幸せは、赤き瞳の中に ( 第6話:不幸の襲来 )




 地面にゴロリと横たわった街頭スピーカー。しんと静まり返った通りに、せつなは呆然と立ち尽くす。

 ラブが消えた。目の前で忽然と消えてしまった。それも……戦闘服を着て、ナケワメーケを操っていた相手と一緒に。

 ガクガクと震えそうになる身体を必死で静め、二人が消えた陸橋の下を凝視する。
 一刻も早く、ラブを取り戻さなくてはならない。そのために、何かほんの些細なものでも、ラブの居場所を突き止められるような手がかりが残ってはいないか……そんな祈るような気持ちで目を凝らす。
 一人の人影すらない、ガランとした街。その普段の姿との違いの大きさが、より一層にせつなの不安を掻き立てる。と、その時、慌てた調子の大声が後ろから急速に迫ってきた。

「イース! ラブはっ!? ヤツはどうし……うぐっ」
「ウエスター! 一体、何があったの!?」
 考える間もなく身体が動いた。せつなの細い両腕が、息せき切って駆けてきた大男の胸倉を掴み、締め上げる。
「……すまん。全て俺の責任だ」
 せつなの手を払いのけようともせず、無様な前かがみの格好のまま、ウエスターが喉の奥から声を絞り出す。それを聞いて、せつなは我に返ったように、ようやく手を離した。

 ごめんなさい、と目を伏せたまま小さく呟くせつなの隣に立って、ウエスターも鋭い眼差しで辺りを見つめる。
 これは「失態」などと言う生易しい言葉で済まされることではなかった。何をしでかすか分からない相手に、戦闘力を持たない者が連れ去られたのだ。生かすも殺すも相手次第――それはすなわち、限りなく“死”に近い状態を意味する。
 ましてや被害者であるラブは、平和な世界で暮らす、今はこんな危険とは無縁の少女なのだ。そのラブをこの世界に連れて来たのも、彼自身。全ての状況は自分が招いたと言って過言ではない。

 やがてウエスターが、悔しそうに「クソっ!」と小さく呟いた時、彼の通信機が着信を告げた。
 ウエスターが通信機をスピーカーモードにする。すると、いつもより早口のサウラーの声が聞こえてきた。

「報告を聞いて、今、全てのモニターのチェックを終えた。その場所から半径二キロ圏内に、ラブらしき姿は無い。二人は本当に、そこから消えたのか?」
「間違いないわ!」
「おう! 俺も見ていたぞ」
 せつなとウエスターが口々に言い募る。
「だとすると、ラブを連れ去った彼女は、何か特別な手を使ったというわけか? いくら幹部候補だったと言っても、そんな芸当が……」
「ええい、つまり何の手がかりも無いと言うことかっ!」
 サウラーのいぶかしげな呟きを、ウエスターが苛立たし気に遮る。その時、通信機の向こうでけたたましいアラームが鳴り響いた。同時にウエスターの通信機が第二の着信を告げる。

「なんてことだ……ナケワメーケがまた現れたぞ!」
 通信機の向こうで、サウラーが心底驚いたような声を出す。状況から見て同一犯と考えるのが自然だが、こんな頻度でナケワメーケを召喚するのは、ウエスターやサウラーでも容易なことではない。
「ほう……思いのほか早く、チャンス到来か。今度こそヤツを捕えて、必ずラブを取り戻してやる!」
 凄みを帯びたウエスターの声が、それに答える。サウラーが一緒ならば、頭を使うのは彼の仕事ではない。これで心置きなく戦える――誰よりも前線に立って、誰よりも強い力で。殺気すら伴った闘志が、彼の全身から放たれる。
 せつなはそんなふたりに目をやって、もう一度陸橋の方に視線を戻し、硬い表情でその場所に背を向けた。

「全員、戦闘服を着用の上、現場に急げ!」
「ウエスター、私も……」
 そう言いかけて、せつなは口をつぐむ。
 今の自分では、戦力にならない。かえって足手まといになるのがオチ――それは自分自身が、痛いほどによく知っている。

 せつなの声が聞こえなかったのか、それとも聞かなかったことにしたのか、ウエスターの返答は無かった。そのまま部下に手短に指示を終え、通信を切って振り返る。
「お前は住人たちの避難を頼む」
 そう言うが早いか、ウエスターはマントを翻し、飛ぶように走り去った。
 見る見る遠ざかっていくその後ろ姿を見つめて、せつなは一人、唇を噛みしめた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第6話:不幸の襲来 )



