おはなのおみやげ/makiray




 多分、三分くらいはそうしてたと思う。
 りんちゃんの家の前。あたしは、呼び鈴を押そうとしては手をおろす、ということを繰り返していた。お店の方から行かなかったのは怖かったから。
(のぞみ、はしゃぎすぎ)
(だってお正月だよ。クリスマスの次はすぐにお正月。楽しみだねぇ)
(だからって、ほら、人にぶつかるから)
(あ、ごめんなさい。へへへ)
(ったく、いつまでたっても子供なんだから)
 自分でも、なんでそこで言い返しちゃったのかわからない。りんちゃんに叱られるのはいつものことだし、子供だ、なんて多分、聞き飽きるほど言われてる。だけど、気がついたら、人通りのあるところで大声で喧嘩していた。
 どう考えたってあたしが悪い。眠れなくなっちゃって、生まれて初めて除夜の鐘を聞いた。おせちもお餅もあんまり食べてない。
 だから来た。謝りに。深呼吸。押す。
 やだな、この間。誰もいないといいな、って思っちゃうから。あ、パタパタって音がする。来る、来る。そして、ガチャ。
「りんちゃん、ごめんなさい!」
「あら、のぞみちゃん」
「え…?」
 りんちゃんのお母さん。
 やっちゃった。こういうところを直さないとまたりんちゃんに叱られるのに。
「りんなら、のぞみちゃんのところに行くって出かけたわよ。すれ違っちゃったのかな?」
 りんちゃんのお母さんが言ってることがわかるまで、また時間がかかってしまった。

 走った。
「お母さん、りんちゃんは?!」
 家に飛び込むと、お母さんはりんちゃんのお母さんと同じくらいびっくりした顔であたしを見た。
「来てないけど…約束してたの?」
 あたしはすぐに靴を履き直した。

 もう一度、りんちゃんの家の前。ここでやっと、りんちゃんはとっくに家を出てるんだから、ここにいるはずがない、ということに気付いた。あたしって本当にダメだな。
 またすれ違ったのかな。戻ってみようか。
(回り道してるのかも)
 久しぶりにケンカした。りんちゃんも、顔を合わせづらい、と思ってるかもしれない。
(じゃぁ)

「そうですか…」
 かれんさんは朝から出かけていた。坂本さんは、りんちゃんは来てない、と言う。困った時に相談しようと思ったら かれんさんだと思ったんだけど…りんちゃんは強いから相談しようとか思わないのかな。
 ケータイが震えた。
「りんちゃん?!」
《え、あの、うららです…》
「あ、ごめん」
 今度の休みがオフになったから、ということだった。りんちゃんはうららに連絡はしてないみたいだった。じゃぁ、来週ね、と言って電話を切る。その来週までに、あたしはりんちゃんと仲直りできてるかな。
(りんちゃん、どこにいるの)

 心当たりは探した。もちろん、ナッツハウスにも。ココが、なんか心配そうな顔をしてたけど、あたしはすぐに飛び出した。
 ちょっと離れてるけど、フットサルの練習をしてるグラウンドまで来てみた。でも、りんちゃんはいない。
 こまちさんの家は反対方向だから違うと思ったけど、行ってみた方がいいだろうか。
(このまま会えなくなっちゃうのかな…)
 もう足が動かない。体も冷えてきた。もうすぐ震えはじめるかも。
(嫌だ。
 りんちゃんに、ごめんって言わなきゃ!)
「あ、痛!」
 走り出したあたしは誰かにぶつかった。
「ごめんなさい!」
 まただ。またやってしまった。
「まっすぐこっちに来るから見えてるかと思ったのに。相変わらずだねぇ、君は」
「…。
 ブンビーさん!」

「そりゃぁ、相手がどこにいるかわからないのに闇雲に走り回ったら見つからないでしょう」
 グラウンドのベンチに座る。おしりが冷たかったけど、それどころじゃなかった。
「そんなこともわからない人に苦戦したんだねぇ、私」
 ブンビーさんがため息をつく。あたしの代わりみたいに。
「あ」
「どうしたの」
「まさか、ナイトメアとかエターナルとかが復活してりんちゃんをさらったんじゃ」
「そんなわけないでしょう!」
 なぜか慌てて立ち上がるブンビーさん。あたりをキョロキョロと見回している。
「そんなことになったら、君のお友達より私の身が危険じゃないの…。
 大丈夫かな。大丈夫みたいだな。うん、大丈夫…きっと」
「じゃ、どうしてブンビーさんがこんなところに」
「私は年始のお得意先回り」
「この辺に会社があるの?」
「…の後の一休み」
「サボってるってこと?」
「休息は重要なんですよ。覚えておきなさいね」
 そうだ。一休みしたら、りんちゃんを探しに行こう。
「それにしても、口げんかくらいでなんでそんな大騒ぎを」
「だって、りんちゃんは」
「そうか」
 ブンビーさんは、あたしの言葉を遮って、ポンと自分の手を打った。
「君の弱点は、あの子だったんだ!」
「…え?」
「じゃ、キュアルージュを集中攻撃して倒してしまえば、その動揺に付け込んで、君のことを倒せたんだね。
 なんでもっと早く気が付かなかったんだろう。バカバカ、昔の私。あー、もう、タイムマシンがあったらあの時の自分に教えてあげたい。そうすれば、今頃は私の時代だったのに」
「…。
 ブンビーさん、ルージュに勝てるの?」
 ブンビーさんの顔が一気に赤く染まる。あたしはどうやらまた言っちゃいけないことを言っちゃったらしい。ブンビーさんは何度も深呼吸をした。
「ごめんなさい」
「帰んなさい、家に」
「でも、りんちゃんが」
「だから、あの子は君のところに行くって言って出かけたんでしょ? 家で待ってれば会えるじゃない」
「でも、あたしはりんちゃんに謝らないといけないんだから。それを待ってるなんて」
「もう家にいるんじゃないの?」
「あ…」
 そうだ。家を飛び出してから随分、時間が経ってる。もし回り道をしてたとしても、もう着いてるかも。
「行かなきゃ」
「あぁ、これ、あげる」
「なに?」
 ブンビーさんが、大事に抱えていた箱を私の手に押し付けた。
「お年賀でもらったんだけど、あげる。謝罪には手土産が必要でしょ。もういい年なんだから、それくらいの気を利かせなさい」
「でも」
「『花びら餅』って言うそうだから。花屋の娘にはピッタリでしょ」
「『花びら餅』…?」
「なんでも、京都のお正月はそれを食べるんだって。なんかのお茶がつきものらしいんだけど、それは忘れちゃったな。そもそも、私、そのお餅もいただいてないし」
「ブンビーさん…」
「いいねぇ、その目。もっと尊敬して。それで、私をリーダーにする気になったら連絡――」
「ありがとう、ブンビーさん!」
「今度、戦うときはその分、手を抜いてもらうからね」
 あたしは笑顔になっていた。たぶん、十日ぶりくらい。
「うん!」
 ありがとう。あたしは何度も言い、その箱を胸に抱いて頭を下げた。
 待っててね、りんちゃん。
 あたし、スタートを切るから。
 りんちゃんに許してもらって、それで今年を始めるから。
 もう動かない、と思っていた足はちゃんと動いた。あたしはりんちゃんのもとに走った。



全2-208は、りんSideのお話。