Carnival in Harmonia




「おひとり様ですか…」
 オドレンは坂上あゆみに対して不躾な視線を投げてよこした。
「一人じゃない。三人だ!」
 グレルが怒鳴る。エンエンは隣でハラハラしていた。
 春のカーニバルに招待されたあゆみとグレル、エンエンはハルモニア王国に到着したところである。
「お前、まさか、天下のキュアエコーを知らないって言うんじゃないだろうな!」
「天下の、って…」
 あゆみが困ったように笑う。
 オドレンは上を見て考えているようだった。
「確かに、聞いたことはあります。横浜の街を救ったんだとか」
「この人はちゃんと覚えててくれてるよ、グレル」
 エンエンが嬉しそうに言った。
「じゃぁ、通っていいんだよな」
「それは、まぁ」
「歌って踊っていただくことになりますが、大丈夫ですか?」
「あ、それはちょっと…」
 ウタエンの同じく不躾な言葉に尻込みするあゆみ。
「なんだよ。招待しておいて、そんなことまでやらせるつもりか」
「グレル、落ち着いてよ」
「まぁ、結構です。
 妖精のブースに席をご用意しましょう。一緒にご覧になってください」
「わかればいいんだよ、わかれば」
 こちらへ、と案内されて歩き出す。
「あゆみ、帰ったら歌とダンスの練習するぞ」
「え、あたしが?!」
「そうだよ。あんなやつらにバカにされて悔しくないのか。俺がみっちり仕込んでやる」
「グレルが…?」
「文句あんのか?」
 あゆみの母が外出しているときに、ダンスのゲームをやってみたことがある。グレルのダンスは、ダンスというより元気に暴れているだけのようにしか見えなかった。それはそれで可愛いらしいのではあるが。エンエンは動きが軽やかで意外に上手い。
「じゃぁ、教わろうっかな」
「おう。覚悟しとけよ」
 あゆみとエンエンは顔を見合わせて笑った。

 ブースに入ると、既に着席していた妖精たちがざわめいた。
「キュアエコー…」
「キュアエコーだ」
「え?」
 あゆみが、その雰囲気に困惑している間に、わーっと妖精たちが殺到した。皆が「こんにちは」「はじめまして」と口にする。あゆみはそれをおうむ返しにするのがやっとで、名前を覚えるのは無理だった。
「あゆみちゃん、すごい人気だね」
「そりゃそうだ。俺たちのキュアエコーだからな」
 グレルが胸を張る。
 キュアエコーが活躍することは多くないし、プリキュア教科書に載ったのも最近のこと。グレルやエンエンと出会ったことで意識して変身することができるようにはなったのだが、キュアエコーは文字通りの「伝説の戦士」なのだった。
「グレルだ」
「エンエンだ」
 自分たちでプリキュアを探し、自分たちでプリキュアの妖精となった二人も同じように人気者だったらしい。エンエンは照れていたが、グレルはますます胸を張ることとなった。

「すげーっ!」
「すごいよ、グレル!」
 ステージが中休みに入る。
 あゆみも拍手が止まらない。
 なんて素敵なんだろう。こんなに人を楽しくさせて、こんなに人を笑顔にさせることができるなんて。
(私もあんな風に歌ってみたい。ダンスをしてみたい)
 以前のあゆみだったら「私になんかできるはずない」と言って何もせずに諦めたに違いない。だが、今は違う。やってみたい、やってみよう、と思っていた。グレルやエンエンと一緒に練習をして、来年のカーニバルには三人で出よう、そう決めていた。
「この俺を唸らせるなんて、大したもんだぜ」
「そう言えば、グレルの歌は聞いたことがないよ」
「バ、バッカ野郎。俺はダンスも歌もすごいんだぞ!
 よし、聞かせてやる」
 しかし、「あー」と言いかけたグレルはいきなり咳込んだ。
「グレル、大丈夫?」
「喉が渇いて調子が出ないんだ。歌は今度な」
「えぇぇ…」
「なんだ、その疑いのまなざしは」
「ジュース貰ってくるね」
 あゆみが立ち上がった。
「俺が行くよ」
「いいよ。ここで待ってて」

