『トワえもん』/Mitchell&Carroll




 清々しい朝。窓辺でアーリーモーニングティーの優雅な香りを漂わせながら、
トワはお決まりの一言で学園生活をスタートさせる。
「今日も一日、頑張りますわ!」

 ルームメイトのきららと仲良く校舎へと向かっている途中、何やら白いものが落ちていた。
「あら?何でしょう、これは」
トワはそれを拾い上げると、しげしげと観察し始めた。
「これは……ポーチでしょうか?」
――それは、なぜか無性にお腹の辺りに装着したくなる代物だった。
つい我慢しきれずに、トワは制服のお腹の辺りに、それを装着してみた。
するとさっそく、きららのファッションチェックが入る。
「う~ん、実用的だとは思うけど、見た目はイマイチかな?でも、カワイイっちゃカワイイよ」
「………」
「トワっち?」
「トワッちではありません。わたくし、トワえもんですわ」
「……へっ?もしかして、寝ぼけてんの?それより、急がないと遅刻しちゃうってば」
呆れるきららをよそに、トワえもんは装着したポケットの中をゴソゴソとあさっている。
どうやら手応えがあったようで、自慢げにそれを取り出した。
「きらら、ご安心なさって!“ど○でもドア”~!!」
驚異的に伸縮するポケットから、トワえもんはピンク色の大きなドアを取り出した。
「さっ、きらら。早くしないと遅刻してしまいますわよ!」
トワえもんに手を引かれるまま、きららもドアをくぐると、その先は教室だった。
「え?どーなってんの??」
きららとクラスメートの目が点になっている間、トワえもんは涼しげな顔でドアをポケットの中に収納した。
「ねぇ、説明してよ、トワっち」
「トワッちではありません。わたくし、トワえもんですわ」

 それは英語の授業でのこと――。
「教科書〇〇ページの英文を暗記してくるよう、宿題を出していましたね」
英語教師の言葉に、きららは動揺し始めた。
「ヤバッ!忘れてた~!!ねぇ、どうしよう、トワ……えもん」
「そんな時はコレですわ!“暗記パ○”~!!」
「へっ?こんな時に……今、授業中だよ?教室でパンはヤバイって!」
焦るきららの横で、トワえもんは落ち着いた声で道具の説明を始めた。
「こうやって英語の教科書にパンを押し付けますわね?これでパンにページの内容が記憶されました。
 あとは、きららがこのパンを食べればいいだけです」
「何言ってるか全然ワカンナイ。もういいよ。宿題やってこなかった罪と、
 早弁の罪でダブルで怒られる覚悟、できてるから。さっ、パンよこして。モグモグモグ……」
諦めてパンを頬張るきららにさっそく、英語教師の御指名がかかった。
「――では、天の川さん」
「ハァ~イ」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がるやいなや、口が勝手に動き始めた。
「Once upon a time in the middle of winter, when the flakes of~~」
一度もトちること無くスラスラと読み上げたきららに、教室中が湧き上がる。
戸惑いながらきららはトワえもんの顔を見ると、トワえもんはニッコリと優しい笑みで返すのであった。

 昼食の時間、今日も決まって一つのテーブルに皆が集合する。
きららはサラダをフォークで刺しながら、今日起こった出来事を皆に報告している。
「――ってなワケでね、こんなこといいな、とか、できたらいいな、とか、あんな夢こんな夢いっぱいあるけど、
 みんなみんなみんな叶えてくれる、不思議なポッケで叶えてくれるってワケ」
その横でトワえもんはせっせと何かを作っている。どうやら、パンケーキの上にあんこをたっぷりと乗せて、
もう一枚のパンケーキで挟んでいるようだ。
「出来ましたわ!」
「トワちゃん、それ……どら焼き??」
自作のどら焼きにかぶりつくと、トワえもんは恍惚の表情を浮かべた。
「これが、何よりですわ!!」
「食堂のおばちゃんに“あんこは有りますか?”なんて訊いてたから、何をするのかと思えば……」

 昼休み。中庭で自由に飛び回るパフやアロマを見て、ふと、はるかは呟いた。
「いいな~。私もパフやアロマみたいに、空を自由に飛びたいな~」
トワえもんの目がキラリと光った。
「ハイ!“タケコ○ター”!!」
さっそく、トワが自分の頭にそれを付け、見本を示して見せた。
続いてはるかも飛んでみたのだが、それはまるで慌てて飛び立った蝉のように、あちこち建物の壁に
体当たりしながら飛んでいる。
「たはは……難しいね」

 その一部始終を陰から覗いている者がいた。3年の一条らんこである。
「ムッフッフッフ。イイものを拝ませてもらったわ」
そして涙と鼻水を流しながら、トワえもんの方へ駆け寄っていった。
「たすけて~トワえも~~ん!!」
「あらあら、どうなさったのです?」
「あたし、自分の銅像をつくりたいの~!銅像をつくる道具、出して~!!」
「そういう物は、専門の業者の方に依頼するのがよろしいかと……そうそう、いい物がありましたわ!」
トワえもんは代わりの物を取り出し、らんこに差し出した。
「テレホンカードですわ。これで業者の方に連絡を取ってみたらいかがでしょう?
 度数が0になると使えなくなりますので、ご注意下さい」
ノーブル学園、のみならず日本中、世界中、さらには宇宙にまで、らんこの「こんなはずではー」という声がこだました。

 ――そして夜。モデルの仕事を終えたきららが部屋に帰って来て間も無く、
はるかが甘い香り漂う箱を持って嬉しそうにドアを叩いた。
「きーらーらーちゃん!マーブルドーナツ、持ってきたよォ~♡」
「ナ~イス、はるはる♡♡」
きららはそのドーナツを一口頬張ると、仕事の疲れはどこかに吹き飛んでいった。
「巨大なマーブルドーナツなんてあったらいいのになァ~、なんてね」
それを聞いたトワえもんは何か思いついたように、またゴソゴソとポケットの中を探し出した。
「それでしたら、“スモールラ○ト”~!!」
懐中電灯のようなそのライトの光をきららに当てると、不思議なことにきららの体は見る見るうちに小さくなっていった。
「小っちゃなきららちゃん、カワイイ~!」
思わずはるかはきららの頭を優しく撫でる。きららはデヘヘと笑いながら、
目の前にある大きなドーナツに目を輝かせている。ミニきららはそのドーナツをペロリと平らげてしまった。

「ねぇ、ところでコレ、どーやって戻るの?」
満腹のお腹をさすりながら、きららが何気なく訊くと、トワえもんはニッコリと微笑んで答えた。
「ご安心下さい。この元に戻る方のスイッチを押せば……お、押せば……」
いくら押しても、いっこうに光が出てこない。
「……トワえもん?」
「で、電池切れですわ!!」
「えぇーっ!?じゃあ、きららちゃん、ずっとこのままなの!?」
「そんな!アタシこれから、ジェ〇ーとかバ○ビーとかと一緒に仕事することになんの!!?」
「ど、どうしましょう!!どうしましょう!!!」




「……っち、トワっち!朝だよ。早く起きないと遅刻しちゃうよ」
「――きらら?ゆ、夢だったのですか」
「そういえばトワっち、制服の一部ほつれてたって言ってたじゃん?
 アタシ、直しといてあげたよ。ついでに、便利だと思ってポケットも縫い付けといた」
そう言って、お腹のところにポケットが付いている制服を取り出した。
「いやぁーーーーーッ!!!」


 お わ り
最終更新:2016年02月24日 22:31