What's "reality"? 3




 ***3*** 

「……ねちゃん……あかねちゃん!!」
「ん……んん……?」

 懸命に呼びかけるやよいの声に、あかねはうっすらと目を開いた。
 絶頂を迎えた瞬間から意識がぷっつりと途切れていたので、どうやら自分は気を失っていたようだと重たい頭を振りつつ理解する。
 そしてどうして気を失ったかを思い出した途端―――。

「うひゃあああああっ!!」

 あかねは横たわっていた身を起こすと、自分を上から覗き込んでいたやよいから飛びすざる。
 ―――み、見られた……!!見られてもうた……!!どどどどないしよ……!!??
 自らがさっきまで繰り広げていた痴態を思い出し、あかねの顔が真っ赤に染まる。
 その顔を両手で覆い、あかねは指の隙間から、恐る恐る、軽蔑でもされていないかとやよいの様子を観察した。
 ……だが、見たところやよいの様子にはなんの変化も見受けられない。それどころか、胸を両手で抑え、何やら心配そうな様子だ。

「あかねちゃん……ごめんね……疲れてるのにわたしが無理にモデルなんか頼んだから……まさか意識を無くして倒れちゃう位に疲れきってたなんて、わたし思わなくて……本当にごめんなさい……」
「……へ?」

 深々と頭を下げるやよいに対し、何の話か理解できずに首を捻るあかね。すると、彼女の後ろから唐突になおの声がした。

「大丈夫、あかねー。いやー、あたしもビックリしたよー。ま、バレー部のトレーニングはキツイって聞いてたしねー。なんにせよ、無事目を覚まして良かった良かったー。はははー」

 棒読み感丸出しのそのわざとらしい台詞から推測するに、どうやらあかねが気を失っている間に、なおがやよいに嘘をついて言いくるめ、なんとか全てがバレるという最悪の事態は免れたらしい。

 (……それにしたって、大声で叫んだのはどう説明したんや?)

 やよいが申し訳なさ気に目を伏せ、あかねの疑問に答えるように呟いた。

「……それに、最近秘密の特訓で日夜お尻にボールをぶつけられてて、青アザまで出来てたなんて……それなのに私ったら……あかねちゃんを床になんて座らせて……」
「いやー、あたしもさ、その事をもっと早くやよいに伝えとけば良かったんだけどねー、なにしろ『秘密やで!』ってあかねに念を押されてたしー……それにしても、あんな大声で叫び出すくらい痛いなら、先に言っとけばよかったんだよー。水臭いな、あかねはー。あはははー」
(……なんやその秘密の特訓は!!)

 作り笑いを浮かべて背後に立っているなおを憎々しげに一瞥して、あかねは心の中で盛大にツッコミを入れた。
 とはいうものの、なおのおかげで窮地を脱したのには変わりはない。……最も、彼女のおかげで無用な窮地に陥ったわけでもあるのだが……。

(なおのヤツ……この借りはきっと返したるからな……)

 そう考えたものの、あかねの脳裏にはその手筈が何も思い浮かばない。それはそうだろう、あんな借りを返すチャンスがそうそうあるとは思えない。
 と、やよいが突然「あ!」と思い出したように、小脇に抱えたスケッチブックを広げだした。

「でもね、二人がモデルをしてくれたおかげで、すっごく『リアリティ』のある絵が描けたの!これを元にしたら、とってもいいシーンになると思う!」
「う……そ、そうなんや……そりゃあ何よりやなあ……はは……」
「うん!本当に感謝してるの、ありがとう!ホラ見て!!」

 バッと広げられ目の前にかざされたスケッチブックの一ページに、実は自分の破廉恥極まりない姿でも描かれているのでは……と、あかねは反射的に目を固く閉じる。
 一拍置いて、あかねが怖々と薄目を開けると、そこには……。

