幸せは、赤き瞳の中に(第3話:ネクストと呼ばれた少女)




「はぁぁっ!」
 二人同時に空中へと跳び上がる。
 眼前に迫る敵の姿。同じ女性なのに、随分リーチが長そうだ。
 身長差十五センチ。脚力はどうやら互角。そして――動きに少々、焦りが見える。
 まずはそれだけを見て取って、次の一手に集中する。

「たぁっ!」
 思った通り、相手が先に打って来た。速く鋭いストレートを、半身になってギリギリで躱す。
 胴に一瞬の隙、狙いはここだ。懐に飛び込み、最高速のジャブを打ち合う。
 一発だが手応えがあった。着地と同時にバックステップで距離を取ろうとする相手めがけて、荒い息を抑え、歯を食いしばって一気に跳ぶ。

「っく!」
 火のような眼差しが私に突き刺さった。
 殺気、苛立ち、そして恐怖。隠す余裕など全く無い、むき出しの感情が込められた、強い力に満ちた視線。
 が、それも一瞬のこと。
 ジャンプの勢いのままに蹴り飛ばすと、彼女は壁に後頭部をしたたかに打ち付け、昏倒した。

「そこまで!」
 教官の声が闘技場にこだまする。
「ES*******。次の実戦訓練は、二日後の同時刻とする」
 自分の国民番号が読み上げられ、次の予定が告げられる――それだけが、今日の試験をクリアし、次へ進めるという証だ。
 だが今日はもう一言、こんな言葉が付け加えられて、私の心臓がドキンと跳ねた。
「次が最後の訓練だ。心してかかれ」

(とうとうここまで来た……。ついに私が“ネクスト”に!)

 早鐘を打ちそうな心臓を、深呼吸ひとつで何とかなだめ、努めて無表情のまま、戦闘服を解除する。

 数メートル先で、ようやくのろのろと起き上がる人影が目に入った。その瞬間に蘇る、さっきの鋭い、何もかも焼き尽くしそうな眼差し。
 自分では見えないが、私も傍から見れば、あんな目をしているんだろうか。
 こいつはまだ生きていられるのだろうか、とふと思った。メビウス様にとって、こいつにはまだ何らかの使い道があるのだろうか。
 だが、もし生きていられるとしても、もうこの施設には居られないはず。おおかた弾よけの兵士か、物資を運ぶ人夫か、とにかく数多の雑兵の一人として、残りの時間を過ごすことになるのだろう。

(どっちにしろ、私には関係のないことだ)

 そう、負け犬を振り返っている暇など無い。
 実戦訓練の間隔がどんどん狭まるようになってから、この訓練の意味は容易に想像がついていた。
 これは、新たな幹部選出のための戦い。この戦いに勝ち残った者が、新しい“イース”となるのだ。その陰で全ての敗者がここを去り、施設の顔ぶれは一気に若返ることになる。
 全てが決められているここでの日々の、唯一の例外。それは、いつも突然に、しかも秘密裡にやって来る、この命を懸けた卒業試験だ。
 最終戦を戦う二人は“ネクスト――次を担う者”と呼ばれ、この最後の戦いだけは、施設の全教官、全訓練生の前で行われるのが決まりだった。

 今の“イース”が“ネクスト”だった時の最終戦を、私ははっきりと覚えている。その一打、一蹴、全ての動きが、今でもこの目に焼き付いている。
 まだ基礎訓練の仕上げの段階で、実戦訓練の場に立つことすら許されていなかったあの頃の私にとって、彼女はそれほどまでに大きな衝撃だった。

 強かった。恐ろしいほどに強かった。
 そして、震えるほどに美しかった。

 次は私……彼女の次に“イース”になるのは、絶対にこの私だ! そう心に誓い、記憶の中の彼女の動きを何度も何度もトレースして、訓練に明け暮れた日々。
 まさかあれから一年も経たないうちに、あの時の彼女と同じ場所に立てるとは――そう思った途端、身体がカッと熱くなった。
 表情を変えないように注意しながら、闘技場の分厚い扉を開けて廊下に出る。

(メビウス様……。誰よりも早く、あなたのお傍に仕えてみせます。そして誰よりも、あなたのお役に立ってみせます!)

