あの海から始まる物語:episode.4



「美希ちゃん……わたしって、魅力ないのかな?」


 幼なじみの少女、ブッキーこと山吹祈里が急にそんなことを言い出した。
 何やら相談があると言って呼び出された公園のベンチに、ふたりで腰をかけて数分後のことだ。
 アタシは何だか微笑ましくなって、つい破顔しそうになる。
 最近悩んでるみたいだとは感じてたけど、こうまであからさまだと、もう可愛いにも程がある。
 けど、ここで笑っちゃブッキーにあまりにも失礼だから、アタシはぐっと我慢してた。
 けれども、ふと気づく。
 笑いそうになりながらもそれを必死の思いでこらえているアタシを、恨めしげに見ているブッキーの冷たい視線。


「美希ちゃん……今の聞いてた?」
「ももももちろんよ!魅力がないなんてとんでもない。幼なじみって贔屓目を差し引いても、ブッキーみたいな可愛い娘、そうはいないって思うわ」


 冷たい視線が怖かったからじゃなく、これはアタシの本心。
 この純粋無垢な可愛い幼なじみが、アタシは昔から大好きだったから。
 それに、女の子の魅力って、外見的なものだけじゃない。
 内側からあふれだす綺麗なものが、外側を余計に輝かせていることって、女性に限ったことではない。


「じゃあ……教えて?」
「いいわよ。アタシに答えられることなら何なりと。どんどん聞いて!」
「ラブちゃんとはどんな風に始まったの?」


 そうくる!?
 しまった……。藪蛇ってきっと、こういうことを言うんだわ。


「な、なんでアタシたちの馴れ初めなんかが聞きたいわけ?」
「……あのね。実はわたし、好きな人がいるんだ」


 好きな人?あの奥手だったブッキーに、好きな人ですって!?初めて聞いた気がする。
 不謹慎だとは思うけど、アタシは何だかワクワクしてしまう。


「そうなんだ。だからアタシたちの馴れ初めを参考にしようと思ったの?」


 ブッキーは頬を桃色に染めながら、こくん、とうなずく。その仕草が、彼女の可愛らしさをいっそう引き立てる。


「その人もわたしのこと、少しは好意を持ってくれてる気がするんだけど、はっきり言われたわけじゃないから自信がなくて……」


 んもう!可愛いなあ。まだお付き合いする前ってわけね。女子中学生らしいウブな恋愛話って感じ。
 おっと、いけない。ブッキーはアタシを恋の先輩として、こうして頼ってきてくれてるんだから、ちゃんと相談に乗らなきゃ。




「コホン。あー、そうね、まずアタシはずっと前からラブが好きだったけど、実は長い間その気持ちは隠してたの」
「それはどうして?」
「だって、幼なじみの関係が壊れるのが怖かったからよ。ほら、アタシって意外と臆病なとこあるし」
「わかる!それ、すごいわかる!」


 ブッキーが目をキラキラさせて叫ぶ。相当共感してくれたみたい。
 かつてのアタシ達がそうだったように、ブッキーと相手の人との関係も友達なのだろうか。


「けど、クリスマスの夜にね、ふたりっきりになったじゃない?
 あの時に、ラブから、その……告白してくれたって言うか……。まあ、詳しくは省くけどそんな感じよ」


 告白を兼ねてお風呂で初エッチしちゃったなんて、そこまではさすがに言えないから割愛するわ。ごめんねブッキー。


「いいなあ。好きな人から告白されるなんて、一番いいパターンだよね。うらやましい」


 ブッキーは、膝に乗せていたバッグを胸でぎゅっと抱きしめ、“ほうっ”とため息をついた。


「ブッキーも関係が壊れるのが怖くて言えないの?」
「うん。向こうもはっきりとはまだ言ってくれてないから。
 抱きしめられたことはあるから、少しはわたしのこと……って思うんだけど、勘違いだったらどうしようって考えると、何も言えなくなっちゃう。
 待ってるだけじゃ変わらない気もするんだけど、やっぱり待っちゃうの。わたしってズルいよね。ふふ」


 力無く笑うブッキーの顔には、はかないようなもどかしいような、何ともいえない複雑な微笑が浮かんでいた。
 ブッキー、ホントに恋してるんだ……。


「ねぇ、その人に気持ちをはっきり伝えてみれば?もし仮に駄目だったとしても、ブッキーが好きになった人だもん。ちゃんと向かい合って真剣に考えてくれるって、アタシ思うけどな」


 そう言うと、彼女は弾けるような愛らしい笑顔で笑ってくれた。


「ありがとう美希ちゃん。わたし、勇気を出してがんばってみるね」
「うん、がんばって!応援してるから。アタシで良かったら、いつでも相談に乗るからね。
 ……ところで、ブッキーの好きな人ってどんな人?アタシの知ってる人?」


 ブッキーは再び頬を染めて、恥ずかしそうに答える。


「とっても素敵な人。美希ちゃんもよく知ってる人よ……」


 え?誰だろう。アタシが知ってる人で素敵な人なんて、ミユキさんかラブかせつな、もしくはあゆみさんか尚子さんかママしか浮かばないけど。
 まさか、ラブじゃないわよね?嫌よ、ブッキーがライバルなんて!
 仮にブッキーがラブを好きだとしても、アタシ負けないから!
 嫉妬の炎をメラメラさせ始めたアタシを余所に、ブッキーは囁くように呟いた。


