たいへん! せつなが消えちゃった!? ~子供の頃のクリスマス~(起の章)




 美しかった紅葉も、その多くは散り、落ち葉を攫う風の冷たさが身に染みる。
 空も、どことなく薄暗くて――街から色彩が失われる季節。
 それを跳ね除けようとでもいうのだろうか、商店街は赤を基調とした華やかな装飾を纏う。
 外路地にはイルミネーションの明かりが灯り、民家にはクリスマスリースやポインセチアの花が飾られる。

 そんなお祭りムードに乗せられて、カオルちゃんのドーナツカフェでテーブルを囲む四人。ラブは調子に乗って、デタラメな歌を口ずさむ。
 今夜はイブで、明日はクリスマスだ。昨年はラビリンスとの戦いのため、みんなで祝うことができなかった。
 そこで、「今年こそは!」と、兼ねてより計画していた、クリスマスパーティーの最終打ち合わせを行っていたのだった。

「真っ赤なお尻の、トナカイさんは~♪」
「ちょっと、ラブったら、それじゃおサルさんでしょ? お鼻よ」

「あははっ、そうだっけ?」
「まったく、せつなに教わってどうするのよ……」
「ラブちゃんらしい。でも、本物のトナカイさんのお鼻は黒いのよ」

 祈里も楽しそうに笑い、いかにも獣医の卵らしい解説を付け加える。

「それじゃ、どうして歌では赤いことになってるの?」
「それがよくわかってないの。ただ、そのトナカイさんは、赤い鼻のせいで仲間外れにされてたんだって」
「ひど~い! そんなのあんまりだよっ!」

 せつなが不思議そうな顔で質問する。彼女がこの世界に来て、一年と半年が過ぎようとしていた。これでも随分と一般常識を身に付けたのだが、祈里の知識には及ぶべくもない。
 祈里が伝承を思い出しながら続きを話そうとすると、興奮したラブが身を乗り出して抗議してきた。

「落ち着いてラブちゃん、あくまで言い伝えだから。でも、その子の鼻が明かりになるからって、サンタさんに誘われたそうよ」
「最後は、幸せになれたのね? 良かった」
「それでサンタさんの服も赤いのかしら? 赤と言えばせつなの色。幸せの色って感じよね!」
「美希たん、いいこと言う!」

 どんな話題になっても、廻り回って、せつなを気遣う言葉になる。彼女は苦笑しつつも、そんなみんなの気持ちを嬉しく感じていた。
 今回のパーティーだって、クリスマスを初めて祝う、せつなために企画されたものに違いなかった。






『たいへん! せつなが消えちゃった!? ~子供の頃のクリスマス~(起の章)』






「あ~、でも楽しみだなぁ~。せつなは、サンタさんに何をお願いするの?」
「えっ? サンタさんにお願いって?」
「ちょっと、ラブ!」
「ラブちゃん!」

 突然、とんでもないことを言い出すラブに、せつなはキョトンとして聞き返す。
 美希と祈里もビックリしていたが、ラブはそしらぬ顔で続ける。

「クリスマスにはサンタさんがやってきて、プレゼントをくれるんだよ」
「それは、本当はお父さんやお母さんの扮装なんでしょ? この世界の風習なのよね」

 せつなは大真面目で答える。クリスマスプレゼントは、子供たちが一年で一番楽しみにしているイベントだ。
 いわば大いなる幸せであり、興味が無いはずがなかった。

「あっちゃー、やっぱり知ってたか……」
「当然でしょ? 子供じゃないんだから」

 せつなの返事に、ラブはあからさまにガッカリした表情を浮かべる。

「そうかなぁ~、あたしなんて一昨年まで信じてたのに」
「ラブ、さすがにそれは……」
「そんな人いないと思う……」

 呆れ顔の美希と祈里は、せつなと顔を見合わせて一斉に吹き出す。「え~っ」と不満そうにしていたラブも、すぐに一緒になって笑った。
 もし、せつなが信じてくれたら、自分がサンタになってプレゼントする気だったんだろう。

「でも、どうしていつかバレるのに、サンタのフリなんてするのかしら?」
「そりゃあ、子供の喜ぶ顔が見たいからじゃ……」

「そうだけど、そのままご両親が渡しても、同じように喜ぶと思って」

 せつなの素朴な疑問に、美希が自信なさそうに答える。そんなこと、考えたこともなかったからだ。
 彼女は、それでも納得がいかない様子だった。わざわざプレゼントを渡すのに、他人に、しかも架空の人物に成りすます理由がわからない。

「夢を持って欲しいからじゃないかなぁ?」
「子供がサンタクロースを信じたら、何かいい事でもあるの?」
「いい子しかプレゼントをもらえないって話だし、、躾の一環なのかしら? でも、そんな風に考えたくないわね……」
「あたしね、それ、一昨年にお父さんに聞いたことがあるんだ」