「あ、居た! せつなさん、あの……」
 避難所になっている食糧庫の一室。ようやくせつなを探し当てた給食センターの若い女性職員は、声をかけようとして、慌てて思い止まった。

 薄暗い部屋の隅に立って、通信機で誰かと話している後ろ姿。その左手の拳がギュッと握られて、小刻みに震えている。だが。
「ごめんなさい。何かありました?」
 通話を終えて振り返ったせつなの表情は、いつもと変わらない穏やかなものだった。

「あ……はい。今日新しく避難してきた人と、昨日から居る人たちとの間で、ちょっと……」
「すぐに行きます」
 せつながうっすらと微笑んで、先に立ってスタスタと歩き出す。その様子に、職員は安心した顔つきで、せつなの後ろに従った。
 だから彼女には見えていなかった。歩き出したせつなの顔から瞬時に笑みが消え、代わりに眉間に深い皺が刻まれていたことを。

 ナケワメーケが街を襲い始めて――つまりラブが連れ去られて、三日目の夜を迎えようとしている。
 ウエスターの決死の覚悟も空しく、少女はまだ捕えられてはいなかった。従ってラブの行方も、ようとして知れなかった。

 この三日間が、この街の人々にはどれほど長く感じられたことだろう。ナケワメーケは日に何度も、時を変え、場所を変えて街を襲い続けた。信号、陸橋、電波塔……様々なものが次々と怪物になって、建造物を破壊し、人々を苦しめている。
 度重なる襲撃のせいで、整然とした街並みは、その半分以上が廃墟や瓦礫の山と化し、人々は残り少なくなった建物に、身を寄せ合って避難していた。

 一般国民の日常をここまで脅かしている、今や首都全体の由々しき事態――だが、あの最初の襲撃の後からは、怪物を操っているはずの少女の姿が、現場のどこにも見当たらないのだ。
 ナケワメーケ自体も、ウエスターたちが駆け付けるとそれを嘲笑うかのように、すぐに元の公共物に戻ってしまう。怪物を生み出したはずのダイヤも、少女の手がかりも、現場には何も残っていない。
 そんなことが、イタチごっこのように今日も延々と繰り返されたと苦い声で語ってから、サウラーはこう付け足した。

「何か少しでも手がかりは無いかと、僕も僕なりに探しているところだ。何か分かったら、すぐに連絡する」

 サウラーが気休めを言うところなど、せつなは今まで一度も聞いたことが無い。それを口に出すほど手立てが無いと言うことなのか。それでももう少し何とかならないものかと、つい苛立ちが口をついて出そうになって、せつなはグッと拳を握って、何とか堪えたのだった。



 避難者たちがいる方へ行ってみると、人々が二手に分かれて睨み合っていた。さっき職員が言っていた通り、今日ここに避難してきた人たちと、何日もここに居る人たちとが言い争っている。
「だから、こんな場所じゃまた襲われた時に危ないだろ!」
「私たちも、奥の部屋に入れてちょうだい!」
 彼らが言う“奥の部屋”とは、倉庫を片付けて作ったスペース。だからいざとなればシャッターを閉めて、外と遮断することが出来る。しかし、その場所は既に人で一杯になっており、仕方なく、今日来た人たちは手前の部屋――大きなガラス窓がある事務室に避難していた。

 いつ襲われるか分からない恐怖と、不自由な生活。長時間の緊張状態。何より、ほとんど全ての住人が、初めて経験する不慮の事態……。ここに及んで、普段は温厚で従順なラビリンスの人たちの、いつもとは違う一面が顔を覗かせる。

 血走った眼で詰め寄る避難者たちを、初日から避難している中年の男性が押しとどめる。
「奥はもう一杯だ。何か頑丈な物で窓を塞いで、出来るだけ危険を少なくしよう。だからここで我慢してくれ」
 男性の落ち着いた物言いに、新しい避難者たちが言葉を引っ込め、顔を見合わせる。だが、それも一瞬。
「そうだそうだ! 後からやって来たくせに、勝手なこと言うな」
「こっちだって狭いのを我慢して場所を作ったのに、何て態度なの?」
 男性の後ろから苛立った様子の複数の声が上がって、辺りの空気はさらに緊迫の度合いを増した。

「何よ、その言い方は。早い者勝ちだなんて誰が決めたの?」
「ここは公共の倉庫だろ。君たちだけの場所じゃない!」
「何だと? そんなに文句があるなら他所へ行けよ」
「こんな時に、街へ追い出そうっていうの!?」
「こんなに大勢が一か所に集まっていたら、食糧だって持たないぞ」

