Echo, Back and Forth 1.Prelude




「今のは…」
 学校からの帰り道。
 あゆみは足を止めた。
 歌が聞こえたような気がした。
(ル…ラ…)
 周囲を見渡す。
 人々は、忙しそうに、あるいは楽しそうに歩いている。早足で、スキップで。
 今の歌が聞こえたのは自分だけらしかった。
 耳を叩く強い木枯らしがそう聞こえたのではない。今のは確かに歌だった。
(ということは)
 自分にだけ聞こえた、ということは、これは普通の「歌」ではない。CD ショップや配信サイトで聞ける種類のものではないということだ。そして、これはきっと良い知らせではない。
(誰…あなたは誰?)
 あゆみは目を閉じ、その歌の痕跡を追おうとしたが、それはもう消えてしまっていた。
 おそらく、今の時点であの歌が聞こえたのはあゆみ、キュアエコーだけだ。「思いを届ける」プリキュアは、人の強い思いを敏感に察知する。そのあゆみが見失ったのだから、誰にも追いかけることはできないだろう。今度、聞こえたときには逃さないようにしなければ。
 あゆみは、バレンタインに浮かれる街を、それには似つかわしくない厳しい表情で歩きはじめた。

「あゆみ…」
 自分の部屋で難しい顔で考えていると、エンエンが覗き込んだ。グレルも心配そうに見上げる。
 あの歌声は、グレルやエンエンにも聞こえるようになってきた。
 あゆみは、星空みゆきに連絡を取って遠回しに聞いてみたが、彼女たちはそういう歌声はキャッチしていないらしい。最初に聞いてから二週間、店先を飾る商品がチョコレートから雛あられに変わっても、あの歌声を感じ取れるのはキュアエコーだけのようだった。
「ありがとう。
 私は大丈夫」
 あゆみはグレルとエンエンに笑顔を返した。
「だけど…。
 あの歌声が聞こえるのは私だけなんて。
 寂しいね」
「あゆみには俺たちがついてる!」
「そうだよ。そんなこと言わないで」
「違うの。
 あの歌を歌っている人が、寂しいだろうなって」
 誰かに何かを伝えるために歌っているはずだ。だが、それを聞けるのは広い世界にこの三人だけ。その三人も、誰がどこで歌っているのかをまだ把握できないでいる。
「キュアエコーはまだまだだね」
「修行が足りないとは俺も思――」
「グレル」
 エンエンは怒ると実は怖い、ということを知っているグレルは口を押さえた。
 それにしても、どういうことだろう。
 寂しい、とは言ったが、あの歌声にはそれは感じられない。むしろ温かい。
 だが、あの歌を消そうとする力がある。あゆみがその歌の出どころを追えないでいるのはそのせいだが、あるいはそれが寂しいと感じさせる理由なのかもしれなかった。
 なぜわからないのだろう。
 自分が子供だからか。もし、この歌を聞いたのが月影ゆりだったら、すぐにわかったりするのだろうか。
 逆に、調辺アコや円亜久里のように子供の純粋さをちゃんと持っていたら、すぐに感じ取れたりするのだろうか。
 子供でも大人でもない自分の状態があゆみはもどかしかった。

「うん、わかった。行く!」
 雛あられがキャンディとマシュマロに変わる頃、みゆきから連絡があった。プリキュア全員でお花見をするという。
 相変わらず、歌声がどこから聞こえるのかはわからないが、聞こえる頻度は確実に上がっていた。電話での話しぶりではまだみゆきには聞こえていないようだが、集まった時にそのことを話してみよう、とあゆみは思った。
 確かに、申し訳ないとは思う。みなが集まるのは友達だからであり、お互いの笑顔を見るためだ。だが、黙ってはいられない。自分一人では解決できないのであれば、先輩たちの力を借りるよりほかにない。そして、あの歌声と、その歌声を消そうとする力が感じさせる気配は、放置してよいものだとはとても思えなかった。
 あるいは、そのことが大事な友人たちに危険をもたらすかもしれない。だが、彼女たちはそれを絶対にはねのけることができる。あゆみは、信頼と確信を持っている。
 だが、その反対はどうだろう。あゆみにはまだ「私もプリキュアです」と胸を張る自信はなかった。



最終更新:2017年02月14日 21:23