“Round Round”/makiray




「あんな…」
「うん」
 どうしたのだろう。いつもなら騒がしいくらいのあかねが、言いづらそうに何度も口ごもる。
「うちな…」
 ここは、いつか、あかねのバレーの練習を手伝った川原。まさか、もう一度、特訓なのだろうかと思ったが、それにしてはあかねは制服だし、ボールも持っていない。
 みゆきは、視線を合わせようとしないあかねに近づいた。顔が赤い。熱でもあるのではないか。
 額に手をあてようとすると、あかねは「ひっ」と息を呑み、慌てて下がった。その勢いで橋脚にぶつかり、「いた」と声を上げる。
「どうしたの?
 風邪でも引いてる?」
「ちゃう。引いてへん」
 その大きな声が出るのならそうなのだろうが。なら、一体何なのだろう。
「うち…」
 そう言えば、あかねがこんな様子になるのは先週に続いて二回目だった。
 あのときはキャンディがスクールバッグから顔を出して「どうしたクル?」と言ったのだが、あかねはその途端、やはりさっきと同じように大いに慌てて、用事を思い出した、と言って帰ってしまったのだった。
 今日はたまたま、キャンディが、お絵かきをしたい、というので、やよいの家にお泊りなのだが、もしいたら同じようなことになったに違いない。
「み――」
「み?」
 その一言を言った瞬間、あかねは耳まで真っ赤になった。だが、また黙ってしまう。
「どうしたの?」
「あんな…」
「ねぇ、あかねちゃん。
 はっきり言ってよ」
「うん、せやから」
「もし、あたしがあかねちゃんに叱られるようなことしたんだったら謝るから」
「…。
 ちゃう、そんなことやあらへん」
「でも、さっきからすごく言いづらそうにしてるよ。
 あたし、怒ったりしないから」
「ちゃうて。
 なんで、うちがみゆきのこと叱ったりすんねん。そんなん、絶対にありえへん」
「あかねちゃ――」

「好きやねん!」
「え?」
「好きなんや。
 みゆきのことが…」
「ありがとう。
 あたしもあかねちゃんが大好きだよ」
 あかねは、まだ真っ赤な顔のまま、上目遣いにみゆきをちらりと見た。その満面の笑みは、いつもならあかねの心をふんわりと暖かくするものだったが、今日のあかねは笑ってくれない。
「ちゃうねん。
 そういうこととは、ちゃうんや」
「何が?」
 みゆきは無邪気に言った。
「そんな…お好みが好きとか、絵本が好きとか、そんな気楽なもんと達う。
 うちは本気なんや。
 本気でみゆきが好きやねん。
 マジやねん!」
「あかねちゃん、あたしだって、本当に」
「ちゃう!」
 みゆきはわずかに眉をひそめた。あかねは一体、何を言おうとしているのだ。
「席替えしてくれへんかな、っていつも思ってた」
「…え?」
「今の席、うちが前で、みゆきが後ろやけど、逆にしてくれへんかなって。
 そしたら、みゆきのことずっと見てられる」
「…」
「けど、そんなうまいこといけへんやんか。席替えなんかしたら、みゆきと離れてまうに決まってる。
 せやから、今の席で我慢してるんや」
 そういえば、あかねはことあるごとに後ろを振り向く。何かあるとすぐに「にし」という笑韻が前にあった。いつも。
「けど、悪ない。
 みゆきはうちのこと見てくれるやろ、って思えるから」
 それはそうだ。目を上げればあかねの背中。それは確かにそうなのだが。
「みゆきに、うちだけを見て欲しい。
 みゆきに、ほかの連中のこと見て欲しない」
 まくしたてるあかね。
「みゆきといつも一緒にいたい。
 みゆきを独占したい。
 独占して…ギュってして…そして」
 声が小さくなる。あかねは完全に下を向いてしまっている。
「キスしたい、て」
 みゆきは、自分の呼吸が止まってしまっているのではないかと思った。口も、手も、動かない。大きな目を開いたまま。
「そういう『好き』やねん…」
「…かね、ちゃん…」
 それきり、ふたりとも黙る。
 風の無い午後。横を流れる川の音の中に時折、遠くを走っていく車のクラクションが混じった。
 ザ、と草を分ける音。あかねだった。
「堪忍」
 それだけ言うと、あかねはみゆきを見もしないで堤防を登って行った。最後には走り出した。
 残されたみゆきは動くことができないでいた。



 西日が廊下に長い影を落としている。みゆきは自分の足元を見つめながら、壁に寄りかかっていた。扉を開ける音に顔を上げる。生徒会室かられいかが出てきた。
「みゆきさん」
 小さく手を振るみゆき。