「もうやめて下さい。皆さん、少し落ち着いて!」
 そう言いながら、せつながいがみ合う二つの集団の間に割って入った。人々の苛立った、敵意すら感じられる視線が、一斉にせつなに突き刺さる。
 視線が痛い――そう感じられるほど強い視線にさらされることなど、このラビリンスで、かつてあっただろうか。

(本当に、ここはラビリンスなのかしら……)

 つい先日は、真逆の意味でそんなことを思った――それを思い出すと共に、ラブの笑顔が蘇って来て、胸の奥が、視線の痛みなどとは比べ物にならない痛みを訴えた。
 再び左手の拳を、ギュッと握る。

(こんな時、ラブなら……)

 目を閉じて深呼吸し、気持ちを落ち着ける。そして一人一人の顔を真っ直ぐに見つめながら、せつなは静かな、しかしよく通る声で語りかけた。

「今、警察が、怪物の攻撃から私たちを守りながら、犯人逮捕に動いています。政府も懸命に犯人を捜しています。私たちは彼らを信じて、私たちに出来ることをしましょう。ここに居る人たち全員で、助け合って……」
 だが、そこでせつなの言葉が途切れた。ひとつひとつは小さいが、不安と不満の塊のような囁きが、さざ波のように部屋中を覆ったのだ。

「そんな、信じろなんて無責任に言われても……」
「もう三日よ? 一体いつまで待てばいいの?」
「いい加減、我慢の限界だ」
 せつなの顔を一切見ようとはせず、疲れ切った顔でブツブツと呟く声。
 なおも言い募ろうと息を吸い込んでから、伝えるべき言葉が見つからなくて、せつなが力なく息を吐き出す。
 が、そこでせつなの呼吸が止まった。ごく小さな、ため息と共に吐き出された力ない言葉が、雷のような衝撃を伴って耳を打ったのだ。

「以前は……メビウスの時代には、こんなこと絶対に無かったのに」

「おいっ! そんなこと、言うもんじゃないだろう!」
 慌てたように声の主をたしなめる、さらに小さな声がする。だが、さっきの声はおさまらない。
「だってそうだろう? 俺は事実を言っただけだ」
「メビウスは、僕たちを管理していたんですよ?」
「ああ。でもだからこそ、こんな犯罪なんて絶対に起こらなかった」
「事故も災害も、その存在すら知らないでいられたしな」
「じゃあ私たちは、メビウスに守られていた、ってこと……?」
「いい加減にしないか! せつなさんの前だぞ!」

 ごく小さな声で言い合っていた人々が、その一言でハッとしたように、せつなの方を窺う。
 うつむいたせつなの表情は、黒髪に隠れてよく分からない。
「せつなさん……」
 彼女の後ろに付き従っていた女性職員が、泣きそうな声で呟いた時。

「ナケワメーケ!!」

 窓の外から、新たな怪物の雄叫びが聞こえて来て、部屋の中は騒然となった。

「マズい。スピーカーの化け物だ!」
「全員、窓から離れろ! 耳を塞げ!」
「うわ、お願い、押さないで!」
 一斉に奥の部屋へと逃げ込もうとする人々。だが、ナケワメーケが続いて発したのは、あの頭が割れるような雄叫びでは無かった。

「愚かな者たちよ。これは、メビウス様からお前たちへの、制裁だ」

 ナケワメーケの頭部にあるスピーカーから、初めて人の声が響く。まだ若い女性らしく、少々甲高い声。だが、それを補って余りある堂々とした語り口調とよく通る声音には、聞く者に耳を傾けさせる威圧感のようなものさえ備わっている。

「メビウス様は、このラビリンスから完全に消え去ってなどいない。忠実な僕であるこの私の手で、復活される日を待っておられるのだ。大恩ある存在を裏切ったことを後悔するのなら、泣け! 嘆け! そして許しを請え! お前たちの不幸が、メビウス様の力になる」

 あまりにも衝撃的なことを知らされると、かえって言葉は出て来なくなるものらしい。
 部屋の中は一瞬、しんと静まり返った。が、続いて沸き起こったざわめきは、あっという間に部屋全体をパニック状態に陥れた。

「メビウスが……」
「復活するというのか……」
「再びこの世界に、メビウス様が……」
「私たちは、どうなってしまうの……」
「だけど、受け入れてしまえば、もうこんな目には遭わずに済むんじゃないか?」
「今、裏切ったと言われたじゃない。何の制裁も無しに許されると思ってるの?」

