たいへん! せつなが消えちゃった!? ~子供の頃のクリスマス~(結の章)




 少女の寝ている部屋の窓が、スゥーっと音も無く開く。

 夜の闇に紛れて忍び込んだのは、白いトリミングのある真っ赤な服を着て、先の尖った赤いキャップを被り、長い白髪と白いヒゲをたくわえた大男。
 男は少女の寝ているベッドに近づく。ぶらさげてある、大きな大きな手作りの紙の靴下に手を伸ばそうとして――
 その瞬間、ピシャリと窓のドアが閉められた。

「やはり、お前か。昼間は世話になった」
「……………………」

 男は黙って少女のベッドの掛け布団を剥ぎ取る。人の姿に見えたのは、丸めた洋服で作られた人形だった。
 カーテンの陰から現れた少女は、男の退路を断つかのように窓の前で身構える。

「気配が読めれば引っかからなかったはず。使い手かと思ったが、わたしの見込み違いだったか?」
「……………………」

「なんとか言ったらどうだ? 口が利けないわけではあるまい?」
「メリークリスマス」

「馬鹿にしているのかっ! まあ、いい。お前の正体を探る気はない。プレゼントも不要だ。ただ、一つだけ叶えてもらいたい願いがある」
「……………………」

「わたしを、生まれ故郷のラビリンスに帰してほしい。世界を渡る力があるなら、不可能ではないはずだ」
「……………………」

「できるのか? できないのか? 答えろっ! 返答によっては無事には帰さん!」
「……………………」

 少女が凄むと、男は肩をすくめて担いだ大きな袋を投げ出した。そして、何かを取りだそうと手を差し入れる。
 何らかの武器かもしれない。少女は警戒を強め、臨戦態勢に入る。
 サンタクロースは、子供の欲しがるプレゼントを配る存在。願いを叶える者ではない。無理を通すためならば、一戦をも辞さない覚悟だった。






『たいへん! せつなが消えちゃった!? ~子供の頃のクリスマス~(結の章)』






「せつな! ううん、イース! 何かあったの? ここを開けて! 誰と喧嘩してるの!?」

 その時、ドンドンと、少女の部屋のドアが叩かれる。ちょうど、男の立っている後ろ辺りからだった。
 室内に入ろうと取っ手が回されるが、少女は部屋に鍵を掛けていた。伝承の通りなら、サンタクロースは煙突を通るはず。この家の場合、窓側から訪れると予想したためだった。
 その呼びかけに反応するかのように、新たな足音が聞こえて来る。激しい勢いで階段を駆け上る男の足音。この家の主人の桃園圭太郎だろう。

「イースちゃん! 何かあったのか! 今、助けるからな!」
「よせっ! 来るなッ!」

 少女の制止の声も聞かず、圭太郎らしき人物は扉に体当たりを仕掛ける。ドスン、ドスン、ドスンと部屋が揺れて、三回目にして扉の鍵が弾け飛んだ。
 転がり込むように、部屋に飛び込んでくる圭太郎とラブ。圭太郎もまた、サンタクロースの格好をしていた。
 もっとも、今はニセモノに構っている暇はなかった。

「あなた……誰?」
「お前は一体何者だ!? 僕の娘に何の用だ! 出ていけっ!」
「あなたっ! 泥棒なのっ?」

「……………………」

 さらに、あゆみまでもが駆けつける。窓際に立つ少女と、部屋の真ん中に位置するサンタクロース。そして、ドアの前に立ちはだかる三人。
 意図していたサンタクロースの捕獲には好都合だが、世話になった彼らを巻き込みたくはなかった。
 面倒なことになったと、少女は顔をしかめる。

「お前たちこそ、なにを言っている? 服装といい、出現するタイミングといい、こいつがサンタクロースに間違いない。そちらこそ出て行け! わたしの願いの邪魔をするな!」

