Heartful Echo




「エコー!」
 真っ赤な炎に包まれたキュアエコーの体が支えを失って落下し始めた。
「あゆみ!」
「グレル、あゆみちゃんが!」
「行くぞ」
 その小さな体でどうしようというのか。それでも黙ってはいられない。走り出そうとしたグレルとエンエンの後ろで声が上がった。
「ルモー!」
 ハルモニア王国の妖精たちだった。彼らは、さっきと同じように手をつないでいた。
 違うのは、そうしてできた輪の上を光が流れていることだった。
「キュアエコーはハルモニアのために頑張ったルモ!」
「だから今度は僕たちが頑張る番だルモ!」
「キュアエコーと一緒に!」
 光の輪は大きく太くなった。七色の渦を巻き、そのまぶしさに辺りが暗く見えるほどだった。グレルとエンエンもその輪に加わった。
「キュアエコー!」
「俺たちの力を!」
「受けとって!」
 ポン、と音がしてその光の輪が浮かび上がった。それは落下してくるキュアエコーの体を迎えるように飛んでいく。
「!」
 キュアエコーの体はその輪の中央で落下を止めた。光の輪は脈動しながら、小さくなっていった。キュアエコーの体の周りをまわっている。そして、まばゆい閃光があたりに飛び散った。
「あれは…」

 キュアエコーの白いドレスがまっすぐに伸びる。それは青い空の上でたなびいた。
 クリーム色の髪の周りで金色の輪が太陽の光を反射する。
「あれって…」
「妖精たちの力で、キュアエコーが」
「キュアエコー プリンセス・フォームです!」
「キュアエコー プリンセス・フォーム?」
 キュアエコーの体は再びゆっくりと浮かび上がった。ドラゴンの顔の正面で止まる。
〈お前は、一体、何者なのだ〉
「私はキュアエコー。
 思いを届けるためのプリキュアです」
〈思い、だと?〉
「ハルモニアの人たちが見えますか。
 あなたのために祈っているのが」
〈儂に見えるのは、儂の姿に怯える弱い人間の姿だけだ〉
「違います。
 望んだことではなくとも、あなたとの約束を破ってしまってことを悔いて、謝るために祈っているんです」
〈儂をたばかるつもりなら〉
「あなたを恐れていたら、あそこにとどまったりはしません!」
 もろくなっていたレンガが崩れる。人々は、それに巻き込まれることを恐れて場所を変えたが、そこを離れようとはしなかった。
「私は感じます。
 ハルモニアの人たちの、自分たちを守ってきてくれたあなたへの感謝と、それに報いることができない口惜しさ、カーニバルを穢してしまった自分たちへの憤り」
〈…〉
「これを言ったらあなたは怒るかもしれない。
 私も自分が一人だと感じていたことがありました。誰も私を見てくれない、私なんかいなくなってもいいんだって。それがもとで大きな過ちを犯してしまいました。
 でも、それはただの間違った思い込みだった」
〈…〉
「自分が心を閉ざしていただけだったんです。
 お母さんはいつも私のことを考えてくれていたし。
 新しい学校のクラスメートたちは、私に話しかけるきっかけを探してくれていた。
 そして、フーちゃんは、私のためならどんなことでもすると言ってくれた。
 グレルとエンエンは、私と一緒に戦おうと言ってくれた」
〈同じだというのか〉
「気づいてあげてください。
 ハルモニアの人たちは、あなたのことが大好きなんだっていうことに」
 王が祈っている。女王が両手を合わせている。ふたりは、ひとたびドラゴンが口を開けば、今度こそ崩れてしまうに違いないテラスにとどまっていた。
 ハルモニアの人たちは、形を失ってしまった自分の家のそばで頭を垂れていた。
 閉じ込められてしまった妖精たちは、必死にその声を届けようと頑張っていた。
 そして、それを支え、助けようとしている四十人の光の使者たち。
〈そうか…〉
「わかって――」
〈だが、遅すぎたようだ、キュアエコー〉
「どういう…ことですか」
〈ひとたび咆哮を上げて絶望と怒りに委ね、獣に戻ってしまったこの身はどうにもならん〉
「え…」
〈見えぬか。
 儂の心の臓で生まれた、この世を煉獄に変える炎が〉
 ドラゴンの胸を透かして赤い光が脈打っているのが見える。
〈所詮、儂は化け物、理屈の通らぬ怪物だ。お前の言うことはわかったし、今ではハルモニアの者たちの後悔もわかる。
 だが、この炎を消すことは、もはや儂にもできん〉
「待ってください。私たちが」
〈いや、儂はもう儂ではなくなろうとしている。この邪悪…炎は、な……してもこの世…焼き尽…さんと、わ…の体を乗…取ろう……ている。こ…してお前と話…て……間にも、わ…の心をむしば…、内…から突…崩そ……〉
「守り神様」
〈す…ぬ。ハルモニア…裏切る…は儂…方じゃ。
 下…れ。お前…で焼か…てし……ぞ〉
「守り神様!」
〈のけ、キュアエコー!〉