「どうなさったんですか?」
「れいかちゃんと一緒に帰ろうと思って」
「ずっと待ってらしたのですか? 言ってくだされば、生徒会の方は早く切り上げられたのに」
「お仕事の邪魔したくないから」
 副会長たちが、「さようなら」「お疲れ様」と言いながら、れいかとみゆきを追い越していった。
「実はね」
「はい」
「ちょっと、相談したいことがあって」
「私に、ですか?」
「迷惑かな」
「そんなことありません」
 れいかが微笑んだ。みゆきは目を伏せた。
 それからふたりは無言で歩いた。やがて、小さな公園につく。もう夕飯時であり、子供達は数えるほどしかいない。空いたベンチに座る。
「あたし…告白されちゃった」
「告白というと…どなたかが懺悔をされたのですか?」
 れいかの、生真面目さゆえのピンボケな答えに、みゆきはかすかに笑った。頭の片隅で、それくらい自分と恋とは遠いものなのかもしれない、と思う。
「好きだ、って言われちゃった」
 れいかは口を押さえていた。呼吸が止まっているように見える。その意味は昨日のみゆきとは違うのかもしれないが。
「おめでとうございます!」
 突然、みゆきの手を握り、それを激しく振る。
「みゆきさんならきっと素敵な伴侶を見つけられると思っていました。
 すばらしいことです。みんなでお祝いしましょう!」
「あの、れいかちゃん」
「はい!」
「相談っていうのはね」
 れいかの動きが止まる。そうだった。相談がある、と言われてここにいるのだった。
 そうして落ち着いてミユキの様子を見る。おめでたいばかりの話ではないようだ、ということにやっと気づいた。
「私、早とちりをしてしまったようですね」
「ごめんね。あたしの話し方が悪かったのかも」
「すいません。それで」
「あのね。
 そう言ってくれた人…女の子なんだ」
「まぁ…」
 れいかはそう言ったまま黙ってしまった。予想もしていなかったことだった。実はみゆきには別に好きな人がいるとか、あるいは、年が離れているとか、そういうことだと思っていたのだが。
「びっくりするよね。
 あたしもすごい…びっくりしたけど」
 みゆきは膝の上でもじもじと手を動かした。やがてれいかが口を開いた。
「察するに、みゆきさんは、以前からその方をご存じで、このことで、その方と疎遠になってしまうのは嫌だ、と思ってらっしゃるのですね?」
「…うん」
 れいかは途中の仮定を飛ばした。みゆきが、その女性と恋愛関係になりたいと思っていないのは明らかだった。
「そうですか」
 正直、そういう相談は手に余る。頭が空転している様な気がした。だが、そんなこと知らない、などとは言えない。大切な友人が自分を選んで相談してくれたのだ。なんとかして力になりたい。
「その方へのお返事は急ぎますか?」
 時期を切られたわけではない。
 いや、あかねは返事を待たずに行ってしまった。今日も、授業中に振り向いたりしなかったし、授業が終わるとすぐに部活に行ってしまったし、なんてことを言ってしまったのだ、と後悔しているに違いない。あるいは、みゆきの答えが“NO”であることを想像して、苦しんでいるかもしれない。だからと言って、みゆきにはその気持ちに応える事はできなかったが。
 ひょっとしたら、元の関係に戻る事はできないのかもしれない。みゆきは膝の上の手を強く握った。
「少し考えさせていただけませんか。
 繊細な問題だと思うので」
「え…」
 一筋の光が差した。れいかに相談してよかった、と思った。



「え…?」
 そう言ったきり、やよいは口をあけたまま絶句した。
「あの…」
 何が起こったのだ。れいかも目を丸くしてやよいを見た。
「れいかちゃんが、私に…相談?」
「はい。お願いします」
「…」
 静かである。やよいの母は仕事で出かけているらしい。人に聞かせるべきでない話で、その方が都合がよい、ということでやよいのうちにやってきたのだったが。
 やよいはやよいで、成績優秀な生徒会長のれいかに、相談事がある、と言われて半ばパニック状態になっている。まさか生徒会運営や進学のことではないだろうし、一体、何を聞かれるのかわからない。
「私なんかで、れいかちゃんの役に、立てるのかな」
「そう思ってお願いしているのですが…。
 もしご迷惑でしたら、このお話はなかったことに――」
「そんなことない!」
 突然、叫ぶ。
「とにかく、聞かせて」
「実は、恋愛についてなのですが」
 やよいはまた呆然とした。れいかが、恋愛?
