僕を構成するひとかけら(中編)/そらまめ




「せつなが帰ってこない!」
「確かドーナツ買いに行ったのよね?」
「そう。お昼すぎぐらいに行ってくるって。でもそれから全然帰ってこなくて、リンクルンで連絡しようとしたら全然繋がらなくて…」
「…やっぱりダメ。わたしのリンクルンからも繋がらないわ」
「いくら連絡しても応答なし。そしてこれ」

どさりと机に置いたのはドーナツが入った袋だった。しかも所々土で汚れている。

「これが見つかったのは街の外れの方。せつなが落としたとは断定できないけど、中身はせつなとラブが好きな味のドーナツ」
「それに、大きな男の人と紙袋を抱えたせつなちゃんが話しているのを見たって配達中のそば屋のお兄さんが言ってたよ…」
「それってやっぱりウエスター…? だとしたらせつながっ!!」
「待ちなさいラブっ! どこに行くのよ」
「どこって占い館だよ!!」
「落ち着いてラブちゃん! 占い館は今はあそこには無いんだよ?」
「でもっ…だって…! せつながあそこにいるかもしれないんだよ? それにもしラビリンスにでも連れていかれてたら…っ! …無事でいて、お願い…」

ぼろぼろと涙を零し嗚咽交じりのラブにつられて、美希も祈里も涙を滲ませる。ラブが言うまでもなく無事でいてほしい。本当は今すぐにでも迎えに行きたい。でも、それじゃどうやってもあそこには辿り着けない。どうすればいい。今の自分達に出来ることは…




―――――

「そういえば、僕らがこの世界に来た理由って覚えているかい?」
「ここに来た理由?」

明けた翌日。ラブに連絡をとろうと試みるも相変わらず繋がらなかった。仕方がないので本棚にあった本を読んでいると扉をノックする音がして振り向けば、部屋に入ってきたのはサウラーだった。

「観光…ってわけではないわよね?」
「さすがにね。この世界に来た目的は、僕らの世界の技術を伝えてこの世界を発展させるためだ」
「技術の発展…?」
「君も昨日驚いていただろ? ウィンドウを空中に投影させるなんて僕らの世界では常識的なことなのに、この世界はそれすら追いついていない。進んだ技術を教えることで今よりも発展させた世界にしたい。そうすればこの世界は今よりもっと平和になるはずだ」
「平和に…」
「ただ、どんな場所でも技術を提供しますと言って素直に受け取ってくれる人は中々いない。それは信用という面からもそうだが、それ以上にその技術が世界に知られると都合が悪いと思う奴らがいるからだ。それはどんな奴らかわかるかい?」
「そうね…この世界の技術でこれまで利益を得ていた人達かしら…?」
「そう。この世界の技術を使って利益や富を得てきた側からすればそれを根こそぎ奪われることになる。それじゃ都合が悪いと妨害してくる過激なのもいるんだ。僕らはこの世界の未来のために、そういう奴らと戦ってる」
「へえ…」
「技術を伝える手段は僕が考えて、妨害を阻止するのはウエスター、そしてこの世界との友好を築くのが君。だから君はこの世界にホームステイという形で現地の人にお世話になってたんだ。まあ、この役割は大まかにだから、妨害がきたら僕達二人も戦っていたよ」
「ラブの家にいたのはそういう理由だったのね…」

この世界の人間ではないのにラブの家に居た理由はずっと気になっていた。だとしたら、一般常識に当てはまらなかったタルトやシフォンに説明がつく。

「それでだ。記憶がない君に無理にとは言わないが、もしそういった妨害が来た時は僕らと一緒に戦ってほしい。この世界の為にも」

あの家を思い出す。笑顔に溢れていて、とても居心地がよかった。ドーナツ屋がある公園にも笑い声や楽しそうに遊ぶ子供達が溢れていて、ああいう人達の為に自分にできることがあるなら、今の自分にできることがあるのなら、喜んで受け入れる。