 果たしてもう一人の“ネクスト”――最終戦の相手は、どんなヤツなのだろう。しんと静まり返った長い廊下を歩きながら、そんなことを考えていた、その時。
 突然、ズン、と足元が揺れ、そして――私が知っていた唯一の世界は、その瞬間、木っ端微塵に砕け散った。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第3話:ネクストと呼ばれた少女 )



 二十人以上で囲める大テーブルが、頑丈そうな四角い足を見せてひっくり返っている。その周辺では、真っ白だったはずのテーブルクロスがくしゃくしゃに踏み荒らされて、見るも無残な状態だ。
 テーブルの周りには、横倒しになったり、あさっての方を向いたりしている数多くの椅子。その下には、割れたガラスや陶器の破片が辺り一面に飛び散っている。
 おまけに白い壁のほぼ中央には大きな穴まであいている始末。給食センターの広間は、まさに嵐にでも見舞われたような惨状を呈していた。

「あ~あ。これはまた、ずいぶん派手にやりやがったなぁ」
 困った顔でガシガシと頭を掻くウエスターの隣で、彼をここに呼んだ給食センターの若い女性職員が、恐縮した顔で頭を下げる。
「すみません、ウエスターさん。まさか異世界にいらっしゃるとは思わなくて……。何か大事なお仕事の最中だったのではありませんか?」
「い、いやぁ……まぁ、気にするな。こっちの方が一大事だからな」
 まさか、カオルちゃんに「新作ドーナツ出来たからさ、食べに来なよ~」と言われて二つ返事で四つ葉町に出かけていました、とも言えず、ウエスターは引きつった笑いを返した。

 昨日、若年層による“グループ現場体験”――ラブたちの世界で言うところの社会見学と職場体験を足して二で割ったような教育プログラムが、この給食センターで行われ、そこで参加者同士の喧嘩があったのだという。
 それだけ聞けば、たかが子供の喧嘩くらいで、と誰もが思うだろう。だが、当事者二人が施設育ちの若者たちであり、その二人の激しい争いがなかなか収まらなかったことから、被害は予想外のものになってしまった。
 とうとう警察組織の人間が呼ばれて、やっと彼らを取り押さえ、一晩留置。そして改めて、彼らと親交のあるウエスターが呼ばれたというわけだ。

「ところで、俺より先にイースが戻ってきたと聞いたが?」
 ウエスターの問いに、職員は笑顔で頷いた。
「ええ。せつなさんなら、今朝がたいらっしゃいましたよ。ここを見てすぐ、割れてしまった分の食器の調達に行くと言って出て行かれました。もうじき戻られると思いますが」

(何もわざわざ休暇中に戻ってこなくても、もっと誰かに頼ればいいのにな)

 そう心のままに発言しようとしたウエスターが、そこで口をつぐむ。そこには、さっきウエスターに頭を下げた時とは打って変わった、彼女の安心しきった笑顔があった。
 もしかしたら、せつなが休暇中だったとは、この職員は知らないのかもしれない。だとしても、何か困ったことがあったら、せつなが必ず助けてくれる、力になってくれると頼り切っている様子に、ウエスターは何だか腹の底からもやもやとした黒雲が湧き出した様な気分になった。
 そもそもウエスターと同じく四つ葉町に居たはずのせつなが、この事件のことを聞きつけて、ウエスターより半日も早く戻って来ていること自体がおかしいのだ。事件の後始末に困った職員の誰かが、いち早くメールか電話で彼女に相談を持ちかけたとしか思えない。
 その癖ここの職員は、自分たちでは一体どんな後始末をしているというのか……。

(イース……。お前、本当に彼らの期待に、ずーっと全部応えていくつもりなのか? そうやってお前が守ってやることが、彼らの本当の幸せなのか?)

 不意に黙り込んだウエスターに、職員が怪訝そうな顔になる。
「ウエスターさん? どうかしましたか?」
「ん? あ、いや。イースが帰って来たら、俺と一緒に来た客人を、あいつに会わせてやってくれ。今、ロビーで待ってもらっているから」
 ウエスターが曖昧な笑顔でそう言った時、別の職員が、昨日の喧嘩の関係者である子供たちを連れて、部屋に入って来た。



(そうか。喧嘩したのは、こいつらか……)

 職員のすぐ後ろを歩く二人の顔を一目見て、ウエスターの眉間にわずかに皺が寄る。
 一人はウエスターと同じW棟育ちの大柄な少年。将来は警察組織に来ないかと、ウエスターが誘っている若者の中の一人だ。
 そしてもう一人は、華奢な体つきで目つきの鋭い少女。先日四つ葉町でせつなと出会った時、彼女が話題にしていたE棟で育った少女だった。
 ウエスターはコホンとひとつ咳払いをすると、目の前にやって来た二人に向き直った。
 彼らの後ろには、やはり職員に連れて来られた体験学習の参加者たち――彼らと同年代の少年少女たち十人ほどが、固唾を飲んで成り行きを見守っている。