「あの、それって」
 かすかに上げた指が自分を指しているように見えたので、れいかは先回りした。
「私ではありません」
「でも…」
「実は、ある方から相談を受けたのですが、その方面は不得手なものですから」
 友達が、と言うのは、本人のことである場合が多い、と聞いた。不得手なので人に相談、というのは本当だとしても、それはれいか自身のことではないのだろうか。
 だが、そこは文字通りに受け取っておくことにした。本人がそう言っているのだから、わざわざほじくりかえす必要はない。
「難しそうだね」
「いえ、私もじっくり考えたのですが、非常にシンプルです」
「そうなの?」
「私に相談を持ちかけた方は女性なのですが、その方は女性から告白されたそうなんです」
「ふうん――えっ?!」
「はい…」
「それって、すごく難しくない?」
「その方は、その好意を受け入れるつもりはないそうです。
 もし、お付き合いをするとすれば、いろいろな問題が生じると思うのですが、そうではないので、むしろシンプルだと思ったのですが」
「なるほど。
 でも、それだったら」
「ところが、その方は、告白なさった方との友人としての関係が終わってしまうことを望んでいません」
「あぁ、そういうことなんだ」
 つまり、ふらなければならないのだが、気まずくなりたくない、ということ――え?
「ちょっといい?
 どうして、それをあたしに?」
「やよいさんはたくさんマンガを読んでらっしゃるので、そういった問題に詳しいのではないかと思いまして」
「マンガ…?」
「聞くところによると、女性同士の恋愛に題材をとったマンガは非常に多いとのことなのですが」
「…」
「違いましたか?」
「ごめん、ちょっと整理させて」
 眉間をさすりながら考える。あたしに恋愛相談なんておかしいと思った。
 マンガの話を語り始めると、特になおやあかねが苦笑するのでセーブしてきたせいもあるかもしれない。その分野は、やよいの守備範囲からは完全に外れている。棚に並んでいるのは、誰かが誰かのために戦うヒーローものばかりだ。味付けとして恋愛のエピソードが添えられているものも少なくはないが、今回の相談の役に立ちそうなものは一冊もない。
 目を開ける。不安そうなれいか。
(れいかちゃんらしいな)
 ひょっとしたら、「成績優秀な生徒会長」だからではなく、その「天然」なところが、人の信頼を得る理由なのかもしれなかった。その人が相談相手にれいかを選んだのは当然の結果だ、と思った。
 その役に立ちたい。大切な友達だから。
「ちょっと時間もらえるかな」
「はい?」
「やっぱり微妙な問題だと思うんだ。
 じっくり考えたい」
「すいません、ご面倒をおかけして」
「いいってこと」



「あたしに恋愛相談?!」
 翌日、れいかがいた場所に、なおが座っていた。昨日のやよいよりも大きな声で驚く。
「無茶ぶり過ぎるよ、やよいちゃん…」
「そんなこともないと思うんだ。
 なおちゃん、人気あるし」
「あれは女の子たちでしょ。恋愛なんてもんじゃ――え?」
 話が見えなくなったらしく、なおは首をかしげた。
「その人は、女性に告白されたんだって」
「ふうん…で、なんであたし?」
「だから、なおちゃんはそういう経験が豊富だから」
「豊富って…」
「少なくとも、ふった経験はあるんじゃない?」
「ないよ」
「うそ。
 まさか、全員にOKとか」
「してないしてない!」
 顔を赤くして手を振るなお。
「え、どういうこと?」
「返事したことないもん…一度も」
 なおは言いにくそうに顔を伏せた。
「あのコたちって、別に、本気であたしのこと好きなわけじゃないと思うんだ」
「そうかなぁ。
 だって、サッカー部の練習っていつもすごいよね」
「あたしだけじゃないよ」
「そう?」
「キャプテンだって結構、人気あるし」
 練習風景を思い返すやよい。そう言えばそうだったような気もする。人だかりはなおのまわりにだけあるわけではなかった。
「それにさ」
 やっと顔を上げる。
「うん」
「あたしと同じクラスのコってあの中にいないんだよね」
「どういうこと…?」
