もしかして、魔法/一六◆6/pMjwqUTk




「リンクルストーンの兆しが現れた場所。私の占いが指し示す、その場所は――」
 魔法の水晶の言葉に、思わず後ろを振り返る。
 目の前にあったのは、穏やかな光を湛えたエメラルド色の瞳。その瞳に向かって、気が付いたら必死になってこう叫んでいた。

「校長先生! わたしをナシマホウ界に行かせて下さい。みらいと一緒に、リンクルストーンを探して来ます!」
「そうか。行ってくれるかね?」
「はいっ!」
 校長先生が、微笑みながら頷く。それを見届けるや否や、わたしは急いでお辞儀をすると、箒とリンクルスマホンを掴んで教室を飛び出した。

「待ちなさい。今、魔法の絨毯で……」
 校長先生の声が追いかけてくる。が、立ち止まってはいられない。
 誰も居ない廊下を全速力で駆け抜けて、外へ出るのももどかしく、箒にまたがる。
 一気に上空まで飛び上がり、駅の方角に目を凝らす。線路の彼方、カタツムリニアが、まるで夕陽に溶けかけているかのように小さく見えた。既に魔法界の果ての、大きな海に差し掛かろうとしている。

 箒の柄を握り締め、一秒でも速く、と念じて飛ぶ。

(みらい。みらい。みらい……!)

 頭の中はもう、それだけで一杯だった。



   もしかして、魔法



 わたしに抱き着いて、肩を震わせて泣いていたみらいが、ようやく離れた。エヘヘ……と照れ笑いをしながら、わたしの手を掴んで立ち上がる。
 一人で立てるし――そう思ったけど、ギュッと握られたその手の感触が嬉しくて、みらいに手を引かれるままに立ち上がり、一緒にカタツムリニアの客車に入った。

 客車の中には誰も居なくて、みらいの小さなトランクだけがぽつんと置かれている。
 トランクを向かいの席に移して、二人並んで座った。魔法学校の制服にそっくりの衣装を着たモフルンが、はーちゃんを抱っこして、モフ! とトランクの隣に飛び乗る。

「それにしても凄いね、リコ。カタツムリニアを、箒で追いかけて来ちゃうなんて」
「そ……そう? まぁ、最高速度が出せたから、楽勝で追いつけたし」
 キラキラした目で隣から覗き込まれて、頬が熱くなる。みらいの顔がまともに見られなくて、ちょっと横を向いて得意げに言ってみせたけど、みらいは嬉しそうに、うん、うん、と頷いている。

 ああ、この感じ――と、何だかホッとした。
 みらいと居ると、ちょっとぐらい強がっても空しくなんかならない。魔法が上手く使えなくても……そりゃあ落ち込むけど、どうせわたしなんか、って暗い気持ちにはならない。もう一度頑張ってみようって、そんな気持ちにさせてくれる。
 ホッとすると同時に、これからもみらいと一緒に居られるんだ、という実感がじわじわと湧き上がって来た。嬉しさが胸の中で大きく大きく膨らんで、何だかちょっと息苦しい。

「わたしもさ、この電車に乗ってすぐ、リコの真似してエスカーゴから……あーっ、そうだったぁ!」
 不意に、みらいが素っ頓狂な声を上げた。わたしとモフルンとはーちゃんが、揃って目をパチパチさせて、みらいを見る。
「冷凍ミカン。ずーっと置いといたら、溶け過ぎてべちゃべちゃになっちゃったぁ」
 座席の隅に置かれていた布包みを開けて、みらいが情けなさそうな顔で、ハハハ……と笑った。
 湿った布の中には、まだほとんど食べられていないミカンがひとつ、実も皮も、これまた情けないほどくたんと萎れている。

「解凍したときは、上手く出来たと思ったんだ。でも、食べてみたらちょっと硬めでね。そしたら懐かしいっていうか、なんか胸が一杯になって、それ以上食べられなくなっちゃって」
「懐かしいって……わ、わたしは、失敗してな――」
 そこでみらいの表情が目に入って、思わず口ごもる。その泣き笑いのような顔を見たら、何となく分かってしまったから。
 みらいも今、わたしと同じように、幸せな胸の苦しさを感じてくれているんだ、ということが。

「あーあ。リコが来てくれるんだったら、もう少し待ってから買えば良かったな~。勿体ないことしちゃった」
 そんなことを言うみらいに向かって、ハ~っとワザとらしいため息をついてみせてから、わたしは溶けたミカンの上に、杖をかざした。