 両側の出口を塞がれ、ようやく観念したのか、サンタクロースは重い口を開いた。

「ラビリンスか……。帰って何をする? もう、お前の求める者はそこには居ない」
「黙れっ! それを確かめるために、帰りたいのだ!」

「帰れば、二度とこの街には戻れない。それでも望むなら、連れて行ってやろう」
「構わな――」

「ダメよ! 行かせないわ! 絶対にっ!」

 少女の声を遮って、あゆみが飛び出す。男を迂回して、少女の前に、まるで通せんぼするかのように立ちはだかった。

「どけ! これは――わたしが望んだことだ」

 あゆみはイヤイヤをするように大きく首を振って、拒絶の意を表す。

「待って! あなた、隼人さんなんでしょ? どうしてこんな回りくどいことするの?」

 ラブもたまらずに叫ぶ。せつなをラビリンスに連れて帰るのが目的なら、こんなことをしなくたって、子供に戻したりしなくたって――
 帰って来いと、ハッキリそう言えばせつなは拒まないはずだった。

「すまないが、連れて行かせるわけにはいかない。その子は、僕らの娘のせっちゃんだからね」
「そうよ、この子はわたしの娘、せっちゃんなんだから!」

 ラブは驚きのあまり息を呑む。自分としては上手く誤魔化せているつもりだった。

「おとうさん……おかあさん……いつから気付いてたの?」
「最初にこの子を見た時からよ。いくら幼くなったからって、自分の娘を見間違えるものですか!」
「人間が動物と入れ替わったこともあったな。不思議な出来事には慣れてるよ。このくらいで驚きはしない!」

 サンタクロースは三人には構わず、少女に対して語りかける。

「もう一度問おう。帰れば、もう二度とこの街には戻れない。それでも望むのか?」
「どうやって、わたしにそれを強制する気だ? 国に戻れば、お前の力を借りなくてもこの世界に来る手段などいくらでもある」

「簡単なことだ。この街に関する、お前の記憶を奪うだけのこと。さあ、どうする?」
「せつなっ!」
「「せっちゃん!!」」

「……一つだけ、聞かせてくれ。メビウス様は、本当にお亡くなりになられたのか?」
「ああ……最後は自爆だった。ラビリンスは今、この街のように自由で豊かな国を目指している。お前も――来るか?」

「――――行け。わたしは……ここに残る」

 その返事を聞いて、サンタクロースは満足そうに頷いた。

「いい子だ、そんな子にはプレゼントをやらないとな。俺からは美味いドーナツ。そして、駄菓子屋の婆さんとサッカー少年からの贈り物だ。受け取れ!」

 少女は、投げつけられた白い袋をキャッチする。そしてサンタクロースは、そのまま脇を通り過ぎて、窓の外に勢いよく身を投げ出した。
 事情が呑み込めない圭太郎とあゆみは、ただ無事に済んだことを知って、腰が砕けてその場に座り込んでしまった。
 少女はすぐに窓の外を覗いたが、サンタクロースの姿はどこにも見えなかった。

「もう、せつなでいいよね? 何をもらったの?」
「これは……」

 それは、紙袋に入ったドーナツと、赤いオモチャの靴にたくさん詰められたお菓子と、新品のサッカーボールだった。
 赤いブーツにはクリスマスカードが挟んであった。そしてサッカーボールには、マジックで直接メッセージが書き込まれていた。

「またおいで。今度はお茶くらい淹れてあげるよ」
「これあげる。みんなのお小遣いで買ったんだ。また遊ぼうね! イース」

 少女はラブには答えず、靴に入ったお菓子と、サッカーボールを両手で抱きしめて震えだした。
 ラブも黙って、そんな少女を抱き寄せた。

 少し経って、落ち着いた圭太郎とあゆみも、少女の側までやってくる。
 圭太郎は、背中に担いだ大きな白い袋から、綺麗に包装された箱を取り出した。

「本当は、サンタクロースに成りすまして渡したかったんだけどな」

「これは?」
「わたしたちからの、せっちゃんへのクリスマスプレゼントよ」

 少女は丁寧に包装紙を剥がし、箱の中身を取り出す。
 それは、ウサギに似た格好のヌイグルミだった。

「あ~っ! これってウサピョンの!」
「ええ、そうよ。昔、ラブが好きだったヌイグルミの、仲良しの姉妹ね」
「もうじき高校生のせっちゃんに、ヌイグルミはどうかと思ったんだが……。今だからこそ、持っていてもらいたかったんだ」

