「つなぎ」のレシピ/一六◆6/pMjwqUTk




 美希が涙ぐみながら切ったタマネギを、ひき肉と一緒にフライパンで炒め、塩コショウで味をととのえる。
 次にラブと祈里にも手伝ってもらって、茹でたジャガイモの皮をむき、半分をマッシャーで潰して、半分を賽の目に切る。
 こうして下準備が出来た材料を全てボウルに入れたら、よく混ぜ合わせて――。

 初めて教わる、コロッケの作り方。あゆみの説明にひとつひとつ頷きながら調理を進めていたせつなは、そこで調理台の上のある物に目を留めて、パッと顔をほころばせた。
「コロッケにもパン粉を使うんですね。“つなぎ”って言うんだって、この前ラブに教わったわ」

 それは、せつながラブから料理そのものを初めて教わったときのこと。
 メニューは当然のようにラブが得意なハンバーグだったのだが、その時ラブは、ハンバーグの材料を入れたボウルの中に、牛乳で湿らせたパン粉を加えてこう言ったのだ。
「パン粉の役目はね、“つなぎ”って言うの。ひき肉とタマネギがバラバラにならないようにひとつにまとめて、ふっくら美味しくする、大切な役目なんだよ」
 その言葉を思い出して、きっとこのボウルにもパン粉を入れるんだろうな、と思ったせつなだったが、あゆみは微笑みながら、ゆっくりとかぶりを振った。

「パン粉は、つなぎに使うだけとは限らないのよ、せっちゃん。コロッケでは、パン粉は衣にするの」
「ころも?」
 またひとつ、聞き慣れない言葉にせつなが小首を傾げる。
「ええ。コロッケの表面の、カリカリッとした部分ね。あれを作っているのはパン粉なの。そして、パン粉と中の具材とのつなぎに使うのは~……」
 そう言いながら、あゆみは楽し気な、少し芝居がかった様子で、卵と小麦粉を取り出した。

 ボウルの中身を適度な大きさに丸めて、小判型に成形する。その表面に薄く小麦粉をまぶし、溶き卵を絡ませてから、それを“つなぎ”にして、しっかりとパン粉を付けていく。
 そうして出来上がったものを、そろりと高温の油の中へ――。

「せっちゃんに言われて気が付いたけど、お料理って、食材のいろんな顔が見えるところも楽しいわよね」
 緊張気味な表情で、しかしとても手際よくコロッケを揚げるせつなを見ながら、あゆみがそう語りかける。そして、せつながまた少し不思議そうな顔になったのを見て、きれいに揚がったコロッケを指差した。
「パン粉も、ホラ、ハンバーグとは全然違う顔になったでしょう? ある時は“つなぎ”になったり、またある時はつないでもらったり。何だか、わたしたちと一緒よね」
 あゆみがもう一度ゆったりと微笑んだとき、玄関の方から大きな声が聞こえた。

「こんばんは~!」
「お父さん、お母さん!」
 祈里の両親の山吹夫妻が、リビングに姿を現す。
「んふふ~、わたしが呼んだの。どうせなら大勢の方が、楽しいじゃない?」
「さっすがお母さん。分かってるぅ!」
 得意げに胸を張るあゆみに、グッと親指を立てて見せてから、ラブはせつなに向かって悪戯っぽくこう囁いた。
「お母さんも、今日は“つなぎ”の役目だねっ」

 せつなが少し赤い顔で、こくんと頷く。
 明日はコロッケの作り方を教えてもらえる――昨日はそれが本当に楽しみで、ラビリンスに明日を奪われた時は、ただそんな明日を取り戻したくて。
 それがこんなに大勢の人たちが集まる、素敵なパーティーになるなんて。

 ラブのツインテールの向こうで、あゆみが山吹夫妻と笑い合っている。やがてゲストたちも一緒になって、庭の一角にテーブルと椅子を並べ始めた。人数が多くなったので、立食のガーデンパーティーにしようというのだろう。
 せつなは、出来上がったコロッケをお皿に並べると、まだ少し赤い顔をして、キラキラとした瞳であゆみの横顔を見つめた。



   ☆



 タマネギをひき肉と一緒にフライパンで炒め、塩コショウ、そしてカレー粉で味をととのえる。
 次に茹でたジャガイモの皮をむき、半分をマッシャーで潰して、半分を賽の目に切る。
 こうして下準備が出来た材料と、“ある物”をボウルに入れたら、よく混ぜ合わせて――。