「何言ってるの。溶け過ぎたんなら、食べ頃まで戻せばいいだけでしょう?」
「戻すって……え、魔法で?」
 驚くみらいに小さく頷いて、わたしはみらいの右手に自分の左手を重ねる。みらいがパッと顔を輝かせて、すぐにその手をギュッと握り返してくれた。

 そう、二人が手を繋げば、何も怖くない。
 一人じゃ出来ないことだって出来るし、頑張れる力も湧いて来る。
 だったら、まだやったことのない魔法だって、わたしにもきっと使えるはず。

 八百屋のトッドさんが食べさせてくれた、甘くて冷たい解凍したてのミカンをイメージする。
「キュアップ・ラパパ! ミカンよ、食べ頃に戻りなさい!」
 言葉と共に杖を振ると、みらいが、わぁっと声を上げた。

「ミカンが……!」
「カチンコチンモフ!」

 モフルンの声に、思わずガクッと肩が落ちる。
 みらいの手の中にあったのは、食べ頃のミカン……とは程遠い、氷の膜で覆われた、買ったばかりの状態の冷凍ミカンだった。
 なんで? イメージしたのは確かに食べ頃のミカンだったのに――そう思ったら、いつもの強がりが口を突いて出た。

「ちょっと魔法が効き過ぎただけだし。お蔭で新しい冷凍ミカンになったじゃない。計算通りだから!」
 すると、その途端。

 ミシッ、と氷が不穏な音を立てたかと思うと、氷の一部がひび割れて落ち、そこからミカンの皮の一部が、まるで一片の花びらみたいにパラリと開いた。
 続いて反対側の一片もゆっくりと開いて、こちらは半分凍っているのか、開きかけの状態で止まる。
「あれ? この形って……」
「カタツムリニアそっくりモフ!」
 言われてみれば確かに、冷凍ミカンに細長い頭と尻尾が生えたみたいだ。

「あっ、ここだけ隙間がある……。さっき、わたしとモフルンが食べた分、ちゃんと欠けてるんだね~」
「やっぱり食べた分までは、元に戻らないモフ~」
 みらいとモフルンが、ミカンを覗き込んで口々に言い合う。その反応に、もう一度言い返そうとして――口から出たのは、フフッ、という小さな笑いだった。

「ウフフ……おかしな形。フフッ、本当に魔法が効き過ぎちゃったなんて……!」

 大した出来事じゃないのに、おかしくておかしくて、お腹を抱えて笑い転げる。何だか胸の中で膨らんでいた嬉しさが、今度は泡になって弾けたみたい。
 一瞬驚いた顔でこっちを見たみらいが、すぐに一緒になって、アハハ……と明るい笑い声を上げた。
「リコが笑ってるモフ!」
 モフルンが両手を上げて嬉しそうに叫び、はーちゃんがヘンな形になった冷凍ミカンの周りを、楽しげにくるくると飛び回る。

 魔法を失敗して笑われることはあっても、自分で自分の失敗がおかしくて笑うなんて、勿論初めての経験だ。二人一緒なら、失敗してもこんなに楽しいって思えることもあるなんて、本当に魔法みたい。
 もしかしたら、リンクルストーンの魔法の力と同じように、これもわたしたちの魔法の力なのかもしれない――二人で笑い合いながら、ふとそんなことを思った。
 みらいが居て、モフルンが居て、はーちゃんが居て。みらいじゃなきゃダメだし、わたしじゃなきゃダメ。魔法が上手くいかなかったのに、何だか素直に、そう思えた。

「よぉし。リコが凍らせてくれたこの冷凍ミカン、上手に解凍するからね!」
「だから、凍らせたわけじゃないし」
 わたしの言葉にクスッと笑って、今度はみらいが杖を握り締める。
 右手は相変わらず、わたしの手を握ったまま。だから右利きのみらいが、今は左手に杖を握っている。
 でも、大丈夫――失敗したって、二人なら大丈夫。そう思いながらその手をギュッと握り締めると、フッと表情を緩めてから、みらいが真剣な顔つきになった。

「キュアップ・ラパパ!」

(キュアップ・ラパパ!)

 世界を繋いで滑るように走るカタツムリニアの中、わたしも心の中で呪文を唱える。
 ナシマホウ界に行っても、みらいと二人で頑張れますように。
 そしてこれからも、ずっとずっと、みらいと一緒に居られますように。


~終~
最終更新:2016年04月06日 22:03