Thank you, my follower ~美希のもうひとつのこわいもの?~/一六◆6/pMjwqUTk




 思えばあの日のアタシの運勢は、最悪だったに違いない。
 昼間は十四年の人生で最も怖いものと戦う羽目になり、夜は夜で、あんな目に遭ってしまったんだから。

 それでも夕食を終えて、お気に入りのアロマオイルを垂らした湯船に浸かっていた時は、なかなかに幸せな気分だったのだ。
 思いがけず、せつなと初めて二人きりで買い物に出かけた今日。会話は弾まないわ、洋服は決まらないわ、おまけに……アレに遭遇するわで散々だったけど、今までよりずっとせつなと心を開いて話ができたし、昨日より、せつなに少し近づけた気がした。
 湯船の中で、今日の出来事をあれこれ振り返って、思い出し笑いがこみ上げてきたくらい。こんな風にせつなの顔を思い浮かべたことなんて、今まで無かったと思う。
 笑顔でお湯の中から立ち上がった途端、せつなに言おうと思っていて言いそびれたことがあるのを思い出した。

(明日、言うの忘れないようにしようっと)

 そう思いながら、鼻歌交じりでお風呂から上がる。そしてバスタオルを巻いただけの姿で、いつものように体重計に乗って――そこでアタシは凍り付いた。
 いったん体重計から降り、数字がゼロになっているのを確認してもう一度乗ってみる。
 さらにもう一度……そしてムキになってもう一度。
 でも何度測り直しても、体重計は同じ数字をアタシに突き付けてくる。昨日測った時より明らかに大きな、あり得ない数字を。

(なんで? なんで? たった一日で五キロも増えるって、どういうワケ!?)

 気を取り直して、今日一日の行動を、さっきとは全く別の視点で振り返ってみる。
 朝のジョギングは、いつも通り。朝食も昼食も、量も内容もいつもと変わらない。むしろカオルちゃんのドーナツを食べなかった分、いつもよりカロリーは控えめなくらいだ。体調も、特に変わったところは無い……。
 体重が増える原因なんて、どこをどう探したって見つからない。と、言うことは。

(この体重計が、壊れてるってことよね)

「そうよね、それしか考えられないわよ」
 思わず声に出してそう呟いたまさにその時、廊下に通じるドアがバタンと開いて、アタシはビクッと肩をすくめた。
「あらぁ、ごめんなさい、美希ちゃん。少し早く来すぎちゃったかしら」
 パジャマを抱えたママが、いつもののんびりとした口調でそう言いながら脱衣場に入って来た。

「どうしたの? 何だか難しい顔しちゃって」
「え? う……ううん。それより、ママこそどうしたの?」
「どうしたの、って……お風呂に入りたいんだけど」
「ああ、お風呂、ね。アハハ。さぁ、どうぞどうぞ」
「変な美希ちゃん」

 そう言って、ママがおもむろに服を脱ぎ始める。そして下着姿になったところで、何と問題の体重計に足を乗せた。
「ちょ、ちょっとママ! 体重を測るなら、お風呂の後じゃないの?」
「普段ならそうなんだけど」
 つい勢い込んでしまったアタシの顔を、一瞬あっけにとられたように見つめてから、ママがキラリと目を輝かせる。
「さっき、テレビで“ダイエットに効く入浴法”っていうのをやっててね。早速試してみようと思ってぇ。だからまずは、現状チェックよ」
「あ……そう。で、どうだった?」
「どうって、それをこれから試すんじゃないの。やっぱり何だか変よ? 美希ちゃん」
「アハハ……。ちょっと、お風呂でのぼせちゃったかな」

 我ながら苦しい言い訳をしながら、ママを観察する。
 ママは体重計の数字にちらりと目をやっただけで、あとはさっさと下着を脱いで、そのままお風呂場に入っていった。その後ろ姿を見届けてから、アタシは体重計をはったと睨み付ける。

(あの様子だと、別におかしな体重じゃなかったみたいね。ってことは……これ、壊れてないってこと!?)

