「夢の後に」/kiral32




夢を見ている時、これは夢だと自分でも気づいていることがまれにある。
満が見た夢はそのパターンだった。

 * * *

「わ~」
オーブンを開けた時の匂いだけで、満には自分が作ったメロンパンが
いつもと違うメロンパンなのが分かった。
甘い匂いはいつも漂っているが、今日はそれと違って香ばしい匂いも
感じられる。

それはまるで、そう、咲のお父さんが焼いたようなメロンパンだった。

「満、すごくおいしそうにできたね!」
隣にいる咲も興奮している。満はいつもと同じように作ったつもりだったので、
今日のパンはいつものパンと何が違っているのかは
よく分からなかったが、とにかくおいしそうなことだけは分かっていた。

「食べてみましょ」
手で持てるくらいの温度に冷めるまで待ってから、
満と咲は同時にメロンパンを手に持って「いただきます」と声をあげて
一口かじる。

かじった二人は何も言わずに思わず顔を見合わせた。ごくんと口に入れた
パンのかけらを飲み込んで、
「やったね、満! お父さんがつくったメロンパンにそっくりな味だよ!」
「咲、咲もそう思う!?」
「うん、これ本当すごいよ!」
咲が乱暴なほどばんばんと満の背中を叩く。満は何度も何度もうなずいていた。
咲のお父さんが焼いたメロンパンは何回も食べたことがある。
その度に、どうしたらこの味が出せるのかと思っていた。
咲のお父さんから一通りメロンパンのレシピも焼き方も教わってはいたものの、
自分で作ってみるといつも何かが物足りなかったのだ。

やっと、咲のお父さんと同じ味が出せた。やっと、自分で食べたいメロンパンの味を
自分で出すことができた。
そう思うと、満は何も言えなくなってしまって食べ始めた一つをゆっくりと噛みしめながら
全部食べた。
「もう一つもらってもいい?」
咲がそういいながらもう二つ目のメロンパンに手を伸ばしている。

「もう食べようとしてるじゃない」
笑ってそういいながら、満も二つ目のパンを手に取った。

満は幸せだった。
幸せすぎて、なんだか違和感があった。
頭の後ろあたりが痛くなってきたような気がする。
そのぼんやりとした痛みは、だんだん強くなってきた――。

 * * *

満が夢から目を覚ました時、辺りは暗かった。
ぼんやりとした影があちらこちらに見える。満が寝ているのは自宅のベッドではなくて、
ごつごつとした土の上だった。

――あれ? 私……

満は今まで寝ていた場所に座り込むと辺りを見回す。
あちらこちらに見えるぼんやりとした影は樹の影だった。満は外で眠っていたらしい。
空には月も星も何も見えない。ただ真っ黒な空間だけが広がっている。

立ち上がって少し歩き、樹に触れてみる。その樹はもうすっかり枯れてしまっていた。
葉も一枚もなければ、芽もない。ただ倒れていないというだけで、もう既に死んでいた。
また歩いて別の樹に触れてみても同じだ。
どの樹も死んでいる。

枯れ果てた空の泉とそっくりだったが、ここは空の泉ではなかった。
遠くにはひょうたん岩らしき形の岩も見える。夕凪町に違いなかった。

先ほどから、何の音も聞こえない。ただ自分の息遣いが聞こえてくるだけ。
満は軽く頭を振った。今、この状況を理解できる考え方は一つしかない。

すなわち、プリキュアが倒されて緑の郷は滅びることになったのだ。
今、まだ一応世界が残っているように見えるのはこれから後に完全な滅びが
訪れるまでの待ち時間でしかない。

――……そうだっけ……?
満は額に手を当てて考える。そうではなかったような気がする。
確か、別の結論が訪れていたはずのような……。

「……あ、」
遠くにぼんやりと薫の姿が見えた。薫はダークフォールの灰色の戦闘服に身を包み、
かつて樹だったもののそばに俯いて立っている。
満は自分の身体を見て、初めて自分も薫と同じ灰色の戦闘服を着ていることに気が付いた。

