おはよう/makiray




「早いわね」
「みなみんこそ、どうしたの」
 きららとみなみが顔を合わせたのは、まだ生徒達のいない早朝の食堂だった。厨房の奥で職員が朝食を用意する音が聞こえる。
「トワさんにお食事を持って行ってあげようと思って」
「まだにぎやかな食堂で食べるのは無理そうだもんね」
「ということは?」
 みなみがきららを見た。にひ、と笑い返すきらら。
「あたしはお茶くらいしか思いつかなかったけど。
 おばちゃんたちに、一人分だけ早く作って、とは言えないし。
 その辺は生徒会長にはかなわないな」
 そういうきららが持っているのは、部屋にストックしてあるのだろう、クッキーの箱だった。
「別に会長権限で無理強いしたわけじゃないわよ。夕べの内にお願いしておいたの」
 さすが、と思う。昨日のきららはそこまで気が回らなかった。
「今朝は洋風か。口に合うといいけど」
「そうね。ミス・シャムールに、ホープキングダムの食生活のことを聞いておけばよかった」
「ま、空腹は最高の調味料って言うし」
「でも、口にできるのはお茶だけかもしれないわね」
 小さな声で、うん、と頷くきらら。
 昨日の今日だ。食欲があるものかどうかはわからない。
「持とうか」
「ティーセットと一緒ならワゴンがあったほうがいいわね」
「とって来る」
 ふたりは食堂を出た。

「夕べはなかなか寝付けなかった」
「うん」
 まだ眠っている生徒たちもいる。ワゴンはゆっくり押し、声も落とす。
「お兄様を慕う心を利用するなんて。なんてひどいことをするんだろうって。
 胸が痛くてたまらなかった」
「うん」
「やっと眠ったと思ったら、嫌な夢を見てしまったわ」
 きららはみなみをちらりと見た。瞼が腫れているように見えるのはそのせいか。どんな夢だったのかは聞かないことにする。兄思いのみなみのことだ、悪夢だったのは間違いがない。
「現実じゃないよ、そんなの。起きたら消えちゃったでしょ」
「うん。ありがとう」
「あたしは完徹」
「眠ってないの?」
「腹が立ってしょうがないんだもん。夢見る気持ちにつけこむなんて、ふざけんなって感じ。
 枕、壁にぶつけたりしてもおさまんない。一人部屋でよかった」
 みなみは、一人で怒っているきららの様子を想像してわずかに笑った。
「寝てないし、ストレスたまるし、お肌に悪いったらないよ」
「今日、お仕事は?」
「ないよ。授業終わったら爆睡してやる」
 ジャージ姿の生徒が部屋から出てきた。運動部の生徒だ。みなみときららがワゴンを押しているのに、おや、という顔をしたが、「ごきげんよう」と言いながらすれ違った。
「はるかは強いわね」
「うん…。
 正直、ひっかかってないか、っていうと、“NO”だな、あたしは」
「それは当然だと思う」
「かわいそうだとは思うよ。そんなことしたディスピアは絶対に許せない。でもなぁ…」
「私もそう。
 でも、呪縛が解けてからのトワさんを見て、思ったの。この人は悪い人じゃないって」
「怯えてたもんね。
 実はあたし、あの時『守ってあげたい』って思っちゃった」
 きららが笑う。
「きっと、いけないことをした、って思って自分を責めているでしょうね」
「そこは手伝ってあげたいな。そんなことしなくていいんだって。
 まぁ、その気持ち 100% になれないあたりが、あたしの弱さかなぁ」
「弱い人が人のために早起きしたりしないわ」
「眠れなかっただけなんだけど」
 みなみが、ふふ、と笑った。
「何よ」
「あたしたちでできるだけのことをしてあげましょう。
 時間がかかりそうな気がするけど、大丈夫よ」
「だね」
 ついた。
 みなみは控えめにノックした。
 最初の言葉はやはり「おはよう」だろうか、と思いながら。