ぴかり ぴかり/一六◆6/pMjwqUTk




「きょーおーも おてんーきー。おでかーけーにはぁ もってーこーいー……」
「めぐみちゃん、しーっ」
 ゆうこが唇に人差し指を当てるのを見て、めぐみが慌てて両手で口を覆う。
 その姿に穏やかな笑顔を向けるのは、幸代と大輔――昨年、“おおもりご飯”で結婚式を挙げた、あの二人だ。
 初夏の訪れを感じさせる川沿いの道を進んでいるのは、この夫婦とめぐみ、ゆうこ、ひめ、そしてもう一人。幸代の腕に抱かれてすやすやと眠っている、まだ生後二か月の赤ちゃんだった。
 今日はこの子のお宮参り。それでみんなでぴかり神社に向かっているところなのだ。

「幸代さん、くれぐれも足下には気を付けてくださいね。あっ! 小石発見! よぉし、わたし先に行って、歩く邪魔になりそうなもの、片付けときます!」
 めぐみが、お宮参り用の赤ちゃんの晴れ着で足元が見えにくい幸代を気遣う。そしてキョロキョロと道の上を確認しながら、先に立って歩き出す。その後ろ姿をいつものおっとりとした笑顔で見送ってから、ゆうこは隣を歩くもう一人の親友に、視線を移した。


   ぴかり ぴかり


「ひめちゃん、どうしたの? ひょっとして、緊張してきちゃった?」
「ううん、緊張っていうんじゃないけど……」
 ゆうこの問いに、ひめが小さな声で答える。
 今朝、幸代たち三人が“おおもりご飯”に現れたときは、初めて目にする小さな赤ちゃんに、ひめは目をキラキラと輝かせていた。だが、いざ神社に向かって歩き始めてから、何だかその表情が冴えない。

 実は、ひめには今日、とても重要な役目がある。ぴかり神社で、赤ちゃんのために祈りの舞を舞うことになっているのだ。それでゆうこが心配したのだが、ひめの心配は、ゆうこの予想とは少し違った。

「あのさぁ、ゆうこ」
「なぁに?」
 前を歩く幸代たちと少し距離を取ってから、ひめは小声でゆうこに問いかける。
「お宮参りっていうのは、赤ちゃんの健やかな成長を神様にお願いする儀式なんでしょう? でも、神様はもうこの地球から居なくなっちゃったじゃん」
「ひめちゃん、それは……」
「わかってる。神様は、わたしたちが幸せハピネスを生み出していける、広げていけるって思ったから、地球を離れる決心をしたんだよね」
 ひめは、ゆうこの心配そうな顔を上目づかいでチラリと眺めてから、また視線を足下に落とした。
「でも、それならお宮参りって、やる意味あるのかなぁって……。お願いする人が、もう居ないのに。だけど、そんなこと幸代さんたちには言えないし」
「そっか」
 ゆうこの声も小さくなる。

 地球の神・ブルーが、地球を離れて兄弟星に移り住んだことは、プリキュアと妖精たち、それに誠司しか知らないことだ。そもそも地球の神様が、あんなごく普通の青年の姿をしているだなんて、ひめやゆうこだってプリキュアじゃなかったら、ちょっと想像しなかったかもしれない。
 勿論ひめは、神様にいくらお願いしたからと言って不幸にならないわけではないってことも、身をもってわかっている。でも、ブルーが地球上の人たち全ての願いに耳を傾けて、全ての人の幸せを心から願っていたことも、よく知っていた。
 願いが叶えられるかどうかは大切だけど、そもそも願う相手がちゃんと居て、それを受け止めてくれることは、もっと大切なことに思える。

 ゆうこが、河原で思い思いにくつろいでいる人々の姿をしばらく眺めてから、持ち前ののんびりとした口調で言った。
「神様が居なくても、お宮参りの意味はあるんじゃないかなぁ」
「どうして?」
「わたしね、もしかしたらお宮参りの儀式って、“いただきます”って挨拶と同じなのかもしれないって思うの」
「え……イタダキマス?」
 いきなりそんな突拍子もないことを言い出すゆうこに、ひめが呆れた声で問い返す。その問いに、ゆうこはまず、実に幸せそうな微笑みで答えた。
 ああ……とひめは思う。これはゆうこが、大好きなご飯の話をする時の表情だ。

「誰かが一生懸命育ててくれた食材で、一生懸命作ってもらったご飯を、わたしも精一杯味わって美味しく頂きますよ~っていうのが、“いただきます”の挨拶でしょ?
お宮参りもね、みんなが一生懸命生きているこの町で、この子もみんなと一緒に、毎日を精一杯楽しく美味しく生きていきますよ~っていう、みんなへの挨拶なんじゃないかなぁ」
「え~、でも祈りの舞は、本当は神様に捧げる舞なんだよ?」
「うん。でも、“どうぞ召し上がれ”って答えるみたいに、みんなが赤ちゃんのこれからの幸せを願ったら、神様にお願いしたのと同じことにならない?」

