僕を構成するひとかけら(前編)/そらまめ




「―――!!? ―――せつなああぁっ!!!」

最後に聞いたのは、誰かの叫び声だった。

瞼が重い。白い光が視界に入るのを拒むように、いつまでも微睡んでいたい気持ちになるが、それではいけないと頭の隅の方で訴えかける声が聞こえてくる。起きてしまってはいけないような予感がふと全身を支配した。

「―――」

言葉にならない声を喉に残し、せつなは目を開けた。視界に入ってくるのは真っ白な天井。
ここは一体どこだろうか。どうしてこんなところにいるのだろう。今は何時だろうか。いや、そんなことよりも…

「せつなっ!!」

寝起きには少々辛い音量の声が近くで聞こえる。大粒の涙を流しながらこちらを見ている人が一人、二人。

「せつなちゃん! 大丈夫っ? 今お医者さん呼ぶからね!!」

そう言って枕もとにあるナースコールを押したのは先ほど声を上げた人とは別だった。

「せつな痛いとこある? 頭とか腕とか足とか目が見え辛いとかっ、せつなビーム打たれて倒れた時受け身とれてなかったでしょ?! 全然目を覚まさないしこのまま意識が戻らなかったらって思ったら怖くて怖くてあたしっ…」
「落ち着いてラブちゃんっ、せつなちゃん意識が戻ったばかりなんだからそんな一辺に聞いたら混乱しちゃうよ」
「だってブッキぃいー…」
「ラブちゃんの気持ちはわかるけどね? でも、ほんとによかった…」


うるうると潤ませた目で見てくる二人に、随分と心配をかけさせたということは痛いほど分かったが、自分は一体どのタイミングで第一声を発すればいいんだろうか。ちょっと焦る。
なんて考えているうちに看護師や医者が来て何やら色々と聞かれた。その間にも心配そうにしている二人を横目に、これ以上悲しませてはいけないと心の中で漠然とした想いが募る。たいした怪我もなく検査入院の後、明後日には家に帰れることが難なく決まった。
退院決定を聞き、二人が抱き付いてくるのを受け止めながらこれからどうしようかという悩みは、おくびにも出さない様にこっそりと小さく小さく息を吐いた。


面会時間も終わり、一人きりになったベッドの上で天井を見ながら考える。
さて、私は一体誰でしょう?
答えは東せつな。壁に貼ってある名前の所にそう書いてあるし、実際せつなと呼ばれたし。
では、また明日も来るから! と大きく手を振ったあの子の名前は?
答えは桃園ラブ。会話の端々からどうやら自分はあの子の家に住んでいるらしい。苗字が違うあたり姉妹ではなさそうだが関係性は不明。
もう一人はブッキー。またの名を山吹祈里。友人であることに違いはない。その他は不明。
…と、これだけしかわからない自分は、どうやら記憶がないらしい。
日常生活知識以外がきれいさっぱりどこかへ行ってしまった。正直にそのことを言わなかったのは、これ以上悲しませたくないと記憶がないのにそんなことを思ったから。

さて、どうしようか。

「せつなー! 改めてお帰り!!」
「ありがとうラブ」

ニコニコと手を引かれ自分の部屋(と思われる)にやってきた。ラブの両親も目の端に涙を浮かべ、退院を喜んでくれた。東せつなはとても愛されているらしい。そこに血の繋がりは見えなくても。

「ホンマ無事でよかったわパッションはん!」
「きゅあー! せつなー」

と、フェレットっぽいものとぬいぐるみが喋りながらこちらに寄ってきた…え、これって一般家庭では当たり前の事なのだろうか。だとしたら自分は常識も一部欠落していることになるが。ただ、どんなに考えてもぬいぐるみは普通浮かないと思う。フェレットも喋らないはず。っていうかなんで関西弁。パッションって誰っていうか何に情熱を燃やせと。
口まででかかった色んなツッコミをすんでのところで抑えて、出来る限りの笑顔で謎生物達に応えた。

