【笑顔:Smile】/◆BVjx9JFTno




「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるねー」


ぎりぎりまで我慢していたのか、ラブが席を立ち
小走りで公園を突っ切っていく。


ドーナツショップは今日も賑わっている。


私が図書館で本を読んでいるときに、友達にトリニティのビデオを
貸しに行っていたラブから電話があり、ドーナツショップで待ち合わせて
お茶しようということになったのだ。


テーブルに置いたままの、私の財布が目にとまった。
この世界に尖兵として来てから、はじめて「お金」というものを知り、
財布というものを持つようになった。


財布を開くと、写真のシールが貼ってある。プリクラというものだ。
ずっと前、ラブや美希、ブッキーと一緒にデートした時に
写真を撮り、ラブ達がそうしていたように貼ったものだ。


無邪気に笑う3人とは対照的に、ほとんど表情がない私がいた。
リンクルンを奪うために、ラブを騙していた頃の私。


ラブに貰ったクローバーペンダントは
大事に身につけていた。


「ずいぶんお気に入りだね」
サウラーから言われた言葉も、図星だった。


心の中にあるものを、邪気で塗りつぶしていた。
胸が苦しくなったのは、その頃からだった。


「あっ、これまだ貼ってるんだ~」
気がつくと、後ろからラブが覗き込んでいた。


「ねぇ、今からプリクラ撮りに行こうよ!
 あたしのこの写真、はがれちゃってさぁ」


「えっ...」


「うん!決まり!さ、夕ごはんも近いから急ごう!」


ラブが私の手をとり、クローバーボウルの方に走る。
つられて私も駆け足になる。


クローバーボウルの受付フロア端に、2台の撮影機械があった。
空いている1台にラブが飛び込む。


「ねぇせつな、どのフレームにする?」


「うん...これ...かな」


「よしっ、決まりぃ」


上下に飾りが付いた背景を選んで、画面にタッチした。


4枚撮影するようだ。


「さ、ポーズ取って」


ラブは元気いっぱいの笑顔でカメラを見ている。
私は...笑おうと努力する。



1枚目を撮影したメロディが鳴る。



画面に出た私の表情は、案の定
私の財布に貼ってある写真と同じ。



やっぱり、生まれ変わったとはいっても
まだ心がぎこちない。



笑顔のない世界で生きてきた私が、
そう簡単に笑顔を手に入れることなんて、出来ない。



ましてや、人から笑顔を奪っていたこの私が。



どんよりした気持ちが私を包む。
何枚撮っても一緒だ。


いつか、ラブと一緒に笑って写れるのだろうか。





いきなり、ほおにラブの唇が押しつけられた。


2枚目を撮影したメロディが鳴る。


「せつなー!大好きだよー!」


ラブが私の首に腕をまわし、
私のほおにぐりぐりと頬ずりする。


「ちょ、ちょっと...!くすぐったいよ...!」


ストレートな言葉が心に響いた。
サウラーがオウムの羽根をばらまいたとき、ラブは
裏表のない心を露呈した。


ラブの言葉は、そのままラブの心なのだ。
素直に受け止めればいい。


心の中がじんわりと暖かくなった。



3枚目を撮影したメロディが鳴る。



4枚目を撮影したメロディが鳴る。



撮影が終わり、4枚の写真が画面に揃った。


2枚目から4枚目の写真を見て、
私はそこにあるものが信じられなかった。



ラブにキスされてびっくり、真っ赤な顔の私


ラブとほおを合わせ、満面の笑みを浮かべる私。



自分では絶対に出来ないと思っていた表情。



「いい写りのを選んじゃおうっと」


選んだのは、ラブと私が満面の笑みを浮かべている写真と
ラブが私にキスした瞬間の写真。


ペンを取り出して何やら書いている。



「さ、出来た!外に出てくるよ!」


ラブが私の手を引いて外に出る。



ほどなく、写真がコトリと落ちてきた。


ラブが私にキスしている写真には
「せつな」「ラブ」の文字と「大好きだよ!」の文字


2人が笑顔の写真には
「せつな」「ラブ」の文字と「ずっと一緒だよ!」の文字




胸が熱くなり、鼻の奥がツーンとする。
こんなに、幸せな気持ちになっても良いのだろうか。



私も、素直な心を、伝えたい。




「...どうしたの、せつな?」


「...ありがとう。ラブ」



ラブの手を引き、もう一度プリクラの機械の中に引き込む。
「ん?また撮る...」


言い終わらないうちに、ラブのほおに口づけをした。



「おかえし。私も大好き。」



一瞬目を見開いて止まったラブの表情が崩れる。


「...わはー!自分もやったけど、何か照れるねー!」


「うふふっ」




出てきた写真を分け合う。


「キスの写真はさすがに貼れないなぁ」
「ふふっ、そうねぇ」



私は2人笑顔の写真を、前に撮った写真の横に貼った。



ふと、ラブの財布を見ると、前に撮った写真は
大事に貼られてあった。




やっぱり、ラブは何もかもお見通しのようだ。




寝る前に、もう一度財布を開く。



前に撮った写真。


無表情の私。
自分の心を塗りつぶし、もがいていた私。



そっと話しかける。



辛いでしょ。でももう少しの辛抱よ。


自分の心に素直になったら...



新しく貼った写真に視線を移す。



そこには、大切な人と寄り添って
幸せいっぱいの笑顔を振りまいている私がいた。



ラせ1-2は、しばらく経ってからの二人
最終更新:2013年02月16日 00:03