 お風呂上りだというのに、さーっと血の気が引くのを感じた。もうこうなったら、トコトン確かめないと寝るに寝られない。
 そそくさとパジャマを着て、超特急で化粧水だけ付けてから、小走りでダイニングへと向かう。そこに、今日お米屋さんが届けてくれたばかりの、封の開いていないお米の袋があったのを思い出したからだ。
 五キロの米袋を、半ばヤケになってお風呂場へと運ぶ。もしあの数字が本当だとすると、この重さの分だけ昨日より重くなってるってこと――そう思ったら、何だか目の前が霞んだ。

 アタシは仮にもモデルだ。そして将来の夢は、海を越えて世界を駆け巡るトップモデルになること。
 もし万が一、体重計が壊れていなかったりしたら……ここまで自己管理が出来ていないモデルなんて、あり得ない。
 って言うかそもそも、一日に五キロも太……ふっ、増えるなんて、そんなことあるわけないじゃない!

 ようやく脱衣場に辿り着いたと思ったら、慌てたせいか、米袋をお風呂場のドアに思い切りぶつけてしまった。ガコンガコン、と大きな音がして、ガラス戸が震える。
「……美希ちゃん? どうかしたの?」
「な、何でもないわ!」
 しまった、と思いながら、お風呂場の中から響くママの声に、大声で答える。
 さぁ、急がなきゃ。ママが不審に思ってお風呂場から顔を出す前に。

(アタシ、何やってるんだろう……)

 目頭が熱くなるのを何とか抑えて、祈るような気持ちで体重計の上に米袋を置く。だが。
 アタシの期待をものの見事に裏切って、数字はぴたりと五キログラムを表示して止まった。



   ☆



 翌朝、アタシはまさにどん底の気分で目を覚ました。いや、そもそも一晩中ハテナマークが頭の中をぐるぐると回っていて、少しでも眠ったのかどうか、自分でもよく分からない。
 体重計は壊れていないらしい。でもアタシ自身にはまるで心当たりがない。なのにどうしてこんなことになっちゃったんだろう。
 何だかヤケに黄色っぽく見える太陽をちらりと眺めてから、トレーニングウェアに着替える。
 ちっともワケがわからないけど、まずはやれることからしっかりやろう、と決めた。もしこの最悪の事態が事実なら、悩むより先に、さっさと元のアタシに戻らなくちゃいけない。

 朝の街を走り出すと、寝不足のせいか――それとも別の理由なのか、何となく身体が重い気がして、気分がさらに重くなった。それを振り払おうとして、いつもよりスピードを上げる。
 息が切れるのも構わず走っていたら、向こうから大きな二匹の犬に引きずられるようにして、ブッキーがやって来た。こちらもかなり息を切らしている。
 いつもなら、立ち止まって言葉を交わしたり、一緒に公園まで走って休憩したりするんだけど、今日のアタシにそんな余裕はない。どうやらブッキーも、二匹を制御するだけで精一杯みたい。それでお互い、目と目で挨拶するだけで別れた。それにしてもブッキー、今日は随分張り切っているんだなぁって思ったら、何だか自然に顔が下を向いた。



 その日は午前中、ミユキさんのダンスレッスンがあった。家に帰ってシャワーを浴びてから、体重計……は、ちょっと睨んだだけで、急いで支度して家を飛び出す。
 レッスンはいつもの四つ葉町公園じゃなくて、ミユキさんがよく使っているダンススタジオで行われるということで、四人で待ち合わせて公園近くのビルに向かった。

「スタジオって、最上階だったよね。何階だっけ?」
「えっと、確か十階じゃなかったかしら」
 ラブとブッキーがそう言い合いながら、エレベーターの列に並ぶ。
 ここは、本屋さんや歯医者さん、スポーツジムや英会話スクールなどが入った総合ビルで、朝から多くの人で賑わっている。そのくせ到着したエレベーターは小さめで、三人の後に続いてアタシが乗り込もうとした時には、小さな箱はもう満員に近かった。

 ふと、普段ならまず考えないような、嫌な想像が頭をよぎった。ここでアタシが乗り込んだ瞬間、もし重量オーバーのブザーが鳴ったりしたら……そう考えてしまったのだ。
 そんなこと、普段なら笑って済ませられることだ。別に、アタシ一人のせいで重量オーバーになるワケじゃないんだし。だけど今は――今だけは、あのブザーの音は絶対に聞きたくない!

