『Dreams come true』 ***結***/競作スレ3-228様





「おっはよ、奏!!」

 爽やかな朝の日差しの中、掛けられたその声に驚いて、奏は背後を振り返った。

「お、おはよう、響」

 そこには、今まで奏を避けまくっていたとは思えないほど、元気いっぱい満面の笑みを浮かべた響が立っていた。
 昨日までとは打って変わったあまりの豹変ぶりに、奏は訝しげな表情を浮かべながらも口を開く。

「あ、あの……き、今日は元気そうね、響」
「うん!ちょっと嬉しい事があってね!」

 ―――響の言う嬉しい事……それは奏の事をもう避けなくてもいい事だ。
 響は奏の傍らを歩きながら、まだわだかまりが捨てきれていないのか、未だツンと澄ましている彼女の横顔を見た。
 昔からずーっと見てきたはずのその横顔になんだか懐かしさを感じて、響の口元が自然と綻ぶ。
 奏に気まずさも罪悪感も感じることなく、傍にいられる……喧嘩をして仲直りする度に、そのささやか幸せを再確認してきた響だったが、今回はそれを今までにない程大きく感じていた。

「……な〜に?人の顔見てニヤニヤして……」
「ん?あ、はは。何でもない何でもない」
「……ふ〜ん……言っときますけど、今日はキャンディ持ってないからね」
「え〜……」

 今までの笑顔もどこへやら、奏の言葉に響は顔を曇らせ、落胆の声を上げる。
 その落差が可笑しかったのか、奏の表情が少し和らいだ。

「あ、そうだ。今日は朝練は無いの、響?ホラ、例えば――インディアカ部とか」
「え!?ドイツ発祥で、日本ではピンポンパンとも呼ばれているあの!?そんな部活うちの学校に―――」

 言いかけて、響はハッと我に返る。それから奏と顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出した。
 ―――『お互いを気持ち良くするのが友達』だと淫夢の中の奏は言っていた。
 だけど、と響は考える。
 あんな事をしなくたって、こうして何気なく一緒にいて、それだけで気持ち良く、楽しく笑い合えるのが本当の友達なんだ、と。ハミィの寝言も本来はそういう意味だったのだろう。
 雲一つ無い空を仰いで、もう二度とあんな悪夢は見たりしない、と響は信じた……それは単に耳栓をするから、という単純な理由からではない。
 響の抱いている本当の願望は、こうして『いつまでも奏の傍にいる事』なのだと気がついたから。

「何よ、響。今度は急に真剣な顔して……?」

 再び怪訝そうに自分を見つめる視線を感じて奏に顔を戻すと、響は誤魔化すように、はは、と苦笑いを浮かべた。その耳に、アリア学園のチャイムの音が聞こえてくる。

「あ!いっけない、のんびりし過ぎた!走るよ、奏!」
「え!?ちょ、ひ、響ってば!!」

 奏の手を引き、走り出す響。
 その顔に浮かんでいるのは、爽やかな朝に相応しい、一点の曇りもない清々しい笑顔だった。




 加音町―――窓から夕日の差し込む調べの館。
 その中に、子猫を膝の上に乗せ、一人椅子に座る少女がいた。

「―――という訳で、『ハミィの寝言が悪い!!』って朝から大目玉食らったニャ!!」

 子猫―――ハミィは、憤懣やる方ない、といった調子で腕組みし、少女にブツブツと今朝の愚痴をこぼしていた。
 少女は一部始終を黙って聞いていたが、漸くここで薄いピンクの唇を開く。

「ふぅん………酷い話ね、それ」
「全くニャ!!ハミィは寝言なんか言わないニャ!!それなのに、今日は耳栓買いに行くからとか―――」
「……そういえば前にも言ってたもの。ハミィが昼寝してる時によく寝言言うんだ、って」
「え!?じゃ、じゃあやっぱり寝言言ってたのかニャ………」

 少女の言葉に、シュンと落ち込んだ様子のハミィの頭を、白い手が優しく撫でる。

「そうね……でもハミィが気にすることないわ。だってあなたには何の罪もない……ただ楽しい夢を見てるだけなんですものね……」
「そ、そうニャ!!ハミィはセイレーンとの楽しい思い出の夢を見てただけだニャ!!」
「それに、仮に言ってたとしても、今までは彼女だって大して気にせず眠ってたんでしょう?いきなり怒るのは理不尽よ……」
「その通りニャ!!言ってくれればハミィだって少しは注意して―――」

 その言葉を最後まで言わせずに、少女はハミィの口に人差し指を当てると、耳元に顔を近付けた。
 その声には篭絡するかのような響きが込められている。

「……注意したって治せるものじゃないかもね……むしろ逆に、あの娘の耳栓なんか取ってしまえばいいのよ」
「え!?で、でも、そんな事したら……響、怒らないか心配ニャ……」
「大丈夫……今日はたまたま起きただけでしょうから……それに、ハミィだって面白くないでしょ?お返しのちょっとしたイタズラだと思えば、平気平気」
「へ、平気……そうニャ……このままじゃハミィの怒りも収まらないニャ!!」