 楽しく過ごせなかったせつなの幼少期の思い出を、少しでも取り戻してあげたい。それは――そんな圭太郎とあゆみの願いだった。

「もし……違っていたら? わたしは本当に違う子供で、おじさまたちの知る、せつなじゃなかったとしたら?」

 震える声で、少女は恐る恐る尋ねる。もう、自分が幼児化したせつなであることは受け入れていた。
 だけど、もし違っていたら? 何かの間違いであったなら? こうして向けられる愛情も、全て失ってしまうかもしれないと。

「それなら心配いらない」
「その時はね、家に三人目の娘ができるだけよ」

 一瞬の迷いも躊躇いもなく、少女に返される愛ある言葉。それが最後だった――
 どんなに強がったところで、彼女は幼い子供だった。ついに我慢の限界を超えたのか、涙が堰を切ったように流れだす。

「――ッ……ぁぁああ!!」

 まるで叫ぶように、少女はあゆみにしがみ付いて泣いた。
 身体を大きく震わせて、大粒の涙をこぼしながら、わんわんと大声を上げながら……。

 せつなの涙なら、ここにいる全員が見たことがあった。
 だけどこんな風に、何もかもかなぐり捨てて泣く姿を――三人は初めて目にしたのだった。






 それからしばらくして、あゆみがラブに問いかける。

「それで、せっちゃんは元に戻らないの? ずっとこのままってことは……」
「えっと、あの、あたしもよくわからなくて……。今まではナケワメーケを倒したら元に戻ったけど、今回はそうじゃないし……」

「それなら、心配いらない」
「戻れるのかい? せっちゃん」

「ラビリンスの科学技術でも、人間を若返らせる力はない。時間が経てば、効果は切れると思う」
「そう、なら良かった」

「良くないっ!」

 安堵のため息を付く三人に、少女が反発の声を上げた。

「わたしは、せつなだった記憶を持っていない。元に戻ったら、その記憶は戻るかもしれないけど――」
「そっか……。今のせつなの記憶は、なくなっちゃうかもしれないんだね」

 たった一日。だけど、大切な一日だった。身体を小さくして震える少女を前に、ラブとあゆみは困った表情で顔を見合わせる。
 そんな中、圭太郎が少女の肩に手を置いて語りかけた。

「これは、ラブには話したことがあるんだが、どうして僕がこんな格好をしているかわかるかい?」
「サンタクロースの……真似?」

 今の男が何者だったのかは知らないが、サンタクロースではないだろう。あれは伝承の人物であり、実際に会うことは叶わないもの。
 圭太郎はそれを説明する。それでも、大人がサンタクロースに成りすますのは――

「子供に夢を持って欲しいからだよ。そして、夢と愛を信じて育って、それを広げていける優しい大人になってほしいからだ」
「だったら、それを知らずに育ったわたしは……優しい大人ではなかった?」

「優しかったさ」
「本当よ。せっちゃんは優しい子。それこそ、ラブにだって負けないくらいに」

 圭太郎とあゆみは、交互に話して聞かせる。せっちゃんがどんなに良い子だったのか。自分たちが、どれほどその子を愛していたのかを。そして、今のせっちゃんも同じくらい良い子なんだって。
 プレゼントをもらって、はしゃいで喜ぶ子はいても、泣いて喜んでくれる子は滅多にいない。
 幸せと不幸は隣り合わせで、きっと夢や幸せを知らずに育った子だって、その痛みと寂しさを知っているから、負けないくらい優しい大人になれるはずだって。

「ウソだッ! だったら、サンタクロースなんて――いらない……」
「それでも親はね、子供には泣き顔じゃなくて、いつも笑顔でいてほしいからよ。いつか、幸せになれるとしてもね」

