ひまりとらんこ! 根性ドーナツ君を守れ!!/一六◆6/pMjwqUTk




 幼い頃の忘れられない思い出が、思っても見ない形で現れる。
 ぜんぜん科学的じゃないけれど、そういうことって、本当にあるものらしい。
 それが吉と出るか凶と出るかは、誰にも測ったり出来ないけど。
 だけど、今日のわたしにとって、それは――。

「……あれは!?」
 掃除当番の宇佐美いちかを、校門近くで待っていた有栖川ひまりは、学校の前を大きな影が通り過ぎたのを見て、びくりとした。
 最近この町によく出没する、スイーツを狙う怪物――プリキュア・キュアカスタードとして何度か戦ったことのある怪物に、よく似た後ろ姿に見えたからだ。
「また、キラキラルを奪いに……?」
 慌てて門まで走って恐る恐る覗いてみると、とても普通の人間には見えない真ん丸の胴体が、校門の前の坂を下っている。

「いちかちゃんは、まだ……ですよね」
 校舎の方を窺うが、頼りになる仲間がやって来そうな気配はない。
「あおいちゃんは……」
 もう一人の仲間・立神あおいの顔が頭に浮かんだが、すぐに、ライブが近いから放課後はずっとレッスン・スタジオにいるからね、と彼女が昼休みに言いに来てくれたことを思い出した。
 と、言うことは……。
「わたしが行くしか……ないってこと、ですね?」
 自分に言い聞かせるように震える声でそう呟いて、ぐっと拳を握る。そして怪物らしきモノの後を小走りで追いかけると、彼女が追いつく寸前に、それはくるりとこちらを振り向いた。

「ひっ!」
 思わず悲鳴を上げて飛び下がろうとしたひまりの目の前に、小さなビニール袋が差し出される。
「マーブル・ドーナツ5号店、来週オープンで~す。これ、試食のドーナツです。食べたら絶対、絶対、買いに来てくださいねっ!」
「マーブル……ドーナツ? え、あなたは……」
 それは怪物などではなくて、巨大なドーナツの被り物を被った若い女性だった。
 被り物のせいで分かりにくいけれど、おそらく身長は、ひまりより少し高いくらいの小柄な体型。高校生……いや、ひょっとしたらもう立派な大人だろうか。
 ちょうどドーナツの穴の部分に、すっぽりと顔がハマっている。その顔が、ひまりを見つめて得意げにニヤリと笑った。

「あら! あなた、わたしのファンの子ね? ならば、わたしのサイン付きのをあげてもいいわよ?」
「あ……すみません。わたし、あなたのこと存じ上げなくて……」
「あ、そう。将来のトップアイドル・一条らんこよ。よ~く覚えておきなさい」
 知らないと言われて一瞬不機嫌そうな声になった彼女が、すぐに自信満々の笑顔でひまりの顔を覗き込む。ひまりの方は、大きく目を見開いて、目の前の女性を見つめた。

「一条……らんこ?」

 幼い頃の記憶がよみがえる。同級生たちにプリンの話を長々と語ってしまった結果、「その話、いるか?」と切り捨てられた、あの時のこと。
 少しでも友達の話題に付いていけたらと、あの日ひまりは、同級生たちが口にしていた名前を頼りに、新聞のテレビ番組欄を熟読したのだ。
 頼りは同級生の一人が言った、「らんこちゃん、歌上手かった~」という、あの言葉。
 前日の新聞には確かに小さく「一条らんこ」という名前が載っていて、同級生たちが話題にしていた「らんこちゃん」というのはこの人だろうと予想できた。だが、その日の新聞にも、その翌日の新聞にも、テレビ欄に「一条らんこ」の名前は無くて……。

(そうだった……。それでいつしか、その名前を探すことも、同級生たちとおしゃべりすることも、なくなってしまったんですよね……)

