ふくふくふふふ/makiray




 年が明けてしまった。
 いや、もう一週間も経ってるけど。
 あたしは、のぞみからの年賀状を見ながらため息をついた。
 別に、字が間違ってるとか、表と裏で上下が違う、とかそんなことじゃなく。
 30 日にけんかをした。
 大したことじゃない。いつものように、はしゃぎすぎの のぞみに一言。気が付いた時には往来で大声で言い合っていた。
 虫の居所でも悪かったのかな…違う、これはこの一週間ずっと、百回くらい思っては打ち消してきたこと。あたしが言い過ぎたんだと思う。たぶん。
 年賀状の のぞみは、お餅食べ過ぎておなかこわしちゃだめだよ、とか言っている。
(誰の話よ…)
 のぞみ、お餅好きだもんな。それを手土産にして謝りに行こうかな。逆に、嫌味になっちゃうかな。
(お餅、ないんだっけ)
 なにせ食べ盛りが二人もいる。こんなもんかな、と用意した分は、二日でなくなってしまった。大食いについては あたしも大概だけど、今年は食欲不振。
 行こう。
 お餅は三が日でなくなってもいいけど、のぞみとの仲は松が取れる前になんとかしなきゃ。

 とりあえずマフラーだけして外に出た。今年のお正月は暖かい。
(手ぶらだな…)
 今更、手土産を気にする関係じゃない。そんなことしたら、のぞみのお母さんたちはかえって恐縮すると思う。でも、今回は特別。あたしは、遊びに行くんじゃなくて、謝りに行くんだから。
(お餅ねぇ…)
 正月と言えばお餅、だけど、パック入りの切り餅を持っていくのは変。かと言って、お雑煮や安倍川はお店では売ってない。っていうか、温かくないと食べられないものだから、手土産にはしづらい。別のものを考えるか…。
 あ。
 お餅あるとこ、知ってる。

「ごめんください」
「あら、りんさん」
 暖簾をくぐると、こまちさんがいつもの笑顔で迎えてくれた。
「あけましておめでとうございます」
「あ、あけましておめでとうございます」
 お互いに頭を下げる。これは、新年のお約束。親しき仲にも礼儀あり。
「ひょっとして、お年賀?」
「お年賀って言うか…。
 のぞみんちに行こうと思って」
「のぞみさん?」
 こまちさんは、かすかに首をかしげた。
「お使いかしら」
 鋭い。もう十年の付き合いである のぞみの家に行くのに手土産を買いに来ている、ということは、のぞみに会いに行くのではないだろう、という推理。小説家志望の眼力は怖い。それは同時に、あたしは、それくらい異例なことをしている、ということでもある。
「え、っと。
 実は…」
 あたしは、ほかにお客さんがいたら大変に迷惑になるほどためらった挙句、のぞみとけんかした、という一言をやっとの思いで喉の奥から押し出した。
「そう…」
 こまちさんは、一言だけ口にして、あたしの後ろの暖簾に視線をやった。そして。
「ちょっと待っててね」

 時計を見てたわけじゃないけど、結構、待たされた。
 ここでお客さんが来たらどうすればいいかな、と思っていると、こまちさんはパタパタと音を立てて戻ってきた。そして、カウンターの横から出てくる。
「こんなのはどうかしら」
 小さな箱。
 こまちさんがそれを開けると、さらに小さいタッパーがあって…梅干し?
「あと、これは、昆布」
 昆布。細く切ったのをご祝儀袋のあれみたいに結んであって、確かにお正月っぽい。でも、なんで、梅干しと昆布?
「京都の風習でね、お正月は、お茶に梅干しと結び昆布を入れていただくんですって」
「はぁ」
「『おおぶくちゃ』って言うの」
「おおぶく」
「『大福』って書くのよ」
 あたしはきっと、何十秒もこまちさんの顔を見てたと思う。
 それくらいびっくりした。
 なんてぴったりなものを。この一週間、あたしがあれこれ考えて、ぐるぐるループしてたことをまるで知ってたみたいに。お餅をお土産にしようとか思ってた、なんてこれっぽっちも言ってないのに。
「どうしてわかったんですか?」
「え?」
「あ、じゃなくて。
 こまちさんは なんでこの大福茶のことを思い出したのかな、と思って」
「そうねぇ」
 また小首をかしげる。
「初詣のおみくじかしらね」
「おみくじ?」
「大吉だったの」
 なるほど。大吉から大福。
「よかったじゃないですか。
 あたしが今引いたら、きっと大凶だな」
「その方がいいじゃない」
「だって」
「おみくじが大吉っていうことは、元旦が幸せのピークで、後は落ちていく一方なのよ。
 今年は一体、どんな悪いことが起こるのか、今から心配でしょうがないの」
 ふふ。
 あたしは吹きだしそうになった。
 これが、あたしのことを心配しておどけて言ってくれているのか、それとも本当にそう思っているのかはわからない。でも、こまちさんの本当に困ったような顔であたしの肩からちょっと力が抜けた。さすが、プリキュア一の癒し系。
「でも、風流すぎてのぞみにはちょっともったいないかな。
 のぞみなんか、雪見だいふくだけでも喜びそう――」
「りんさん」
 こまちさんは相変わらず笑顔だったけど、ちょっと癒し成分が減っていた。あたしは今、怒られている。あのこまちさんに。
 確かに、喧嘩をしてしまっている今、そして、自分に原因がある、と思っている時に言っていいことではなかった。
「はい」
 あたしは箱を受け取るとふたを閉めた。
「あの、代金は」
「いいわよ。
 それはお店の商品じゃないから」
「でも、この箱はお店のですよね」
「そうね…。
 じゃぁ、後で何か買いにきてくれるとうれしい。
 のぞみさんと一緒に」
「…。
 わかりました」
 あたしはその白い箱を両手に抱いて、頭を下げた。
 ありがとう、こまちさん。
 待っててね、のぞみ。
 あたし、スタートを切るから。
 のぞみに許してもらって、それで今年を始めるから。
 店を出たあたしは、いつの間にか走り出していた。



全2-212は、のぞみSideのお話。