『My Little Happiness』/Mitchell&Carroll




 展開に行き詰まると散歩をするというのは、とある職業の性癖。
 小説家を夢見るこまちも、それに憧れて町なかを散歩していた――もっとも、元々、散歩好きというのもあったが。今日はちょうど、冬用の靴から、去年も世話になった春用の靴に衣替えする絶好の陽気だった。

 いつも通りの見慣れた町並みは、こまちの心を安心させてくれる。だが今の彼女にとって、欲しいものはそれではない。小説よりも奇なる事実を目撃せん――好奇心は旺盛なほうだが、後輩達の大胆な行動力も見習わなければ、と思っている。かといって、用も無い店に入って冷やかすわけにも行かず……仕方無く、お馴染みの看板に「また、お会いしましょうね」と心の中で挨拶してばかり。

 それは、ふと、こまちの目に留まる。一匹の野良犬が、忙しなく地面の匂いを嗅いでまわっている。
「あら、わんちゃん。何か探し物?」
 近づくこまちを、犬は気にも留めない。
 この犬が、探している何かを見つけたら、同時に自分も何かを見つけられるような――そう直感したこまちは、ペタンコの音を軽やかに響かせて、その犬の後をついていった。


 探し物は何かしら?
 見つけにくいものかしら?
 ポストの下も
 下水の中も
 探したけれど見つからないのに

 まだまだ探す気かしら?
 それより、私と――


 犬は電信柱の所で立ち止まった。そして片足を上げると、股間から勢い良く尿を放出し始めたのだ。
「まあ!わんちゃんったら、おしっこがしたかったのね!」
 犬は溜まっていた物を出し終え、ブルッとひと震えすると、紳士のように姿勢を正す。そしてなんとも温かい目でこまちのことを見つめるではないか。それはまるで「ありがとう」と言っているかのような目であった。自分の縄張りを確認する誇り高き作業を最後まで見届けてくれたことに対し、感謝の気持ちを抱いたのであろうか。こまちの心に、ポッと温かい何かが芽生えた。

 さあ、この温かいものを、さめない内に、家に持って帰らねば。


 fin.
最終更新:2016年03月25日 21:40