「どうやら思い出したようね、わたしのこと」
 ひまりの呟きを違う意味に受け取ったらしい目の前の女性――らんこが、もう一度得意げに胸を……もとい、着ぐるみのドーナツを反らせる。
「はい。小さい頃、同級生が話しているのを聞いたことがあります。あの、とても歌がお上手だって……」
「ふぅん。あなた、今中学生? あなたが小さい頃ってことは、わたしがデビュー曲を出した頃かしら? あの曲だけはそこそこ売れて……ま、まあ、立ち話もなんだから、どこかで……ねえ、どこかこの辺に、座れるところって、無いの?」
 ひまりの言葉に気を良くしたらしいらんこが、そう言って彼女を誘う。もっとも、最後の方は少々呼吸が荒くなって、額には汗の粒が浮かんでいたから、実は本当に休憩したかったのかもしれない。



 近くのベンチまでやって来ると、らんこはドーナツの穴の下の部分、ちょうどお腹の辺りをゴソゴソと探って、試食のドーナツを取り出し始めた。どうやらそこに、大きなポケットがあるらしい。
「ちょっと持ってて」
 当たり前のようにそう言って、ひまりにドーナツ入りの小さなビニール袋の束を押し付けてから、手慣れた様子でスポンと着ぐるみを脱ぐ。そして同じくポケットに入っていたらしいペットボトルの水を一気に飲み干して、ぷはぁっ、と大きな息をついた。

「大変なんですね。着ぐるみを着て、ドーナツ屋さんのキャンペーンだなんて」
 持たされたドーナツの袋をベンチに置いて、遠慮がちに話しかけるひまりに、らんこは相変わらず自信たっぷりの笑顔を向ける。
「いつもこういう仕事をしてるわけじゃないのよ? マーブル・ドーナツは、特別なの。ま、体力には自信あるし。何たってこの格好で、町内マラソンレースをしたことだってあるんだから」
「す、凄い……。ごめんなさい。わたし、てっきりキラキラルを……あっ!」
 つい口を滑らせたひまりが、慌てて口元を押さえる。そんなひまりの頭上から、やけに凄みを帯びた声が降って来た。

「今、なんて言った?」
「え、あ、べ、別に何も……」
「きらら、って言ったわね。どうしてそこで、天ノ川きららの名前が出て来るのよぉ!?」
「へ?」

 予想外の展開に、目をパチクリさせるひまり。そんな彼女の様子にはお構いなしに、らんこは鼻息荒くまくしたてる。
「わたしは、あの子にだけは負けたくないの。一緒にしないで頂戴!」
「す、すみません。その方……誰ですか?」
 今にも逃げ出しそうな様子で、ひまりが何とか口を挟む。が、その一言で、らんこの勢いが止まった。
「え……あなた、知らないの?」
「すみません。わたし、あんまりテレビを見ないもので……。そんなに有名な方なんですか?」
「……まあ、わたしほどじゃないかしらね。あなたも、わたしのことは知ってたけど、あの子のことは知らないわけだし」
「は……はぁ」
「わたしの中学時代の、生意気な後輩よ。まあ根性だけは、あの子も大したもんだけどね」
「……そうなんですか」
「さ、そんなことより、さっきあげた試食のドーナツ、食べてみなさい。とっても美味しいんだから」
「はい……」

 凄い勢いで凄まれたと思ったら、突然上機嫌でドーナツを勧められて……。ジェットコースター並みのテンションに引きずられるように、ひまりはさっき手渡された小さなドーナツを口にする。
 途端に彼女の瞳が、幸せそうにキラキラと輝いた。今度は彼女のテンションが上がる番だ。
「美味しいです! ドーナツのポイントは、やっぱりこのサクサク感。それにはやはり、生地の捏ね具合と、油の温度が大切なんですねっ。それに、このチョコレートの苦みとカスタードクリームの甘さとのバランスも、重要なポイントですね!」
「く、詳しいのね」
 いきなり饒舌になったひまりに一瞬たじろいだらんこが、しかしすぐに、ニッと不敵な笑みを浮かべる。

「ま、そこまでなら初心者でもわかるわね。でも、プロが作るドーナツにとって何より大切なのは、根性よ!」
「え……根性、ですか?」
「そう。何度倒れても起き上がる根性! どんな時でも、食べる人全てをまぁるい甘さで包み込む度量の深さ。周りがどんなに目まぐるしく変化しようが、中心でど~んと構えて決して揺らがない。ライバル店に先を越されようが、イチゴメロンパンという強力なライバルが出現しようが、とにかくこのスタイルを貫く根性! ドーナツだけじゃないわ。トップアイドルになるためにも、これが何より大事なの。よ~く覚えておきなさい」
「は……はい」