「え、えーっと……アタシ、トレーニングを兼ねて階段で行くわ」
「え~! 美希たん、十階だよぉ?」
 驚くラブの声を背中に聞きながら、くるりと踵を返す。エレベーターの隣にある金属製の扉を開けると、無機質なグレーの階段がアタシを出迎えた。
 半ばヤケになって、階段を勢いよく駆け上がる。だがちょっとペースを上げ過ぎたのか、五階に差し掛かった辺りで息が上がって来た。そして七、八階まで上がった頃には、息が切れて足が上がらなくなってきた。仕方なく、踊り場で立ち止まって、一回、二回と深呼吸する。と、その時。
「やっと追いついたわ」
 少し低めの、でもいつもより少し上気した声が、すぐ下から聞こえてきた。

「せつな! どうして?」
「別に。私もちょっと、身体を温めたかっただけ」
 だからって、エレベーターを降りてわざわざ追いかけてきたのだろうか。アタシと違って息のひとつも切らしていないのが、ちょっとばかり憎たらしくなる。
 せつなは軽やかにアタシの隣までやって来ると、いつも通りの生真面目な様子で言葉を繋いだ。

「あと少しだし、ここからは歩いて行かない?」
「ア、アタシは……もう少し頑張るわ」
「これからレッスンだし、あまり無理しない方が……」
「いいから放っといてよ!」
 心配そうなせつなの声と表情に、思わずカッとなって怒鳴ってしまった。その声が、ガランとした空間に思いのほか大きく響いてドキリとする。同時に胸の中に、苦いものが広がった。

 アタシったら、やってることが昨日と同じだ。せつなはただ、アタシのことが心配で追いかけて来てくれただけ。幼馴染で付き合いの長いラブやブッキーなら、もう少し遠くから見守ってくれていたかもしれないけど、せつなは――せつなという人は、ただ不器用なくらい真っ直ぐで――。

(ううん。不器用だなんて、アタシも人のこと言えないか。こういう時どうしたらいいか、全然わかんないんだもの)

「……ごめん」
「ううん。でも、一体どしたの?」
 うなだれたアタシにかぶりを振って、せつながアタシの顔を覗き込む。そのほっそりとした少し冷たい手が、いつの間にか握りしめていたアタシの手にそっと触れた。
 何だかフッと肩の力が抜ける。せつなになら打ち明けてもいいかな……ふとそう思えて、今度はアタシの方からせつなと向かい合う。
「実はね、アタシ……」
 そう口にして、何て説明しようかと次の言葉を探す。が、次に口を開いたのはアタシじゃなかった。アタシの後ろにある小さな窓を指差して、せつなが鋭く叫んだのだ。
「美希、あれって……!」

 振り返ったアタシの表情も引き締まる。
 見えているのは隣のビルの屋上。地上からは見えないであろうその場所に、普通ならあり得ないものが立っていた。
 つり上がった赤い目を持つ大きな化け物と、その隣で腕組みしている銀色の長髪の男――。
「ラビリンス!!」
 声を揃えてそう叫んでから、アタシとせつなは、手近の階のエレベーターホールに飛び込んだ。



 赤い光が、パッと目の前で四散する。ラブとブッキーにも連絡を取って、みんな一緒にせつなのアカルンで、隣のビルの屋上へと瞬間移動したのだ。
 現れたアタシたちを見て、銀髪の男――サウラーはあまり驚いた様子もなく、いつもの小馬鹿にしたような顔で、口の端を斜めに上げてみせた。

「ほぉ。意外と時間がかかったようだね。いや、むしろ早かったと言うべきかな」
「それ、どういう意味? こんなところで、何してるの!?」
 ラブが、いつもの闘志満々の口調で問いかける。
「不幸のしずくが滴り落ちる音を聞いているんだよ。もっとも、ゲージの上がり具体に比べれば、街は少々静かすぎるみたいだけどね」
「静かすぎるって……」
「えっ? まさか、このナケワメーケ!」