「…そうね。わかったわ。ラブ達の世界の為だもの」

サウラーの笑みがかすかに深くなった気がした。

「ありがとう。そうだ、僕らが戦っている奴らの名前を教えておくよ」

「プリキュア」

「そう呼ばれている。表では正義の味方として世間を欺いているけど、裏では様々な手を使って自分達の不利益になるものを排除しているあくどい奴らさ」

相手の名前を聞いた瞬間、チリチリと頭が痛みを訴えた。
なんだろう。歯車が軋むように、思考を無理やり止められているような感じだ。気持ち悪い。

しばらく眉を寄せていた自分を、サウラーは変わらずほほ笑みながら見ていた。




――――――
「ナケワメーケが現れたってホントっ!!?」
「ええっ! 公園のアウトドア場で暴れてるってっ!」
「せつなちゃんもまだ見つかってないのにっ!」

翌日になってもどうすればせつなと連絡がつくのか分からず話し合っている時に、飲み物を買いに行ったはずの美希が走って持って帰ってきたのは、飲み物ではなく今の自分達には最悪の情報だった。嫌な予感が三人の頭を過る。

「っ…今は公園に行こう!」
「そうね。このままにはしておけないもの」
「うん。早く倒してせつなちゃん探そう!」

顔を見合わせ頷いた三人は公園へと走る。そうでないことを祈りながら。



「そこまでだよ!」
「これ以上は許さない!」
「ひどい…公園が滅茶苦茶にっ…!」
「来たかプリキュア! 今日こそは倒してやるっ!!」

アスレチックのタイヤが巨大化したナケワメーケを連れたウエスターが吠える。
ウエスターが飛びかかり、いつものように戦いが始まった。



「イース、プリキュアが現れたらしい。今ウエスターが一人で応戦してる」
「えっ、ホントっ?!」

紅茶を飲もうとやかんに水を入れていた時に、サウラーが眉を寄せながらリビングに入ってきた。
まさかこんなに早く戦いが始まるとは思わなかった。

「僕はウエスターを手伝いに行くけど君はどうする? …もし乗り気でなければここに居て構わない」
「私も一緒に行くわ! だって二人が頑張ってるのに私一人ここに残るなんて嫌だもの」

自分だけ指をくわえて二人が戦っているのを待ってるなんて嫌だと伝えれば、サウラーは意表を突かれたかの様な、形容し難い顔をした。なぜそんな顔をするのかわからず首を傾げると、それに気づいたサウラーは一度だけ溜息をついた後表情をいつものほほ笑みに戻し、戦い方を教えるよとゆっくりとした歩みで近寄ってくる。せつなでもイースでもない自分が今必要とされていることが、とても嬉しい。




「うおおおぉっっ!!!」

拳に全身の体重を乗せたパンチが防御した腕からでも身体にダメージを与えてくる。
タイヤのナケワメーケは攻撃しても胴体のゴム部分で威力を吸収し弱る素振りを見せず、あちらからの予想できない動きに吹き飛ばされた。


「このままじゃ公園が壊れちゃうよっ!!」
「なんとかこれ以上先に進ませない様にしないと! 住宅街があるんだからねみんなっ!」
「わかってるわよピーチ!」
「うん!」

アスレチック場は自然を主体としており森が多いため建物は少ない。だがこれ以上押されてしまえば、広場や、公園の外には人が住んでいる家がたくさんある。被害をこれ以上増やさないためにもなんとかここで決着をつけたかった。

「コンビネーションいくよ二人とも!」
「オッケーッ!」
「いつでもいいよっ!」

三人での動きは久しぶりだけど大丈夫。息を合わせるのは二人となら朝飯前だ。

「ウエスター、手伝いにきてあげたよ」

と、今まさに動き出そうという時にウエスターの背後からやって来たのはサウラー、そして

「サウラー! それにイースも来てくれたのかっ!」
「え…なんで…」
「うそ、でしょ…」
「でもあれは…」

サウラーと隣歩く小柄な少女は確かにイースの姿で、自分達が必死に探していたせつなだった。

「ウエスター! 大丈夫?」
「おおイース! 俺はまだまだ大丈夫だ!」
「せっかく僕らが加勢に来たんだ。いつもみたいなヘマは許さないよ」
「当たり前だ! こっちも三人になったんだ! 今日は負けねーよ!!!」