 どうしてスイーツとアイドルが同レベルに……とツッコむことも出来ないひまりに向かって、らんこが満足そうに、フンっ!と荒い鼻息を吐く。そしてさっきのポケットの中から、ゴソゴソと何かを取り出した。
 大事そうに開いた紙包みの中から現れたのは、これまたビニール袋に入ったドーナツだった。ただし、さっきひまりが貰ったものとは違う、普通サイズのドーナツだ。極太の眉毛に真ん丸の目、それに赤い鉢巻が描かれている。

「これって、この着ぐるみと同じデコレーション……」
「そう。“根性ドーナツ君”。わたしが中学生の頃に、ある番組の企画で作ったゆるキャラよ」
「ゆるキャラ……ですか」
「そうよ。以来、お店のマスコットとして可愛がってくれて、わたしのこともずっと応援してくれて。だから、マーブル・ドーナツが支店を出すときは、必ずこうやって応援してるの」
 そう言って、らんこはもう一度、得意げにニヤリと笑う。

「知ってるかしら? 根性の次に大切なのは……」
「あ、ということは、やはりそれは“感謝の心”でしょうか」
「惜しいわね。それは“アピール”よ!」
「……惜しくはないと思いますが」
 ひまりの呟くようなツッコミなどどこ吹く風で、らんこはさらに得意げに話を続ける。
「そうやってアピールを怠らなかったわたしに、今日、新しい5号店の店長が、これをくれたってわけ」
「へぇ。可愛いですね」
「でしょ!?」
 ひまりの言葉に、らんこがまたも鼻息を荒くした、その時。

「見つけた! サックサクの、ドーナツのキラキラル、寄越せ~!」

 甲高い声に続いて、ドーンという衝撃音が響く。
「ま~た天ノ川きららですって!? って、な、何なの? あれ!」
 驚くらんこの目の前に、着ぐるみの大きさの倍はありそうな、巨大なドーナツの怪物が出現した。



「サックサクのキラキラル、いっただき~!」
 怪物がその場で、まるで円盤のような高速回転を始める。途端にベンチに置いてあった試食のドーナツから、ビニール袋など通り抜けて流れ出る、小さな星々のような煌めき。それは残らず怪物に吸い込まれていき、残ったドーナツは皆、黒い灰になってしまった。
「わぁ、ドーナツが……。ちょっとあんた! 何してくれるのよ!」
 らんこが怪物に向かって食ってかかる。が、その顔はすぐに恐怖に歪んだ。怪物の身体から黒いオーラのようなものが立ち昇った途端、その身体が急に大きくなったのだ。
 今では着ぐるみの十倍はありそうな大きさになった怪物の目は、らんこではなく、その右手にある“根性ドーナツ君”のドーナツを見つめている。
「そのキラキラルも……寄越せ~!」
「らんこさん、逃げて下さい!」
 らんこを突き飛ばすようにして前に出たひまりが、決死の表情でスイーツパクトを構える。と、その時、向こうから二つの足音が近づいてきた。

「ひまりん!」
「ひまり!」
「いちかちゃん、あおいちゃん!」
 ひまりの表情が、パッと輝く。ハァハァと荒い息を吐きながらそこに立っていたのは、ひまりの大切な二人の仲間だった。
「わぁぁぁ、何なのこの展開! なんか、すっごいデジャブを見てる気がするんだけど!」
 騒ぎ立てるらんこをしり目に、三人が怪物の前に立ちはだかる。

「らんこさんの“根性ドーナツ君”は、わたしたちが守ります!」
「わかった。行くよ!」
「やるか!」

「「「キュアラモード・デコレーション!!!」」」

「ショートケーキ!」
「プリン!」
「アイス!」

 想いの力で結晶となったアニマルスイーツを、それぞれのスイーツパクトにセットする。

「元気と、笑顔を!」
「知性と、勇気を!」
「自由と、情熱を!」
「「「レッツ・ラ・まぜまぜ!!!」」」

 二つの光を混ぜ合わせて生まれたクリームのようなエネルギーを纏って、今、変身の儀式が始まる。
 いちかには長いウサギの耳が、ひまりには大きなリスの尻尾が、あおいは髪型がライオンのたてがみに変化して――。

