『その女、凶暴につき』/Mitchell&Carroll




 大自然の真っ只中では、その二人はまるで二輪の花のようである。
 つぼみとえりかは、野生の植物を観察しに森へと来ていた。
 新鮮な空気を吸ったせいか、えりかの声はいつもよりさらに調子が良い。
「ねー、つぼみー、お腹空いちゃったよ~。そろそろお弁当にしない?」
「はいっ!春菊のおひたしにフキノトウの天ぷら、それにえりかの好きな唐揚げも、沢山こしらえてきました!あそこの木の下で食べましょうか?」

 目的地の木まで、あと20メートルといったところか。
「つぼみのお弁当、美味しいからさ~、動物さんたちが寄って来るかもしれないよ?熊さんとか」
「あはは、熊はまだ冬眠中ですよ~」
 ――その直後、つぼみはペタンと腰を下ろした、というより、腰が抜けた。よく見ると、大きな熊が木にもたれかかって寝ていたのである。
「あ、あわわ、えりか!どうしましょう!?」
「ふふ~ん、つぼみ。こういう時はね、“殺(や)られる前に殺(や)る”っしゅ!!」
 意気込むえりかは背負っていたリュックサックを下ろすと、まるで“いないいないばあ”をするように両の拳を顎にくっ付け、前傾姿勢をとった。

 ――つぼみのまんまる眼鏡の淵をなぞるように、それは映る。
 えりかの上半身が描く軌道――∞。
 上体を左右に振りながら、文字通り渾身のフックを熊に撃ち込んでゆく。
 爽快な打撃音が、森中に響き渡る。その震動は湖畔の水面を揺らし、鳥たちはけたたましく鳴き声をあげながら飛び立ってゆく。
 愛するつぼみを守るため――体力の続く限り、えりかは撃ち続けた。

 やがて、結着の音が鳴り響いた。さすがに疲れきったえりかはヘタッとその場に座り込み、誇らしげな表情を浮かべている。振り返ってつぼみに向けて親指を立て、ウインクを投げ掛けたが、つぼみは無言で熊の方を指差している。
 えりかは再び振り返ると、地面に熊が倒れていた――が、妙に薄っぺらい。よく見ると、それは着ぐるみだった。そしてその後ろに、見覚えのある人物が立っていた。
「ゆり……さん!?」

 ゆりの口元から一筋、紅い筋が流れる。プッと血を吐き、手の甲で口を拭うと、いつもよりさらに低い声で話し始めた。
「こんな穏やかな日は、森の中で読書を、と思って――それで、ついウトウトしてしまったから、せっかくなので熊の格好になって、より森と一体化しようと思って……それなのにあなたときたら、ずいぶん野蛮で過激な起こし方をしてくれるじゃないの」
 ゆりは煩わしいように何度も何度も血を吐き出している。その「プッ」「プッ」という音が、えりかには死へのカウントダウンに聴こえた。




「う、う~ん、う~~ん……」
「えりか!えりか!起きて下さい!!」
「――ハッ!?ゆ、夢か……」
「も~、ファッション部の仕事を家に持ち帰って済ますなんて言って、間に合わないから手伝いに来てと言われて来たのに、肝心のえりかが寝てしまってどうするんですか?」
 えりかの顔は汗と涙でグッショリである。つぼみは近くにあったタオルでえりかの顔を拭いてやった。しばらくすると、誰かが階段を上って来る音が聞こえてくる。
「えりかー、入るわよー?」
 えりかの姉・ももかが、両手に鍋つかみをはめて、グツグツと煮えたぎる大きな鍋を運んで来た。
「ほら、前にアンタに『ゆりの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい』なんて言ったの、おぼえてる?それでゆりにお願いして、足の親指の爪の端っこに挟まってるやつをもらってきて、それを隠し味に鍋を作ってみたの。名付けて“ゆり鍋”!」


 ゆり鍋を堪能した三人は、その後、成績が上昇したという。

 おしまーーい