『ピーマニズム』/Mitchell&Carroll




「ハァ、ハァ、ハァ......」
逃げても逃げても、どこまでもそれは追いかけて来る。
「このままじゃ埒(らち)が明かないわ!チェインジ・プリキュア、ビートアップ!!」
少女の体は紅い光を放ちながら水の中を突き進み、胸にはクローバーが輝く。
真紅、漆黒、そして純白を彩った衣装に身を包み、髪は薄桃色に変わる。
その髪と耳を華麗に飾って水中から勢い良く飛び出すと、小気味良く踵(ヒール)を鳴らして着地した。
「真っ赤なハートは幸せの証!熟れたてフレッシュ、キュアパッション!!」
敵はもう目前に迫っている。変身した少女はハート型の竪琴を呼び出した。
「歌え、幸せのラプソディ! パッションハープ!」
手にしたそれを軽やかに爪弾くと、装飾された赤いダイヤは眩(まばゆ)く輝いた。
そして竪琴を高く掲げる。
「吹き荒れよ、幸せの嵐!プリキュア・ハピネスハリケーーン!!」
無数の赤いハートと羽毛の激しい旋風が敵を包み込み、見る見るうちに浄化してゆく。
「やったわ!!」
だが、安心したのも束の間、次から次へと新しい敵が押し寄せて来た。

 尋常でない数のピーマンがキュアパッションを飲み込む。
「イヤァァァーーーッ!!!」
そして一際(ひときわ)大きなピーマンが、キュアパッションの眼前に躍り出て言い放った。
「いいか、よく聞け!われわれは、決してお前を憎んでいる訳ではない!!」
それを聞いて、絶望に染まりかけていた少女の瞳に、僅かだが光が戻った。
「われわれはお前と話がしたかったのだ。それなのにお前ときたら、われわれを見るやいなや、全力で逃げ出すではないか」
「...悪かったわ。蛸を目の当たりにした美希も、こんな気持ちだったのかしら」
「美希というのはお前の友達の、あの...背の高い子か。それよりも、だ。われわれは知っているぞ。
 お前が昨日の昼に食べたピッツァ、そのピッツァにトッピングされた、緑色の輪切りにされたもの、そう、われわれだ。
 われわれの存在に気付いたお前は、一瞬、表情を曇らせたな?そして、食べる時も僅かに躊躇したな?
 われわれは知っているぞ!お前が一瞬表情を曇らせたことを!食べるのを躊躇したことを!!」
「なっ...ちゃんと完食したじゃない!」
「味わったかね?」
「.........」
「ならば、味わったかね。われわれを」
「それは......」
「どうせ息を止めて、なるべく風味を鼻に残さないようにして飲み込んだ、そんなところだろう。
 ミッションを早く済ませたい、そんな気持ちでな」

 ピーマン親分はさらに激しく少女を叱責する。
「言え!われわれのどこが嫌いなのかを!!」
「そんな...あなた達を傷付けるような事は出来ないわ!」
「われわれなら大丈夫だ。さあ、恐がらずに言ってみろ」
「.........」
「どうした?早く言え」
「...あなた達、ニガイのよッッ!!!!」
「そうか。それなら分かっている。もし『形が嫌いだ』などと言われたらどうしようかと思っていた。
 よし、ならば逆に、お前の好きなものは何だ?」
「ラブよ!」
「即答か。開き直りか、それともただ単に正直なだけか...まあいい。つまりだ、われわれを苦手とする、それも含めてお前だということだ。
 好きなものがあるということは、嫌いなものもあるということ。逆に、嫌いなものがあるということは、好きなものがあるということだ。
 おまえのその『ラブのことが好きな気持ち』と『われわれのことが苦手な気持ち』、両方を大切にすることだ」
「でも、好き嫌いは良くないってお父さんから言われてるの。だからあたし、あなた達を受け入れられるように、精一杯がんば...」
「待て!!そのせりふは言わせん!!」
「なぜ!?」
「お前は確かに努力家だ。呑み込みも早い。そのせりふを言うことで自分を鼓舞し、奮い立たせ、ときに追い込んできたのだろう。
 だが、今回はそうはいかん。嫌いなものを無理に好きになる必要はないのだ。精一杯頑張らなくてもよい」
「そんな......」
「いつか、ひょんな事からわれわれに対する苦手意識を克服する時が来るかもしれん。われわれは、それでよいのだ」

 深い緑色の光が、少女の体を包んでいく。
「なんて温かくて、優しい光なの......」
「安らかに眠るがよい......」


 完