 それは、ラブが中学一年生の時の、クリスマス・イブの夜だった。
 中学校に入って、ラブも女の子の自覚が出てきたのか、部屋に鍵をかけて寝るようになっていた。
 コッソリ忍び込もうとした圭太郎は、扉から入るのを諦めて、ベランダから窓を外して侵入を試みた。上手く外せたものの、外から冷たい風が吹き込んで――

「それで目を覚ましたラブは、本物のサンタだと思い込んで抱きついて、おじさんのカツラが外れたというわけね」
「オチまであるなんて……」

 美希と祈里が、その時の様子を想像してクスクスと笑い出す。せつなはその後のことが気になるのか、黙って聞いていた。

「うん。それでショックだったのもあって、どうしてそんなことをするのか、お父さんに聞いたの」
「なんて言ってたの?」

 せつなは気になって、ラブに話の続きを催促する。ラブは頷いて、圭太郎の言葉を思い出す。
 プレゼントを手に入れるためには、お金を払って購入する必要がある。だから普通は親が用意する。だけど、親が子を愛して贈り物をするのは当然のこと。
 家族でもなく、友達でもない他人が、プレゼントを贈ってくれる。そんな、無償の愛が世の中にはあることを、信じて育って欲しいからだと。
 いつかは、必ずバレる時が来る。だけど――

「不思議な出来事や、無償の愛を信じた子は、きっと優しい子に育つ、か。おじさん、いいこと言うわね」
「確かにラブちゃん、人一倍優しいよね」
「ラブだけじゃないわ」

「「「えっ?」」」

「そうやって、たくさんの愛情に包まれて育つから、この街の人はみんな優しいのね。その頃の私は、他人を出し抜いて、メビウス様に認められることだけを考えていたわ」
「せつな……」

 胸の内を晒すように、せつなは寂しそうにつぶやいた。
 さっき聞いた、赤い鼻のトナカイのことを思い出す。周囲と違う存在は、仲間として受け入れられない。それは、トナカイも人間も同じだろう。
 もちろん、ラブたちが自分を仲間外れにすることはないだろう。だけど、トナカイがサンタクロースの側に新しい居場所を見つけたように、自分にも、他に相応しい居場所があるのかもしれないと。

 いつの間にか、みんなの表情が曇っているのに気が付いて、せつなは慌てて笑顔を作る。
 元よりそんな過去は承知で、だからこそ、これまでの分まで楽しんでもらおうと、企画してくれたクリスマスパーティーではないか……。
 迂闊な発言を後悔して、せつなは、なんとか他の話題に切り替えようと頭をひねる。
 そんな重い空気を、横から会話に割り込んできた大男が吹き飛ばした。

「そういうことなら、うってつけの物があるぞ?」
「うっ……ウエスター!?」

 金色の髪を持つ、筋肉質で大柄な体格の美青年。一年前にラビリンスに帰還した、ここには居るはずのない人物。
 それは――ウエスターのもう一つの姿、西隼人であった。






「いつ、この街に来ていたの? もしかして、ラビリンスに何かあったの!?」

 せつなは、ウエスターとサウラーの厚意で、彼らにラビリンスのことを任せて四つ葉町に帰ってきている。
 もし、不測の事態が起これば、彼女もイースとして故郷に戻らねばならない立場にあった。

「そうじゃない。実はサウラーに用事を頼まれてな、種子島まで行ってきたんだ。今はその帰りだ」
「そんなところに、何があるの?」

 美希が不審に思って尋ねる。放蕩癖のある彼だが、その真剣な表情を見れば、バカンスに行ってたわけじゃないことはわかる。
 ウエスターは、手にした水槽を見せた。そこには一体の、直径一センチほどの小さなクラゲが入っていた。

「可愛いっ!」
「可愛くないっ!」

「で、このクラゲがなんだっていうの?」

 祈里のつぶやきに激しくツッコミながら、美希が気持ち悪そうに尋ねる。
 タコに限らず、この手の軟体生物は得意ではない。

「こいつはベニクラゲと言ってな、全パラレルで唯一、『不老不死』の能力を持つ生き物なんだ。こいつを研究して不老――とまでは行かんが、長寿の薬を作ろうとしているらしい」
「感心しないわね、ウエスター。サウラーが言い出したの? そんな命をいじる研究より、もっと学ばなければならないことがあるはずよ!」

「そう言うな。やっとラビリンスが解放されたんだ。なのに、先の短い老人はあまりにも気の毒だろう? 際限なく使うつもりはない」

 危険な研究かと警戒するせつなに、ウエスターはそこまでの効力は無いと説明する。
 人間とクラゲでは、遺伝子の塩基配列が違いすぎる。よほど上手くいっても、十年か二十年、寿命を延ばせるだけらしい。もちろん、失敗すればただの美容薬だ。

「ねえねえ、それで、さっき隼人さんが言ってた、うってつけの物ってのは?」
「フフフ、それはな――こうするのだっ!」


“スイッチ・オーバー”


「ホホエミーナ! 我に力を!」


“ホホエミーナ~! ニッコニコ~!”