「た、ただいま…心配かけてごめんねみんな」

笑顔は絶対引きつっていたと思う。あと声がうわずってる。近づいてくるフェレットとぬいぐるみ…もとい、タルトとシフォンを抱きしめる。あ、意外ともふもふしてる。




――――

「ドーナツ4個ください」
「はいよーいつもありがとーちょいと待っててねー」

自分も随分慣れたものだ。最初は店員の怪しさ溢れるサングラス姿に警戒していたのが懐かしい。まあ数日前の話だけど。

「お、ここで会うのも久しぶりだな、イース」

商品を待っていると後ろから声が聞こえた。多分お客だろう。行列を作ってはいけないと受け取ったドーナツの袋を胸に抱え急いでその場から離れる。と、しばらく歩いてから

「おい、いくら何でも無視は酷いんじゃないか?」

なんて声と一緒に腕を掴まれ、進行方向を無理やり変えさせられる。振り向かざる負えなかった。
予想より何倍もの高い背と図体とで思わず固まってしまう。大男はこちらをしっかりと見ているため人違いではなさそうだがせつなの知り合いだろうか。でも確かこの人はイースと呼んでいた。せつなはパッションと呼ばれることはあってもイースなんて誰からも言われたことがない。やっぱり人違いではないだろうか。

「あの…人違いじゃないですか…?」
「はあ? 俺は仲間を見間違えたりなんかしない」
「え…なか、ま…?」
「お前はもうそうは思っていないとしても、イースは俺達の仲間だ。俺は今でもそう思ってる」

なんで、こんなに胸が苦しいのだろう。彼の顔が真剣で迫力があるから反射的にドキドキとするのだろうか。それとも、この苦しさはせつなが感じているものなのだろうか。
分からない。分からないことがもどかしくて苦しい。

「そんな顔すんなよ…」

掴まれた腕が解放される。頭をガシガシと掻いて困ったように眉を下げられた。

「そんな顔見たら、ここから今すぐお前を連れ去りたくなる」

はーっと深いため息をついてからまたこちらを見る男の眼は、小さな、けれどとても強い意志を瞳の奥に宿している。

「連れ去るって、どこに…」
「そんな心配そうにするな。別に本国に連れ帰りたいわけじゃない」
「本国…」

本国とはどこなんだろう。せつなは日本人ではないのだろうか? 確かにこの男の人は日本人の顔立ちではないが、せつなという名前だけど海外にでも住んでいたんだろうか。また謎が増えた。

「………なあ、イース。俺の勘違いかもしれんが…お前、本当にイースか?」

考えに思考を飛ばしていたら、思わぬ言葉が降ってきてドキリとした。バレた? なんで?どこが違っていたんだ。知られた。自分がせつなではないと、せつなの知り合いから。まずい。どうすればいい?なんとかしなければ。なんとかごまかさなきゃ。

「何言ってるのよ」
「今日のお前なんか変だ」
「なんかってどこがよ」
「わからん。ただ、俺が知ってるイースとは空気…? みたいなのが違う気がする。いつもならもっとトゲトゲしながら俺のこと見てくるし」
「変わらないわよいつもと。ただ、そう、今日はちょっと体調が悪いのよ。それだけ」

そう言えば途端に目つきが鋭くなった。まるで心まで射抜かれたように感じ冷や汗が流れた。

「……やっぱりお前、イースじゃないな」
「なっ! なんでよ!」
「本物のイースなら、本当に体調悪くてもそれを人には言わない。俺には尚更だ。お前誰だ!」
「ちょっ…!」

腕を掴まれる。さっきよりも強く、離さないという意思が全身から伝わってくる。
怖いと思った。睨まれることがじゃない。自分が張りぼてだと知られてしまったから。

「離してよ!」
「いーや離さない! イースの真似なんかして何のつもりだ!」

その言葉に涙が出そうになって奥歯を噛み締めた。真似したくてしてるんじゃない。そうしなければ自分がせつなの場所に居ていい理由がなくなる。
イースなんて知らない。せつななんて知らない。どうやったら知らないものになれるというんだ。必死になって取り繕って知らないものになろうとしても、それは彼が言ったように真似にしかならない。自分はどうやったって本物にはなれない。ならどうすればよかったんだ。偽物がいていい場所なんてあるのか? 悔しくて、やりきれなくて、そんなどうしようもない感情が零れ落ちる。

「そんなの私が…私の方が聞きたいわよ! イースでもせつなでもないっていうなら私は何なのよ! しょうがないじゃないわからないんだから! どんなに頑張っても何者にもなれないなら私はなんでここにいるの!? 私がいる意味なんてあるの?! …私って…誰なの…?」