 ラブの言葉を遮って、思わず大声を上げてしまった。サウラーの隣に立っている、怪物の正体に気付いてしまったから。
 平べったくて四角張った形。上の方に付いている赤い目の下には扇形の窓があって、そこには目盛りと針が……。
「このナケワメーケ、元は……体重計、よね?」
 慎重に問いかけるアタシに、えっ、と驚きの声を上げる三人。そんなアタシたちを見回して、サウラーが得意げに、フン、と鼻を鳴らす。
「ああ、そうだよ。この世界の人間は、自らの体重の増加をとても気にしているようだからね。まぁ、こんなに様々な食べ物がある世界だ、僕ですらつい食べ過ぎることだって……コホン。だから、少し上乗せした数字を見せてあげたのさ。まさかそれだけでここまで不幸が集まるなんて、予想できなかったけどね」

 モヤモヤと心に巣食っていた霧が晴れるって、まさにこういう感じなんだと思う。
 全てがわかって、悔しいけどまずはホッとして、次に無性に腹が立ってたまらなくなった。相変わらず涼しい顔をしている全ての元凶を、思いっ切り睨み付ける。
「よくも……よくもこんな陰険な手を使ってくれたわね!」
「陰険? フン、表面は何でもないように取り繕ってるのは、この世界の人間も同じだろう? 不幸を抱え込んでいるのに誰も騒がないから、君たちもこの事態に気付くのが遅れたんじゃないか」
「そんなの、誰にも言えなくて当ったり前でしょう!? 乙女の屈辱、きっちり清算させてもらうわ。みんな!」

 もうあったま来た。今日だけはアタシが決める!
 怒りのあまり、震える人差し指を無理矢理ビシッっと立てて、仲間たちに呼びかける。だが。
「変身よっ!!」
 一足早く、アタシに負けず劣らず高く鋭い声が響く。それは、今まで一度も号令などかけたことのない、ブッキーの声だった。



   ☆



「でもさぁ。まさか美希たんとブッキーまでそんな目に遭ってたなんて、本当にびっくりだよぉ」
 ラブが呑気そうな声でそう言いながら、二個目のドーナツに手を伸ばす。
「そのせいで、美希はエレベーターに乗らずに階段を使ったの? でも、カロリーならその後すぐにダンスレッスンで、たっぷり消費できたのに。どして?」
「え、えーっと……ほら、積み重ねよ。小さなことからコツコツと、ね」
 心底不思議そうに問いかけるせつなに、アタシは冷や汗をかきながらそう言い切った。
 どうしてもエレベーターに乗りたくなかったあの時の気持ちを、どう説明すればせつなにわかってもらえるのか――それは、今はちょっと、アタシにはハードルが高すぎる。
 目の端にラブとブッキーの生温かい視線を感じながら、アタシは澄まして紅茶のカップに口を付ける。
 スタジオでのダンスレッスンを終えたアタシたちは、結局いつもの、カオルちゃんのドーナツ・カフェに陣取っていた。

 変身したアタシたちを前に、体重計のナケワメーケは、最近では珍しいくらいあっさりと倒された。しかも、ピーチとパッションは変身はしたものの、出る幕は全く無かった。
 完全に頭に来ていたアタシの蹴りは、自分で言うのもなんだが、いつもより相当威力があったと思う。でも、そんなアタシをも驚かせたのは、まるで背中に炎でも背負っているかのように闘志むき出しの、パインの体当たり攻撃だった。
 そして最後は、ヒーリング・プレア・フレッシュとエスポワール・シャワー・フレッシュのコラボ技を受けて、ナケワメーケは元の体重計に戻ったのだ。
 あまりにもあっけない幕切れに、忌々し気に舌打ちしたサウラーは、次の瞬間、何かを感じたのか慌てたように姿を消した。もう一歩遅かったら、最高に熱いダブル・プリキュア・キックが彼を襲ったに違いない。

「そっか。ブッキーも、アタシとおんなじ悩みを抱えてたのね。あ、それで今朝、あんなに大きな犬を二匹も?」
 アタシの問いに、ブッキーはさっきまでの勇ましさが嘘のように、真っ赤な顔でコクリと頷いた。そしてふと気が付いたように、今度は彼女がラブとせつなに問いかける。
「でも、どうしてラブちゃんとせつなちゃんは、わたしや美希ちゃんみたいな目に遭わなかったの?」
「そりゃあ、あたしは昨日、体重計になんか乗ってないもん」
 エッヘン、と何故か大威張りで腰に手を当ててみせるラブに、アタシは思わず脱力する。
「あのねぇ、ラブ。女の子が、そういうチェックを怠っちゃダメでしょ! え……ってことは、まさかせつなも?」
 ラブを軽く睨んでから、隣のせつなに目を移す。すると彼女はまたしても不思議そうな顔をした。

