『その時、星は炎を纏って』




 トワが熱を出した。夏休みに続いて二度目だ。祖国を取り戻し、戦いの日々が終わって、気が抜けたのかもしれない。
 きららは、食堂で氷を貰って来て氷水を作り、冷やしたタオルをトワの額にのせた。
「大丈夫? トワっち」
「ええ。冷たくて気持ちいいですわ」
 熱のせいか、いつもより一層潤んだ赤い瞳が、すまなそうに揺らぐ。
「すみません。最後まで、自分のことは自分でやろうと思いましたのに」
「具合が悪い時は、甘えていいんだよぉ」
「でも、だからと言ってきららが……」
 そこできららが人差し指でトワの唇に触れ、言葉を塞ぐ。そしてトワを寝かしつけるように、ぽんぽん、と布団の上から軽く叩いた。

 辺りはしーんと静まり返っていて、物音ひとつ聞こえない。
 今日はノーブル学園の卒業式が行われているので、具合の悪いトワと、具合が悪いと自己申告したきらら以外、全員式典に出席しているのだ。
 パフとアロマも新しい生活の準備のため、数日前からカナタと共にホープキングダムに出向いている。そんなわけで、女子寮に居るのはトワときららの二人きりだった。

 カーテンを閉め切った部屋は薄暗いが、その闇は淡く、柔らかい。
 その薄暗がりの中、とろとろと微睡み始めたように見えるトワの枕元から、きららがそっと立ち上がる。その途端、何かにくいっと引き戻されて、彼女は驚いて振り返った。
 トワが、布団の中から手を伸ばして、きららのセーターの裾をキュッと握っている。
「どこへ行くんですの?」
「氷、溶けちゃったからさ。もう一回貰って来るよ」
「要りません。ここに居て下さい」
「すぐ戻って来るから」
「嫌です」
「もう……どうしちゃったの? トワっち」
「具合が悪い時は、甘えても、いいのでしょう?」
 トワがゆるゆると首を横に振る。とろんとした目と、少し舌足らずな口調。その珍しく子供っぽい言動に、きららの頬が緩んだ。
「しょうがないなぁ。じゃあ、お姫様の仰せに従いましょうか」
 ベッドの横に座り込んで、セーターを握りしめていた手を両手で包む。ほっそりとした小さな手。いつもは少し冷たく感じられるその手が、今日は随分と熱い。
「そばに……居てくれますの?」
「うん。ずっとそばに居るよ」

 ずっと、そばに――。
 自分で口にしたその言葉が、胸に重く沈んだ。
 もしかしたら、トワと二人だけでこんなにゆっくりとした時間を過ごせるのは、今日が最後かもしれない。数日先の終業式が終われば、きららはフランスに、そしてトワは異世界であるホープキングダムに旅立つ。

 はるか、みなみ、ゆい、それにパフやアロマたち、みんなで一緒に過ごした時間の方が、二人だけの時間よりも、おそらく長かっただろう。
 でも、トワと二人で過ごした時間は、いつしかきららにとって、みんなで過ごす時間とは全く違った意味を持つようになっていった。
 同じようにあたたかくて、刺激的で、居心地の良い時間だったけれど、それだけじゃない。
 その笑顔を間近で目にするだけで、胸の奥を優しく抓られるような。
 その声が耳をくすぐるだけで、心臓がいつもの倍以上の速さで動き始めるような。
 そしてひとたび触れ合えば、時にトワに操られ、時にトワのためにのみ動く傀儡と化して。
 自分の身体がまるで思うようにならないなんて、モデルとしては致命的なのに、心はそれを無上の喜びと感じている、そんな不可思議な秘密に彩られた、息詰まるほど濃密な時間。無くなるなんて、到底耐えられないような――。

(ダメダメ。トワっちの前で、暗い顔なんか見せられない)
 気を取り直して、もう一度ベッドの中のトワに目をやる。すると驚いたことに、赤い瞳は相変わらずとろんとしているのに、こちらを向いたまま、閉じられてはいなかった。
「トワっち。眠れないの?」
「何故でしょう。何だか見つめれば見つめるほど、きららが小さく遠く見えてしまいますの」
 そう言って、トワが口元を緩める。
「こんなに近くにいるのに……我儘ですわね」
 その哀し気な笑顔に、きららが一瞬、顔を歪めて、そして――悪戯っぽく、にひ、と笑って立ち上がった。

「きらら? なんですの?」
 突然ベッドに潜り込んできたきららに、さすがのトワも驚きの声を上げる。だが、その言葉もすぐに塞がれてしまった――今度は人差し指でなく、その形の良い唇で。
「トワっちが幾ら目を閉じても、眠っても、あたしを遠くに感じないようにと思ってさ」
「そんな……駄目です。伝染りますわ」
「トワっちの風邪なら、むしろ他の人には渡したくないってカンジ」
 そう言って、きららが自分の唇をぺろりと舐めてから、もう一度トワと口づけを交わす。すると今度はトワの方から、きららの背中にゆっくりと両腕を回した。





 ベッドの中で毛布にくるまったまま、きららが器用に服を脱ぎ捨てる。続いて、トワの肌が外気に触れないように注意しながら、パジャマのボタンをゆっくりと外す。
 胸元をはだけると、ぷるんと現れる豊かな胸。そう言えば、さっき汗をかいたパジャマを着替えさせたとき、ブラジャーを外したままだったことを忘れていた。微かに立つ甘やかな香に、少しだけドキドキと自己主張を始めた心臓をなだめながら、ゆっくり慎重に脱がせていく。