ウエスターが気合を入れるように拳に力を込める。そんな様子も視界に入れながら、せつなは敵だという三人を見た。三人とも固まったかのように動かず、でもこちらを見ている。なんだろう、見られすぎて視線が痛い。

「女の子よね…」
「ああ、だが見た目に騙されてはいけない。あの姿で油断させるのもあちらの戦略だ」

どこからどう見ても少女だ。もしかしたら自分と同じぐらいの年齢かもしれない。それでもサウラーは油断させるためにああした姿だと言っている。侮ってはいけないのだろう。

「今日はなんか行ける気がするぞっ!! うぉおおおっ!」

ウエスターはそんな掛け声と共に相手に向かっていった。

「僕らも行こうか」
「ええっ」

一言サウラーとやりとりをして自分たちも動く。大丈夫、戦い方は教えてもらったから。
各々動き出し、それぞれが敵と対する。自分もピンク色の衣装を着た女の子に攻撃する。戦い方は教えてもらったが、いざ相手を前にすると考えなくても身体が勝手に動いてくれる。どの部分を狙えばいいか、どうやったら動きが止まるのかが自然と浮かんでくる。

「はああああっっ!!」
「くっ…! ぅ、やめてせつなっっ! あたしだよ!! わからないのっ?!」
「あなたのことなんてっ、知らないわっ!」

サウラーが言った通りだ。相手はなぜか自分を仲間に引き入れようとしているらしい。そのために自分をせつなと呼ぶこともあるし、親しい間柄の人間を装ってくることもあるのだとか。とにかくこちらを揺さぶるために様々なことをしてくるらしい。

「せつなっ!! やめてっ! あたしせつなとなんて戦いたくないよっ!!」
「なら引いてちょうだい、私だってあなたのような人と戦いたくなんてない。でも、この世界を守るためだものっ!」
「この世界のために戦ってるなら、あたしたち戦う理由なんてないよっ!!」
「あなたたちが諦めるまで止めないわっ!」
「なんでっ…?! なんでそっちの味方なんてしてるのっ??! せつなはあたしたちの仲間でしょっ!!」
「…あなたたちの仲間になった覚えなんてっ、ないわっ!!」

右手で胴体に向かって拳を打ち付ける。相手が両腕をクロスしてそれを受け止めたが、衝撃を殺せず後ろへと後退した。数十メートルの距離が生まれる。相手はゆっくりと腕を下げた。次の攻撃が来るのかと構えたが、あちらが顔を下に向けているため表情がわからない。何をするのか読み取れない。
と、小さく何かを呟いているのが風に乗って耳に届いた。

「なんで…だって、あたしたちは…」
「……」

肩が震えている。両手の拳も、力の入れ過ぎでカタカタと小刻みに揺れる。

「あたしたちはっ…仲間じゃんっ!!! 思い出してよっっ! せつなああぁっ!!!」

叫ぶような声と共に勢いよくこちらを向いた顔は今にも泣きそうで、少しもしないうちに両目から涙が零れ落ちた。表情も声も悲痛すぎて目を背けたくなるがなぜか逸らせない。
それになんだろう、どこかで聞いた気がする。涙交じりに自分の名を呼ぶ声を。どこ、だっけ…

「っつ…あたまが、痛い…なんで…」

今までに感じてきた痛みとは比べ物にならない激痛が頭に響く。ガンガンと殴られているようで、頭が割れそうだ。両手で頭を押さえても痛みは消えない。それどころか視界が痛みで霞んできた。

「せつなっっ!!」
「イースっっ!!!」


ウエスターの焦る声が聞こえた。誰かが自分を呼ぶ声も聞こえる。だめだ、もう意識を保っていられない。
崩れ落ちるように全身から力が抜ける。こんな倒れ方では受け身一つとれない。地面への衝撃を覚悟するが、予想とは違う人のぬくもりに受け止められた。

「しっかりしろイースっ!!」

ウエスターの必死な呼びかけを聞いたのを最後に、意識が落ちた。




 ……――――

「―――…思い出して」

声が聞こえる。

「大切なことだよ―――…」

誰?