「キュアエコーが!」
「マーメイド、トゥウィンクル!」
「待ってください、飛び出してはみなさんまで」
 キュアフローラは止めるキュアブロッサムに言った。
「キュアエコーが言ったじゃないですか。私たちは同じなんです。ときどきは失敗して迷惑をかけちゃうこともあるけど、歌とダンスが大好きで、それがあれば元気をもらってまたやり直せる。
 きっとわかってくれます」
「行こう」
 プリンセスプリキュアの三人がジャンプした。

 ドラゴンの口を裂くようにして、巨大な火球が飛び出した。それはあたりの景色を蜃気楼のように揺らしながら次第にスピードを増して襲い掛かってくる。
「プリキュア ハートフル・エコー コルティーナ!」
 波打つ光のカーテンがキュアエコーの前に生まれる。カーテンは一時、その火球を柔らかく包みこみ、力を逃がそうとするかのように揺れたが、火球の威力は想像以上だった。光のカーテンを支えるキュアエコーの顔が歪んだ。
「プリキュア ミント・プロテクション!」
「プリキュア サンフラワー・イージス!」
「プリキュア ロゼッタ・ウォール!」
「プリキュア ビート・バリア!」
 地上のプリキュアたちがバックアップする。キュアエコーのカーテンは厚みを増したが、火球の力は衰えなかった。
「マリン、ビューティ、ダイヤモンド、プリンセス、私たちの力で」
「前に出てはだめです!」
 キュアアクアたちはその火球を冷却することを考えたが、キュアエコーの声に止った。見れば、ドラゴンの足元は黒く焦げて煙を上げており、火球の真下の海は沸き立ち始めていた。
「なんてエネルギーなの…」
 キュアホワイトが呆然とつぶやいた。
「あたしたちの力、ぶつけてみる?」
 キュアルージュはキュアドリームを見る。
 しかしキュアソードが、危険すぎる、とつぶやいた。力と力がぶつかって大爆発が起こるか、あるいは、逆にあの火球に取り込まれてしまうかもしれない。
「クローバーボックスで動きを止められるかも」
「完璧に止めてみせる」
「できるって、私信じてる」
「精いっぱい頑張る!」
「通用しないかもしれません」
「どうして?!」
 キュアエースの言葉に、キュアピーチがかみついた。
「悪意がないからですわ」
「え?」
「プリキュアの光は癒しと浄化の光。
 キュアエコーの言うとおり、本当にドラゴンが怯えているだけであり、あれが邪悪な意思を持っての行いではないのであれば、プリキュアの力は通用しません」
「どうすればいいんですか!」
 キュアレモネードが叫んだ。

「守り神様!」
 キュアフローラたちがキュアエコーに並んだ。
「私たちも歌とダンスが大好きなんです!」
「みんなの歌声をハルモニアに響かせたい!」
「素敵なステップでハルモニアを埋め尽くしたい!」
 答えはなかった。
 今やドラゴンの目は濁った赤で塗りつぶされている。そこに「守り神」の面影はなかった。
「お願い、負けないで」
 キュアエコーの頬を涙が伝った。
「私にだってできたんです。
 あなたにできないはずがない。
 自分に負けないでください!」
「ハルモニアの人たちもあなたが大好きなの!」
「みんな、あなたが戻ってくれるのを待っています!」
「わかんないの? みんなの声が聞こえないの?!」
「く…」
 キュアエコーがまっすぐに伸ばしていた腕は、火球の勢いに押され、曲がっていく。体勢を変え、右手で左腕を支えようとしたが、その一瞬が隙となった。



最終更新:2015年04月27日 00:33