 自分達を苦しめているのが、単なる犯罪者による事件ではなく、絶対者であったメビウスによる粛清である――その通達は、わずかばかり残っていた人々の希望を消し飛ばすのに十分だった。
 立っていられなくなったのか、その場にへたり込む者が続出する。
 あちこちで火の付いたように子供たちが泣き出した。大人たちはそれをなだめるでもあやすでもなく、ただ呆然とその場に座り込んでいる。

「せ、せつなさん……!」
 さっきの女性職員が、すがるような目でせつなの姿を追い求め、え……と驚きに声を飲み込んだ。
 驚愕と恐怖に支配された部屋の中から、せつなの姿は忽然と消え失せて、もうどこにも見当たらなかった。



 食糧庫の扉が、一瞬だけ内側に開く。外へと走り出た少女――せつなは、ギリリ、と音がするほど奥歯を噛みしめて、そびえ立つ化け物を睨みつけた。
 避難所の人たちがパニック状態に陥っていることなど、今はどうでもよかった。
 メビウスがまだこの世界に居るかもしれない。そんな衝撃の告白すらも、どうでもよかった。

(許せない)

 ナケワメーケの姿に、メビウスの本体であった巨大な球体が重なって見えた。
 もうダメかと何度も思うような状況の中で、そのたびに立ち上がって果敢に挑みかかった、仲間たちの姿が蘇る。
 傷つき倒れた自分たちを励まし、思いを託してくれたラビリンスの人たちのお蔭で、キュアエンジェルに覚醒した――あの時の高揚感も、ありありと思い出される。

(許せない)

 自分のことはいい。そもそも、ラビリンスの幹部であったイースがプリキュアになったこと自体、受け入れられるようなことではなかったのだから。
 だが、仲間たちが傷つき、ぼろぼろになりながらも、このラビリンスで戦ってくれたことを、その戦いに心動かして、応援してくれたたくさんの人たちの思いがあったことを、嘲るようにこんな形で無駄にしようとするなんて――。

(絶対に……許せない!)

 せつなの瞳が怒りのためか、常よりも赤く輝く。その鋭い視線が、ナケワメーケの右肩の辺りに流れた。
 そこに立っている小さな人影を認めて、大きく目を見開く。そして次の瞬間、せつなは獲物に襲いかかる獣のように走り出した。

「もう一度言う。これは、メビウス様からお前たちへの、制裁だ!」

 そこに立っていたのは紛れもなく、昨日ラブと共に消えたあの少女――ナケワメーケを操っている少女だった。

 走り出したせつなを遮るように、一台の車が滑り込む。現場に急行した警察車両だ。そこから腕っぷしの強そうな若者が、続々と降りてくる。
 彼らは一様に、警察支給の戦闘服を着用していた。ウエスターやサウラーのような過酷な訓練を積んだ者だけが扱える特別製ではないが、それでも使用者の身体能力を数十倍に底上げしてくれる、優れた武装だ。
 その者たちの中に、慌てたのだろうか、まだ戦闘服を手に持ったままの警官が混じっていた。せつなはそれを見つけるや否や、彼に狙いを定めて躍りかかった。

 その若者は、一瞬、自分の目を疑った。戦闘態勢にあるはずの数人の仲間が、突然目の前で、バタバタと地面に倒れ込む。一陣の風のように近付いてきた何者かが、ただの一撃で昏倒させたのだ。
 仲間の安否を確認する暇など無かった。すぐさま目の前の脅威――不届き者の方へと向き直る。だが、相手はもうそこには居なかった。
 後ろに気配を感じたと思った瞬間、首筋に手刀が叩き込まれる。そして抱えていた戦闘服が奪われると同時に、意外にも女性の声がこう囁いた。
「説明している時間が無いの……ごめんなさい」
 薄れゆく意識の中で、彼が最後に見たものは、ラビリンス人にしては珍しい黒々とした髪と、硬い表情でこちらを見つめる赤い瞳だった。



 警察車両から離れた路地に飛び込んで、せつなは改めて手の中のものに目をやった。
 ラビリンスの戦闘服――久しぶりに手にするそれは、かつて自分が着ていたものに性能では及ばない。だがこれがあれば、少なくとも目の前の敵と――少女と戦う力を得ることが出来る。
 急いで身に纏おうとして、せつなは自分の両手が小刻みに震えているのに気付いた。

(怖れているというの、私は……。この期に及んで)

「泣け! 嘆け! そして許しを請え!」
 少女の声が、頭の上から威圧するように降って来る。
 仲間たちの奮闘も、ようやく自分の足で歩き出そうとしているこの国の姿も、嘲るように踏み潰そうとする声――その声が、かつての自分の声と重なって聞こえた。

(もしかしたら、全てを無駄にしようとしているのは私の方かもしれない。それでも……だとしても!)