「キュアホイップ! 出来上がり!」
「キュアカスタード! 出来上がり!」
「キュアジェラート! 出来上がり!」

 三人の伝説のパティシエ・プリキュアが姿を現した。

「何なの何なの!? ま、魔法じゃあるまいし、一体どんなマジックよ! どんな早替えよ! しかもお姫様じゃなくて動物!? う、うーん、悔しいけど、これはこれでキャッチーな……」
「危ない!」
 突然の変身を目の当たりにして、我を忘れてわめきたてるらんこを、怪物の太い腕が襲う。リスの高速疾走で駆け寄ったキュアカスタードが、間一髪で彼女を抱きかかえた。

「はぁっ!」
 キュアホイップが、怪物めがけて薄桃色のクリームの鞭を飛ばす。
「わたしも行きます!」
 キュアカスタードが、薄黄色のクリームのチェーンを高く投げ上げる。
「あたしも!」
 キュアジェラートが、水色のクリームを氷の槍に変えて投げつける。
 だが、怪物は高速回転して、プリキュア三人もろともその攻撃を跳ね飛ばした。

「「「うわぁぁぁっ!!!」」」

 三人が地面に投げ出される。

「もう一回!」
 キュアホイップの声に、再度三色のクリームが宙を舞う。しかし、やはりあっさりと弾き飛ばされて……。
「……も、もう一回っ!」
 三度。四度。五度。
 何度も地面に叩き付けられ、起き上がれなくなったプリキュアたち。
 と、その時、ベンチの陰から、怪物の回転音に負けない大声が飛んできた。

「何やってるのよ、あんたたち! 世界を守るヒロインなんでしょ? だったら、止まってる場合じゃないでしょ!? どこの誰よりも、根性見せなさいよっ!」
「根性……」
 その言葉に、キュアカスタードがハッとした顔で立ち上がった。
「周りがどんなに変化しようが……中心は決して揺らがない? そうか! 分かりました。回転には必ず、回転軸があるってことですね。そしてそれは、ドーナツの場合……」

「ホイップ! ドーナツの穴を狙って下さい!」
 ようやく身体を起こしたキュアホイップに、キュアカスタードが叫ぶ。
「そんなこと言われても、穴なんか……あ、そっか!」
 キュアホイップがそう叫ぶが早いか、力強く地を蹴る。ウサギの跳躍力で上空まで高々とジャンプすると、怪物を見下ろし、ニコリと笑った。
「ここからなら、穴もよく見える~!」
 薄桃色のひも状のクリームが二本、怪物の中心にある空洞に突き刺さる。そのままくるりと先を曲げて先端を結ぶと、怪物の胴体を縛った二本のひもが出来上がった。
「カスタード!」
 その一本を仲間めがけて放り投げ、キュアホイップが地上に降り立つ。
「せーのっ!」
 両側から渾身の力を込めて引っ張ると、怪物の回転が止まり、その身体が一瞬、宙に浮いた。
「やった!」
 だが。

「う、うわぁぁぁ!!」
 再び高速回転を始めた怪物に、キュアホイップとキュアカスタードが振り回される。
「任せて!」
 キュアジェラートが進み出て、思い切り息を吸い込んだ。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 キラキラルをまとったライオンの雄叫びがこだまする。その途端、怪物の回転の軸がぶれ始め、一気にスピードが落ちた。
「チャンス!!」
 薄桃色のクリームエネルギーがもう一度引き絞られて、怪物の身体が宙に浮く。その穴を今度は下から狙って、キュアジェラートが氷の杭を突き立てた。

「よし! じゃあ、みんなの想いをひとつに……えっ?」
 仲間たちに呼びかけようとしたキュアホイップが、そこで驚きの形相になる。
 先程キュアカスタードが助けた女性――らんこが突然、怪物の傍に駆け寄ったのだ。
「ふっふっふっ……。声が武器になるのなら、あたしだって!」
「いや、それはキラキラルの力がないと無理で……」
 キュアジェラートが、なだめるようにそんな言葉を口にする。だが、それが完全に裏目に出た。