「わたしは――せつなに戻りたくない! 今の自分が無くなってしまうのが怖い! この気持ちを、失ってしまうのが怖い……」

 駄々を捏ねたところで、ここに居る者たちにそれを叶える力は無い。それがわかっていながら、少女はワガママを言わずにはいられなかった。
 いつも自分の気持ちを抑えてしまう、控え目な娘の精一杯の訴えが愛おしくて、あゆみは少女を抱く腕に力を込める。

「大丈夫よ。もし忘れてしまったとしても、今のあなたの気持ちは心のどこかに残っていて、せっちゃんをもっと素敵な子にしてくれるから」
「それに、僕たちは今のせっちゃんを決して忘れない」
「あたしたちが、聞かせてあげる。ちっちゃくたって、せつなはやっぱり優しくて、一生懸命で、精一杯がんばっていたって」

 再び、少女は号泣する。あゆみは、泣きじゃくる少女を自分の寝室に連れて帰った。
 今夜はこの子を一人にはしておけないからと。今夜しか、子供のせっちゃんの側に居られないかもしれないからって。
 少女は生まれて初めて、母親に抱かれて眠るぬくもりを知った。寝るのが惜しかったはずなのに――すぐに深い眠りに落ちていった。

 朝日が――昇る。
 せつなは隣で眠るあゆみより、一足早く目を覚ました。
 ちょうどいいサイズになったパジャマ。そこから伸びる、白くて美しいスラリとした手足。
 その姿は、本来のせつなの身体だった。

「ありがとう、おかあさん。おとうさん。ラブ。そして――みんな」

 せつなは、すぐ側に置いてあったサッカーボールと、お菓子の入った赤いブーツと、抱いて寝ていたヌイグルミを持って、そっと部屋を出た。






 クリスマス当日の、カオルちゃんのドーナツカフェ。夕方に始まるクリスマスパーティーの最終打ち合わせに余念がないラブと、美希と祈里。

「って! 肝心のせつなが居ないじゃない!」
「あそこだよ、美希たん」

 ラブが指差したのは、少し先の広場でサッカーをして遊ぶ六人の子供たちだった。
 その内の一人は中学生の女の子らしく、小学生の男の子を相手に、指導を交えながら楽しそうに遊んでいた。
「今のって、まさかヒールキック!?」「姉ちゃんスゲー!」「俺にも教えてくれよ!」といった、子供たちの楽しそうな声がこちらにまで響いてきていた。

「あれって、せつなちゃん? どうしてサッカーなんて」
「色々あったんだよ」

 ラブは昨日起きた出来事を、美希と祈里に詳しく話して聞かせた。
 結局、せつなは幼くなっていた時の記憶を失わなかったらしい。先ほど、駄菓子屋さんも覗いて、お手伝いの約束をしたのだとか。

「そうだったの。あーでも、ラブったらズルイ! アタシも小さなせつな、見たかったなぁ」
「ごめーん。だって、呼べる雰囲気じゃなかったんだもん」

「ねえ、ラブちゃん。昨日の赤いお鼻のトナカイさんの話なんだけど、調べてみたら、実は続きがあったの」
「仲間外れにされたって話?」

「うん、最初はそうだったんだけど。サンタクロースのお手伝いをして、みんなを幸せにしたトナカイさんは、仲間に認められて幸せに暮らせるようになったんだって」
「そっか。でも、もう大丈夫だよ! せつなには、そのお話をしなくても」
「そうみたいね。今のせつなの表情は、トナカイの赤い鼻より明るいもの」

 美希が冗談交じりにそう言って、三人は楽しそうに笑った。

「さあ、せつなのためにも、今夜は完璧なパーティーにするわよ」
「うん。きっと楽しんでくれるって、わたし信じてる」
「幸せ、ゲットだよ。せつな」

 そんな一人と三人の少女を、さらに木陰から見守る者がいた。

「メリークリスマス、イース」

 サンタクロースの衣装を纏った男は、そうつぶやいて、ゆっくりと立ち去った。