 よしよし、と少女の指がハミィの喉元をくすぐる。成績の良い子に与えるご褒美のように。
 ハミィは気持ち良さそうに目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らした。

「さあ、それじゃあいつもみたいにハミィの思い出を話して聞かせて……」

 少女の言葉に、分かったニャ!と元気良く立ち上がるハミィ。
 しかし、何かに疑問を感じたように、軽く首を傾げた。

「―――でも、ハミィは楽しいけど、こんな話は退屈じゃないかニャ?」
「いいえ、今は敵同士だから、かしら、ハミィとセイレーンが仲が良かった頃の話、聞いてて楽しいわよ?」
「そうかニャア………」
「それにね、こんな話もあるのよ」

 何やら考え込み、口をつぐんでしまったハミィを言いくるめるように、少女は口を開いた。

「夢っていうのはね、『その日有った事』や『過去にあった印象の強い事』なんかが作用する事が多いんだって」
「そ、そういうものなのかニャ?」
「そうよ……実際、ハミィは思い出話をするようになってから、よくその夢を見るんじゃない?」
「あ……そういえば最近ずっとセイレーンの夢を見てるニャ!!じゃあ今日も、夢の中でセイレーンに会えるのかニャ!?」
「ええ、きっとね……」

 ハミィの目がキラキラと嬉しそうに輝き出す。それを見て、少女も嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

「よーし、それじゃ話すニャ!!今日は何の話を―――」
「そうねえ、また毛づくろいした話を聞きたいかな」
「ニャプ……またそれニャ……他にもたっくさん楽しかった思い出はあるのにニャア……」

 少々ゲンナリしたかのように肩を落とすハミィ。実はこの一週間以上、ハミィは少女に請われて、毎日毎日ここで
その話をし続けてきたのだ。
 少女はハミィを胸元に抱き上げ、機嫌をとるように、文字通りの猫撫で声を出した。

「ねえ、お願いハミィ……あの話、大好きなのよ……」
「むー、仕方ないニャ!じゃあ今日は、森に遊びに行った時に、日向ぼっこしながらお互いを毛づくろいした話を披露するニャ!!」

 大好きな話と言われてしまっては仕方がない。それに、元からハミィはセイレーンとの思い出話ならどの話をしていても楽しいのだ。
 少女のリクエスト通り、ハミィは揚々と毛づくろいの話を語り出した―――。

「―――と、こうしてハミィとセイレーンは、森の中でたっぷりお互い舐め合ったのニャ。めでたしめでたしニャ!」

 ひとくさり話し終えて、エヘン、と誇らしげに胸を張るハミィ。
 膝に肘を付き、掌で顎を支えた姿勢で話を聞いていた少女は、姿勢を正すと小さくパチパチと拍手をした。

「うん!楽しかったわぁ……今日もありがとうね、ハミィ」
「どういたしましてニャ!!」

 ハミィは再び少女の膝に飛び乗ると、窓から見える夕焼け空を見ながら、決意を固めるようにして小さく呟いた。

「これで今夜もセイレーンとの夢が見られるニャ……。でも、いつか夢だけじゃなく、セイレーンと昔みたいにいっぱいいっぱい遊ぶのニャ!!」
「大丈夫よ、ハミィ。必ずそんな日がやってくるから……」
「!!本当かニャ、奏!?」

 勿論、と言って、ハミィを抱えて立ち上がる奏。
 彼女は思い出す。響がここしばらく、気まずそうに自分を避けていた時にしていた目を。
 そこには、怯えるような光とともに、欲望に爛れたような色がはっきりと浮かんでいたのだ。ならば―――あと少し淫らな夢を見続ければ、根が単純な響の事だ。容易に陥落し、変貌するに違いない。
 奏に恋焦がれ、淫欲の赴くままに行動する少女に―――。
 やがて来る、響との淫らな関係を想像し、奏は口の端をキュッと釣り上げると、歪な笑みを浮かべた。
 今の奏の顔は、昔からの友達の響ですら知らない、見た事のないものだった―――ただし、現実世界では、の話だが。

「――だって、よく言うもの……『夢は、いつか現実になる』―――って」

 夕日に照らされた清純そうな顔に、似つかわしくない淫らな表情を浮かべ、ぷっくりとした唇を舌で舐め上げる奏。
 その顔は、響の淫夢の中の奏―――サッキュバスと、寸分違わぬものであった。




『いかばかり 思ひけめかも しきたへの 枕片去る 夢に見え来し』




――――了