「だぁれぇがぁ、天ノ川きららに負けるですってぇぇぇぇぇ!!」

 ピシッ、と鋭い音がして、氷の杭にひびが入る。
「ちょっと! なんであたしたちの方が攻撃されてんのよ!」
 悲鳴を上げるキュアジェラート。だが、崩れ落ちた杭の上で、怪物は目を回して失神していた。

「らんこさん、凄い……」
「え? らんこって、あの一条らんこ? わたし、小さい頃テレビで見た!」
「じゃあ、天ノ川きららって、あのパリへ渡ったトップモデルの!?」
「わぁ! 雑誌で見たことある~!」
「え、そうなんですか? らんこさんの、中学時代の後輩だそうです」
「「らんこさん、すっご~い!!」」
 既に怪物などそっちのけでひそひそ……から次第にキャアキャアと話し始めるプリキュアたちに、再びらんこの檄が飛ぶ。
「こぉら~! 人に手伝わせておいて、仕事は最後までちゃんとやりなさい!」

「え~、手伝ったっていうか……」
「まあまあ、ジェラート。じゃあ」
「はい。ドーナツ、返してもらいましょう」
 桃色、黄色、水色。三色のクリームエネルギーが混ざり合って光の塊となる。そして最後の呪文を唱えようと息を吸い込んだ仲間たちを、キュアカスタードが慌てて止めた。

「らんこさん。これは後輩の方のことじゃなくて、“根性ドーナツ君”を守るための、魔法の言葉ですから」
「あ……わ、わかったわよ」
 ようやく合点がいった様子で、少々赤い顔で渋々頷くらんこに、キュアカスタードがニコリと笑う。

「じゃあ、行きます!」
「「「キラキラキラル!!! キラキラル!!!」」」

 光の塊がパチンと弾けると、色とりどりの星のような光が降る中、小さなドーナツ型の妖精が、ふらふらとその場から逃げ去って行った。



「ふん。世界を救うスーパーヒロインとしては、あなたたち、まだまだのようね」
 再び着ぐるみを身に着けたらんこが、腰に手を当て、完全に上から目線で、まだ変身を解くに解けないでいる三人の顔を見渡す。
「いえ、わたしたち別に、そんな凄いことやってるわけじゃ……」
「まあいずれにせよ、お礼を言うわ。わたしの“根性ドーナツ君”を守ってくれて、ありがとう」
 その顔がほんの一瞬しおらしくなったかと思ったら、すぐにまた、不敵な笑みがその顔に浮かんだ。

「これ、あと二人の分の試食のドーナツ。食べたら絶対、マーブル・ドーナツ買いに来なさいよ。それからお礼と言っては何だけど、明日、この町の野外ステージでコンサートをやるの。良かったら、聴きに来てもいいわよ」
「ホントですか? やった!」
「ただし!」
 そう言って、らんこがビシッと三人の目の前で指を立ててみせる。

「間違ってもそんな格好じゃなくて、ちゃんと着替えて来ること! わたしより目立ったりしたら、承知しないわよ! じゃあね」
「は……はぁ」
 ポカンと口を開ける三人を置き去りにして、らんこが悠々とその場を後にする。すれ違う人たちに、さっきとは打って変わった笑顔で試食のドーナツを配りながら。その後ろ姿を見送りながら、三人はようやく変身を解いた。

「らんこさんって……あんなパワフルな人だったんだ」
「パワフルって言うか……暑苦しかったなぁ」
 いちかとあおいがそう呟く中、ひまりが小さくクスリと笑う。

 幼い頃の忘れられない思い出が、思っても見ない形で現れる。
 ぜんぜん科学的じゃないけれど、そういうことって、本当にあるものらしい。
 それが吉と出るか凶と出るかは、誰にも測ったり出来ないけど。
 だけど時には、そこに新しい思い出が混ぜ合わされて、違う輝きを放ち始めることも、あるらしい。

「らんこさん……。今度はきっと、テレビでも応援しますね」
 仲間たち二人に囲まれ、小さくなっていく真ん丸の後ろ姿に向かって、ひまりは笑顔で呟いていた。


~おわり~