Echo, Back and Forth 3.Prototype




「エコー。
 エコー!」
 キュアハッピーが肩をゆさぶると、キュアエコーは目を覚ました。
「…。
 グレル! エンエン!」
「俺たちなら無事だ」
「ここはどこなんだろう」
 曇った空。体の下にあるのはどうやら石畳のようだ。ふたりはゆっくりと立ち上がった。グレルは厳しい顔で、エンエンは不安げにあたりを見まわす。
「あの偽物のジョーカーを使ってる誰かが作った世界、なんじゃないかな」
 キュアハッピーの言葉にキュアエコーは頷いた。彼女たちに覆いかぶさるようにそびえる石造りの建物は立派なものだが、住んでいる人の気配も、利用する人の気配も感じられなかった。
「みんなはここに捕まってるのかな…」
 キュアエコーは目を閉じて息を吐き、気持ちを集中した。弱いものだが、プリキュアたちの「思い」が感じられる。
「そうだと思います」
「手掛かりは…あの歌?」
 頷くキュアエコー。
 ほかのプリキュアの声は弱くなったが、あの歌の気配は感じる。こうして話している間にも断片的に聞こえてきていた。
「それを追いかけよう」
 キュアエコーは、しばらくそれに心の耳を傾けていた。
 自分の知らない雰囲気をまとっているような気がした。この歌声の主が届けようと思っている思いがはっきりしないのは、声が途切れて遠いせいだけではないようだった。
「エコー…?」
「あ、ごめんなさい。あの歌声を聴いてて。
 行きましょうか」
「うん――待って」
「あれは」
 また空に浮いているものがあった。馬車のように見える。乗っているのは――
「カバさん?」
「いきなり失礼なことをおっしゃいますね、キュアハッピー」
「じゃぁ、お馬さん」
「お初にお目にかかります、トラウーマと申します」
「トラさんなの?」
 トラウーマは歯を食いしばって何事かを我慢した。
「それは後にしましょう。
 まずは、おふたりのことを知りたいのですがね。
 特に、あなた」
 トラウーマは杖でキュアエコーを指した。
「一応、プリキュア教科書に載ってはいるようですが、どうも情報量が少ないようでしてね」
「当たり前でしょ。エコーはあたしたちの秘密兵器なんだから!」
「秘密兵…」
 キュアエコーは、照れとも困惑ともつかない顔でつぶやいた。
「そうだよ、どれだけ世界の危機を救ってきたことか!」
 エンエンが叫ぶとグレルは剣を抜いた。
「お前みたいなトラだかウマだかわかんないやつには負けないぞ!」
「お前に言われたくないわ! タヌキだかイヌだかわかんないかっこしてっ!」
「俺たちはれっきとした妖精だ!」
 トラウーマは怒りのせいか肩で息をしていたが、深呼吸をすると我を取り戻した。
「思い出しましたよ。グレルくんとエンエンくんですね。プリキュア教科書の端っこに載ってましたよ」
「そうだよ。よく覚えておけっ!」
「暇ができましたら。
 話を元に戻しましょうか。
 キュアエコーさん、あなたのことを教えていただきますよ。
 では、ソルシエール様」
「…。
 あ」
「エコー」
 キュアエコーの表情が歪んだ。額を手で押さえる。
「頭が…」
「さっきの私と同じ。
 やめなさい、トラウーマ!」
「まぁ、すぐに終わりますから」
「プリキュア ハッピー――」
「あれは」
 キュアハッピーがハッピー・シャワーの構えを取ると、エンエンが空を指さした。
 トラウーマの横に黒い塊がある。それはうねうねとうごめくと大きくなり始めた。
「やっぱり、私の時と同じ。
 きっと…」
 つぶやくキュアハッピー。
「ほう、面白いですねぇ」
 黒い塊は人の形をとった。
 目が赤く虚ろなのは偽のジョーカーと同じ。
 だが、その、身長が3mほどにも届く女性の姿は。
「…。
 私?」
 鈍い茶色のツインテール。
 それは「坂上あゆみ」だった。
「ソルシエール様には、人が最も恐れるものを実体化させる魔法があります。
 これまで何度も世界の危機を救ったという、歴戦の勇士であるキュアエコーが最も恐れているのは、どうやらあなた自身だったようですね。
 どのような物語が隠されているのでしょう。興味深い」
 トラウーマがいやらしく笑った。
〈リセット…リセット…〉
 偽物のあゆみは、あゆみの言葉を誤解したフーちゃんが呟いていた言葉を口にしながらゆっくりと歩き出した。