涙が一つ二つと地面に吸い込まれるように落ちていく。掴まれている腕も痛い。声を張って喉も痛い。心も痛い。今までどこにもぶつけられなかった感情を一気に吐き出して、自分がどれだけ不安な日々を過ごしていたのかに気付いた。大切にされているせつなを感じて、今の自分が疎外感を覚えて、間違っていないかビクビクと過ごす内に、悪いことをしているかのように感じ始めていた。偽物が本物の場所を奪って何をしているんだと、薄々感じていた。それなら自分に記憶が無いと正直に言えばいいのに、それを言う勇気ももうない。悲しませてしまうとの想いと、それ以上に誰でもない自分を受け入れてもらえないのではないかと思ったから。だから必死にせつなとして振舞っていた。そんなところに必死にやっていたことを違うと言われてしまえば、それはもう殴られたような衝撃で、張りぼてを壊すには余りある破壊力だった。


「…辛いのか?」

問いかけに返事をせずゆっくりと一つ頷いた。

「そうか。わかった」

何を決めたのかわからないが、芯の通った声が降ってくる。
それまでずっと掴まれていた腕が不意に離された。じんじんと腕が痺れてまだ掴まれている様に感じる。感覚が残る部分をさすっていると、ふっと突然身体が軽くなった。不安定に地面から離され、視界が高くなる。

「えっ? ちょ、な、なに?!」
「あんま暴れんなっ、持ちにくい」

男の肩に担がれた。まるで米俵の気分だ。ってそんなことよりもなぜ自分は担がれているのだろうか。しかもどこかへと歩いていく。

「どこ連れてく気?!」
「耳元で怒鳴るなうるさい」
「ちょっとこれって誘拐…っ!」
「違うっ! これはちょっとあれだ。そう、家に連れて帰るだけだ!」
「それ完全に誘拐じゃないっ! 離しなさいよ変態!」
「おいやめろって勘違いしたおまわりさん来ちゃうだろーが!」
「勘違いじゃないからっ! むしろ来てくださいおまわりさーん!!」
「うるせーー!!」

「今度は何を連れ帰ってきたんだウエスター…しかもなんで顔が傷だらけ」

結局米俵状態のまま連れてこられたのは洋風の館だった。進行方向には顔を向けられないため、男が歩いてきた道のりを見るしかできなくて、固定された視界には次第に木が増えていくことに、どこへ向かうのかもわからないまま本格的に山にでも連れ込まれるのかと思う程だった。

「この傷はこいつが足やら手やらをバタつかせたからだ」
「君は色んなものを連れては来るけど、まさか人間まで持ってくる日がくるなんて。そこまで馬鹿だとはさすがの僕も驚きだよ。犯罪者になる前に元あった場所に返してこい」
「馬鹿じゃないし犯罪者でもない! そして返さん!」

男、もといウエスターとは別の声が聞こえてはくるが、いっこうに肩から下ろしてくれないから背中に隠れて姿が見えない。それでも会話を聞く限り話を聞かない誘拐男よりは常識を備えた人の様な気がする。

「いい加減下ろして欲しいんだけど…」
「おっと忘れてた」

人担いどいて忘れるってどういうことだ。道中ですっかりと涙は引っ込んで、代わりに意味の解らない行動の数々に怒りにも似た謎のイライラに支配されていた。

「っ! イースじゃないか」

やっと下ろされて正面を見れば、長髪の男が心底驚いたように自分をイースと呼んだ。

「違うぞサウラー、自称イースだ」
「私一言も自分のことイースだなんて名乗ってないんだけど」

自称とは人聞きの悪い。自分は最早誰とも言えないのに。

「どういうことだいウエスター」

先程よりも低い声で、ともすれば怒りも混じっているかのような視線をウエスターに向ける。そのあまりの圧にうっとたじろぎながらもウエスターは拳を作って答える。まるで蛇を前にしたネズミの様な小動物感。

「いや、こいつはイースだけどイースじゃなくて、でもなんかあそこに置いていくのも俺的に嫌で…っ」
「イースだけどイースじゃない…?」

ウエスターの要領を得ない説明に眉を寄せたサウラーは、こちらに歩いてきたかと思えばずいっと顔を寄せる。思わず一歩後ずさった。まるで品定めされているかのような居心地の悪い視線に、眼が泳いでしまう。

「…ふむ。ねえ君、携帯って持ってる?」
「? 持ってるけど…」
「それ見せてもらってもいいかい?」

なんで携帯を持っているのか聞かれたかわからないが、ポケットに入っていたそれを出して見せる。少し驚いた顔をしたサウラーだったが、しばらくの間携帯を様々な角度から眺めていた。
そんな姿を見ながら、無警戒で携帯をだしてしまったが、もしこれを取られたら本格的に外との連絡手段が無くなるのではと気付いて、携帯を握りしめる手に力を込める。

