『Burnin’』/Mitchell&Carroll




 まるで血のように赤い液は、グングンと上昇して、その値は40度に達する勢いだ。
 もはや、この暑さはどうしようもない。神頼みしようにも、口の中は渇ききって、喋る事すらままならない。外で勢い良く伸びゆく植物達が羨ましい。自分達はというと、今にもドロドロに溶けて、地面に吸い込まれそうになっているというのに。

 洋食屋・豚のしっぽ亭にて、マナと六花はテーブルに突っ伏し、これまでの事を走馬灯のように思い浮かべていた。ジンジャーエールの氷はすでに溶けきっている。
 ――どこからともなく、シャカシャカという乾いた音が聴こえてくる。
「誰?こんな時にマラカスなんか振っているのは」
 音がだんだん近づいてくるにつれ、気温もどんどん上昇し始める。ブラウスがすっかり汗で体にへばり付いてしまった六花の苛立ちも、頂点に達した。
「鬱陶しい事この上ないわね!」
 音の正体を探るべく椅子から立ち上がろうしたその時、客を装った男が店に入って来た。

「チャオ!プリキュアの皆さん」
「あなたは……?」
「俺様の名は――」
 男は燃え上がった。炎が紙ナプキンに引火し、慌ててマナの父が消火器で対処する。
「ククク……そんな泡でこの俺の情熱が治まるとでも?」
「ナプキンをこんなにして……許さない!」
 マナと六花はすかさず変身した。男は興奮した様子で、
「ここでは狭い。表へ出ろ、プリキュア!」
 と言って、二人を公園へと連れ出した。

 灼熱の炎天下、全身に炎を纏った男の振るマラカス――そのテンポは更に速くなっていった。先客のアブラ蝉も、ミンミン蝉も、ツクツク法師も、負けじとテンポを上げて求愛の雄叫びをあげている。
 素早い影が、公園の土に映った。
「マラカスといえば、私よ!」
「ハニー!来てくれたんだ!」
 世界を駆け巡るプリキュア、キュアハニーが到着した。男に負けじとマラカスでリズムを刻んでいる。
「小娘が!この俺のテンポについて来れるとでも?」
 蝉が鳴きまくる中、両者のマラカス合戦は続く。だが暫くして、一匹の蝉が小便を撒き散らしながら戦線離脱する頃、
「ダ、ダメ……手首が……それに、耳も……」
 そう呟いてキュアハニーは、トリプルダンスハニーバトン(マラカスモード)と共に崩れ落ちた。
「ハニーになんて事を!プリキュア・ダイヤモンドシャワー!!」
 キュアダイヤモンドの氷の攻撃が、男を襲う。だが、炎の壁の前に呆気なく蒸発してしまった。
「そ、そんな……」
 戦意の喪失と暑さでよろめくキュアダイヤモンドの肩は、危機を察して駆けつけた仲間によって支えられた。
「目には目を、炎には炎を!プリキュア・ルージュファイヤー!」
「プリキュア・サニーファイヤー!」
「プリキュア・フェニックス・ブレイズ!」
 3つの炎の攻撃が男に直撃し、巨大な火柱が立ち上がる。
「ルージュにサニー、それにスカーレット!」
 再会の感動も束の間、火柱の中から男の笑い声が聞こえて来る。
「いいぞ!この熱で俺は更にパワーアップする!」

 誰もが絶望したその時、軽やかなカスタネットの音が響いた。
「その折は私の先輩とアミーガス、つまり友人が世話になった。紅林珠璃、参・上!」
 そのアイドルはカスタネットの音をマラカスとシンクロさせながら、男と共に炎の螺旋を描いて空へと舞い上ってゆく。
「あんなに高く……あの子、あのままじゃ太陽の熱で、燃え尽きちゃうよ!」
「羽も生えてないというのに……ワイヤー、ワイヤーはどこ?」
 下から何やら聞こえてくるが、そんな事はお構い無しに、珠璃は不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「望むところよ!エル・ソル、つまり太陽と私、どちらがアレか、根競べだわ!」
 意気揚々と宣戦布告する珠璃に対して、聞こえてくるのは、
「なに馬鹿な事を言っているの!さっさと降りてらっしゃい!」
「アイドルって大変なんだね~……」
「――あ、これちゃう?うわっ、ワイヤーやなくて蜘蛛の糸やった!」
 などといった言葉ばかり。

 せっかくアパリエンシア、つまり登場したというのに、見せ場無く終わってしまうことへのディズグスト、つまり悔しさと、哀れみに満ちた言葉で足を引っ張る者達へのドロール、つまり悲しみで、たまらず珠璃は泣き出してしまった。その涙の一滴が、男の唇に触れ、潤した。
「――グラシアス、お嬢さん。俺は行く。偉大なる父の元へ――」
 男は、珠璃を突き飛ばし、代わりに自分だけが太陽へと消えていった。その瞬間、より大きな輝きを放ちながら。


 ようやく収束がついた後、皆は豚のしっぽ亭に集い、新しい大きな氷の入ったジンジャーエールで喉を潤した。
「それにしても、あの男の人、いったい何だったのかしらね?」
 六花はマナから借りたTシャツに袖を通しながら問うと、珠璃は答えた。
「あの男は、消えゆく前にこう言っていたわ。『ちょっと目立ちたかっただけ』だと。……プエドレペティール、つまり――」
 そう言って、ジンジャーエールをもう一杯、頼んだ。


 夕方の空を飛行機雲が横切ってゆく。「モエルンバ」と言う文字を描きながら――。