「どうした、お前たち。この有様は一体何だ? 何があった?」
「……」
「何故こんなことになったのだ?」
「……」
「俺は責めているのではない。まずは何があったのか、知りたいだけだ。だから正直に答えてくれ」
「……」
 静かな口調とは裏腹に、普段の気さくな兄貴分といった雰囲気は、さすがに影を潜めている。次第に高まって来る得も言われぬ緊張感に、当事者よりも遠巻きにしている外野の若者たちの方が、次第にうつむき加減になった時。
 ウエスターの目の前に立っている少女が、沈黙を破った。

「理由を聞いて、何になる」
「何だと?」
「この部屋をめちゃめちゃにしたのは私だ。理由がわかったからと言って、その事実は変わらない。だから余計な手間をかけず、さっさと私に罰を与えろ」
 挑むような緋色の瞳を見つめて、ウエスターが小さく息を吐く。

「何か争いや問題が起こったら、何故そうなったのか、それを知るのはとても大切なことなんだぞ。ちゃんと原因を突き止めれば、次に同じことが起こるのを防げるかもしれないからな」
「この世界を守る警察とやらの言葉とも思えないな。争いの原因など、今のラビリンスには無数に存在する。ひとつ取り除いたところで、次の争いを止めることなど出来るものか」
 さっきよりさらに穏やかな口調で語りかけるウエスターに、少女は相変わらず挑戦的な視線を向けて、吐き捨てるように言う。
 ウエスターはそれを聞いてうっすらと笑みを浮かべると、腰をかがめて、彼女の瞳をまっすぐに覗き込んだ。
「確かに、お前の言う通りかもしれん。だが、それでもひとつひとつ、争いの原因を突き止めて、お互いに思っていることを言ったり聞いたりすることは大切なんだ。分からなければ、何度でも聞けばいい。そうしたら、もしかしたら分かり合うことだって、できるかもしれないぞ?」
「ふん、私は別に聞きたくはない」
 じっとウエスターを睨んでいた少女が、ぷいっとつまらなさそうに顔をそむける。それを見て、ウエスターは今度は隣に立っている少年の方に顔を向けた。

「お前はどうだ。喧嘩の原因、話してくれないか?」
「……こいつが……メビウスのことを、“メビウス様”って言ったんです」
「それを聞きとがめたのか。なるほど。それで?」
「今のラビリンスは……下らない、醜い世界だ、って」
「そうか。そんなことも言ってたのか」
 考え考え、ぼそぼそと言葉を押し出すように、しかし大いに不満そうに話す少年に、ウエスターは辛抱強く相槌を打つ。

「それでお前がカッとなって、喧嘩になったのか?」
「違います! 先に手を出したのは、こいつだ」
「ほぉ?」
 口を尖らせる少年に、ウエスターはニヤリと笑って先を促す。
「かつてのラビリンスは素晴らしかった、メビウスの管理は完璧だった、なぁんて言いながら、こいつだって昔とは違うんだ。昨日だって……」
「やめろっ!」

 そこで突然、少女が割って入った。掴みかからんばかりの勢いで、少年の言葉を遮る。
「それ以上言うな。言ったらただでは済まさないぞ!」
「何故だ……そこまで嫌がるようなことか?」
 真っ赤な顔で食ってかかる少女と、面喰った様子の少年。それを見て、ウエスターが諦めたように、フッと小さく笑った。

「わかったわかった。争いの原因を知ることは大切だが、嫌がるものを無理矢理聞き出すのが良いとも言えんな。では、お望み通り先に罰を与えよう……と言いたいところだが、これは罰では無い。こんなことをしでかしたら、当然やらねばならぬことだ」
 そこでウエスターはすっと表情を改めると、今日一番重々しい声で、こう言い放った。
「この部屋をきれいに片付けろ。いいか? 壁の穴以外は、お前たちがこの部屋に初めて足を踏み入れた時と、同じかそれ以上きれいにしないと許さんからな。こんなことをしたら、その後がどれだけ大変か、どれだけの人に迷惑をかけるのか、しっかりとその身体で体験しろ!」
 ウエスターはそう言ってから、少し離れたところからこちらに注目している他の子供たちの方へと目を移す。
「お前たちが何をするかは、お前たちに任せる。何もしないで家に帰っても良し。こいつらを手伝いたい者が居たら、別に止めはしない。お前たち一人一人が、どうするか、どうしたいか決めるんだ。いいな?」
 それだけ言って、ずんずんと大股で広間を出て行くウエスターの後ろ姿を、若者たちはあっけにとられた表情で見送った。