「うーん……。わかったような、わからないような~」
 相変わらず首を傾げながらも、ひめはゆうこの顔を見て、ニッと笑う。
「ま、そういうお宮参りもアリ……なのかな。それに、今日のメインイベントは他にあるしね。そっちの方がわたし、超ワクワクだよぉ!」
 ゆうこはまだ少し何かを言いたそうな表情をしたが、実に嬉しそうな笑顔になったひめを見て、うん、とこちらも嬉しそうに、目を細めた。


   ☆


 ぴかり神社の境内では、いおなや誠司、かずみたちが、竹箒を片付けているところだった。氷川流空手の面々が、お宮参りの前に神社の掃除をしていたのだ。
「あ、来たな」
 気配に気付いて、誠司がいおなに声をかけた。
 真っ先に石段を駆け上がってきたのは、めぐみだ。おーい、と仲間たちに手を振るその後ろから、ひめとゆうこが姿を見せ、三人揃っていおなたちの元へと駆け寄る。
 最後に幸代が大輔に付き添われ、一歩一歩、慎重に石段を上って来る。

 ようやく最後まで上りきり、鳥居をくぐったところで、幸代は、あ、と小さく呟いたきり、その場に立ち尽くした。
 目の前に立っていたのは、一人の若い女性だった。優しそうな目元をうっすらと赤く染め、泣き笑いのような表情で幸代を見つめている、黒髪の美しい女性――。
 その姿を、何度夢に見たことだろう。心配で心配で、その姿が闇に消える悪夢を見たことだって、一度や二度ではない。

「……まりあ!」
「幸代、おめでとう」
 声を震わせてそう言ったのは、氷川まりあ。長い間行方不明になっていた、幸代の親友だった。

 まだその場から動けない幸代に、まりあが歩み寄り、幸代を赤ちゃんごと柔らかく抱き締める。
「心配かけて、ごめんね」
「そうよ! でも……本当に……本当に、無事で良かった!」
 二人は数年ぶりに目と目を見交わして、もう一度涙ながらに抱き合った。

「良かったね。幸代さんも……まりあさんも……」
「ひめ、おめでたい日なんだから、泣かないの」
 子供の様に泣きじゃくるひめの頭を、いおなも涙声になりながら、ぽんぽん、と優しく叩く。
「いおなだって泣いてる癖にぃ!」
 ひめの抗議にやはり目を潤ませながら、めぐみとゆうこが微笑む。その時、幸代に促されて、大輔がまりあに何か小さな物を差し出した。

「これ、結婚式の日に、妹さんを通してお借りした物です。どうもありがとうございました」
 それは、“何か借りた物”。幸代たちの結婚式の日にいおなが幸代に渡した、まりあのハンカチだった。
「ああ。これのことは、妹から聞きました。幸代に借りてもらえて、私も嬉しいです」
 まりあがそう言って、差し出されたハンカチに手を伸ばす。
 が、そこにもうひとつの手が加わった。幸代の腕の中の赤ちゃんが目を覚まし、むずかるような顔つきで小さな手を伸ばしたかと思うと、まりあのハンカチの端を、ギュッと掴んだのだ。

「あ……これはダメよ」
 幸代が慌てて赤ちゃんからハンカチを取り上げようとする。だが、赤ちゃんは手を放さない。
 無理に取り上げようとすれば、泣き出してしまうかもしれない。困った顔になった幸代に、まりあが何だか嬉しそうに声をかける。
「あらあら。この子、私のハンカチが気に入ったのかしら。だったら、この子の物にしてくれても……」
「ダメだよぉ!」
 まりあの言葉を遮って、ひめが思わず彼女の前に飛び出した。

「サムシング・フォーの“何か借りた物”はね、ちゃんと持ち主に返さないとダメなんだよ。それで初めて“借りた物”になって、本当にサムシング・フォーが揃うの」
 ひめがそう言って、赤ちゃんの手からハンカチを取ろうとする。ところが。

「ああっ、ひめ! 相手は赤ちゃんなんだから、ムチャしちゃだめだよ?」
「それはわかってるけどぉ……。あ、そうだ! ハンカチの代わりに、ゆうこのハニーキャンディをあげよう!」
 めぐみの心配そうな声に口を尖らせたひめがパッと顔を輝かせると、今度はゆうこの申し訳なさそうな声。
「ごめんね、ひめちゃん。蜂蜜は、赤ちゃんには食べさせちゃいけないの」
「えーっ! そうなのぉ?」
「大体、こんな小さい子に飴玉なんて、ノドに詰まらせでもしたらどうするの!」
「うー、だってぇ」
 ゆうこに断られ、いおなに呆れた調子で叱られて、ひめは驚きの表情になったり、再び口を尖らせたり。だが、どうやらそれが幸いしたらしい。
 ひめの百面相がよほど面白かったのか、あかちゃんが「あうっ」と小さな声を上げて、ひめの方へと手を伸ばしたのだ。その瞬間、赤ちゃんの手から、ハンカチがふわりと離れた。

