「my mother」/◆BVjx9JFTno




夜空には、雲ひとつ無い。
星が瞬き、半円形の月が出ている。


今日は、家族で温泉旅行。


「温泉って...何?」
家族で話している時の私の一言で、
お父さんが奮発してくれた。


初めて入る温泉は、外でお風呂に入るということが
ちょっと恥ずかしかったけど、体が芯から暖まり、
肌もすべすべになって、とても気持ちが良い。


ラブと背中の流しあいもして、ゆっくりと
お湯につかりながら、色んな話をした。


私は何だか眠るのが惜しくて、みんなが眠った後も
部屋にしつらえてある縁側に座り、夜空を眺めていた。



「どうしたの?せつなちゃん」


声がして振り向くと、お母さんが起きていた。
私の隣に座る。


「何だか眠るのが惜しくて...」
「...そう...きれいな夜空ね」



しばらく、ふたりで空を見上げていた。
月明かりが、私たちを優しく照らす。



「何だか、夢みたいで...」
「夢...?」


「私、自分がこんなに幸せな気持ちに
 なれるなんて、思ってなかったから...」


心地良い風が、ほおを撫でる。


「そっか...私も今、とっても幸せなの」


お母さんの横顔は、静かに
微笑みをたたえている。


「今のせつなちゃんとラブを見てると、本当に
 昔からの姉妹、いや双子かな。そう見えるの。
 最近は何だか、顔まで似てきちゃってるみたい」


お母さんがクスリと笑い、
夜空を見上げた。


「せつなちゃんはもう、うちの娘だもん。
 家族の顔が似るのは、当たり前かもね」



私の、家族。



物心ついたときには、既に施設だった。
親の顔は、知らない。


食事、教育、訓練。
言葉を発することは、許されなかった。


そのうち、誰ひとり話をしなくなった。
ひとりっきりで、生きてきた。


ずっと憎んできた、幸せ。笑顔。
それは、裏返せば、私が憧れていたもの。
ずっと、望んでいたもの。



旅先の夜空のせいか、心がとても
素直になる。


言いたかった言葉がある。
今こそ、口にしてみる。


「ありがとう...おかあ...さん」


私の、お母さん。


お母さんが私に寄り、
私の頭を抱く。


「そう、それでいいのよ。
 私が、せつなちゃんのお母さん」


あふれそうになる涙を、ぐっとこらえる。
この街に来てから、私はちょっと泣きすぎだ。


晴れた空に、うろこ雲が拡がっている。
すっかり秋の空だ。


山登りには自信があったが、
ことレジャーとなると、ラブの体力は
体育の授業とは比べものにならない。



「わはー!すっごく綺麗!」



先に山頂に着いたラブが、
歓喜の声を上げる。


「せつな!お父さん!お母さん!早くおいで!」


少し遅れて、私も山頂に着く。



「わあ...綺麗...!」



360度、視界を遮るものがない。
空と、山と、鳥の声。


深呼吸する。
新鮮な空気が、体をきれいにするようだ。



後から登ってくるお父さんとお母さんに
自然と声が出た。


「お父さん!お母さん!とっても綺麗!」



ラブが、きょとんとした顔で私を見た後、
満面の笑みで首に飛びついてきた。


「きゃっ!...危ないよ、ラブ」
「あはっ、せつなあ」


ぎゅうっと抱きしめられる。
ラブの思いが、体から伝わる。



私には、こんなに素敵な家族がいる。



私とラブは、お父さんとお母さんに
手を振りながら、登ってくるのを待った。