「エコー…」
 キュアハッピーは足元だけは確認したが、どうすればいいかわからずキュアエコーを見た。キュアエコーは歯を食いしばったまま自分を見上げていた。
「大分、困ってらっしゃるようですね、お二人とも。
 キュアエコーさんは勿論、キュアハッピーさんも自分のお友達を攻撃するわけにもいかないでしょうし、これは大変だ。
 では、しばらく困っていていただくことにしましょう」
 トラウーマを載せた馬車が消えた。
「ハッピー」
「うん」
「先に行って」
「でも!」
「大丈夫」
 キュアエコーは笑った。
「…」
 言葉が出ないキュアハッピー。
「それより、サニーたちを早く」
「そうだ、行ってくれ、キュアハッピー。
 ここは俺たちで何とかする」
「だけど、あゆみちゃん」
 キュアハッピーは思わず、変身前の名前を呼んだ。
「大丈夫。
 私」
 キュアエコーはキュアハッピーの目を見た。
「わかってるから」
「え」
 もう一度頷くキュアエコー。
「…。
 わかった。
 すぐに追いかけてきてね」
「うん」
 キュアハッピーは駆け出した。一度だけ振り向いたが、そのまま仲間の元に向かった。
「エコー」
〈リセット…〉
「来るよ」
 キュアエコーが石畳を蹴る。グレルとエンエンも続いた。「あゆみ」はゆっくりと歩いてくるだけで、突然、蹴り上げたりはしなかった。
 その代わり腕を振ったが、キュアエコーは並んでいる建物の壁を蹴って方向を変え、難なくよけた。
「へっ。偽物は大したことねぇな!」
 グレルが叫んだ。エンエンも余裕がある様子で「あゆみ」の周囲を走っている。
(違う)
 キュアエコーの表情が曇った。
 積極的な攻撃を加えたりしない。逃げたものを追いかけるほどの勢いもない。それは、かつての自分そのものだった。
 内側にいら立ちをため込むだけ。母に文句を言ったことはあったが、あれは所詮、肉親への甘え。泣き言をつぶやくのがせいぜいで、そのことがフーちゃんに誤解を与えてしまった。
 尤も、ソルシエールとかいう誰かに作られたこれが操り人形なら、苛立つということもないのかもしれないが。
 キュアエコーは逃げ回るのをやめた。「あゆみ」の前に降り立つ。そして、両手を伸ばす。
「もう、いいんだよ」
「エコー…」
 グレルとエンエンも足を止めた。
「私は、あなたが何に苦しんでるか知っている」
 上からのぞき込むように「あゆみ」も止まった。
「でも、もうその必要はないの。
 お母さんが私のことを大事にしてくれていることが分かった。
 学校に友達がいる」
 瞳のない目がキュアエコーを見ている。
「それだけじゃない。
 私はプリキュアになった。
 素敵な仲間が 40 人もできたんだよ。
 そして」
 キュアエコーは伸ばして両手を胸の前に置いた。胸元のエンブレムの前で重ねる。
「私は、きっと、誰かの役に立つことができる」
 それがどういう形かはまだ分からない。でも、この「光の力」はそのためにある。いつか、きっと、苦しんでいる人のために、辛い思いをしている人のために、この力を役立てることができるはずだ。大した実績もないが、そのスタートラインに立っている事だけは確かだ。
「これが、あなたが欲しかったものでしょう?」
 見下ろしていた「あゆみ」が動きを止めた。
 信じられる友だち。
 信じてくれる友だち。
 誰かの力になれる、という確信。
「もう怯えなくていいんだよ」
 単なるくぼみでしかなかった瞳に光が宿った。いや、その明るさはやがて全身を覆い、淡い黄色に変わったかと思うと音もなく飛び散り、「あゆみ」の姿は消えた。グレルが、やった、と指を鳴らす。
(でも)
 キュアエコーはその光の粒を追うでもなくその場に立ち尽くした。
(あれが私のコピーだとしたら。
 私は、あの頃の私から何も変わっていない、ということ。
 この「光の力」を、きちんと使えてない、ということ…)
「エコー…。
 エコー」
 グレルが白いブーツを叩く。はっと気づいたキュアエコーが下を見ると、心配そうな瞳が四つ、そこにあった。
「あ、ごめんね」
「大丈夫?」
 エンエンが目じりに涙をためている。
「うん」
 キュアエコーが微笑むと、エンエンも笑顔になった。
「行こう」
 あの歌はまだ聞こえている。