「―――…そのかけらを無くしたら―――」

何を言っているんだ。

「きっと、後悔するよ…―――」



「…だ、れ…」

ゆっくりと瞼があがる。手触りのいいシーツの感触、フカフカとしたベッド、天井。
いつの間に自分は寝ていたんだろう。確か、何かをしていたような…

「気付いたかイースっ!」

耳元でバカでかい声が聞こえてゆっくりとそちらを見ると、大の男だというのに泣きそうな顔のウエスターが見ていた。

「ウエスター…」
「大丈夫かイース?! 痛いとことかあるかっ?!!」
「ん…特にないわ。大丈夫。でも、もうちょっと声のボリューム落として。うるさい…」
「あ、すまんつい…」
「私なんでここにいるの…?」

徐々にはっきりとしてきた思考。確かプリキュアと戦っていたはずで、相手に何か言われて急に頭が痛くなってそれで…

「戦ってる時にお前が急に倒れたから運んだんだ」
「そう、ありがとう…あの後どうなったの?」
「お互い決着つかなくて撤退した」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。お前の所為じゃない。それより、大丈夫そうで安心した」

自分が倒れたせいで戦いが中断したことに申し訳なさを感じたが、ウエスターは自分の無事を嬉しいという。ほっとしたような顔が印象的だった。ただその笑顔はイースが無事だったからか、自分が無事だったからか、どちらに喜んだのか疑問を聞くのは怖かった。

「倒れた時助けてくれたのってウエスターよね? ありがとう」

地面に倒れる直前でウエスターが受け止めてくれたから、怪我をせずにすんだことを思い出した。

「気にすんな! 仲間を助けるのは当たり前だからなっ!」

仲間。ウエスターのその言葉を聞き、頭にチリッと一瞬だけ痛みが走る。だがその痛みも瞬間で引いた。あの割れそうな頭痛ももうない。

「起きて平気か?」
「ええ。もうどこも痛くないし、大丈夫よ」
「そうか。サウラーはリビングにいるから行くか。あいつに紅茶でも入れてもらおう」
「え、サウラーって人にお茶入れるの…?」
「多分十年に一回くらいは他人のためにも入れるんじゃね?」
「十年に一回ってそれもう入れてくれないのと同じじゃない…」

ゆっくりとベッドから起き上がる。身体の異常は無いことを確認して部屋を出た。

「眼が覚めたのかイース」
「ええ。ごめんなさい戦いの途中だったのに」
「構わないよ。それより違和感があるところはないのか?」
「大丈夫みたい」
「そうか…」

リビングに行くと、キッチンに立っていたサウラーがこちらに気付いて振り向いた。一言二言会話をしている間にも手を動かし、あっという間にテーブルの上に紅茶の入ったカップが三つ並べられた。

「…まじかよ。あのサウラーが俺らにお茶入れする日が来るなんて…明日は雪か」
「失礼なそこの男は飲まなくていいよ」
「わーうそうそ! ありがとなサウラー!! …なんか入ってるわけじゃないよな…?」
「ほんとに失礼だね君。自分の分を入れている時に君達が来たから仕方なく入れてあげたんだよ。有難く飲むんだね」
「十年に一回が今来ちゃったわね」
「優しいサウラーが逆に怖い」
「お茶入れただけでこの反応ってどういうことだいまったく…」

飲んだ紅茶は悔しいがおいしかった。何に悔しがったのかは自分でもわからないが。
じわじわと身体に入って行くのがわかってほっと息をつく。自分にとっては初めての戦いだったからだろうか、思っていたよりも緊張していたらしい。
紅茶を飲みながらさっきの戦いを思い出す。戦い方は身体が覚えていたから問題ない。気になるのはあのプリキュア達だ。特にあのピンクの少女。戦いの最中防御しかしなかった。
自分へ攻撃をしてこなかったこと。自分を仲間と言ったこと。そして名前を呼ばれた時に感じた既視感。どこだ。どこで聞いたんだっけ。
わからないといえば夢の中のあの声も、どこかで聞いた気がするが思い出せない。少女のような幼さの残る声を、自分は確かに耳にしたことがあるはずなのに。
…思い出せない。
紅茶を飲みながら色々なことがグルグルと回っている。終始ぼーっとしていた自分は、ウエスターの視線もサウラーの視線にも気付くことはなかった。



競4-10