「誰も泣かせない! 誰も嘆かない! 私が……このイースが、お前を倒すっ!」
 言葉と共に、手にした戦闘服が旗のように勇ましく空中に翻る。だが、伸ばした腕がそれを纏うことはなかった。
 背後に感じる巨大な気配。と同時に大きな掌がせつなの腕を掴み、締め上げる。せつなの渾身の力を持ってしても、拘束は微動だにしない――。

「何をするのっ、放して!」
「すまん、イース。だが、今のお前にそいつは着せられない」
 いつの間に現れたのか、ウエスターがいつになく神妙な、哀し気にも見える顔つきで、そこに立っていた。

「おかしなものでな。この職務に就いてから、こんな俺でも人間の感情ってヤツに、少しは敏感になって来たようだ」
「何が言いたいの?」
「上手く言えんが……とにかく今のお前を行かせたら、俺はもうお前たちに顔向け出来なくなる」
「……え?」
「ラブがあの時なんて言ったか、俺にも読めてしまったんでな」

――せつなぁ~! 大好きだよ~!!

 あの時、別れ際にラブが叫んだ言葉――声は聞こえなかったが、唇の動きで確かにそれと分かった言葉。この三日間、焦燥と一緒に何度も脳裏に浮かんできた言葉が、再びせつなの中に蘇った。

「だったら、私の気持ちもわかるでしょう!?」
「ああ、わかるぞ。そしてラブの気持ちもな。たとえ無傷でラブを救っても、お前が変わってしまえば、無事な再会とは言えないということもな」

 せつなの腕から、力が抜ける。ウエスターは優しい手つきで戦闘服を取り上げると、まだ信じられないような顔で後ろに立っていた持ち主に放り投げ、くるりと踵を返した。
「すまん。今度こそ、俺に任せてくれ」
 そう言った途端、ウエスターの纏う空気が、ガラリと変わった。


 ナケワメーケを取り囲んでいた警官たちが、にわかにざわめき出した。前線から一人の男が進み出て、怪物に向かって悠然と歩き始めたのだ。
「た、隊長、何を……」
「お前たちは下がっていろ」
 制止しようとした若者の声が、凄みのある声で遮られる。言われるまでもなく、その背中から発せられる強烈な気に、全員が圧倒されてじりじりと後ずさる。

「ナケっ?」
 ナケワメーケが、人影に気付いた。無謀にも、たった一人で近付いて来る男。その小さな姿目がけて、虫けらを踏み潰そうとでもするように、巨大な足を振り上げる。
 だがその瞬間、男の姿が消えた。そして次の瞬間。

「どぉりゃぁぁぁぁっ!」

 辺りを震わせるような雄叫びが響く。ナケワメーケは軸足を取られ、地響きを上げてその場に転倒した。

 すんでのところで離脱した少女が、驚きに目を見開いてから、それを隠すように、ふん、と鼻を鳴らす。
「そこまでだ! これがただのナケワメーケだと思うのか? お前にコイツは倒せない」
「さあ、それはどうかな?」

 言うが早いか、ウエスターは空中高く跳び上がった。全身の気を右の拳に集め、まだ起き上がろうともがいているナケワメーケのダイヤ目がけて、渾身の一撃を叩き込む。
 その途端、ビリビリと暗紫色の稲妻が走った。ナケワメーケのダイヤから強烈な衝撃波が巻き起こり、空気を不穏に震わせる。
 だが、ウエスターは拳を離さない。髪を逆立て、両目をカッと見開いて、裂帛の気合いをさく裂させる。

「ぐおぉぉぉぉぉっっ!!」

 ついに、ピシリ、という鋭い音がしたかと思うと、ダイヤは乾いた音を立てて粉々に砕け散り、埃を被って横倒しになった街頭スピーカーが、姿を現した。

 スピーカーから飛び降りたウエスターが、今度は少女の方へと歩み寄る。あまりのことに、その場から一歩も動けずにいた少女は、そこでやっと我に返って、戦闘の構えを取った。
 が、そこまでだった。放った蹴りを軽々と受け止められ、地面に叩き付けられる。飛び起きようとしたところで鳩尾に一撃を喰らって、意識を失ったまま、肩に担ぎ上げられた。

「さぁ、ラブの居場所に案内してもらおうか」
 ウエスターが少女を抱えて、警察部隊と共に車に向かう。
 その姿を追う見えない影があったことに、さすがのウエスターも気付いてはいなかった。


~終~