「航空写真」/kiral32




「ねえねえ薫お姉さん、夕凪町の航空写真が新しくなったんだって。
 知ってる?」
「えっ?」
満が咲にパンの作り方を教えてもらっていたある日のこと。
薫はみのりと一緒にいたが、みのりが突然こんなことを言い出した。

「航空写真って、何?」
薫がきょとんとした表情を浮かべるのにみのりはうふふと得意気に笑う。
それから、薫お姉さんの知らないことを知っていることがうれしくて仕方がないというように、
「市役所の航空写真が新しくなったんだよ」
と告げる。
まだみのりの真意がわかりかねて首を捻る薫に、みのりは「市役所の航空写真」について説明を始めた。

市役所のロビーには市内の大きな写真が飾ってある。それは飛行機から撮影した
写真なのだが、最近新しく撮影しなおした。
新しい写真が最近、市役所に飾られたのである――といったことをみのりは一通り説明すると、
「この前クラスのみんなで、新しい写真見に行ったんだよ!」
と続ける。
「へえ、そうだったの」
と薫は――航空写真と言うものが何なのかよく分からないままに答えていた。
市役所には行ったことがあるはずだが、古い方の航空写真を見た記憶も薫にはなかった。

みのりはまた、笑みを浮かべる。
「薫お姉さん、今から見に行ってみようよ! すごいんだから」
「え? 今から?」
「うん! お姉ちゃんたちまだ時間かかりそうだもん」
と言って、みのりは薫の手を引いた。

 * * *

市役所に行ってみると、航空写真の場所はすぐに分かった。市民に向けて大々的な
アピールということなのか、大きく題字を付けて展示してある。
「海がここで、この辺が大空の樹でしょ、だったらPANPAKAパンは、えーっと」
「この辺りね」
薫が地図の一点を指さす。確かにその建物は、PANPAKAパンと同じ屋根の色をしていた。
屋外の喫茶スペースを構えるPANPAKAパンの敷地は普通の住宅より少し広い。
その分、写真でも見つけやすかった。

「そうそうここ。……ねえ、コロネとか写ってないかなあ」
みのりは大きく目を見開いてその場所を見つめる。薫もつられて見てみるが、
コロネは写っていたとしても判別できそうになかった。

「分からないわね」
「そうだね」
やっぱり、とみのりは少しがっかりしたように言うと写真から薫に目を向けた。
「ねえ薫お姉さん、飛行機に乗ったことある?」
「ないわ」
「みのりもないんだよね、ねえ空からだと本当にこんな風に見えるのかな。
 見てみたいね」
「……」
薫はただ微笑んだだけで、何も答えなかった。

その翌日。夕凪中の教室の隅で薫は満と咲、舞と一緒にお昼ご飯を食べていた。
話題は昨日のみのりと薫が一緒に航空写真を見に行ったという話だった。
咲によれば、みのりは薫お姉さんと一緒に写真を見に行ったことを嬉しそうに
話していたらしい。

薫も咲のその話に相槌を打ちつつ、はあとため息をつく。
満は目ざとくそれに気づくと、
「それで? 薫」
と水を向けた。
「え?」
「何なのよそのため息。みのりちゃんと楽しかったんでしょ?」
「ええ」
薫は頷いた。でも、と続ける。
「みのりちゃんが空から町を見たいって言ってたのよ」
「ふうん……」
咲と舞はきょとんとした表情で満と薫の会話を聞いていた。薫の言っていることは分かる。
みのりがそんな風にいうことも想像できる。
しかし、薫がどうして浮かない顔をしているのかが理解できなかった。

「あの、なんで薫そこで落ち込んでるの?」
薫は咲の顔を見ると、
「私は空からの町を見ているのにって思って。みのりちゃんにも見せてあげられたら……」
「そんな気にしなくていいよ、薫」
咲は軽い調子で言ったが、
「ねえ、たとえば後ろからみのりちゃんを抱っこして飛んでみるとか」
と薫は言い始めた。
「確かに空から町は見られるだろうけど。薫が空を飛べるってことを
 みのりちゃんにどう説明するつもり?」
満はばっさりと薫の提案を切り捨てた。

「じゃあ……」
と薫は考える。考えて考えて、ふと以前テレビで見たものが脳裏に浮かんだ。
「気球、っていうのを見たことあるんだけど」
「気球?」
「こんな感じで」
薫は机からノートを出すと簡単な図を描いて見せた。
「籠に人が乗るの。で、上にある風船みたいなのにこう、熱を送ることで
 空気を温めてそうすると浮かぶって」
「仕組みは分かるけど」
満は見せられたノートを薫に返した。
「みのりちゃん一人でも、乗せて飛ぶとなるとこの空気を温める機械が
 相当大きくないとだめじゃない?」
「そこは……なんとか」
「何とかってどうするのよ」
「籠の下から私が支えて飛んでいくとか」
「誰からも見られないならそれでいいけどね。飛んでる間、町中の人たちに
 空を見上げないように言うつもり? 魔法でもない限り、みのりちゃんに
 空からの町を見せてあげるのは難しいんじゃないかしら」
満は再びばっさりと言う。

「あーあのさ!」
と咲が割って入った。
「薫、本当にそんな考えなくていいから! みのりだってちょっと思い付きで
 言ったことだと思うし、そんなに一生懸命になるようなことじゃ」
「でもね」
薫は咲の目をまっすぐに見て言い返した。

「私は、この町が空から見てもとても綺麗なことを知ってるの。
 だから、みのりちゃんにも見せてあげたいなって」
「あー、うん……」
咲は曖昧に頷いた。空から見た町が綺麗なことは咲もよく知っている。
とはいえ、妹のために薫に無茶なことをさせるわけにはいかない。

「ねえ」
ここまで黙って話を聞いていた舞が初めて口を開いた。三人が舞に注目する。
「薫さんが見せたいのは、薫さんが見たこの町が綺麗だったからなのよね?」
「ええ、そうよ」
「だったら、それを絵にしてみのりちゃんに見せてみたら?」
「でもそれはみのりちゃんが町を見たことにはならないわ」

「薫さんが綺麗だと思っているものをみのりちゃんに見せてあげることにはなるんじゃない? 
 市役所の航空写真と違って、絵だったら薫さんが一番いいと思ったものを
 描くこともできるもの。薫さんがみのりちゃんに見せてあげたいと思った景色を
 素直に描いてみたら? 見せるときは『想像して描いた』ということになるけど」
「……」
薫は少しの間考え込んで、舞の言ったことを反芻しているようだった。
それからようやく口を開いて、
「そうね、そうしてみるわ」
と答える。咲はほっと胸をなでおろしていた。

「将来一緒に飛行機にでも乗ってみたら?」
満が投げかけた言葉に薫はそうねと答えるものの、どんな絵を描くかですっかり頭を
一杯にしているらしかった。


-完-