   ☆



 大きな破片を片付けてから、掃除機をかけて、小さな破片を取り除く。くしゃくしゃのテーブルクロスを床から引き上げ、洗濯室に持っていく。そして横倒しになったおびただしい数の椅子を元に戻し、座面をぬぐう。
 互いに一言も口を利かず、少年と少女は、ただ黙々と片付け続ける。
 他の参加者たちは、やはり彼らに近づこうとはせず、かと言って帰ってしまう者もおらず、みんな二人の様子を眺めながら、ほんの申し訳程度に、片付けに加わっていた。

 作業は順調に進み、あとは広間の真ん中を占拠している大テーブルを何とかしなければ、これ以上は何も出来ない状況になった。これだけは一人で動かせるような代物ではないので、二人とも手を触れてはいなかったのだ。

「……おい」
 何度か逡巡してから、少年が思い切った様子で少女に声をかけた。
「このテーブルは、俺でも一人では無理だ。手伝え」
「お前の命令など聞かん」
 じろりと鋭い目を向けてくる少女を、少年はムッとした顔で見つめ返す。
「こいつを何とかしなけりゃ、片付けは終わらないぞ。それとも、自分で罰を与えろなんて言っておきながら、それに逆らう気か?」
「罰か……ならば仕方がない」
 少女が渋々と言った調子で了承すると、少年はテーブルをじっくりと眺め、少女と自分の立ち位置を決めた。

「いいか? こっちの長い縁を二人で持って、せーの、で持ち上げる」
「せーの……? 何だそれは」
「掛け声だ。「せー」で息を整え、「の」と言い終わると同時に、一緒に力を込める」
「ふん、くだらない」

「いいから行くぞ。せーのっ!」

 少年の声を合図に、少女も両腕に渾身の力を込める。
 大の大人が五、六人でかかっても、持ち上げるには相当の骨が折れる大テーブル。それが、まだ幼さの残る二人の力で、ゆっくりと持ち上がり始めた。
 長い縁の真ん中辺りに両手を掛け、真っ赤な顔で歯を食いしばっている少年――ウエスターですら一目置く彼の怪力が、少女の助力を上手く利用して、この重量物を持ち上げていく。

 テーブルは順調に傾いていき、その縁が二人の肩の辺りまで来た。だが。
「う……このままじゃ、無理だな。一旦下ろすぞ」
「ここまで来て何を言う」
 思わずそう言ってから、少女も少年の言葉の意味を理解する。ただ片側を持ち上げただけでは、反対側の縁が床で滑り、これ以上持ち上がらないのだ。それどころか、滑るごとに両手に負荷がかかって、こうやって持っているのも難しくなってくる。
「やはりあと二、三人、人手が要るか……」
 少年が、そう呟きながら遠慮がちに他の参加者たちの方を窺う。と、その時。
「すみませーん。誰か、居ますかぁ?」
 明るい声がその場に響いたかと思うと、広間の入り口から、ひょいと一人の少女が顔を覗かせた。

 栗色の髪を顔の両横で結んだ、ツインテールの髪型。大きな瞳がやたらキラキラと輝いて、口元は笑っているかのようにほころんでいる。
「あ、手伝うよ!」
 こちらの状況に気付いたらしい。彼女は軽い調子でそう言って、小走りで近付いて来ると、少年と少女の間に立って、テーブルの縁に手を掛けた。

「うーん……うーーーん! ……あれ? これって、持ち上げるの? それとも下ろすの?」
「いや……出来れば持ち上げたいんだが……」
「そういうことは、力を入れる前に確認しろ」
「ナハハ~……ゴメンナサイ」
 少年のあっけにとられた口調と、少女の呆れたような声に、ツインテールの彼女が、実にお気楽な調子で笑う。そして二人をそのキラリとした瞳で見つめてから、その目をそのまま、所在無げに立っている他の参加者たちの方に向けた。

「ねぇ! もし手が空いていたら、みんなも手伝ってくれないかなぁ」
 十人ほどの若者たちが、バツが悪そうに俯き加減になる。やがてそのうちの一人が、もごもごと言い訳めいた言葉を口にした。
「僕たちは……その人たちと違って、強い力なんて持っていませんから」
「そんなの関係ないよ! あたしだって、そんな力持ってないもの」
 間髪入れずに返って来た、内容に合わず自信満々な明るい声に、彼らは不思議そうな顔で、この突然の闖入者を見つめた。