「え? 体重測定のこと? ええ、昨日は必要なかったから」
「必要ないって、あのね、せつな……」
 思わずせつなを相手に、もう一度お説教モードに入りそうになるアタシ。が、ちょっと小首を傾げながら、せつなが大真面目で語り始めたのを聞いて、喉まで出かかった小言を慌てて飲み込んだ。

「そんな驚くほどの変化があったら、測る前に自分でわかるでしょう?」
「それは……確かにね」
「ちゃんと数字で確認する必要はあると思うけど、昨日は体重計で測れるほどの変化は無かったと思うから……」
「あ……そうなの」
「でも美希の言う通り、定期的なチェックは必要よね。これから気を付けるわ」
「そ、そうね。時々は、測ってみるといいかもしれないわね」

 理路整然とした答えにたじたじとなって、何とかしどろもどろで相槌を打つアタシに、せつなが素直に頷く。その顔を見ていたら、何だか少し胸が苦しくなって、アタシは冷めかけた紅茶をひと口すすった。
 せつながアタシなんかよりずっと自分の身体の状態を把握しているのは、アタシとはまるっきり別の理由から。きっと、小さい頃から戦士として生きてきた彼女が、生きるために身につけたもの――。

(でもこれからは、それを違う目的で使うことだって、きっと出来るはずよね)

 アタシはカップを置くと、ワザと悪戯っぽい表情でせつなに笑いかけてみせた。
「だったら、せつな。その時、ラブにも一緒にチェックさせてよ。全く、毎日こ~んなにドーナツ食べてるっていうのに、自己管理が甘いんだから」
「フフッ……わかったわ」
 せつなも今度は、アタシの顔を見てニヤリと笑う。
「えーっ!? 美希たん、あたしのことは別にいいよぉ」
 ラブの方は急に慌てた顔になって、ガタンと椅子から立ち上がった。
「ほ、ほら、もうこの話はおしまいにしようよ。美希たんとブッキーの悩みが解消したのを祝って、ドーナツのお代わり、貰って来よう!」
「ちょっとラブちゃん! 美希ちゃんの話、ちゃんと聞いてた? これ以上食べたら、また悩まなくちゃいけなくなっちゃうよぉ」
 逃げるようにドーナツ・ワゴンへと足を向けるラブを、ブッキーが慌てて追いかける。そんな二人の様子に、アタシはせつなと顔を見合わせて、クスクスと笑った。

「あ、そうそう、せつな」
 アタシはもうひと口紅茶を飲んでから、せつなの顔を真っ直ぐに見つめる。
 昨日の分と今日の分、今度は言い忘れないように、ちゃんと伝えておかなくちゃ。
「さっきはありがとう」
「……え?」
「心配して追いかけて来てくれて。それと……昨日も。“来ないで”って言っちゃったけど、追いかけて来てくれたのは、嬉しかったわ」
 そう言って、アタシはパチリと片目をつぶる。
「だから、アタシもせつなに何かあったら、どこまでも追いかけるから、覚悟しなさい」

 そう、もう独りぼっちにはしないと約束したから。まだお互い分からないことも多いし、自分の気持ちを上手く説明できないことも多いけど、そばに居てお互いに支えることは、きっと出来る。
 昨日も今日も、突然走り出したアタシを、せつなが訳もわからぬまま、必死で追いかけてくれたように。アタシのことを心配して、ずっとそばに居てくれたように。
 その想いを込めて、テーブルに乗せられたせつなの手に、そっと自分の手を重ねた。

 せつなの頬が、淡いピンク色に染まる。そして上目遣いにアタシを見つめると、珍しく少しおどけた口調で言った。
「私に追いつけると思ってるの?」
「モチロン。だってアタシ、完璧だから」
 すっと背筋を伸ばし、とびっきりの笑顔で決めてみせると、せつなの笑みが大きくなる。それを見ながら、アタシは二日ぶりにドーナツを手に取って、それをひと口齧った。
 口の中に優しい甘みが広がる。何だか、お疲れ様、と言われているみたいな気がして、アタシはせつなの隣で、ようやく心からホッとしていた。


~終~