「せつなちゃん……」
「ええっ!?せつな!?ホントに?」
「ホントよ」


 ん?今の声、ブッキーの声じゃなかった。
 声がした方に目をやると、そこにいたのは何だか怒ったような表情のせつなだった。




 せつなはブッキーを見据えて、低い声で話し出す。


「ブッキー、美希はラブの恋人なのよ。あなたも知ってるでしょ?」
「うん、もちろん知ってるけど……」
「だったら駄目よ。ふたりっきりで何話してたのか知らないけど、ラブに悪いじゃない」
「そんな……ちょっと相談に乗ってもらってただけよ」
「そうかしら。あなたの顔、やけに赤いし。美希も美希よ。ラブってものがありながらブッキーにまで手を出すなんて」


 どうやらせつなは、アタシがブッキーに手を出してるって勘違いしたらしい。
 違うのってアタシが言おうとしていたら、素早くブッキーが言い返す。


「そんな言い方って……。それじゃせつなちゃんだって、ラブちゃんと一緒に暮らしてるじゃない!」
「なあにそれ、酷い!ブッキー、私を疑ってるの?」
「そういう意味じゃないわ。ただ、話をしてるだけで美希ちゃんやわたしを疑うなら、せつなちゃんだって同じよって言いたかっただけよ」


 ブッキーに正論を突き付けられて、せつなは言い澱み、考えこんだ。
 嫉妬心で正常な判断がつかなかったのね。せつなったら、そこまでブッキーのこと……。


「そうね、さっきのは私が悪かったわ。ごめんなさい。けどわかって。私はラブとは姉妹みたいなものよ。何でもないんだから!」
「わたしだって美希ちゃんは頼れるお姉さんみたいな存在よ」
「じゃあ……私は?」
「え、えっと、その……」
「何も言ってくれないのね」
「せつなちゃんこそ言ってくれないじゃない!」
「私は言ったわ!あの夜、ホタルの光の中で。あなたを見つけたって。お互いに心が通じ合ったって思ってたのに」
「あれだけじゃわかんないよ!わたしのことどう思ってるのか、ちゃんと言ってほしい」


 ブッキーは力強くせつなを見つめた。
 しかしこの展開は……痴話喧嘩よねどうみても。何でアタシ、すぐに去らなかったのかしら。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
 せつなとブッキーは、お互いに顔を紅潮させながら対峙している。
 しばらく見つめ合っていたが、やがて決意したようにせつなが言い放つ。


「じゃあ言うわ。好きよ、祈里……大好き。ほんとうよ」
「わたしだって!わたしだってせつなちゃんが大好きよ……」
「私の方が大好きよ!」
「わたしの方がもっともっと大好き……」


 あらあら、とうとう抱き合っちゃった。
 アタシなんて眼中にないってわけね。はいはい。全くもう。好きにやっちゃってよね。あーあ、アタシもラブに会いたい。
 せつなとブッキーは抱きしめ合い、見つめ合った。
 まさか、好きにやっちゃってとは思ったけど、アタシの目の前でファーストキスまでする気じゃないでしょうね!?
 そう思って手で目隠しをする準備を始めたアタシの目の前で、深紅の光が弾けた。
 気づけば、ひとりぼっち。アタシって一体何なの……。
 ベンチにひとり、トホホな気持ちで落ちていたら、後ろから誰かがふんわりと抱きしめてきた。


「みぃーき、見ーつけたぁ」


 ラブはこのところ、アタシを呼び捨てにする。アタシがラブにそうして欲しいって頼んだら、それ以来そう呼んでくれるようになっているのだ。


「せつなたち、やっと始まったみたいだね。まったく世話が焼けるんだから」
「まさかラブがせつなを焚きつけたの?」
「わはー!バレたか」


 ラブが赤い舌をペロっと出した。そんな仕草がたまらなく愛しい。


「けど驚いたわ。ブッキーとせつながお互いに恋してるなんて。ラブは知ってたの?」
「うん、何となくね」
「そっか、知らなかったのはアタシだけか。あ、ラブ、せつなに何て言ったの?」
「えーとね、聞いてよせつなぁ!美希たんがブッキーと公園でふたりっきりになっていちゃいちゃしてたんだよ。あたし許せない!……こんな感じかな?」
「まったくもう!それじゃあアタシが完璧に悪者じゃないの」
「いいじゃない、ふたりが上手くいったんだから。これもみんな美希のおかげだよ!」
「そう言われちゃあ仕方ないわね。じゃあラブ、悪者役をがんばったアタシに、ご褒美は?」


 そう言ってご褒美をねだったアタシにラブがくれたものは、気持ちのこもった深い口づけ。
 ああ、大好きな人となら、幾度くちびるを重ねても高揚してしまう。
 五感でラブを味わいながら思う。こんなご褒美があるなら、たまには憎まれ役も悪くないかもね。



最終章:【人魚姫の鍵】へ続く