 若者たちにとっては、幹部候補だった恐ろしい暴れ者――その二人の間で、彼女はニコリと笑って見せる。
「確かにこのテーブル、凄く重いけどさ。でも、ここに居る全員でやれば、何とかなるよ! だから、ねっ?」
 さっきとは違う、戸惑ったような表情で顔を見合わせた少年少女たちが、やがて恐る恐る、大テーブルを取り囲んだ。

「じゃあ、行くぞ。せーのっ!」

 少年の声に、今度は二十以上の小さな手が、ギュッと渾身の力を込める。
 スピードはさほど変わらないが、さっきよりは格段にスムーズに、テーブルが持ち上がっていく。
 一旦横倒しにしてから、天板の下にあった破片を片付け、再び全員で縁を掴み、持ち上げる。こうしてテーブルは元通りの姿で、元の場所におさまった。

「やったぁ!」
 若者たちがホッとしたような笑みを浮かべる中、ツインテールの彼女は一人テンション高く両手を上げて叫び、その手を、ぽん、と少年と少女の肩の上に置いた。
「こんな大きなテーブルだったんだね~。みんなで力を合わせた結果だよぉ。良かったね!」
「あ……ああ」
「ところで、ここへ来たのは何の用だ」
 少年が気圧されたように頷く隣で、少女が冷静に問いかける。

「あ、そうだった! 実は、ちょっと迷っちゃってぇ。だから道を聞きたかったんだ」
「どこへ行きたいんだ?」
「あのね。ここからロビーに行くには、どう行けばいいのかな?」
「え……迷ったって、この建物の中で、ってことか?」
 今度は少年がポカンとした顔になり、少女は呆れ返った様子で、はぁっとため息をついた。その反応を見て、彼女の方は不思議そうに首を傾げる。

「お? お前たち、頑張ったな。ほとんど片付いたじゃないか」
 不意に、入口の方から新たな声が聞こえた。様子を見に来たのだろう、ウエスターがそう言いながら入って来て、ツインテールの彼女を見つけて、ん? と怪訝そうな声を上げた。
「なんだ、ラブ。こんなところに居たのか。探したぞ」
 それを聞いて、少女がわずかに目を見開いた。厳しい目つきになって、ラブと呼ばれた彼女を見つめる。
 当のラブの方は、少女の視線にはまるで気付いていない様子で、ウエスターの姿を見てパッとその顔を輝かせた。

「ああ、ウエスター! 良かったぁ! ちょっと建物の中をぶらぶらしてたら、道に迷っちゃってさ。今、この人たちに聞いてたところだったの」
 そう言って歩き出そうとした途端。
「わっ!」
 彼女が椅子の足につまづいて、その身体がぐらりと傾いた。

 少女が咄嗟に、彼女を支える。
「危なかったぁ……。助けてくれて、ありがとう!」
「別に」
 ホッと安堵の息を吐いてから、嬉しそうに礼を言う彼女。その視線から、少女が少し強張った顔で目を逸らす。
 じゃあね~、と手を振りながら、彼女がウエスターに連れられて部屋を出て行く。それを見送ってから、少年がボソリと言った。

「やっぱりお前も……以前とは違うんじゃないか?」
「……何っ?」
「今だって、あいつを助けた」
「助けたんじゃない。たまたま私にぶつかったから、受け止めただけだ」
「昨日はたまたまじゃなかった。人助け、してたよな?」
「……」
 黙り込んだ少女に、少年が至って真面目に、そして少し不思議そうに問いかける。

「なぁ。何故そんなに嫌がる」
「……黙れ」
「みんなで助け合っていこうって、ウエスターさんが言ってた。だから堂々と助ければいいんだ」
「……黙れ」
「今は命令されてないことをしてもいいんだ。なのに何故……」
「……そんなこと、知るかぁっ!」

 叫びと同時に、少女の右ストレートが少年を襲った。大テーブルの周りにいた若者たちが、悲鳴を上げて後ずさりする。
 咄嗟に飛び退く少年。それを追おうとしたところで、少女が動きを止めた。
 怯えた表情でこちらを見つめる若者たちをぼんやりと眺め、固めた自分の拳に目を落として、グッと唇を噛みしめる。
 次の瞬間、少女は身を翻した。そして風のような速さで広間から駆け出すと、あっという間に姿を消した。

~終~