 やがて、一糸まとわぬ二つの伸びやかな裸体が、ぴたりと寄り添い、密着した。
 トワの心臓の音が、自分の心臓の音とリンクしている――それを感じながら、きららは目を閉じる。
 柔らかく滑らかな体から、いつもに増して伝わって来る熱。まるであたしを溶かそうとでもしてるみたい――うっとりとそう思いながら、いつものように鎖骨の辺りからキスを落とそうとして……ハッと思いとどまった。

(ダメダメ。トワっちは病人なんだから、無理させないように、抱き合うだけでガマン……)
 だが、そんな殊勝な決意の方が先に、ぐずぐずに溶かされてしまう。熱い吐息が顔にかかり、続いて熱く柔らかなものが首筋を這う感触に、熱とも寒気ともつかぬものが、背筋をゾクリと駆け抜けた。

「こら、トワっち。具合悪いんだからさ、大人しく……」
「大丈夫、ですわ。大人しくなんて、できません。それに……させません」
「もう……言ったな?」
 少しカールした赤髪を掻き分け、現れた耳の尖った先端に、そっと歯を立てる。びくり、という反応を楽しむかのようにその耳殻を舌でなぞれば、びくり、びくり、と背中を波立たせながら、細く高くきららの名を呼ぶ声。

 きららがもう一度、にひ、と笑ってから、その唇を白い肌に滑らせ、トワの体のいたるところにキスの雨を降らせる。
「トワっちの体、凄く熱い。やっぱり、あんまり無理させちゃダメだね」
「きらら、は、まだ、熱が足りませんわ、ね」
「へ? ……あ、痛っ」
 吐息と共に発せられた言葉が理解できずに、首を傾げたその瞬間。両胸の先端に鋭い衝撃が走った。右の乳首を甘噛みされながら、左の乳首を爪の先でギュッと責められる。間をおかず、両の乳首をすりすりと指で優しく責められて、きららの表情が一瞬で蕩けた。

「あっ、あっ、あっ、あっ……」
(ダメ……トワっちの指、いつもと違う……)
 燃えるような細い指に蹂躙されて、乳首に火が付き、それが胸全体へと広がっていく。焼かれるというより、溶かされていく甘苦しい感覚。それと共に、体が勝手に更なる快楽を求め、両膝がそっとこすり合わされる。
 そんなきららのなまめかしい姿態に嫣然と微笑んで、トワは白く蠢く喉の辺りを、チロリと舐め上げた。
「きららの体も、熱くなってきましたわ」
 だが。

 顔を離した瞬間、きららの頭がもぞもぞと下の方に動いて、トワを戸惑わせる。するりと伸びた指がトワの脚の間を割って、秘所の入り口にそっと触れた。
「キャッ! きらら?」
「やっぱり。トワっちも、もう準備はいいみたいだね」
「も~、なんですの?」
 愛液に濡れてキラリと光る指先を、見せつけるようにトワの目の前でピンと立てて見せてから、きららがトワと体を交差するようにして、秘所と秘所とを密着させる。
 トワの方も、すぐに態勢を整えると、秘唇を擦り合わせるようにして、きららの動きに応えた。

 密やかな水音を奏でるその場所はすぐひとつに溶けあって、もうどちらの体温が高いのか、まるで分からない。
 ひとつになりたい。二人の距離をゼロにして、身も心も決して離れないように。
 ひとりになりたくない。声も匂いもこの熱も、相手の全てを取り込んでしまいたい。
 トワの右手がきららの頭を掻き抱き、きららも左手を伸ばして、トワの艶やかな髪を掴む。
「きらら、きららぁぁぁ!」
「ここに居るよ……そばに……あぁぁ、トワっち……!」
 突然、二人の体が同時に、ビクン、と跳ねる。二人は命綱のようにお互いの体に捕まったまま、星々が赤く煌めく宇宙に投げ出され、その穏やかな闇に飲み込まれた。





「きらら」
 ようやく息を整えた後、まだ熱く火照ったきららの掌に自分の手を重ねたトワが、天井を見つめたまま囁くように呼びかける。
「夢を追い続けていれば、きっとまた会える。私は、そう信じていますわ」
「うん。あたしも信じる」
 同じように小さく呟くきららの声が、少し震えた。それを誤魔化すように、きららは体をトワの方に向けて、少し悪戯っぽく笑って見せる。

「じゃあ、いつトワっちに会ってもいいように、あたしもますます綺麗にならなきゃね」
「うふふ……そうですわね」
「トワっちもだよ?」
「え?」
 少し不思議そうにこちらへ目をやるトワの顔を、きららは実に愛おし気に見つめた。
「トワっちは、時々はちゃあんとリラックスして、肩の力を抜くこと」
「わかっています」
「ホントかなぁ。放っとくと頑張り過ぎちゃいそうで、心配なんだよなぁ。あたしが居なくても、ホントに大丈夫?」
「大丈夫ですわ。だって」
 トワはそう言うと、ずっと握っていたきららの手を、自分の胸元へと導いた。
「きららはいつでも、ここに居ますもの。疲れた時や迷った時は、ここに居るきららの声に、耳を傾けますわ」
 トワの顔を不思議そうに見つめていたきららが、不意に寝返りを打って、顔を天井の方に向けた。

「きらら……? 泣いてますの?」
「違っ……ちょっと、目にゴミが入っただけ」
 そう言って、きららがもう片方の手で両目を隠す。その指の間から、一筋の涙がすーっと流れた。トワがそっと起き上がり、その涙の跡を、そっと舌でぬぐう。
「甘えても、いいんですのよ? きらら」
「……あたしは、具合悪くないから」
「今日は、特別です」
 トワが、覆いかぶさるようにして、きららを柔らかく抱き締める。
 卒業式が終わるまで、もう少し時間がある。この時を永遠に互いの中に刻もうとでもするように、もう一度固く抱き合う二人を、淡くあたたかな闇が優しく包んでいた。


Fin.