「同じクラスになって友達になっちゃえば、もういいんだろうな、って」
「あぁ。
 もしそれが恋愛だったら、同じクラスだっていうのを利用して、もっとアタックしてきそうだもんね」
「うん。
 どうして返事くれないんだ、とか言われたこともないしね」
「そっか…」
「ごめんね。役に立てなくて」
「ううん、あたしこそ、勝手に思い込んじゃったりして」
 わずかな沈黙。なおは目の前のジュースのストローをくわえた。
「それで、その人は、どういう気持ちなの?」
「断りたいんだけど、相手と気まずくなるのは嫌なんだって」
「なるほどね…。
 あたしも強く迫られたら困るだろうなぁ…」
 なおは腕を組んだ。目をつぶって考え込む。
「返事、明日でいいかな」
「え?」
「考えてみる」
「でも」
「あたし、うれしいんだ。
 やよいちゃんがあたしに相談してくれたこと」
「…」
「せっかく頼りにしてくれたんだから、ちゃんとしたい。
 明日の夜、電話するよ」
「ありがとう!」
 さすが「番長」だと思った。



「あかねー」
 下校時刻。川沿いの道をなおの長い影が追いかけてきた。
「おー、練習終わったんか?」
「うん。
 大会終わったしね、最近はちょっとゆるい感じ」
「バレーも一緒や。
 お好み食うてくか?」
「今日はやめとく。夕飯の当番なんだ」
「そか。いつもながらエラいこっちゃな」
「ねぇ」
「なに?」
「ちょっと相談にのってくれない?」
「え、七色ヶ丘の番長がうちごときにご相談とは!」
 大げさに驚いて下がるあかね。なおは拳骨を作った。
「まだ言うか」
「冗談やて。
 で、何なん」
「恋愛」
「え、誰に惚れたん?!」
「あたしじゃない」
「なんや、つまらん」
「じゃ、いい」
 足を速めるなお。あかねが慌ててついてきた。
「まぁまぁ、怒らいでもえぇやん。
 でも、なおやったらその辺、経験豊富とちゃうん。ファンがあれだけおったら。
 うちにも分けて欲しいくらいやわ」
「だから、女の子だってば」
 やよいと同じことを言う。なおはため息をついた。
「…。
 あ、せやったな」
 なおはあかねを見た。あかねは、目を伏せていた。今の間はなんだったのだろう。
「ほいで?」
「女の子に告白されたコがいてさ」
「え…?」
「なんて答えたらいいのかわからないんだって」
「…」
 さっきまでのおどけた様子が消えていた。あかねはそのまま歩きはじめた。なおもそれについていく。
「その人は、告白してきた人の気持ちにこたえる事はできないんだけど、でも、ギクシャクするのは嫌なんだって。
 そういうとき、どういう風に言ったらいいのかな。
 恋愛のことなんかあたしに聞かれても、って感じなんだけど。あたしってやっぱり、そういうことに詳しいように見えてるのかな。ちょっと考えないとなー」
 あかねが立ち止まった。なおも止まる。振り向いたあかねは厳しい顔でなおを見ていた。
「それ、誰のことや」
「え、サッカー部のコ」
 なおは嘘をついた。やよいからは、誰なのかは聞いていない。ひょっとしたらやよい自身のことではないか、という気もするのだが、そこを敢えて確認はしなかった。
「名前は」
「あかねの知らないコだよ」
「ほんまか」
「あかね?」
「うちの知らんやつなんやな」
「うん…。
 どうしたの?」
 黙って歩き出すあかね。なおも、いぶかしげな表情のまま歩き始めた。
「あたし、気に触ること言った?」
「言うてへん」
 サッカー部の生徒の話、というのは本当だろうか。あかねの鼓動が早くなる。
 確かにあるかもしれない。女子サッカー部は、レギュラーのほぼ全員にファンがいる。一番熱心なのはなおのファンのようだが、その内の誰かにそういうことが起こったとしても不思議はない。あるいは、なお自身のことを、友達と言っているのかもしれない。だが。
(みゆきが相談したんちゃうやろか)
 それだって充分にありそうだった。
 ついに我慢できなくなって告白してしまったあのときのみゆきの表情を今でもはっきり覚えている。あれは困惑だった。まったく考えてもいなかったことを言われてしまった、そういう表情。