すっと満は跳びあがる。空を駆けるのと同じような速さで軽やかに大地を駆けると、
薫のいる場所にはすぐ着いた。

「薫」
背中の後ろからそう声をかけると、薫は無言で満の方へ振り向いた。
その瞳は黒い青に彩られている。
「薫……ここは、何?」
「さあ」
薫は表情を変えずにそう呟いた。
「緑の、郷?」
「……」
薫は無言で後ろを向くと、満の前から立ち去ろうとする。

「待ちなさいよ」
満は後ろから薫の右手を掴んだ。
「どこに行く気なの?」
薫は再度振り返ると、硬い表情のままで満を見る。満が無言で薫の目を睨み付けると、

「光のある場所に行く」
とだけ言った。
「どこよ、そこ」
「分からないわ。でも、ここは私の居たい場所じゃない」
薫はそう言い切ると、また満に背を向けて行こうとした。手を掴んだままの満は
半ば薫に引きずられるような形でついていく。

と、ぴたりと薫が立ち止まった。と思うと、満の手を振り払う。
「何よ」
満がむっとすると、

「満は満で、行きたい場所に行きなさい」
薫は静かに言う。満を見るその瞳は鋭い。
「行きたい……場所……?」

――私に行きたい場所なんて……
そう、満は思った。行きたい場所なんて場所が自分にあったかどうかもよく
分からなくなってきた。


考えていると、頭の後ろあたりが痛くなってきたような気がする。
そのぼんやりとした痛みは、だんだん強くなってきた――。

 * * *

満が夢から目を覚ました時、カーテンを透かして朝の光が部屋の中に入り込んできていた。

――あれ? 私……

ダークフォールが滅んでから、薫と一緒に住むようになった夕凪町の家。
満はその寝室で目を覚ましたことに気が付いた。
隣のベッドにいるはずの薫の姿はない。
一度頭を振って、今日が日曜日であることを思い出すと枕元に置いた目覚まし時計を見て
寝坊したことに気づく。
薫はもう、とっくに起きているのだろう。

目をこすりこすりリビングに行ってみると、案の定薫はもう朝食も終えた様子で
お茶を飲んでいた。

「おはよ」
「寝坊ね」
「うーん、」
満はテーブルの前の椅子にどさりと腰を下ろす。
「変な夢見た」
そう言っても薫は大して興味をひかれなかったようで、
「ふうん」
とだけ答える。

「なんか、世界が滅ぶ夢」
薫の表情が急に引き締まった。
「それで?」
「うん、薫が『光のあるところを探す』とか何か言ってた」
「ふうん……」
「でも、私自分が薫と一緒に行きたいのか滅んだ世界にいたいのかよく分からなくて」
「うん」
「気が付いたら目が覚めてた」
「夢ね」
薫はあっさりとそう結論を出す。満は怪訝そうな表情を浮かべた。

「それは、夢は夢だけど。何でそんなにきっぱり」
「今の満がその二つで悩みそうにはないもの」
「……そう?」
「そう」
薫はそう言うと、立ち上がって「朝ごはん」と言いながら昨日満が焼いて持って帰ってきた
パンを渡す。
昨日満が焼いたメロンパンは、まだそれほど――咲のお父さんが作ったパンほど――
美味しそうではなかった。

「あ」
満は、最初に見た夢の方を思い出す。

「どうしたの」
「さっきの夢の前に、別の夢を見たの。すごくおいしいメロンパンが作れる夢」
「ふうん」
「あれも夢だったんだ」
満は少しがっかりした。思い出してみると、あの夢もまるで現実だったように感じられる。

「そっちの夢の方は、そのうち本当になるかもしれないんじゃない」
お茶を飲みながら薫が言う。
「んー……だといいけど。ねえ薫、牛乳飲みたい」
「自分で注いできなさい」
「……」
全くもう、と言いながら満は立ち上がって冷蔵庫に牛乳を取りに行った。

「今日は咲とパンを一緒に焼くんでしょ。早く食べないと。
 私もみのりちゃんと約束があるし」
「うん」
咲が待っているから、遅刻はしないようにしよう。そう思いながら満は壁にかけた時計を見上げ、
まだ十分間に合うと胸をなでおろす。
牛乳をカップに注いでから、満はふと気になって後頭部を触ってみた。
頭の後ろの痛みは、今のところない。

これも夢にならないようにと満は願いながら、マグカップを持って食卓へと戻った。

-完-