 いきなり西隼人がスイッチオーバーを行うと、懐から黄色いダイヤを取り出して、水槽に突き刺した。
 出現する――超巨大クラゲ。ニコニコと明るく笑っているのが、余計に不気味であった。
 カオルちゃんのお店のお客さんはもちろん、広場にいた住人たちも慌てて逃げまどう。「困るのよね~」と、カオルちゃんは冷静にボヤいていた。

「ホホエミーナ、やれ!」
「ニッコニコ~」

 ホホエミーナは、せつなを触手で捕らえて自分の方に引き寄せる。彼女も抵抗しようとするが、生身でどうにかなる相手でもない。
 ラブたちは、とっさに腰のリンクルンを探る。――が、今の彼女たちが持つのは、普通の携帯電話だった。
 リンクルンは、タルトがスウィーツ王国に持ち帰っていたのだった。

「クッ、ウエスター! あなた、どういうつもり!?」
「なに、子供に戻りたいみたいだったからな、協力してやろうというのだ。心配するな、取って食おうってわけじゃない」

 ホホエミーナの触手の先が、せつなに向けられる。ほんの一瞬、チクリとした痛みが腕に走った。
 それを見届けて、ウエスターはホホエミーナを元の姿に戻した。

「痛っ! 何をしたの? ウエスター!」
「さあな? 後のお楽しみだ。俺からのクリスマスプレゼントだと思ってくれ」

「ふざけないでっ!」

 怒りの形相で睨むせつなを、ウエスターは気にした風もなく受け流す。
 そして、背を向けて立ち去った。

「一体、なんだったの?」
「さあ……」
「まあ被害は無くて、良かった……よね?」

 ラブ、美希、祈里が、離れて行く彼の後ろ姿を、ポカンと眺めながらつぶやく。
 せつなの顔色が良くないように見えたので、四人はパーティーの打ち合わせを中断して家に帰ることにした。






 コポコポとポットが沸騰する。ラブは温めたティーカップに、数種類の葉っぱを入れて湯を注いでいく。
 以前、美希からもらったハーブティーセット。普段はあまり口にしないのだが――

(せつな、大丈夫かなぁ? まさか隼人さんが、酷いことするとは思えないけど……)

 あの後、せつなは気分が優れないからと、部屋に篭ってしまっていた。
 もっとも、ウエスターの行動は不可解だったが、せつなに危害を加えたと思っているわけではない。
 以前の彼ならともかく、今は、共にメビウスと戦った仲間である。それに、せつなの気持ちに配慮して、四つ葉町に帰してくれた恩人でもあった。

 コンコンと、ラブは控え目にせつなの部屋のドアを叩く。
 しかし、返事は無かった。

「せつな、ハーブティーを淹れてきたの。気分がスッキリするんだって」

 カチャリ、とドアが少しだけ開かれる。しかし、せつなが顔を見せることはなかった。

「せつな、どうしたの? 具合悪いの?」

 明らかに様子がおかしい。ラブは不安を感じて、もう一度問いかける。

「うるさいっ! 入れ!」
「えっ? ……」

 聞こえてきたのは、確かにせつなの声。でも、口調がどう考えてもおかしかった。これでは、まるで――
 それに、なんだか子供っぽい、かんだかい声にも聞こえた。
 ラブは大きく深呼吸して、せつなの部屋に足を踏み入れる。

 ドアの先に居たのは、つややかな黒髪と、真っ白な肌の、可愛らしい小さな少女。
 いや、顔立ちは整っているが、可愛くはないかもしれない。鋭い目付きでラブを値踏みするように見つめる、幼い子の姿があった。

「あの……せつなは? それに、あなたは一体?」
「せつな、だと? そんな者はここにはいない!」

 なんだか、前に、どこかで聞いたことのあるセリフだな……と思いつつも、ラブは少女の次の言葉を待つ。

「わが名はイース。ラビリンス総統、メビウスさまのしもべだ!」

 小学生だとしたら、きっと低学年だろう。
 幼い女の子は、精一杯の威厳を見せようと、大きく胸を張って左手を伸ばす。
 それは、可愛らしくも滑稽な動きだった。大抵の者が見れば、「かわいぃ~」と抱き付きたくなるくらいに愛らしい姿だった。

 しかし、当のラブにそんな余裕は無かった。
 ガチャンとティーカップを落とし、零れた中身はカーペットに染み込んでいく。

 少女の顔立ちに宿る、確かな面影。そして何より、見覚えのある、大きすぎて裾の余ったぶかぶかのお洋服。
 その女の子は……確かにラブの親友で、仲間で、家族でもある、“東せつな”その人であった。



最終更新:2016年12月25日 11:41