 ホールの外に出ると、オドレンが悠然と歩いていた。その後から、大きめの箱を持ったウタエンがついてくる。あゆみは、あの人たちは裏方もやってるのか、と驚いた。
「おや、キュアエコーさん。
 楽しんでいただいてますか」
「はい。
 一緒に歌って喉が渇いたので、飲み物を貰おうと思って」
「飲み物ですか。プリキュア自ら」
「友達の妖精がはしゃいで歌いっぱなしなんです」
「なるほど」
 オドレンとウタエンがなぜか視線を交わす。
「あの。
 飲み物はこちらの部屋ですよね」
「あ、えーっと」
 なぜかウタエンが慌てているように見えた。
「こちらは妖精専用のお部屋なんですよ。ちょっとプリキュアには狭いので」
「はぁ…」
「こちらへどうぞ」
 オドレンが恭しくドアを開けた。
「灯りが」
 何も見えない。真っ暗だった。
「高級店の雰囲気を狙ってみたんですよ。さぁ、どうぞ中へ」
 お香を焚いたような匂いがする。あゆみの足がなぜか動くことを拒んだ。この中に本当にジュースやお菓子が並んでいるのだろうか。
「遠慮せずに、どうぞっ!」
 不意に背中を押されて、あゆみの体が中に飛び込む。そこに何があるのかを見て取るより先に、ドアが閉められた。また暗闇。そして、鍵をかける音。
「オドレンさん、ウタエンさん!
 開けて!
 出してください!」
 扉は思っていたよりも重い。ビクともしなかった。靴音と、低い笑い声が遠ざかっていく。あゆみは何度もドアを叩いた。
「開けて!
 開けてください!
 開け…て…」

「兄貴、いいんですか。あのドアを叩く音で誰かが気づいたら」
「あそこは元々、城の衛兵どもを閉じ込めておこうと思って、春眠草の鉢を並べてある。いつまでも起きてはいられんさ」
「それにしても面倒なプリキュアですねぇ」
「まったくだ。妖精から離れようとしないんだからな。まぁ、逆に言えばグレルとエンエンは放っておいてもよくなったってことだな。ほかのプリキュアどもへの目くらましになるだろう」
「手間が省けましたね」
「さて、変身アイテムは後いくつだ」
「もう少しです」
「いくつだって聞いてるんだ!」
「あ痛」

「遅いな。俺はもう喉がカラカラどころかガラガラだ」
「どうしたんだろう」
 エンエンは周囲を見回した。ステージが一段落したのは確かだが、なんだか静かすぎる。
「俺はあゆみのことは大好きだけど、もうちょっとキビキビして欲しいと思うことはあるぞ。これは一度ビシっと言ってやらないとだめだな」
「ねぇ、グレル。妖精の数が減ってるような気がするんだけど」
「え?」
 言われて見てみると、いくつかのブースに分かれて座っている妖精たちの何人かの姿が見えなくなっている。どのブースにも空席が目立つようになっていた。
「失礼な奴らだな。せっかくプリキュアが俺たちのためにショーを見せてくれてるのに」
「グレル…」
 エンエンがじっと見ている。その目は不安のために濡れ始めていた。
「泣くなよ、こんなとこで!」
「でも」
 グレルは腕を組んだ。改めて周りを見る。確かに妙だ。それと、あゆみが戻ってこないこととは関係があるのだろうか。
「臭いな」
「あゆみちゃんを探しに行こうよ」
「そうするか」
 そのとき、オドレンとウタエンがホールに飛び込んできた。大きな袋を持っている。その後から、プリキュアたちが追いかけて来る。
「私たちの変身アイテムが盗まれたんです!」
「なんだって?!」
 グレルとエンエンは顔を見合わせた。あのふたりは悪い奴だったのだ。そして、あゆみが戻ってこないこととは何か関係がある。
「エンエン、行くぞ!」
 立ち上がると同時に床が動いた。妖精たちのブースが壁に吸い込まれていく。向かいのブースの妖精たちはその中に閉じ込められてしまったようだが、すでに立っていた分だけ、グレルとエンエンの動きは早かった。足元の床が滑る中、バランスを取って外に出る。他の妖精たちもそれに続いた。
「あゆみちゃん!」
「俺たちが行くからな!」