「せやけど、さすがにその二つを“つなぐ”っちゅうんは難しいんとちゃいまっか? コロッケの外側と中身をつなぐよりも、ハードル高いで」
 少々呆れた様子で腕組みするタルトに、せつなが生真面目な顔で頷く。
「そうね。でも、私も“つなぎ”の役、やってみたいの。お母さんみたいに上手く出来なくても、人と物なら、何とかつなげられないかな、って」
 そしたらいつか、人と人だって――そう小さく呟くせつなの声は耳に入らなかったのか、タルトはニヤリと笑ってせつなの顔を覗き込んだ。
「それ、ホンマに成功したら、ある意味あゆみはんより凄いでぇ、パッションはん」
「そんなこと……。でも、失敗しても大丈夫よ。普通のコロッケもちゃんと作るから。もしもラブが全然食べられなかったら、可哀想だもの」
「ハァ……キビシイんだか優しいんだか、わからんわ」
 腰に手を当ててハァッとため息をつくタルトに、せつながクスリと笑う。

 今日はあゆみがパートの遅番で、ラブとせつなが夕食当番。メニューはすっかりせつなの得意料理になったコロッケだ。
 ラブはせつなの手伝いに回るはずだったのだが、ソースが切れていたから買って来て、とせつなに頼まれて、もう一度スーパーへ出掛けていた。

 ボウルの中身を適度な大きさに丸めて、小判型に成形。その表面に薄く小麦粉をまぶし、溶き卵を絡ませてから、しっかりとパン粉を付けて――。
「よし。後は揚げるだけね」
 せつながそう呟いた時。
「ただいまぁ!」
「ただいま~」
 玄関から、ラブとあゆみの声が聞こえた。

「スーパーを出たところで、お母さんとばったり会っちゃってさ。ハイ、せつな。ソース買ってきたよ」
 そう言って買い物袋をテーブルの上に置いたラブが、ひくひくと鼻をうごめかせる。
「この匂い……」
「何?」
 内心ギクリとして振り返ったせつなに、ラブはぱぁっと輝くような笑顔を見せた。
「カレーコロッケかぁ! せつな、やるじゃん。新作食べるの、超楽しみ!」
「え、ええ……」

 チクリと胸の痛みを覚えて、せつながラブから顔をそむけ、コロッケを油の中に投入し始める。
 だが、続いて聞こえたラブの声に、慌てて顔を上げた。
「じゃああたしは、流しにある物、先に洗っちゃうね」
「え……ちょ、ちょっと待って!」

 流しに置いてあるのは、コロッケの材料を混ぜたボウルと、タマネギやジャガイモを切ったまな板。それから、目にも鮮やかなニンジンの擦り下ろしが、わずかにくっついているおろし金――。

「ん? せつな、どうかした?」
「いや、あの……」
 心底不思議そうにこちらを見つめるラブの表情に、ついに耐えられなくなったせつなが「ごめんなさい!」と口にしようとした、まさにその時。

「せっちゃん、油から目を離したら危ないわよ。もうコロッケ揚がりそうだから、ラブは先にお皿の用意してくれる?」
 台所に入って来たあゆみが、二人の後ろからテキパキと指図をした。
「はぁい」
 ラブが素直に食器棚へと向かう。それを見届けてから、あゆみは流しにチラリと目をやって、パチリとせつなにウィンクして見せた。

「お母さん、どうして……?」
 今日の秘密の計画――コロッケにニンジンの擦り下ろしを混ぜて、匂いを消すためにカレーコロッケにしてラブに食べてもらおう、という計画は、あゆみにも言っていなかったはず。それなのに……。

 ポカンとこちらを見つめるせつなに、あゆみがニコリと笑いかける。
「せっちゃんのあんな困った顔を見たら、何かあるな、って思うじゃない? そう思ったら、わたしだってせっちゃんの応援したいもの。上手く行って、良かったわ」
 そう言って、あゆみはせつなの耳元に口を寄せた。
「きっと、せっちゃんの作戦も上手く行くわよ」

 囁くと同時にせつなの傍を離れ、何でもないような顔でテーブルの準備を始めるあゆみ。でもその“何でもないような”素振りが、いかにもわざとらしくて、そして嬉しそうで――。
 思わずクスリと笑ってから、せつなは心の中で呟く。

(やっぱり、お母さんには敵わないわ……)

「ただいまぁ。おーっ! いい匂いだなぁ」
 折良く帰って来た圭太郎が、リビングに入るや否や、歓声を上げる。
「お帰りなさい、お父さん」
 せつなはラブと元気に声を揃えてから、きれいなキツネ色に揚がったコロッケの油を切って、慎重な手つきで盛り付けを始めた。


~終~