「!?――な、なんやこれ!?」

 あかねの目に映ったのは、なおによって恥辱を受けた自分でも、単にラブシーンを繰り広げている自分達でもなかった。
 そこに描かれていたものは、ヒーロー的なロボットが、同じく悪役的なロボットを後ろから羽交い締めにしているイラストだったのだ。

「や、やよい……これ……?」
「あ、あたしたちじゃないみたいだけど……?」

 あかねだけでなく、横から覗き込んできたなおまでが呆然とスケッチブックを指差した。
 そんな二人に、やよいは満面の笑顔で語りだした。

「『鉄人戦士ロボッター』だよ!掴まれてるのが悪のロボット・ワルブッター!それでね、今まさに地球を守るために、パイロットのタケルくんを逃がして、最後の力を振り絞ったロボッターはワルブッターもろとも自爆しようと――あ、もちろん自爆は不発なんだけど、この時に負わせた傷が後々勝利への伏線に――」
「あ、あんなあ、やよい……熱く語りだしたとこ悪いんやけど……」
「や、やよいちゃん……も、もう説明はいいや……あ、あはは……」

 ……『リアリティ』が、とか、表情が、とか言ってたのは果たして何だったのだろうか……。
 こんなシーンをラブシーンと勘違いして、しかもあんな苦労を……と考えたら、あかねとなおの体をこの上ない疲労感と脱力感が襲う。

「実は今度ね、『鉄人戦士ロボッター』の同人誌を作ろうと思ってるの!」
「そ、そうなんや……ま、まあ頑張ってな……」
「すこぶるどうでもいい……本当に心の底から果てしなくすこぶるどうでもいい……」

 力なく立ち上がると、なおとあかねはやよいに背を向け、荷物を集めて帰り支度を始めた。早く帰ってベッドに倒れ伏したい……二人の胸中を占めるのはただその思いだけであった。
 あかねとなおの胸の内も知らず、やよいが残念そうな声を出す。

「本当はもうちょっとモデルを頼みたかったんだけど……あかねちゃんだけじゃなくてなおちゃんも疲れてるみたいだから、もう今日は無理よね……。配役はそのままで、ロボッターがワルブッターに、四つん這いみたいにして馬乗りになってるシーンも……って思ってたんだけどな……残念……」

 その言葉に、耳をピクリと動かすと、あかねは帰り支度の手を止め、やよいへと向き直る。

「なあ、やよい……詳しく聞きたいんやけど、それってどんなポーズなん?」
「どんなって……仰向けになったワルブッターに跨ったロボッターが、その頭の横の地面に両手をついているシーンよ……これはね、ワルブッターを追い詰めたものの、背中から敵の伏兵のミサイル攻撃を受けたロボッターが――」
「あー、ストーリーはええねん。つまり、なお……もとい、ロボッターは両手が使えん状況で、しかも足まで開いてるちゅーわけやんな?ほんでワルブッターの方の手は自由、と……」
「うん……そうだけど……?」

 二人の会話に不穏なものを感じ取ったなおが、制服に着替えるのもそこそこに、「それじゃあお先にっ!」と、扉を開けて足早に教室から出ていこうとした……ものの、一瞬早く、あかねの手が彼女の襟首をむんずとつかんだ。

「……よっしゃ、ほんならそのモデル、引き受けるで、やよい」
「え?あかねちゃん、本当に!?……でも気絶するほど疲れてるんじゃ……」
「そ、そうだよあかね!今日はとりあえず帰って休んだ方が――」
「いやいや、今日を逃したらこんなチャンス滅多にあらへんやろ……是が非でも隅々までやよいにキッチリ描いてもらうから――」

 ペロリとピンクの唇を舌で舐め上げたあかねの顔は、先程の捕食者に成すがままにされる哀れな生贄の顔ではなく、今や新たな捕食者そのものであった。
 好色そうに目を細め、あかねは次の生贄であるなおに、口元を歪めた淫猥な微笑みを向けた。

「――覚悟しいや、なお」


 了