「…もういいよ。ウエスターが言ったことは多分当たってるよ。野生の勘かな」
「おお! 流石サウラーわかってくれたかっ!」
「言っとくけどウエスター、彼女はイース本人だよ」
「なにっ!?」
「やっぱりそこはわかってなかったのか。イースじゃなかったら本当に誘拐犯の出来上がりだったよ」

やれやれと呆れたように首を左右に振ったサウラーは、それからウエスターを手招きして何かをこそこそと話している。何を話しているのかは分からないが、ウエスターがチラチラとこちらを見てくるのできっと自分に関する何かなのだろう。
そして待つこと数分…

「おおっ! よく帰ってきたな我が妹よ!」

と、明らかに嘘と分かる芝居がかった台詞を言ってきた。

「いや、流石に嘘だってわかるわよ。馬鹿にしてるの?」

何故だろう。ウエスターに対して無性に腹が立つ。

「ウエスター、君は馬鹿な上に言葉足らずなんだよ。僕達は兄弟ではないけど、それに近しい間柄ではあるよ。君が久々に帰ってきてくれたから嬉しいのさ」

サウラーから流れるようにスラスラと紡がれる言葉は、説得力はあるのにどこかゾワゾワとする。警戒心を拭えない。大体こんな森の中で三人には不釣り合いな大きさの家に住んでいるなんて変じゃないか? やっぱり誘拐だろうか。

「イース。お前の部屋出ていった時のままなんだぜ。こっちだ」

ウエスターが嬉しそうに手を引く。されるがままに歩いて行けば、一つの部屋の前に来た。

「ほら、お前の占い道具だってまだ置いてあるぞ」

ドアを開けた先は、色の無い部屋だった。せつなの部屋とは全く違う。個性がごっそりなくなってしまったかのようだ。なのに占い道具だと言われたそれや本棚、寝具を見ると、じわじわと何かが込み上げてくるようで、せつなの部屋を初めて見た時と似たような感覚に襲われる。
身体中が言っている。ここはきっとせつなの部屋だ。

「イース、カオルちゃんのドーナツ食べるか?」

しばらく手に取ってみたり眺めていると、ウエスターが背後から声を掛けてきた。そういえば自分が買ったドーナツはどこへやってしまったのだろうか。来る途中で暴れた時に落としてしまったのか。勿体ないことをした。

「私もドーナツ買ったんだけど落としてきたみたい。戻って探しに行きたいんだけど」
「…だめだ。ドーナツなら俺が買ったのあるしこっち食べようぜ」

一瞬だけ声が固かった。外には出したくないと。誘拐ではないのだとしても過保護には過ぎる。兄弟ではないけど近しい人間とは一体どういった間柄なんだろう。悩みながらリビング(と思われる)に行けばサウラーが椅子に座って宙に浮いたウィンドウを見ていた。
その光景に驚きを隠せない。少なくとも日本の技術にはないはずだ。その反応に気付いたサウラーは、

「ああ、これかい? こちらでは珍しいかもしれないが僕達の世界ではこれぐらいの技術は当たり前だよ」

と、何でもない様に言った。やはりせつなは日本人ではないらしい。それ以上にこの世界の人間ですらないのかもしれない。
ドーナツを三人で食べている今もそうだが、ここに来た時から頭がチクチクと痛みを訴えている。何か、大事なことを忘れているような…自分を忘れている時点で大事なことは欠落しているが、それとはまた違う焦燥感のようなものに襲われる。思い出せと何かに駆り立てられるような感覚。
…ふと時計を見ると、ここに来てから随分と時間が経っていた。お昼過ぎにドーナツを買いに行ってもう夕方近くだ。そろそろラブの家に帰らなければきっと心配している。椅子から立ち、座っている二人を見る。

「私そろそろ家に帰るわ」

帰ると耳にした途端がたりと立ち上がったのはウエスター、ピクリと肩があがったのはサウラーだった。

「いや、その必要はないよ。今日はここに泊まるといい。向こうにはもう連絡してあるから」
「え、そうなの…?」
「ああ。久しぶりだろうし、しばらくはこちらに居てもいいとも言っていたよ」