 当然だろう。これまでずっと一緒に笑い、泣き、戦ってきたが、みゆきがあかねのことをそんな風に思っていないのは明らかだった。みゆきにとってあかねは「大切な友達」でしかない。
 だから、断らなければならないが、そうしたら今の関係は壊れてしまう。なんと言えばいいのかわからない。
 なおが言っていることと同じではないか。
「あかね?」
「なんで、うちに、そんなこと聞くん」
「え、なんか、ごめん」
「別に、えぇけど」
「あたしも困っちゃって。そういうこと、全然わかんないし。頭の中がグシャグシャになっちゃってさ。
 でも、あかねだったら、こんな面倒くさいこと、バサっと『そんなん決まってるやん!』とか言ってくれそうな気がして」
 アホか。そんな単純に決められたら苦労はしない。だからずっと思い悩んで、それこそ胸の中と頭の中がグシャグシャになって、あんなみっともない告白になってしまったのだ。
「えぇやん」
「なにが?」
「別に気まずなったって。
 ていうか、しゃぁないやろ。
 その人は、そのコが好きなんやから。『わかりました。おつきあいしましょう』ちゃうかったら、どない言うたかて、傷つくに決まってる」
「そうだよね…」
「勝手にさしたらえぇやん」
「え?」
「気まずなって、ケンカでもして、バラバラになったらえぇやんか。
 その人はきっと、そうなってもえぇて覚悟で告白したんやで。
 そんなん正面から受け止めなあかんやろ。失礼やろ」
「あかね?」
「せやろ?
 女の子同士やで。おかしいやんか。
 その人、おかしいてことはわかってるんや。それでも好きで好きでしゃあなくて、どうしようもなくて告白したんや!
 その覚悟、受け止めたらんかいな!」
「うん、わかったよ。
 わかったけど、ちょっと」
「そんなん…。
 そんなん、うちに聞くな! アホ!」
 あかねは走り出した。
「あかね!」
 足はなおの方が早い。あっという間に追いつき、腕を掴んだ。
「放せ!」
「ちょっと、待ってよ、あかね!」
「やかましいわ、あほ!」
「あか――」
 顔を逸らしたまま、わずかに見えるあかねの頬が濡れていた。

「あかね…」
 なおは腕を握ったまま。その感触があかねを正気に戻した。
 自分で言ったとおり。みゆきが受け入れるはずがないことはわかっていた。それでも言わずにはいられなかった、それだけだ。何かが起こることを期待していたわけではない。いや、まったく期待していなかった、と言えば嘘になるが、それは夢のまた夢である。
 みゆきはきっと三人の誰かに相談したのだろう。それがなおだったのか、あるいは別の誰かを経由したのかはわからない。根拠はないが、これはサッカー部の誰かのことではない。そんな気がした。
(うちら、そんな相談ができる友達やったやないか)
 そんな五人の中から、一人を独占しようとした。
 そして、その一人だけでなく、全員を失うところだった。
 胸はうずく。みゆきが好きだ。そばにいたい。そばにいて欲しい。その気持ちは消えない。
(けど。
 なおも、れいかも、やよいも、失いたない)
 どうすればいい。
 いや、これもわかっている。みゆきはあかねの思いを受け入れてはくれない。諦めるしかない。
「あかね…あの」
「堪忍。
 ちょっと、妄想してしもうて」
「妄想?」
 あかねは乱暴に腕で涙を拭いた。
「その、告白した人、気の毒やな思て。
 ほら、うち、キャラ的に、ふるよりふられる方やんか。どないしても、そっちに思い入れしてまうねん」
「…」
(せや。
 うちは、ふられる方や)
 あかねはなおに「にし」と笑った。
(みゆき一人にふられるのと、全員に会えなくなるんと、どっちや言うたら、決まってるやんか)
「なお、おおきに」
「え…?」
 止めてくれて。
 大切なみんなを失ってもいい、と思いかけてたうちを止めてくれて、おおきに。
「さ、帰ろか。
 せや、お好み食うていかんか?」
「だから、今日は…」
「あ、食事当番やったな。
 残念やなあ。今日はなんかとびっきりのが焼けそうな気がすんねんけど」
「何言ってんの」
 明日、みゆきに会おう。
 会って、きちんとふられて、そして、謝ろう。
 今日は…。
「よっしゃ、今日はようけ焼くでぇ!」