「ハニャっ! ……え?」
 奇声と共にハンカチを取り戻したひめが、小さな驚きの声を上げる。
 赤ちゃんはいつの間にか、今度はひめの小指をキュッと握っていた。そしてひめの顔を見て、花がほころぶように、ニコリと小さな笑みを浮かべた。

「あら、この子笑ってるわ」
「ひめちゃんのことが好きなのかしら」
 幸代とまりあの声が、頭の後ろの方から聞こえてくる。だが、ひめはそれには答えず、ただ頬を紅潮させて、目の前の小さな笑顔に見入った。

(可愛い……。意外と力、強いんだ。小指だけだけど、なんかポカポカして幸せ32%くらいアップしたかも……。
そっか。こぉんなにちっちゃいのに、あなたはもう、周りの人たちにハピネスをいっぱい注入してるんだね。愛を広げていく、仲間なんだね)

「よぉし。じゃああなたのために、わたし頑張っちゃうよ。これからすごーく、すごごごーく、幸せが訪れますようにって」
 口調の割に小さな声で、ひめは赤ちゃんに話しかける。そして、ハンカチを大事そうに左手に持ち替えてから、小さな手に握られていた小指を、名残惜しそうに、そっと抜いた。


   ☆


 ブルースカイ王国の王族の衣装に着替えたひめが、本殿の前に静かに進み出る。
 その後ろには、幸代たち一家とその親族。その周りを、ぴかりが丘の人たちが取り囲む。
 まりあ、めぐみ、ゆうこ、いおな、誠司。一緒に結婚式を盛り上げた、れいやえれなたち。氷川流空手の面々。そして結婚式会場だった、ゆうこの家族の“おおもりご飯”の人たち。さらには幸代たちと繋がりのある多くの町の人たちが、皆神妙な面持ちでひめの後ろ姿を見守っている。

 ひめは目を閉じ、すぅっと息を吸い込むと、右手を天に伸ばし、シャラン、と鈴を鳴らした。
 続いてもう一度。さらにもう一度。

 ブルースカイ王国の王族に受け継がれる、聖なる舞。アクシアの真の力が解放され、シャイニングメイクドレッサーが現れた時と、同じ舞だ。
 もっとも、ブルーが加わっていたあの時のように、聖なる光が境内に降り注ぐようなことはない。

 でも、感じる。
 境内の木々の、さわさわと揺れる命の響きが。
 穏やかな晴天という、明るくあたたかな幸運が。
 そしてここに集まった、こんなに沢山の人たちの愛が。
 ひとつひとつは小さいけれど、ぴかりぴかりと輝きながら、幼い命の未来を祝福しているってことを。

 ひめは心の中で語りかける。あの時、今日のような空の向こうへと離れていった、惑星レッドの姿を思い浮かべながら。

(神様、見える? 前みたいに鏡を通して何でも、ってワケにはいかないのかもしれないけど、これだけハピネスが集まっていれば、そっちからも見えるかな。
わたしね、これからは神様が居ないんだから、わたしたちで愛を生み出して、広げていかなくちゃって思ってた。でも、それだけじゃないんだね。
まだ何にも出来ない赤ちゃんだって、生まれた時から、愛を持ってる。弱くてちっちゃくて、守ってあげなきゃいけない人も、みんなに愛をあげられる。
それにね、この町には、小さいけれどすごーく素敵な命や幸運が溢れていて、時々、ぴかぴかって光るんだ。
神様が持ってるような結晶じゃないけど、この地球には、神様が大切にしてきた愛のカケラが、いーっぱいあるんだね。
それがこんなに感じられるなんて、お宮参りって、幸せハピネスな、素敵な儀式なんだね)

 最後の鈴の音を響かせてから、ひめは空に向かって両手を広げ、あたたかな日の光を全身で感じた。そして静かに目を開けると、幸代と大輔の元に歩み寄り、その手を引っ張って、人々の前に立たせた。
 打合せに無いひめの行動に、一瞬戸惑った顔をした二人が、そこに集まった人々を見渡して、そのあまりの多さに、改めて感じ入ったような顔つきになる。

 夫婦は嬉しそうに顔を見合わせてから、人々に向かって、ゆっくりと頭を下げた。
「本日は、どうもありがとうございました。この子共々、これからもよろしくお願いします」
 大輔が声を張り上げる。幸代に抱かれた赤ちゃんは、その声に目を開けて、眩しそうに顔を上げた。
 無垢な瞳に、ぴかりが丘の空が映る。青く明るく澄み渡った空は、人々の「おめでとう」の声を乗せて、ぴかりと、優しく輝いた。

~終~