サウラーが笑みを浮かべてそう言う。ラブ達が了承しているなら別にいいか。

「一応ラブに電話してもいいかしら」
「ああ、構わないよ」
「おいっサウラーっ!」

焦ったようなウエスターの声を聴きながら、携帯を取り出してラブに電話を掛ける。ドーナツを買っていけなかったことも言わないと。と、

「あれ、繋がらない…」
「ああ、ここら辺はよく電波が乱れるんだ。森の中にあるからね。いつものことさ」
「そう…また後で掛けてみるわ」
「そうするといい」

ラブへの連絡はまた後ですることにして座りなおす。一連のやりとりが終わるとウエスターも大きなため息をついてドカッと椅子に座った。

「あー、なんか腹減ってきたなー」
「君あれだけドーナツ食べたのにまだ食べるのか? どんな胃袋してるんだ」
「ドーナツはおやつだからご飯とは違うんだよ! 大体ドーナツ食べた後に山盛りの砂糖入れた紅茶飲んでたやつにそんなこと言われたくない」
「僕は頭を使うから糖分が必要なんだよ。頭を使わない筋肉には言われたくないね」
「俺だって頭を使う時くらいある! 馬鹿にするな!」
「ほー、どんな時だ? 是非とも聞かせてほしいね」
「例えば、カオルちゃんのドーナツを日にいくら分買えば一か月金が足りるかとか!」
「それって小学生の算数レベルじゃ…」

二人の会話に思わずツッこんでしまった。ぼそっと言えば「イースまで俺を馬鹿にするっ」と落ち込むウエスターに、「いつもだろ」と鼻で笑ったサウラーにヒエラルキーを感じた。

「ところで、なんで私のことイースって呼ぶの?」

この二人には自分に記憶が無いことは知られているし、時間もある今この際疑問に思っていたことを聞いてみる。

「イースはイースだからだ!」

まったく説明になっていないのに自信満々なウエスター

「それじゃ説明してないだろ…君も気付いてるだろうけど元々僕達はこの世界の人間じゃない。君もそうだ。そしてイースという名前は君のあちらでの名前。せつなはこちらでの名前だ」
「ならこっちでもイースって名前で過ごせばいいのに」
「それだと何かと不自由だからって君が決めたんだよ」
「じゃあパッションは?」
「「え…」」
「私のことそう呼ぶ人(?)もいるのよ」
「…ニックネームか何かじゃないかな? 君がここに居た頃には聞いたことないから、あちらで暮らすようになってから呼ばれるようになったんじゃないか?」
「本名よりニックネームの方が長いって意味あるのかしら…」

なんて考えている正面ではまたこそこそと話す二人がいたが、名前がたくさんあると詐欺師みたいでちょっと嫌だと思う方が自分の中では重要だったのでスルーした。





自分の部屋だった場所にいく。そろそろいい時間だからとサウラーが出て行くのを見送って自分も席を立てば、ウエスターが「部屋分かるか? 案内するぞ」と言ってくれたが断った。廊下を歩いている後ろからこっそりとついてきていたウエスターには悪いが実際迷わずに部屋に来られた。考えなくても身体が勝手に動いたから。
部屋についてからもう一度携帯を出してラブの番号に掛ける。でも繋がらない。電波が不安定と言っていたし今日はもう諦めようかと枕もとに置く。
部屋を見回して、水晶を手に取った。占いをしていたらしいが今の自分は水晶を見ても何にも見えてこないし、カードもよくわからない。今回は身体が勝手に動いたりはしなかった。
…そういえばあの二人は、自分に記憶が無いというのに悲しんだりはしていなかったな。案外みんなあんな感じなのだろうか。ラブ達も、こんな自分を受け止めてくれるだろうか。悩んでいるうちに次第に瞼が重くなる。意識が遠のく直前何かに呼ばれたような気がしたが、それに答える前に眠っていた。




―――――
「おい、いいのかあの携帯。イースから取り上げとかなくても」
「この館は異空間にあるんだ。携帯の本来の機能は使えないよ。大体いきなり携帯を取り上げたら警戒するだろ」
「だがプリキュアにでもなられたらすぐ出ていかれるぞ」
「夕方の会話聞いてただろ? イースは今記憶が無い。自分がプリキュアだったことも忘れている。なんで記憶喪失なのかはわからないがプリキュア達の仲を裂くチャンスだ」
「イースの記憶が急に戻ったりとかしたら…」
「そこは気を付けるしかないね。イースはこちらの仲間であっちが敵と思わせればいい」
「ちなみにサウラー、イースにあっちには連絡しといたって言ってたのは?」
「もちろん嘘だ」
「だよな」



競4-9