですか?
 それが、私たちが相談した立派なプ――」
 みらいが慌ててリコの口を塞ぎ、後を続けた。
「えっと、あのことと関係があるんですか?」
 それぞれが、自分の「本業」で人々に「魔法」をかけられる実力の持ち主だ。それを封印したステージにはどういう目論見が隠されているのだ。
「それだけじゃない、っていうことです」
 うららが小さな椅子を並べた。
「…。
 色々なことを勉強しなきゃいけない、っていうことですか?」
 不安げな表情のみらいとリコ。
「ちょっと違うかな」
 きららも座った。
「色んなことをやると、その色んなこと同士が影響を与え合うんだよね。いい影響」
「色んなこと同士…」
 みらいとリコは腑に落ちていないようだった。
「すごくわかりやすいことを言えばさ。
 今回、ちゃんとしたボイストレーニングをやったんだ。腹式呼吸をしっかり勉強してね。
 それって、スタイルキープしたいあたしにとっては好都合なわけ」
 うなずくふたり。
「それだけじゃありません。
 さっき言ってくれたみたいに、セリフ無しで表現する、ということは私にとってはすごいチャレンジで、すごい勉強になりました。
 ダンスだけのステージを経験したことは、きっとお芝居にも帰って来るんです」
「あ…」
「新しいこと、苦手なこと、得意じゃないことをやると、私自身が成長できる。
 そうやって成長した私が、前から得意だったことをやったとき、そこにはきっとなにかいい変化がある筈」
 みらいとリコは一生懸命にメモを取っている。その手を真琴の手が包んだ。
「あの、剣崎さん…」
「ふたりとも、目の前しか見てない、って感じがしたんだ。こないだ」
「え?」
「立派なプリキュアになるにはどうすればいいですか、どうすればいいですか、って」
「でも…」
「もし、なにか方法があったとしても、それだけひたすらやってたら立派なプリキュアになれる、ってわけじゃないと思うんだ。
 逆に、それだけやってたら、別のなにかを失う。
 それって多分、逆効果」
「…」
 みらいとリコの視線が落ちる。意気消沈、である。
「あんたたち、魔法使えるんでしょ?」
 きららが言った。はい、と答えそうになったリコは慌てて周りを見渡した。よかった。この五人だけ。
「それはアドバンテージだよね。
 あたしたちなんか、最初に変身したとき、何もなかったもんね」
 うららときららが顔を見合わせて笑った。
「気合だけでなんとかなった、って感じ。
 でも、その内、様になってきてさ。
 それって多分、同じこと」
「色んなことをきちんとやりました。そのことが積み重なって、今の私たちがあるんだと思うんです」
「学校に行って、勉強して、当番が来たら掃除して、友達と笑って、もしやってるんだったら部活に打ち込んで、帰ったらうちのお手伝いをして。そういうのが全部、後で帰って来る」
「逆にさ、そういうのを全部手抜きしたら、ダメなプリキュアが出来上がるよね」
「そうか…そうですね」
 リコの顔が上がる。
「なるほど…」
 みらいが言い、リコと頷きあった。
「私たちには魔法がある。
 その魔法となにかもうひとつ、次には別の何かをもうひとつ、そうやって積み重ねていけばいいんだね」
「うん!」
 真琴たちも笑顔になる。
「DB」
 真琴の声にドアが開いて、DB の姿になったダビィが顔を見せる。
「今日の打ち上げ、ふたり分の余裕ないかな」
「大丈夫だと思うわ」
 みらいとリコが顔を見合わせる。
「いいんですか?」
「うん。私たちの友達だもん」
「帰りは私が車で送るわね」
「ありがとうございます!」
「あ、『魔法』とか『プリキュア』とか言っちゃだめですよ」
 うららがウィンクする。
「また、新しい世界が見られるのね」
「ワクワクもんだぁ!」
 その「ワクワク」を楽しめる心があるのなら、「立派なプリキュア」になる道はそれほど遠くないはず、と真琴は思った。